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解    説

■判  決: 名古屋高裁平成21年5月28日判決

●商  品: 社債
●業  者: 野村證券
●違法要素: 説明義務違反
●認容金額: 525万8368円、29万1576円
●過失相殺: 4割、6割
●掲 載 誌: セレクト35・323頁、判時2073・42頁、判タ1336・191頁
●審級関係: 高裁逆転勝訴、確定


  本判決は、東証一部上場企業であるマイカルが平成13年9月に破たんしたことによってマイカル発行の社債や転換社債について生じた損害に関し、一般投資家が販売証券会社に対して東京、名古屋、大阪で提起した集団訴訟の控訴審判決である。一審では各地とも投資家全面敗訴であったのに対し、控訴審では、大阪高裁平成20年11月20日判決東京高裁平成21年4月16日判決ともに一部逆転勝訴となり、本判決も4名の顧客のうち2名について説明義務違反による損害賠償を認めている(なお、上記各判決と同じく購入時からの遅延損害金が認められている)。
 まず、本判決は、社債の特性について、「社債には、一般投資家に馴染みのある電力会社債などが含まれ、社債は、銀行金利より高い利回りで償還時期に利益を上げられる安全な商品というように理解されることが多い。しかし、そのような投資家も、安全ということの意味、内容、真偽、社債の償還期前の市場での換金の可否、その価格、利率(流通利回り)等の具体的仕組み等について必ずしも知っているわけではないと考えられる」とし、株式との比較も行った上で、「社債は、大きな利益をもたらすものではないものの、低金利時代には預金よりは高利であり、また損失を及ぼす機会が少ない点に長所のある商品であるが、一度び損失が生じるときには大きな損失をもたらすものである。このような社債の商品特性については、取引に参加する一般投資家が知る必要があり、証券会社は、そのようなことを知らない投資家を勧誘する場合には、これを説明する必要がある。」と判示して、このような社債の商品特性が説明義務の第1の根拠であるとした。さらに判決は、説明義務の第2の根拠として、一般投資家と証券会社の証券及び証券取引についての知識、経験、情報収集能力、分析力等についての差を指摘し、第3の根拠として、証券会社の利益(つまり顧客にリスクのある商品を売り付けて利益を上げる立場にあること)を指摘した。
 そして、判決は、「投資家の知るべき事項(不可欠の説明事項)」として、@発行会社が倒産したときには社債は償還されず、したがって、社債は必ずしも安全な商品ではないこと(この点に関して判決は、かつて債務不履行例があまり見られず、かつ、メインバンクの救済により社債権者への不払事例が少なかったことは、事実上の現象にとどまり、法制度としては発行会社が倒産すれば予定した償還はされないことを指摘している)、A社債発行会社の信用リスクを知るための方法及び信用リスクの回避方法(具体的には、前者については格付け情報や流通価格、発行会社の業況の把握、後者については途中売却は証券会社との相対取引となり売却価格の定め方は日本証券業協会公表の気配値に依拠すること、発行会社の業況が悪化しているほど中途売却価格は下がること、場合によっては売却が難しくなるなどの流動性リスクがあることなどが指摘されている)、があると判示した。次いで、判決は、必要となる説明事項や説明の程度は各投資家の知識、経験等により異なることを指摘し、投資家側が説明が必要な事項として主張していたマイカルの経営状態(とくに業績が下降しており赤字状態で再建中であったこと)や、依頼格付け以外の格付け(いわゆる勝手格付・指定格付機関4社の格付けのうち依頼格付けは投資適格級であったが勝手格付けを行っていた2社が投機級の格付けを行っていた)、流通利回りの上昇(27回債発行時には26回債の流通利回りが増大して27回債の利率より高くなっていた)については、原則としては説明義務の対象とならないがごとき判示を行いつつ、これらのうち経営状態に関しては、簡明に取得・提供できる客観的情報は個別の投資家のとの関係で場合によっては説明を要する情報に該当するとし、格付けについても、マイカルが業況悪化から発行する社債であったという特別の事情があった上、さしたる手間でないことを考えると、個別の投資家との間で他の格付機関の格付けも情報として知らせるべき特別の理由がなかったかが問題となるとし、流通利回りについても、流通利回りの持つ一般的な意味と併せて26回債の流通利回りを説明すべき特別の事情がなかったかが問題となる、とした。(また、判決は、証券会社からの自己責任論に基づく反論に対しても検討を加え、説明義務の対象となる事項は投資家の自己責任事項ではなく自己責任発生のための前提事項であると判示している。)
 判決は、以上に基づいて4名の顧客(控訴人)に関して検討を加え、まず、勤務先の財形貯蓄で公社債投信をしていた以外に投資経験がなく社債の仕組みなど全く分からなかった顧客が、退職により上記財形貯蓄を解約し、これを老後の資金として安全に運用したいと考えていたケースについて、担当社員が、社債の仕組みを説明せず、有利性を強調して利回りリスクはもとより信用リスクを説明しなかったこと、顧客は少し利息が高い定期預金のようなものと思って購入に至ったことを認定し、「勧誘に当たっては、控訴人○○の上記のような理解の程度に応じ、債券の発行会社が倒産した場合には満期時の償還額が債券の元本額を割り込んだり償還不能の事態に至ることがあり得ることなど、社債取引に伴うリスクの内容、その要因や取引の仕組みの重要部分について説明すべき義務があるにもかかわらず、そのことを説明することがなかったというべきであり、そのため、安全な元本の運用を計画していた控訴人○○は、客観的には元本割れの可能性もあった本件26回債をそのような商品とは思わず定期預金類似のものと錯覚し、また中途換金の手段等を知らないまま購入し、損害を被った」として、説明義務違反を認めた(過失相殺4割)。また、判決は、小学校の教員として定年まで勤務した後、家業の副住職をしていた顧客についても、公社債投信を購入する目的で証券会社を訪れた際に作成した申込書において元本の安全性重視との意向を回答していたことや、顧客が近隣のマイカルの店舗が閉鎖するのではないかとの噂を聞いたとして大丈夫かと質問したところ、担当社員は利率や償還時期、格付けがA−であること説明し、注文に至ったこと、顧客は信用リスクについては理解していたが具体的にマイカルの業況を調べる方法は知らず、調べることまではしなかったところ、担当社員は他の格付機関の格付けや当時の購入価格等を教示したりはしなかったこと、顧客は担当社員に言われるままに購入に至ったことなどを認定し、「元本の安全性を重視したいとの希望を表明し、あまり効率のよい蓄財を考えているわけでもなく、証券取引の実際上の経験の豊富でもない控訴人○○に対し、△△(注・担当社員)において、第26回債につき、本人の疑問を断定的に打ち消すだけで、そのような疑問を抱く控訴人○○にその時点での発行会社の業況を教えたり、あるいは調べる方法を教示したりして、判断させる等することなく、勧誘から4日後の注文にまで進展させており、説明義務違反があるというべきである」とした(なお、顧客には以前に電力会社の転換社債の購入経験があったが、判決は、高度の安全性がある電力債についての古い時期のことであるから、社債が安全であるという事実を誤った知識を得るような経験をした可能性があるとし、親から譲り受けた株を保有していた点も、社債とは異なるから役に立つ経験とは言えないとされた・過失相殺6割)。
 説明義務の内容や程度についての判示内容は、まだ不十分であると言わざるを得ないが、従前のいくつかの裁判例に見られた「通常の社会人にとって社債のリスクは常識」といった乱暴な論法をとることなく、社債の商品特性を的確に把握し、個別事案との関係で総合判断によって説明義務違反が認められている点は、極めて有意義である。マイカル債被害についての他の高裁判決とともに、上場企業の公募社債の勧誘による被害の先例となる判決であり、今後のさらなる救済法理の進展が期待される。