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解    説

■判  決: 大阪高裁平成20年11月20日判決

●商  品: 社債
●業  者: 野村證券
●違法要素: 説明義務違反
●認容金額: 489万7378円、30万1037円、186万3982円
●過失相殺: 5割、6割、5割
●掲 載 誌: 判時2041・50頁、セレクト32・340頁
●審級関係: 高裁逆転勝訴、確定


  本判決は、東証一部上場企業であるマイカルが平成13年9月に破たんしたことによってマイカル発行の社債や転換社債について生じた損害に関し、一般投資家が販売証券会社に対して東京、名古屋、大阪で提起した集団訴訟の初の控訴審判決であり、一審では各地とも投資家全面敗訴であったのに対し、本判決は13名のうち3名について説明義務違反(不法行為)による損害賠償を認めている。
 まず、本判決は、説明義務の内容の一般論として、「証券会社及びその従業員は、一般投資家に対し、証券取引を勧誘するに当たっては、当該顧客が自主的な判断に基づいて当該取引を行うか否かを判断する前提として、顧客の年齢、知識、投資経験、投資傾向及び理解力等その属性に応じて、当該証券取引の内容、仕組み及び取引に伴うリスクの内容とその仕組みについて説明すべき信義則上の義務を負っているというべきである」と判示した。
 そして、社債におけるリスクのうち、発行体の抽象的信用リスクについては、一般投資家の年齢、知識、経験及び勧誘時の状況等により、一般投資家が理解できていないおそれがあるような特段の事情がない限り、社債の仕組み及びその仕組みに内在するいわば抽象的信用リスクについての説明義務を負うということはできず、むしろこのような特段の事情がある場合には、適合性原則違反が問題とされるべきであるとした。
 次に、本件各社債の具体的信用リスクについては、本判決は、「個々の社債については、発行体である企業の経営状況や財務内容を反映した具体的信用リスクを有するものである。そして、当該社債のリスクの有無及び程度といった具体的信用リスクに関する重要な情報について、証券会社は一般投資家に対して、その年齢、職業、知識、投資経験及び投資傾向等当該投資家の属性に応じて、これを提供し、説明すべき義務を有する場合があると解するのが相当である。」とし、「このような説明義務の違反があったかどうかは、当該投資家の属性に照らして、そのような情報提供及び説明が当該投資家の投資判断を左右するに足りるものであったかどうかが検討されるべきである」と判示した。
 その上で、本判決は、本件勧誘当時の本件各社債に関する具体的信用リスクを示す重要な情報として、@マイカルの経営状況(赤字計上や再建計画実施後も有利子負債が増大していたことなど)、A格付の存在(指定格付機関4社のうち2社が投機級の格付をしており、一部の指定格付機関では格下げも実施されていたことなど)、B信用リスクの増大(流通利回りが上昇し続け、国債との利回り格差も拡大していたこと)の3点を指摘し、このうちABについては、以下のような理由を述べて、顧客の属性に応じて情報の提供や説明を行うべき義務を有する場合があるとした。
 「被控訴人らは、本件各社債には、勝手格付より信頼性の高いJCRによる取得格付(依頼格付)があり、証券会社はこの取得格付について情報提供すれば足り、それ以外の勝手格付については、顧客サービスとしてするのはともかく、これを提供して説明すべき法的義務を負わせるべきではない旨主張する。取得格付と勝手格付のいずれが信頼性が高いかどうかはともかく、社債には格付があり、その信用度のランクは投資適格級から投機適格級まで数種類に格付分類されること、本件各社債には指定格付機関4社による格付がされており、各格付機関によって投資適格級とするものから投機適格級とするものまでランク付けが異なっていることについては、一般投資家が自己責任のもとに投資判断をするに当たり極めて重要な情報であるというべきであり、一般投資家の属性を無視して、取得格付(依頼格付)による格付についてだけ情報提供すれば足りるとする被控訴人らの上記主張は採用することができない。」
 「また、被控訴人らは、証券会社が一般投資家に対し、流通利回りの上昇や利回り格差の増大という信用リスクの増大について説明義務を負うとなれば、証券会社は、同種商品や類似の商品について、有利不利を比較しながら個別に調査した上で特定の商品を販売しなければならないことになりかねず、著しく過大な義務を課すことになるばかりか、市場における有価証券取引が著しく困難になる旨主張する。しかしながら、社債の信用リスクは、リターンは数%の利息であるのに比し、リスクは投資元本の全喪失あるいは大幅な喪失というものであって、わずかなリターンを目論みながら大きなリスクを被ることがありうることは否定できないのであるから、信用リスクの増大についての情報も、一般投資家が自己責任のもとに投資判断をするに当たり重要な情報であることはいうまでもなく、また、信用リスクの増大について説明義務を課したとしても、同種商品や類似の商品についてまで個別調査を要求することになるものではなく、証券会社にこのような情報について説明義務を課すことが、過大な負担となり、市場における有価証券取引が著しく困難になるとまで断ずることはできない。」
 (なお、@については、その重要性は認めつつも、企業の財務状況に関する情報は膨大で内容も多岐に亘ることや、財務情報は目論見書に集約され、社債の評価は格付けに集約されていることなどから、格付時から勧誘時までに重大な客観的事情の変化がない限り、経営状況についての説明義務を認めることはできないとされた。)
 以上の総論を基礎に、本判決は各投資家の属性や説明内容等に関する検討を行い、退職金による中期国債ファンド購入しか投資経験がなかった無職の男性(格付けは全く告げられていなかった)、投資経験がなく運用の相談のために証券会社を訪れた際にマイカル債を勧められた会社員の男性(投資適格の格付けだけが告げられていた)、僅かな株式(但し妻名義)や投資信託の経験はあったものの勧誘当時は元本の安全性にこだわっていた会社員の男性(但し妻が取引の窓口になっていた・投資適格の格付けだけが告げられていた)の3名について、「社債の一般的仕組みや内容を理解する能力を有しており、社債について発行会社が満期まで倒産する等しなければ満期の時点で額面全額が償還されること等について説明を受けていたと認められる」としつつ、担当社員の説明内容は「元本償還の確実性にかかる具体的信用リスクの有無、程度といった検討を不要ならしめるものであったというべきであり、○○社員には具体的に信用リスクに関する情報を提供してこれを説明する義務を怠ったものと認められる」などとして、不法行為の成立を肯定した。(なお、購入時からの遅延損害金が認められている。また、他の10名については属性や投資経験等との兼ね合いから説明義務違反は認められないとされた。)
 我が国では、平成8年までの長い間、社債には厳格な発行規制があり、しかも万一の場合には発行に関与した銀行が肩代わりするなどして一般投資家を保護していたため、投資家側にも業界側にも、そして裁判所にも、信用リスクの重要性の意識が希薄であったと言え、そのため投資勧誘における説明義務の法理が完全に定着したと言える昨今においてすら、社債の信用リスクについてだけは恰も別次元の問題であるかのように説明義務を否定する傾向が強く、本件の一審判決も、そのような誤った認識の下で極めて不可解な論法によって原告全員の請求を棄却していた。また、本件では、すべての顧客に対して前記の3つの重要事項が十分には説明されていなかったことにほぼ争いがなく、とりわけ証券会社側は、「投資適格の依頼格付だけを説明し、投機級の勝手格付は説明しない」ことに問題はないとし、このような販売姿勢で素人顧客への勧誘を行うことが許されるのかが最大の争点となっていた。この点、本判決も僅か3名の請求を認容したに過ぎず、しかも発行企業の経営状況の説明義務は認めないなど、著しく不十分な面も指摘せざるを得ないのであるが、それでも、正面から「具体的信用リスクの質と程度」を問題として、今後益々リスクが顕在化することが確実である社債の信用リスクにつき、あるべき説明義務の第1歩を示した判決として、また、これまでの証券業界の社債の勧誘手法を一部の顧客との関係であるとはいえ違法とした判決として、画期的な意義を有していると言える。