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解    説

■判  決: 大阪地裁平成24年4月25日判決

●商  品: デリバティブ取引(クーポンスワップ)
●業  者: 日興コーディアル証券(判決時の商号・SMBC日興証券)
●違法要素: 説明義務違反
●認容金額: 1646万5000円
●過失相殺: 5割
●掲 載 誌: セレクト42・273頁
●審級関係: 控訴審で和解成立


 事案は、商業施設の店内装備の設計施工を事業内容とする株式会社である顧客が、被告証券会社の勧誘によって行った、店頭デリバティブ(為替デリバティブ)の一種であるクーポンスワップ取引(以下「本件スワップ取引」と言う)等につき、損害賠償請求を行ったものであった。判決の認定によれば、本件スワップ取引は、3ヶ月に1回、豪ドル/円レートが1豪ドル93.35円より円安であれば、顧客が10万豪ドルを利息として受け取り、933万5000円を利息として支払うこととなり、他方、93.35円以下の円高であれば、30万豪ドルを利息として受け取り、2800万5000円を利息として支払うこととなり、これを計10回、2年6ヶ月にわたって繰り返すというもので、108.50円より円安になった場合には早期終了するノックアウト条項が付されていた。(なお、同じ証券会社を被告とした大阪地裁平成23年10月12日判決の対象であった通貨オプション取引の内容と比較すれば明らかなとおり、本件スワップ取引は、実質において通貨オプション取引と同様の性質を有していたと言える。)
 このような本件スワップ取引の商品特性について、まず判決は、上記のノックアウト条項のため顧客の利益は限定的であるのに対し、円高になった場合には早期終了条項がないため損失は無限定となる可能性があり、担保の追加が必要となる可能性があること、豪ドルは米ドルやユーロと比較して流通量が少なく相場が大きく変動する可能性があること、取引期間である2年6ヶ月間の豪ドル/円レートの変動を予測することが事実上困難であることを指摘し、本件スワップ取引は相当にリスクの高い取引類型であるとした。他方で、判決は、顧客の投資経験につき、顧客の代表者は相続により豪ドル建債券を保有していたことや他の証券会社で為替連動型(米ドル)の仕組債の購入経験があったこと、代表者個人の取引としては株式の売買のみであったこと、顧客たる会社は本件スワップ取引の直前に豪ドル及び米ドルの双方が関連する仕組債などを購入した程度であったことを認定し、投資意向としては、一定のリスクを許容して早期に利益を得ることを目指していたとして、上記仕組債も本件スワップ取引も、早期償還を期待して行われたものと考えられるとした。また、顧客たる会社の資産状況については、被告証券会社の顧客登録票には金融資産10億円とのチェックがなされていたことや、実際にも、約8億円の借入金があったものの流動資産は約10億円で現金及び預金が約5億円あったことが認定された。以上から、判決は、顧客たる会社も代表者も株式以外の投資経験は必ずしも豊富とは言えず、本件スワップ取引に完全に適合しているとは言えないとしつつも、取引開始時のレートと早期償還条件とは大きく離れておらず、損益分岐点が取引開始時のレートより12円程度低かったことによるリスクの程度や、本件スワップ取引の内容(注・早期償還の可能性を指すものと思われる)が顧客たる会社及び代表者の意向に沿うものであったこと、財産の申告内容や実際の財産状況から見て取引規模が過大ではなかったことから、本件勧誘が適合性原則に著しく逸脱するとは言えないとした。
 次に、判決は、説明の問題については、豪ドルのチャートを示しながら取引の基本的な条件の説明や当該時点の為替レートなどが説明されたことを認定し、また、勧誘時に交付された説明資料には、損失が利益の2〜3倍の大きさになることをはじめ、リスクに関する様々な説明の記載があったことを認定しつつ、勧誘の際にはこれらの記載への具体的な言及がなかったことを指摘した。そして判決は、前記の本件スワップ取引の性質に照らせば、被告証券会社従業員は、本件スワップ取引を勧誘するに当たり、顧客が為替相場の変動等によるリスクにより不測の損失を被ることがないよう、本件スワップ取引の仕組み、取引に伴うリスクの存在等について、顧客の代表者の理解力に応じた説明をすべき義務を負うとし、顧客の代表者には通貨スワップ取引の経験がなく、これまで主に株式の売買しかしておらず、中途解約が困難となる商品を買い付ける経験が乏しかったことに照らせば、上記の程度の説明内容にとどまらず、「豪ドル/円のレートが円高になった場合にX(注・顧客)が被る損失が理論上無限定であること及び現実にXが被る可能性が想定される最大損失額や、追加担保の差入れが必要となることの有無及びその条件、さらには、中途解約には解約清算金が必要となるため、中途解約が事実上困難なことをも説明すべき義務があるものというべきである」とした上で、代表者に交付された説明資料の市場リスク、流動性リスク及び担保に関する記載は具体性に欠ける上、担当社員らは、これらの記載につき具体的に言及せず、また、豪ドル/円レートの見通しについて強気な相場観を有し、近い将来に償還されることになると考えていたため、豪ドル/円レートが円高になった場合には損失が理論上無限定となることや想定される最大損失額を説明せず、損失が利益の2〜3倍の率で計算されることについても格別強調して説明することをしなかったばかりか、追加担保が必要となる可能性があること等についての説明もせず、かえって、直前に購入していた仕組債を担保とすることで、取引の開始に当たって追加の支払をする必要がないということに力点を置いて本件スワップ取引の勧誘をした上、中途解約が困難であることも説明しなかったのであるから、担当社員らが本件スワップ取引を勧誘するに当たって要求される説明を尽くしたとはいえないとして、説明義務違反を認めた。(なお、判決は、被告証券会社においては、豪ドル/円レートの過去1年間のヒストリカルボラティリティの2倍のボラティリティによって顧客に不利な方向に変動したシナリオを用いて、評価損額の最大値を算定し、この最大値を差入担保額としていたことを認定しており、このように「評価損額の最大値」が現に計算されていたことをも念頭に置いて、「想定される最大損失額」の説明が必要であったとしたものと思われる。)
 なお、この訴訟では、本件スワップ取引より後に購入され、リーマンの破たんによって損失が生じたリーマン発行のEBも損害賠償請求の対象とされていたが、これについては取引経験(EBの取引経験もあった)や前記の投資意向、資産状況等から適合性原則違反はなかったとされ、説明義務違反もなかったとされた。
 EBについての判断には疑問があるものの、本判決は、公表されている判決としては、多数の被害が生じている為替デリバティブについて、正面から取引の仕組みやリスク全般についての説明義務違反を肯定した初の判決であると思われ、明示的に判示された説明義務の対象事項の内容と併せて、先例的意義を持つ判決であると言える。