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解    説

■判  決: 大阪地裁平成23年10月12日判決

●商  品: デリバティブ取引(通貨オプション)
●業  者: 日興コーディアル証券(判決時の商号・SMBC日興証券)
●違法要素: 説明義務違反
●認容金額: 2517万5280円
●過失相殺: 7割
●掲 載 誌: 判例時報2134・75頁、判例タイムズ1373・189頁、セレクト41・197頁
●審級関係: 控訴審で和解成立


 事案は、輸入業者(株式会社)である顧客が、証券会社の勧誘によって平成19年に開始した通貨オプション取引に関し、不法行為を理由とする損害賠償請求を行ったというものであった(選択的に錯誤無効による不当利得返還請求も行われていた)。本件の通貨オプション取引は、いわゆる店頭デリバティブ取引であって、10万豪ドル分のコール・オプションを顧客が証券会社から買い、30万豪ドル分のプット・オプションを顧客が証券会社に売るというもので、期限は約5年で3ヶ月毎に計20回の権利行使期日が設定され、期間中にトリガー価格に到達すればすべてのオプションが消滅する消滅条件が付されていた(行使価格は91.00円、トリガー価格は108.60円、参照スポットレートは106.60円であった)。
 判決の認定によれば、顧客には、複数の金融機関との間で通貨オプション取引やスワップ取引の経験があったが、これらはすべて本業との関係で外貨の調達や為替リスクのヘッジ目的で行われていた。そして、これらの銀行との取引においては、顧客は、担保や増担保を差し入れた経験はなかった。また、顧客は、証券会社からの為替オプション取引の勧誘に対し、当初は、他の金融機関との間では担保が不要であるのに、証券会社では必要となることに難色を示し、勧誘に応じていなかったが、証券会社がスポンサーとなっているテレビ番組への出演を打診され、実際に出演して気分が良くなったこともあって、勧誘に応じて為替オプション取引を行うこととした。そして、取引開始にあたって、顧客は、証券会社でCBを購入して、これを自らが所有していた他の株券と合わせて、担保として差し入れた。ところが、その後の相場変動によって、追加担保が必要となり、顧客はやむなく新たにCBを購入して追加担保として差し入れたが、その際、かような担保について具体的な金額を示した説明がなかったことなどについて抗議を行い、取引の白紙解消を求めた。しかし、証券会社は白紙解消を認めず、そのまま取引が継続されることとなった。また、その後一旦は相場が回復したため、顧客は追加担保の返還を求めたが、証券会社は、取引が消滅するぐらいまで豪ドル高にならなければ担保を返戻できないとして、これを拒否した。その後は、さらに相場が下落して円高となり、さらなる担保の差し入れが繰り返され、その過程においては、担保価値をあげるために、差し入れていたCBを売却して現金に換えて改めて差し入れるということも行われた。その結果、当初の担保は1億円であったのに対し、追加担保も1億円となり、差入担保金額は合計2億円となった。
 他方で、判決は、本件の通貨オプション取引における担保の算出方法について、「本件取引では、担保の金額は、取引金額、契約期間、行使価格等の条件をもとに将来の為替相場が顧客の取引にとって不利な方向に変動するシナリオを想定して、被告らが決定する評価額によっで決定されることになっている。そして、当該為替相場の変動シナリオには、取引通貨の過去1年間のヒストリカル・ボラティリティの2倍のボラティリテイ(ボラティリティとは、その通貨の価格変動性を表す数値であり、ヒストリカル・ボラティリティとは過去のデータから推定されるボラティリティである。)による相場変動を想定し、顧客の取引に対して不利な方向に為替相場を変動させたシナリオを用いることになっている。顧客は、取引開始時に最大予想与信額相当額(個別取引に係る将来の金融市場が原告にとって不利に推移した揚合に想定される与信額の最大値として、脱退被告(注・旧日興コーディアル証券を指す)が合理的かつ誠実に見積もった金額)の担保を差し入れる必要があり、時価評価額(個別取引において、当該取引すべてを反対売買した場合に、原告に発生する損金額として、脱退被告が合理的かつ誠実に見積もった金額)が差入担保金額(原告が脱退被告に差し入れている担保有価証券評価額の合計額に差入保証金の額を加えた金額)を上向った場合には、担保差額(必要担保金額〔時価評価額×1.2〕−差入担保金額)の範囲内で被告らが請求する額を追加担保として差し入れる必要がある。そして、最大予想与信頼や時価評価額は、ブラック・ショールズ式によって算出される。」と判示した。その上で、本判決は、このようにして算出される必要担保金額については、理解や予測が困難であることを指摘し、さらに、「ここでいう時価評価額は、将来の為替相場を顧客の取引にとって不利な方向に変動させた場合の金額であって、ボラティリティはヒストリカル・ボラティリティの2倍の数値が用いられているから、現実の為替相場の変動幅と一致するものではなく、顧客の予測に反して多額の追加担保が必要となる可能性があり、特に、本件取引は、5年間にわたり20回の取引を繰り返すことから、追加担保の金額が極めて多額になる可能性があり、いったん追加担保が必要となった場合には、為替相場が回復しても必要担保金額は減少しない場合がある。」と指摘した。
 以上を前提に、判決は、顧客の属性や通貨オプション取引を複数行った経験があることなどを根拠に、適合性原則違反や、取引の仕組み及び取引自体のリスクについての説明義務違反、錯誤無効はいずれも否定したものの、追加担保についての説明義務違反を理由として、不法行為による損害賠償請求を認容した(過失相殺7割)。
 すなわち、まず判決は、「通貨オプション取引の際に必要となる担保は、最終的に通貨オプション取引が全て終了し、その時点で顧客の証券会社に対する債務が存在しなければ、全て顧客に返還されるものではあるが、通貨オプション取引が終了するか、豪ドル相場が回復して担保返戻余力が生じるまでの間は、顧客はこれを自由に使用するごとができず、特に原告のような事業者にとっては、運転資金として使用する資産が減少するため、その不利益は重大である。また、顧客の予測に反して多額の追加担保が発生し、一定の期間内にこれを差し入れることができなければ、通貨オプション取引そのものが強制決済になるというリスクがあることからすると、追加担保がどのような場合に、幾らくらい必要となるか(担保返戻余力がどのような場合に生ずるのかという点も含む。)は、顧客が通貨オプション取引を行うか否かを決定する際に重要な考慮要素となるというべきである。したがって、顧客に対して通貨オプション取引を勧誘しようとする証券会社ないしその従業員は、顧客に対して、単に追加担保が発生する可能性があるという抽象的な説明をするだけではなく、為替相場の変動とその場合に必要となる追加担保額を顧客が具体的にイメージできるようなシミュレーション等の資料を示すなどして、本件取引の必要担保金額の計算方法の仕組みや追加担保に伴うリスクをできる限り具体的に分かりやすく説明する義務を負うと解すべきである。」と判示した。他方で、判決は、本件においては、相場変動によって追加担保が必要となることがある点について一応の説明はあったものの、どの程度豪ドル相場が下落すれば幾らくらいの追加担保が発生し、どのような場合に担保返戻余力が生ずるかといった説明は何ら行われていなかったとし、このような説明は、必要担保金額の算定方法の仕組みや追加担保に伴うリスクを顧客に理解させるには不十分なものであって、豪ドルの下げ幅からは予想できないような多額の追加担保が必要になったり、いったん追加担保が発生すると容易に返戻されなかったたりすることを顧客において理解することはできなかったと認定した。また、判決は、証券会社からの、必要担保金額を取引の勧誘ないし契約までの時点で将来を予測して具体的に説明するのは極めて困難である旨の主張を、「詳細な数額を示して説明することは困難であるとしても、ある条件の下では追加担保金額がこのように推移することが予想されるとの説明(たとえば、その説明が客観的に正しかったかどうかはともかくとして、平成20年10月15日に○○(注・証券会社担当社員)が説明したように当時の豪ドル相場だと、1円の豪ドル安ごとに約400万円の追加担保が必要となるなどの説明〔前記(1)ト〕)や,将来の追加担保金額の変動の予測は困難であってリスクを伴うことそれ自体を、変動要素を挙げて分かりやすく説明することは十分可能であったと解される」として、排斥している。その上で、判決は、「原告は、担保が必要になることについて当初本件取引の開始に難色を示していたことからすれば、本件取引で必要となる担保に関し強い関心を有しており、脱退被告従業員に説明義務違反がなく、適切な説明を行っていたならば、本件取引そのものを行っていなかったものと認められる」として、かかる説明義務違反による証券会社の損害賠償責任を肯定した。
 なお、本判決は、顧客が被った損害として、口頭弁論終結時までに権利行使日が到来して確定した損失(取引自体は口頭弁論終結時点でまだ継続中であった)と、前記のとおり顧客が証券会社で購入して担保として差し入れていたCBを現金に換えて改めて担保とするために売却したことによって生じた損失を、損害と認めている。
 本判決は、多数の被害が生じている中小企業のデリバティブ被害の典型例の1つである通貨オプション被害に関しての勝訴判決であり、ヘッジ目的とはいえ同種の為替関連デリバティブ取引の経験が複数あった輸入業者との関係で、デリバティブに特有の担保の問題を根拠に勧誘の違法性を認めた点において、先例的意義を持つ重要な判決である。