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解    説

■判  決: 東京地裁平成23年2月28日判決

●商  品: 投資信託(仕組投資信託/ノックイン型投資信託)
●業  者: その他・・・静銀ティーエム証券
●違法要素: 説明義務違反
●認容金額: 2051万8556円
●過失相殺: 4割
●掲 載 誌: セレクト39・57頁、金融商事判例1369・59頁
●審級関係: 確定


 事案は、年金生活を送っていた一人暮らしの高齢の男性が、静岡銀行の紹介で同銀行の子会社である被告証券会社において平成17年に口座を開設して、ノックイン型投資信託を勧誘されて購入し、これが平成19年1月に繰り上げ償還された後、同年3月にもノックイン型投資信託を勧誘されてこれを代金6990万円で購入した形となったが(この当時、顧客は81歳)、その後の株式相場の下落によって大きな損害が生じたというものであった。なお、この2回目の投資信託購入の時期に、顧客は脳梗塞で倒れ、成年後見が開始されるに至っており、そのため本訴訟も成年後見人が代理人として提起していた(顧客本人は本訴訟において陳述や供述を行うことができなかった)。このようなことから顧客側は、主位的には無断買付の主張を行っていたが、これは認められなかった。しかし、本判決は、予備的に行われた不法行為の主張により、被告証券会社の損害賠償責任を認めた。
 判決の認定によれば、本件投資信託の投資対象は債券に日経平均オプションを組み合わせた仕組債で、日経平均株価のプット・オプションを売ることによって得られるプレミアムから分配金が支払われる仕組みとなっており、償還までの期間は5年で、日経平均株価の推移によっては早期償還され、早期償還されない場合には、日経平均株価が購入時の当初株価の65%(これが「ワンタッチ水準」と呼ばれるものである)以上ならば償還日に元本全額が償還されるが、一度でも65%を超えた下落になれば、償還時の下落割合に応じた元本割れの損失が生じるというものであった。なお、早期償還がなく5年間保有した場合の分配金合計は、元本の6.06%と予定されていた。
 判決は、このような本件投資信託につき、株価の下落率に応じた損失が発生し得ることと、株価が上昇しても分配金を超える利益を得られないことを指摘した上で、「日経平均株価が一定の時点から5年間に35%下落する確率は平均約59%であったことからすると、株価観測期間中にワンタッチ水準を下回る可能性は低いとはいえないし、また、当初株価から最終株価への下落率が大きくなる可能性も低いとはいえない。そうすると、本件投資信託は、得られる可能性のある利益は分配金の限度であるのに対し、その利益にとどまらない損失を被る可能性のあるものであり、また、損失を被る可能性は低いとはいえず、被る可能性のある損失も小さいとはいえないものであって、リスク性の高い投資商品であるということができる。また、本件投資信託の仕組みは複雑であり、必ずしも理解が容易なものとは言い難いし、日経平均株価が5年間の株式観測期間中にワンタッチ水準を一度でも下回り、更に最終株価が当初株価より下回ることによって、元本が確保されない結果となる可能性がどの程度あるのか、その場合にどの程度の損失を被る可能性があるのか、そのようなリスクは得られる可能性のある利益と見合っているといえるのかということについて、判断することは容易ではない。」との判示を行った。そして、判決は、顧客の年齢や年相応の判断能力の衰え、最初の投資信託の購入まではかつての勤務先の株式以外には預金や国債を保有していたに過ぎず、本件投資信託のような商品についての十分な経験があったとはいえず、元本が大きく毀損されるリスクを取ってでも利益を得たいというほどの積極的な投資意向を有していたともいえないこと、最初の投資信託についてもわずかな期間のうちに国債に投資していた資金6700万円全額を集中的に投資していることからしてそのリスク等を十分理解していなかったと推認できること、などから、本件投資信託についての顧客の適性は低かったと判示した。その上で、判決は、本件投資信託購入時にも勧誘を受けて直ちに6990万円を本件投資信託に集中投資することが決められていることなどから、顧客は本件投資信託のリスク等を十分に理解していなかったとし、さらに、担当社員は日経平均株価がワンタッチ水準を下回る確率を何ら説明していなかったこと、高齢者に関しては家族の同意が必要とされていた被告証券会社の内部規則との関係についても、担当社員が顧客の家族に具体的な投資信託の内容及びその金額を説明したとは考え難いことを指摘し、「本件投資信託に関する一応の説明をしたことがうかがわれるとしても、○○(注・担当社員)は、原告に対し、原告の投資経験、知識、理解力に応じ、原告が自己責任で本件投資信託の取引を行うことができる程度に十分に説明しなかったし、被告内部において高齢者との取引を慎重に行うべきものとしているにもかかわらず、本件投資信託の取引においてはそれが履践されていなかったものと推認することができる。」として、適性が低い原告に対し十分な説明をすることなく勧誘したことが不法行為に該当すると結論付けた(過失相殺4割)。
 本判決は、大阪地裁平成22年8月26日判決に続くノックイン型投資信託についての顧客勝訴判決であるが、とくに注目すべきは、ノックイン(本件ではワンタッチと呼ばれている)の具体的な確率(これは原告代理人が計算して主張し、訴訟上争いのない事実となったとのことである)が認定されて、このことがリスクの程度や必要とされる説明の内容に関する判断に直接反映されている点であり、かような判断手法は、顧客に真のリスクの程度を認識させないままで大量販売されてきた仕組み商品に関する今後の被害救済に大きな影響を与えるものと思われる。(なお、適合性原則違反の判断が曖昧である点や4割の過失相殺は問題ではあるが、本件が顧客自らが供述を行えない特殊な事案であったことをも考え併せれば、これらの個別的な問題点よりも、以上の判示内容が持つ意義の方が遙かに重要であると思われる。)