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解    説

■判  決: 大阪地裁平成22年3月30日判決

●商  品: 仕組債(為替連動債)
●業  者: 野村證券
●違法要素: 説明義務違反、その他(錯誤無効)
●認容金額: 60万6258円(証券会社からの4272万2741円の請求を棄却)
●過失相殺: なし
●掲 載 誌: セレクト37・96頁、金融商事判例1358・41頁、金融法務事情1914・68頁
●審級関係: 大阪高裁平成22年10月12日判決
錯誤無効の判断は維持


 事案は、不動産建設業を営む株式会社の代表者である顧客が、平成19年3月に為替連動型の仕組債を5000万円で購入することの勧誘を受けて、一旦は電話による意思確認の際に承諾したものの、同日の夕方にキャンセルを申し出たところ、証券会社はキャンセルには応じられないとして、顧客から預託を受けていたMRFや株の配当金を上記仕組債の購入代金に充当し、さらに、不足する購入代金を請求する訴訟を提起したというものである。これに対して顧客は、契約不成立、公序良俗違反による無効、錯誤無効、詐欺取消、消費者契約法による取消、債務不履行による契約解除を主張し、さらに、違法勧誘による不法行為が成立するとしてその損害賠償請求権と証券会社の請求額との相殺と、上記購入代金に充当された金員及び弁護士費用相当額、慰謝料についての損害賠償請求を行っていた。
 まず、判決の認定によれば、顧客が経営する会社は顧客以外に取締役1名と従業員1名がいただけで、顧客の投資経験は、証券会社での口座開設前は取引銀行での投資信託の経験のみであり、証券会社での口座開設後は、中国株6銘柄を合計約700万円で購入した他、証券会社からIPO(新規公開株)を配分してもらいたいとの動機で勧誘に応じて購入した日本株(代金約500万円)があった程度となっていた。また、判決の認定によれば、本件仕組債の具体的な商品特性は、当初1年間の利子は年率15.30%であり、2年目以降は米ドルと豪ドルの2通貨に連動し、利払日の10営業日前の為替レートが基準値よりいずれも円安である場合に、その差分のうち小さい方を基準に利子が支払われ、当該利払日の利子を含む利子の累積額が額面の29.00%を超える場合に、元本5000万円が早期償還されるが、早期償還条件を満たさないまま30年目の利払日を迎える場合には、発行体の選択により、62万5000米ドル又は100万豪ドルが償還されるというもので、早期償還されれば元本を円貨で満額受け取れることに加えて高率の利子を受け取ることができるが、対米ドル及び対豪ドルのいずれかの関係で円高傾向が続くと最長30年間償還されないこととなり、当初1年間の利子が高率であることを考慮しても、資金を長期間拘束されることに比して十分な利回りを得ることができず、加えて、30年後の償還額は外貨で算出されるので為替による元本毀損リスクがあり、このような見通しの下で途中売却する場合には期待収益によって算出される理論値より更に買い叩かれるリスクも存する、というものであった。
 判決は、顧客の契約不成立の主張については、電話による承諾時点における契約の成立を認めた。また、不法行為との関係における適合性原則違反の主張については、判決は、上記のような商品特性から、「本件仕組債は、為替相場の変動によって、比較的短期間のうちに高い利回りを得る可能性が存する一方で、途中解約できないため5000万円もの資金を最長30年間拘束され、これを回避するために途中売却しても大幅に元本を毀損するなどのリスクが存するものということができる。」「そうすると、本件仕組債の取引に適合するのは、少なくとも、上記のリスクを理解するに足りる知識、能力と、その危険を引き受けるに足りる余裕資金を有する者に限られるといえる。」とした上で、このような本件仕組債の流動性リスクや元本毀損リスクは顧客の投資意向や財産状態には適しないものであったとし、さらに顧客には証券会社での口座開設前は投資信託の投資経験しかなかったことをも指摘したが、他方で、顧客が約1億円の資金を積極的に投資運用する方針を有していたこと、REITや外国株式を対象とする投資信託への投資の過程において外国為替相場に関する知識を蓄積してきたことが窺われることを指摘して、十分な説明と認識があれば自己責任を問えるとして適合性原則違反を否定し、問題を説明義務のレベルに持ち越した。そして判決は、説明義務について、「適合性の原則の趣旨に照らし、証券会社の担当者は、販売しようとする金融商品のリスクについて、顧客の知識、経験、財産の状況に照らし、当該顧客に理解されるために必要な方法及び程度による説明を行う義務を負う」とした上で、顧客の投資経験に照らし、「本件仕組債が、投資信託とは異なって、資金を長期拘束される可能性があり、途中売却をしても大幅に元本を毀損するなどのリスクが存することを十分に説明すべきであった」とし、顧客が電話による承諾の後に改めて詳細な説明を求めて1時間余りを費やした説明を受けた結果、円高に振れてもその時に止めれば5000万円が確保されると思っていたと述べてその場で売買契約のキャンセルを希望したことなどから、証券会社担当社員らの勧誘に説明義務違反があったことを認めた。
 さらに、判決は、顧客が、30年間拘束される可能性があり、途中売却をしても大幅に元本を毀損するリスクが存するという顧客の投資判断にとって決定的に重要な事実を認識せず、かえって、証券会社担当社員による誤導的な言辞により、本件仕組債は元本毀損リスクなしに年15パーセントの利回りを相当程度の確実さをもって期待することができるものと誤信していたことを認めた上で、以下のような判示を行って、顧客の錯誤無効の主張を認めた。
  「原告(注・顧客を指す、以下同様)による本件仕組債を購入する旨の意思表示は、被告○○(注・証券会社担当社員、以下同様)らによる勧誘に応じてされたものであること、勧誘から購入意思の表明までの間に本件仕組債の内容やリスクを理解する十分な時間的余裕が与えられなかったこと、原告の上記誤認は、被告○○らの不十分な説明と被告○○の不適切な言辞によって惹起されたものであり、単なる内心の動機にとどまるものとはいえないことからすると、原告が本件仕組債の性質を上記のように誤信していたことは、原告による本件仕組債を購入する旨の意思表示の内容になっているものと認められる。また、上記のリスクの存否は、原告の投資判断にとって重要であるのみならず、本件仕組債を購入しようとする個人の一般投資家の投資判断にとって一般的に重要性の高いものであるといえるから、原告が本件仕組債の性質を上記のように誤信していたことは、民法95条にいう要素の錯誤に当たるというべきである。」
 以上によって、証券会社の請求は棄却され、顧客の損害賠償請求の一部(慰謝料請求は否定された)が認容された。
 本判決は、長期拘束リスクのある為替連動型仕組債について違法勧誘を肯定した初めての判決である点でも重要であるが、何よりも、錯誤無効を肯定した点において先例的意義を持つ画期的な判決であると言える(これまで、金融商品取引の錯誤については、変額保険や簡易保険に関してこれを認めた先例はあるが、証券取引については初の判断であると思われる)。とりわけ、「内心の動機にとどまらない要素の錯誤」を認めた上記の判断手法は、仕組債をはじめとする複雑な金融商品取引の被害事案において、大いに参考とされるべきものと言える。