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解    説

■判  決: 大阪高裁平成20年6月3日判決

●商  品: 投資信託、仕組債(株価連動債・日経平均ノックイン債)
●業  者: 野村證券
●違法要素: 適合性原則違反、説明義務違反
●認容金額: 2733万3398円
●過失相殺: 4割
●掲 載 誌: セレクト31・291頁、金融商事判例1300・45頁
●審級関係: 
大阪地裁平成19年7月26日判決の控訴審判決、確定


 (事案の内容は一審判決の解説を参照されたい。)一審判決は、歯科医の免許を持ち相続で多額の資産を有していた顧客について、その相当の資産と十分な判断力や理解力、本件取引の間の他の取引による一定の投資意欲や投資経験の蓄積を根拠に、適合性原則違反を否定し、説明義務違反は認めたものの、目論見書やパンフレットの交付と一応のリスクの説明は行われていたとして、このことに上記属性を併せ考慮して7割もの過失相殺を行った。これに対して本判決は、ほぼ顧客の主張を全面的に認め、過失相殺も4割に改めている。
 まず、本判決は、事実認定レベルにおいては、顧客にもともと取引経験がなく関心もなかったところに、養父の遺産(被告証券会社に預託された株式を含む)を相続したことから担当社員より勧誘を受けるようになり、かかる勧誘によって、相続した株式をすべて売却して投資信託や「流行の株」を購入するに至ったこと、担当社員はかかる勧誘に際して投資経験や投資意向を確認する書類の作成を求めておらず、顧客に投資経験がないことを知りながら、その点に注意を払わず、顧客の投資意向をよく確認しないまま、顧客が銀行の預金金利に不満を持っているという程度の認識だけで勧誘を行っていたことなどを認めた。そして、問題の各商品の勧誘の際に、目論見書やパンフレットの交付及び説明が行われたかについては、これらを認めるに足りる証拠はないとし、この点に関する担当社員の供述についても、「関係書類の交付や説明が証券会社の担当者の通常の業務内容であるとしても、同じく通常の業務内容であるはずの顧客の投資経験に十分注意を払うことを怠り、投資意向を確認することを怠っている○○が、説明についてのみ履践したと推認することはできない」とした上で、さらに個別の勧誘について、顧客が十分に検討して理解した上で自ら投資判断をしたと認められるだけの時間的余裕がなかったことや、特段の質問がなされた形跡もなく勧誘当日に購入が決められていることなどから、採用できないとした。
 他方で、本判決は、適合性原則違反につき、最高裁平成17年7月14日判決と同様の不法行為の成立要件を示し、「顧客の適合性を判断するにあたっては、当該投資商品の取引類型における一般的抽象的なリスクのみを考慮するのではなく、具体的な商品特性を踏まえて、これとの相関関係において、顧客の投資経験、証券等投資商品の取引の知識、投資意向、財産状態等の諸要素を総合的に考慮する必要がある」とした。そして、問題となる各投資信託や日経平均ノックイン債の個別の特性やリスクの内容を詳細に指摘した上で、各投資信託については「株価変動リスクが大きく、公社債投資信託(MMF)や国内一部上場会社の株式と比較して、また他の投資信託と比較しても、いずれも相対的にハイリスクな投資商品であり、各商品のリスクをよく知った上で、リスクをとっても相当な利益を得ることをねらう積極的な投資意向に適合する投資商品である」とし、日経平均ノックイン債については、「購入すべきかどうかを決定するに際しては、その仕組みをよく知り、経済状況、株式市況の動向に関心を払い、1年先の株式市況の動向を予測した上で、中途で売却できないというリスクをとりつつなお購入すべきか否かを判断しなければならず、主体的積極的な投資判断を要する投資商品であり、リスク性の高い投資商品である」とした。その上で本判決は、顧客にもともと投資経験がなく積極的な投資意向もなかったことや、歯科医免許を有しているとはいえ経済や投資商品について関心が低く特段の知識を有していたとか積極的に理解に努めていた形跡もないこと、顧客が自ら選択して行った取引はいずれも問題の取引が既に行われた後のもので購入金額は100万円前後に過ぎず積極的な投資意向を示すものではないこと、資産約3億2000万円のうち2億5770万円が担当社員の勧誘による取引に費やされ、うち2億1630万円が本件投資商品に投じられていることなどを総合的に考慮し、担当社員の勧誘行為は、「これまで投資経験がなかったのに億単位の額を相続し、投資についての知識を持たず積極的な投資意向もない原告に対し、原告の投資経験に注意を払わず、原告の投資意向を確認しないまま、原告の意向と実情に反し、堅実な株式投資から転じて、明らかに過大な危険を伴う商品のみの取引に、そして額においても一個人の投資目論見には到底及ばない桁に達する取引へと積極的に誘導したものであり、適合性の原則から著しく逸脱した証券取引勧誘に該当する」として、不法行為を構成するとした。なお、本判決は、一審判決が強調した相当の資産や歯科医であることによる判断能力の高さについては、「歯科医師の免許を有することだけで適合性を肯定する根拠となるものではなく、原告が相続により約3億2000万円の資産を有していたことについても、原告の投資経験に注意を払わず、投資意向を確認しないまま、原告の意向と実情に反して本件投資商品の取引を勧誘することを正当化するものではない」との、実に正当な見解を明示している。
 また、本判決は、説明義務違反についても、「証券会社は、一般投資家を取引に勧誘することによって利益を得ているところ、一般投資家と証券会社との間には、知識、経験、情報収集能力、分析能力等に格段の差異が存することを考慮すれば、証券会社は、信義則上、一般投資家である顧客を証券取引に勧誘するにあたり、投資の適否について的確に判断し、自己責任で取引を行うために必要な情報である当該投資商品の仕組みや危険性について、当該顧客がそれらを具体的に理解することができる程度の説明を当該顧客の投資経験、知識、理解力に応じて行う義務を負う」として、一審判決が判示した高度の説明義務をそのまま肯定した。その上で、もともと投資経験も積極的な投資意向もなかった顧客が、勧誘に対して即決に近い形で、一部上場有名企業の比較的安定した株式の売却代金、預金、公社債投信など安定した資産を躊躇なく購入原資に充てるなどして約2億1630万円を本件投資商品に投じたことは、顧客が各種投資商品の中での本件投資商品の位置付けを理解していないままであり、その仕組みやリスクについてほとんど理解していなかったこと、代金に充てるために処分した上記資産との間でのリスクの区別ができていなかったことを示すものであるとし、また、前記のとおり、担当社員による説明資料を交付しての説明を認めることはできず、むしろ担当社員が投資経験に注意を払わず、投資意向を確認していないことからすれば、顧客が仕組みやリスクを理解できていたかについて関心が低く、顧客が理解できるよう説明を尽くそうとの意識をほとんど持ち合わせていなかったと認めることができるとして、説明義務違反は明らかであるとした。
 但し、本判決は、担当社員の勧誘行為の違法性は大きいとしつつ、取引の経過や金額の大きさなどから、被告証券会社のブランド力を盲信した顧客にも軽率な面があったとして、4割の過失相殺を行った。
 全体として、簡潔でありながら実に的確な事実認定や法的評価が行われた判決であり、証券会社側の杜撰な属性把握の問題が適切に事実認定や違法評価に反映されている点をはじめ、歯科医の免許を有することや資産の豊富さを偏重することなく、投資意向等を重視して株式投信やノックイン債についての適合性原則違反が肯定された点や、違法性の大きさが指摘されて過失相殺が4割に減じられた点(認容率が5割を超えることの意味が十分意識されていたと思われる)において、重要な意義を持つ判決である。