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解    説

■判  決: 大阪高裁平成19年3月9日判決

●商  品: 株式、投資信託
●業  者: 東京証券(現在の商号・東海東京証券)
●違法要素: 適合性原則違反、過当取引
●認容金額: 4068万6818円
●過失相殺: 5割
●掲 載 誌: セレクト29・104頁
●審級関係: 大阪地裁平成18年3月27日判決の控訴審・確定


 (事案の内容や問題となる取引の具体的内容については一審判決の解説を参照されたい。)
 一審判決は、問題となる取引について、不法行為の成立は認めたが、投資家が主張していた適合性原則違反や過当取引については明確な判示を行わず、かつ、投資家の取引経験等を強調して85%もの過失相殺を行っていた。これに対して本判決は、投資家の属性や取引経験、取引意向については、大筋において一審判決の認定を維持しつつも、適合性原則違反及び過当取引の違法を認め、過失相殺も5割に変更している。
 本判決は、証券会社の注意義務に関し、「自己責任の原則を維持しつつ、一般投資家に対して、自己責任を問い得る条件を付与して同市場への参入を容易にすることが、健全な証券市場の発展にとって必要であることはいうまでもないところである。したがって、証券会社が一般投資家に証券取引を勧誘するについては、適切な方法と態様による勧誘をすることが要請されるものである」とし、適合性原則や説明義務に関する一般論の判示を行った上で、「(証券会社ないしその使用人には)一般投資家の自己決定権を損なう投資勧誘をしてはならない法的義務がある。この法的義務には、顧客となった一般投資家と証券会社とが継続的に取引を続ける関係になっている場合に、当該顧客を担当する証券会社の外務員が的確な投資勧誘を行ったそれまでの実績によって、顧客が当該外務員を信頼し、その投資勧誘に事実上追従するようになっている状態において、当該外務員が顧客の信頼を利用して、顧客の自己決定権を損なう投資勧誘をしてはならないことも含まれるものである。したがって、証券会社及びその外務員は、顧客から取引の一任を受けたり、事後報告をすることで足りる等の了解を得ている場合において、当該顧客が明示的または黙示的に示している基本的な投資方針あるいは投資意向に反するような取引を一任や了解に基づいて行ってはならない義務がある。それだけでなく、上記の一任や了解を得ていない場合においても、上記方針や意向と異なる投資勧誘を行うときは、その点を顧客に具体的、明示的に分かりやすく説明して、顧客の自己決定権が損なわれることのないようにしなければならない義務を負うものであって、顧客から信頼を得ているということで、この説明義務がなくなるものではないというべきである。」との判示を行った。
 そして本判決は、一審判決とほぼ同様に、投資家に相応の取引経験やある程度の株式取引についての能力があったこと、ときには投機的な株式投資を選択していたこと、比較的多額の余裕資金を証券投資に充てることができたこと、かつての他の証券会社での損失発生やこれについての訴訟提起により信用取引ないし一任取引が損失を被るリスクのある投資方法であることを学んでいたことを認定しつつ、他方では、投資家の意向を具体的に検討して、「気持ちの上で、証券投資を日常的かつ継続的に行って取引益を獲得することを意図していたけれども、その実質は、余裕資金をその限度で証券市場で安全に運用する程度のことであって、到底、全面的に投機的な株式売買を行うとの意図に基づいて証券取引を行おうとしていたとはいえない」と認定した。そして、本件で問題となる取引の銘柄の選定等は、担当社員が主導的立場に立って意見を述べて顧客がこれに追従する立場であったとし(一任売買の明示的合意の存在は否定した)、本件で問題となる取引の傾向や特徴から認められる取引手法(証券会社側が取引の正当化のために自ら主張していた取引手法であった)は、投資家の証券投資の目的、方針に適合するものとは認めがたいとした。併せて、本判決は、投資家の株式投資歴がかなり長いことや株価の動向を定期刊行物等で把握していたこと、特定の数銘柄について自らの判断で売買をしていたこと等があるからといって、以前の取引と異なり、本件で問題となる取引は新聞の株価欄等に目を通す等の情報収集では投資判断をすることが極めて困難といえる態様のものであったとして、投資家が株式投資の判断を自己責任で行いうるほどの情報を収集したり、取引知識や投資経験を有していたと認めるには抵抗がある、と判示した
 また、本判決は、問題となる取引ないし取引手法の合理性については、全く合理性がないとは言い切れないとしつつ、「極めて専門的な性格を帯びているものであり、したがって、主として新聞等の証券欄の株価を見ながら、1か月に数回訪問してくる外務員から取引に関する知識を取得しつつ、余裕資金を運用している高齢の専業主婦が行う手法として正常なものであり、何らの問題もないとは到底いえない」として、このような取引手法で取引が行われていること自体がその正常性を疑わせると判示した。さらに、本判決は、担当社員の認識内容について詳細な検討を加え、投資家が貸金庫に保管していた株券を税制改正との関係で一旦売却した際の売却代金(同じ銘柄を買い戻すことが予定されていた)まで本件取引に投下されて取引規模が拡大されたことや、損失が拡大していた取引終盤段階には虚偽の損益を記載したメモが投資家に交付されていたことなども指摘して、担当社員は前記のような投資家の投資方針や情報収集の実情等を知りつつ、投資家の信頼を得たことを利用して投資家に適合しない取引に誘導し、過当な取引を継続し、高額の手数料を支払わせたと認定した(なお、約2年3ヶ月の取引で約7800万円の取引損が生じていたのに対し、手数料総額は約6900万円となっていた)。
 結論として本判決は、本件で問題となる取引は、それまでに投資家が経験していた取引等とは投資対象の選択、投資金額、投資の手法等の面で、質的に異なるもので、投資家が大まかに設定していた投資の枠組みを著しく逸脱しているものであるから、投資家の従来の投資経験では対応しきれないものであるにもかかわらず、投資家はそのことを明確に認識できていなかったもので、他方で、担当社員は、投資家から信頼されていることを利用して、積極的かつなし崩し的に投資家を問題取引に導き入れたとして、本件で問題となる取引の勧誘は投資家が自己責任を負うべき状況の下で証券取引を行うことを妨げたとし、適合性原則違反、過当取引による不法行為の成立を認めた。但し、前記のような投資家の属性が重視されて、5割の過失相殺が行われた。
 表面的な投資家の属性や取引経験等に振り回されることなく、客観的取引内容の異常さから正しく問題を指摘し、とくに多くの判決が目を背けがちな担当社員の認識内容を正面から判断して違法判断が行われた点において、注目すべき判決であると言える(但し、投資家側が主張していた過当取引の3要件の検討は行われておらず、違法判断のアプローチの在り方に関して議論が分かれるところであろう)。なお、かような判示内容からすれば5割の過失相殺は高過ぎるとも言えるが、投資家の属性、とくに本件取引が他社での過当取引被害について訴訟を行っていた最中の取引であったことからすれば、違法性の高さを正面から認めればこそ、一審判決の85%もの過失相殺が5割に変更されたものと見ることもできよう。