岐阜地裁 令和4年3月25日判決
- 商品
- ノックイン条項付き豪ドル建日経平均連動債(現物取引)、投資信託
- 業者
- みずほ証券株式会社
- 違法要素
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- X1:適合性原則違反、説明義務違反、注文不執行
- X2:適合性原則違反、説明義務違反
- 認容金額
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- X1:917万4621円
- X2:436万8027円
- 過失相殺
-
- X1:4割(日経平均連動債のみ)
- X2:3割
- 掲載誌
- セレクト59
- 審級関係
- 確定
事案は、証券取引をしていた亡夫Pの相続(平成13年)当時60歳のX1が、平成15年1月30日から平成19年11月19日までの間に15回日経平均連動債を購入したが、11回目以降の日経平均連動債で損害を被ったことについて、適合性原則違反、説明義務違反を理由に債務不履行を認め、さらに換金停止となる直前に売付注文を出していた投資信託について、注文不執行の債務不履行を認めた事件と、口座開設(平成19年1月)時64歳のX1の実妹X2が、2回購入した日経平均連動債で損害を被ったことについて、適合性原則違反、説明義務違反を理由に債務不履行を認めた事件である。
X1関係
判決は、P名義口座、X1名義口座とともにPが取引を行っていたこと、Pは平成13年5月30日に死亡し、当時60歳・無年金・無収入のX1が、株式、公社債投信等約1693万円のほか3000万円程度の流動資産を相続したこと、以後、X1は被告従業員に対し「定期的に金員(年金)が支払われるタイプの商品が好みである」という要望を伝えていたことを認定した。
その上で、判決は「各証券総合取引契約は」「原告らと被告との間の金融商品取引に関する基本契約たる性質をも有していると解」し、「同契約の下、被告は、原告らそれぞれに対し、個々の取引勧誘に際して、適合性原則を著しく逸脱するような勧誘を行ってはならない義務、投資の適否について的確に判断し、自己責任で取引を行うために必要な情報である当該金融商品の仕組みや危険性等について、当該顧客がそれらを具体的に理解することができる程度の説明を当該顧客の投資経験、知識、理解力等に応じて説明すべき義務、実質的一任売買・過当取引と評価されるような勧誘を行ってはならない義務を負うと解する」として、債務不履行の違法性を検討するとした。
判決は、「顧客の適合性を判断するに当たっては、当該取引類型における一般的抽象的なリスクのみを考慮するのではなく、当該商品の具体的な特性を踏まえて、これとの相関関係において、顧客の投資経験、証券取引の知識、投資意向、財産状態等の諸要素を総合的に考慮する必要がある」とし、日経平均連動債の商品特性として、「日経平均連動債は」「基本的に得られる利益は利金にとどまり、値上がり益を享受することはできない。」「上記の限度を超えて日経平均株価が下落した場合には、低利率のまま最長約7年間資金が拘束され、最終日経平均株価の所定の水準からの下落率に応じて投資元本の相当部分を毀損するリスクがあり、日経平均株価が種々の要因によって変動するものであることや過去の日経平均株価の動向を踏まえると、かかるリスクは十分に現実化し得るものであった」「日経平均連動債は、流動性に著しく劣り、中途売却は原則としてできないため、購入後に日経平均株価の動向が事前の見込みに反した動きをした場合に中途売却をして損失の発生・拡大を回避することができないという特性も有している。日経平均株価は、ニュ-スや新聞で比較的容易に入手可能な指標であり、日経平均連動債の利率決定、早期償還の有無、満期償還額の決定の仕組み自体が複雑困難であるとまではいえないが、その購入に際しては、将来の日経平均株価の動向を予測した上で損得を検討するという複雑困難な投資判断が要求されるといえ、上記リスクの性質、程度に照らせば、その投資結果につき自己責任を問う前提として、自分なりの見通しを持って主体的に日経平均株価の将来予測を行うに足りる知識、経験が求められる」とした。
判決は、X1の流動資産は余裕資金とはいえないとし、X1の投資意向は、「公的年金に加入せず収入源がなかったため、利息や分配金によって生計を維持したいというものであり、定期的に金員(年金)が支払われるタイプの商品が好みであるという要望を被告の従業員に伝えていた。年金に代わるものを得るという投資目的からすると、相当程度の収益を得る必要があり、X1は、相応の利回りを期待できるリスク性商品を一律に排除していたとまではいえないとしても、…X1の投資資金は、年金もなく新たな収入を期待できないX1にとって今後の生活を支える貴重な資産であり、その意向と事情に照らせば、X1が、元本を大きく毀損するリスクを許容していたとは到底認められず、このことはX1への投資勧誘を長年続けてきた被告の従業員らにおいても、当然に認識し、あるいは容易に認識することができた」。「X1の投資資金は余裕資金と呼べるようなものではなく、新たな収入源もなかったのであるから、X1が、元本を大きく毀損するリスクがあるのに、そのリスクを状況に応じて適時に回避し得えないような金融商品の取引を許容していたとまでは認められない。」「P死亡以前において、X1に、元本毀損リスクのある金融商品取引の経験があったとは認められず」「初回の日経平均連動債の購入時点において、X1は、将来の日経平均株価の動向について自分なりの見通しを持った上で主体的に投資判断を行うに足りる知識、経験を有していたとは認められない。」X1は、リーマン・ショック前に15回にわたって日経平均連動債を購入しているが、「そのいずれもが、被告営業担当者からの積極的な勧誘に受動的に応じたものであり、幸運にして比較的短期間で早期償還に至ったものについては損失が発生しなかったにすぎず、日経平均株価の動向を踏まえ、株価下落により発生するリスクを十分に理解して、主体的に投資判断するに足りる経験、知識を蓄積していたとは認められない。」X1は、Cが担当していた平成18年4月24日「以降は、早期償還したら買い直すことを勧誘して常に3銘柄以上の日経平均連動債を保有した状態を保ち、最後に日経平均連動債を購入した平成19年11月27日時点で5銘柄のノックイン条項付き豪ドル建日経平均連動債を同時に保有するに至って」おり、この5銘柄の合計買付金額31万豪ドル(円貨換算額は約3000万円)がX1の総資産の約半分を占めていることを認定し、「日経平均株価の動向次第によっては、保有資産の約半分が7年間拘束される上に、その相当部分が毀損し得るという極めて大きなリスクを抱えた状態であり、」「X1の投資意向や資金の性質にも適合しない状態であったということができる。」として、適合性原則違反を認めた。
さらに判決は、担当者が、「為替レートが大きく豪ドル安円高に移行する心配はないと思う」、「これまでのように3か月に1度ずつ、高い金利を取っていただくっていうのが、それが一番有効な方法だと思いませんか。」、「今回は日経平均連動債を購入するのが一番有効な方法だと思う」、「3か月に1度、日経平均連動債で高い利金を得ることができる」、ノックイン水準について「かなりのゆとりを持たせています」と述べたり、当初日経平均株価が1万7500円であった場合に、満期までの期間中に、その半値の8750円を下回らなければ、元本の5万豪ドルがそのまま戻ってくるが、下回った場合は額面割れするおそれがある旨説明した上で、日経平均株価が当初の半値以下になる可能性は非常に低い、考えづらいと述べたり、日経平均連動債は、日経平均株価が当初の半値以下にならなければ損失が発生しないという点でリスクが限定された商品であり、現状は、株価がどんどん上がっていくという状況ではなく、他方で株価が下値を切り下げていくような状況でもないと思うので、かかる状況下では日経平均連動債の利点が最大限発揮されることになると思う旨述べたことを前提として、「日経平均連動債を勧誘する被告従業員らにあっては、利率決定、早期償還判定、満期償還額決定の各仕組みに加えて、日経平均株価が予想に反して推移しても中途売却することができず、低利金のまま受渡しから約7年間資金が拘束され、元本の相当部分を毀損する危険性があることについて、X1の投資経験、知識、理解力に応じて説明を行う義務を負っていた」とし、事案の「X1は、株式取引の経験に乏しく、主体的に日経平均株価の動向を予測するに足りる知識と経験を持ち合わせていなかったのであるから、X1に対して、日経平均連動債の勧誘を行うに当たっては、そのリスクに関して誤った認識を抱かせないように丁寧に説明すべきであった」「被告従業員のA、B、Cは、X1に対する日経平均連動債の勧誘に際し、上記仕組みやリスクに関する説明が記載された商品概要説明書や目論見書を交付し、一応、その内容に沿った説明を行っていたと認められ、購入に際しては、リスク確認書も徴求している。しかしながら、上記被告従業員らが、とりわけ日経平均価格が大幅に下落した場合の日経平均連動債のもつ上記リスクについて、X1に対し、それをよく認識し得るように的確な説明をしたことを認めるに足りる証拠はなく、Cに至っては、その勧誘に際して、日経平均株価に関する楽観的な見通しを語った上で高い固定利率による利息収入のメリットを強調している。これにより、株式取引の経験に乏しいX1は、商品概要説明書等に記載されているリスク説明は形式的なものと誤認し、そのリスクの大きさを具体的に理解していなかったと認められる。」として説明義務違反を認めた。
判決は日経平均連動債15回全てを損益通算し、豪ドル建のものについては約定日の仲値で円換算すべきとした上で、過失相殺4割とした。
X1に関する投資信託の売付注文不執行の損害評価は、売付注文が執行されていれば得られた利益(注文が執行されていれば得られた売却代金額と購入価格との差)とし過失相殺されていない。
X2関係
判決は、口座開設した平成19年1月24日当時64歳のX2が全くの初心者であること、平成19年9月25日に初回の日経平均連動債を、同年11月21日に2回目の日経平均連動債を購入しているが、将来の日経平均株価の動向について自分なりの見通しを持った上で主体的に投資判断を行うに足りる知識、経験を有していたとは認められないこと、X2の流動資産は口座開設時点約2000万円程度であることを認定し、資金の性格が余裕資金であったと認められないとした。
また、判決は、X2が、「資産の保全」、「投資元本の安全性重視」、「利金等の収益性重視」、「流動性を優先」、「中・長期的売買益重視」、「短期的売買益重視」のうちから投資目的として「利金等の収益性重視」を選択していたことを認定し、「投資資金が余裕資金といえるものではなかったことを踏まえると、大きく元本が毀損し得るリスクを負ってまで投資を行う意向を有していたとは認められない。」として、「X2は、取引開始後1年にも満たない短期間で、約1000万円を日経平均連動債の購入に充てているが、これは、日経平均株価の動向によっては、当時の保有資産全体のおよそ半分に相当する約1000万円が約7年間拘束され、その相当部分が毀損し得るという大きなリスクを抱えた状態であり、X2の意向と実情に反するものであった」として、適合性原則違反を認めた。
判決は、「Cは、その勧誘に際して、日経平均株価に関する楽観的な見通しを語った上で高い固定利率による利息収入のメリットを強調しており、これにより、株式取引の経験に乏しいX2は、商品概要説明書等に記載されているリスク説明は形式的なものであり、実際にはリスクは顕在化しないとの印象を受けており、むしろ、Cの説明は、X2がそのリスクの大きさを具体的に理解することを妨げるものであったと認められる。」として説明義務違反を認めた。
判決は、X1と同様の計算方法で日経平均連動債2回を損益通算し、過失相殺3割とした。
この判決は、適合性原則違反について、日経平均連動債などの仕組みや危険性を正確に評価し、その上で原告の投資意向、知見などについて、「元本を大きく毀損するリスクを適時に回避しえないような金融商品の取引を許容していたとまでは認められない。」「将来の日経平均株価の動向について自分なりの見通しを持った上で主体的に投資判断を行うに足りる知識、経験を有していたとは認められない。」などと、極めて常識的な判断を積み上げて、説得力のある結論を導いている。また、適合性原則が証券取引基本契約から導かれることを明示した点、日経平均連動債の商品特性を正しく把握している点、支援論に基づいてリスク特性、リスク許容度、リスク評価能力、資産性格を総合判断して適合性原則違反が認められた点、説明義務違反が認められた点において、大きな意義のある判決である。