名古屋高裁 令和4年2月24日判決
- 商品
- 現物取引(国内株式、外国株式、外国債券、投資信託、外国投資信託、仕組債)
- 業者
- 野村證券
- 違法要素
- 説明義務違反ないし情報提供義務違反、実質的一任売買、指導・助言義務違反、信任義務違反
- 認容金額
- 1754万5608円
- 過失相殺
- 7割
- 掲載誌
- セレクト59
- 審級関係
- 確定
事案は、会社経営者の70代の男性が、自身の名義及び30代の長男の取引代理人として、平成25年4月~平成26年9月に行われた多数の現物取引で総額5321万8696円の損害を被ったことについて、説明義務違反ないし情報提供義務違反、実質的一任売買の違法性を肯定して損害賠償を認めた事件である。
判決が認定した事実経緯は、概ね、以下のとおりである。
1. 訴訟の概要
一審原告であった会社経営者男性が自ら取引を行うとともに(損失額3723万3878円以下、「本件取引1」という。)、遠方に居住する長男の取引代理人として長男名義でも取引を行っていた(損失額1598万4818円以下、「本件取引2」という。)。
会社経営者男性(以下、「亡X」という。)と長男(以下、「控訴人」という。)は、野村證券及び担当従業員1名(以下、「被控訴人A」という。)に対し、上記取引損失及び弁護士費用相当額の賠償を求めて提訴した。
亡Xは、一審訴訟中の平成30年に病死したため、控訴人が訴訟を受継した。
2. 会社経営者男性(以下、「亡X」という。)の属性
(1)経歴
農林高校を卒業後、農家である実家で農業の手伝いをする傍ら、土建屋でアルバイトをするなどし、その後7~8年程度ミシンの販売業務に従事していたが、父親の死亡後は再び実家で農業に従事。平成2年頃、住宅の外構工事等を取り扱う会社を立ち上げ、以降、同社の代表取締役を務めていた。
(2)収入及び資産
年収約6000万円。約2億円の預貯金のほか会社の土地などの不動産を所有。
(3)投資経験
- 遅くとも平成12年5月からモルガン・スタンレー証券で、国内株式・国内債券・国内投資信託・外国株式及び外国債券の取引を繰り返し行っており、1回あたりの約定額が500万円~1000万円に上るものが多数あった。
- なお、モルガン・スタンレーの顧客カードには、投資経験欄に「株式現金取引経験あり10年」「外国債券経験あり1年」「公社債経験あり20年」「投資信託経験あり20年」との記載がある。
- 平成20年9月30日に野村證券(被控訴人会社)豊田支店で口座開設し、同年12月9日から国内株式、投資信託、外国債券、外国株式等の取引を開始。平成22年6月頃から平成25年3月までは被控訴人従業員の前任者が取引を担当していたが、同年4月に被控訴人従業員に担当が交代。
- また、遅くとも平成21年1月3日から、碧海信用金庫において債券(個人向け国債)や投資信託の取引を行っていた。
3. 長男(以下、「控訴人」という。)の属性
(1)経歴
公立高校を卒業後、有名国立大学工学部及び同大学院を卒業し、電子部品メーカーに就職し、現在まで同社に勤務。
(2)収入及び資産
年収約1000万円。約7500万円の金融資産と自宅マンションを保有。
(3)投資経験
平成18年にSBI証券にインターネット証券口座を開設し、平成20年6月から平成21年3月まで、国内株式及び投資信託の取引を比較的少額で行っていた。
4. 本件判決(控訴審)の判断
名古屋高裁民事第3部は、原審を変更し、以下のように判示して、控訴人が主張した違法性のうち、説明義務違反ないし情報提供義務違反、実質的一任売買の違法性を認め、被告野村證券及び被控訴人Aの控訴人に対する損害賠償責任を認めた。
(1)適合性原則違反
「新興市場株式は、株価変動が激しいため、短期間で大きな利益が得られる一方で、短期間で大きな損失を被る危険性がある。また、新興市場株式及び外国株式は、いずれも発行元の業績等の投資判断のための情報を入手することが困難であるため、予想に反して株価が下落した場合に適切な時期に売却することが困難になる。さらに、短期間の頻回売買は、株価の変動によって損益が生じるという基本的なリスクは長期保有の場合と異ならないが、株価はたとえ優良企業であっても短期間の変動性が大きいため、短期間での売買の場合には損失のリスクが高くなり、また、手数料が増加するため手数料稼ぎの過当取引につながるという側面がある上、被控訴人A自身が供述するとおり常に相場を見ていなければ的確な投資判断をすることが困難であるため(略)、投資判断を証券会社の担当者の情報に依存する傾向となる。」
「取引経験はあったものの、認定事実のとおり、亡Xは、これまでの証券取引において、専ら証券会社の担当者から勧められた商品を売買していただけであり、本件各取引の商品についても、いずれも被控訴人Aが選定したものであり、亡Xや控訴人が自ら選定した商品は一つもなく、本件各取引において、投資対象(商品の種類、銘柄)、売り・買いの別、そのタイミング、価格、数量等については、ソニー株式会社の無担保社債及びノムラヨーロッパファイナンス円/豪ドルステップアップ社債の売却を断ったことと、投資信託(野村高配当インフラ関連株プレミアム(通貨セレクトコース))や外国債券(ドイツ復興金融公庫ブラジルレアル建債券)の投資金額を減額したことを除いて被控訴人Aの提案に従っていること、平成26年4月8日に被控訴人Aから外国債券であるアジア開発銀行トルコリラ建債券を買い付けて、平成25年6月18日に売却し(略)、同年11月20日に同じく外国債券であるドイツ復興金融公庫ブラジルレアル建債券を購入しており、被控訴人Aからそれと同じような商品である旨説明を受けたにもかかわらず、投資信託と外国債券との違いを理解していないことを示す発言をしていること、被控訴人Aの話に直感的な意見を述べたり、話を合わせたりすることはあっても、取引の合理性を判断するだけの情報がほとんど提供されていなかったにもかかわらず、時間を置かずに被控訴人Aからの提案に応じていたことがほとんどであったことなどからすれば、亡Xは、投資経験が長く、多種多様な証券取引の経験はあるものの、実際には証券取引に習熟していたわけではなく、どのような商品をどのようなタイミングでどれだけの数量をどのような価格で売買していくかといったことを自ら検討し、判断できるほどの知識や理解力・判断力を有しておらず、被控訴人Aは、亡Xとのやりとりを通じて、亡Xが実際には証券取引に習熟しておらず、証券取引についての知識や理解力・判断力が不十分であることを認識していたと認めるのが相当である。
また、亡Xは、平成26年8月28日に「まあ、それでも戻ってきて、ねえ、今までの報告書見ると、やっぱり利益が出とらんもんな。全然」と発言し、三か月毎に郵送される取引残高報告書を読んでいるかのような発言をしたが、直近の同年6月30日付けの取引残高報告書によれば、評価損を含めれば合計2420万円程度の損失になるところ、亡Xが同年9月29日に被控訴人Aの上司のBから評価損も含めて4000万円程度の損失であると説明されて激しく抗議したことからすれば、仮に同年8月28日時点で亡Xが取引残高報告書をよく読んでいたのであれば、被控訴人Aに対して激しく抗議するか、少なくとも評価損を含めた2000万円を超える損失はどういうことなのかと説明を求めたはずである。にもかかわらず、亡Xが同年8月28日時点で上記のような発言をしたにとどまるということは、亡Xが実際には取引残高報告書をよく読んでおらず、被控訴人Aもこれを認識していたと認められる。
さらに、認定事実(5)及び(6)の亡Xと被控訴人Aとのやり取りからすれば、亡Xが、自らがどのような商品を保有しているのか、その価格がどうなっているのか、個々の取引の損益や取引全体の損益状況等について正確に把握しておらず、被控訴人Aもこれを認識していたと認められる。
投資意向についても、お客様カード(乙2)には「投資対象・投資手法は限定せず、積極運用を考える。」欄にチェックがされているものの、認定事実(4)ないし(6)のとおり、亡Xが、被控訴人Aが担当者となる前は、短期的に売買を繰り返すことによって売買差益(キャピタルゲイン)を獲得するという取引手法を行っておらず、このような取引手法は、被控訴人Aが提案したことや、亡Xが個別の銘柄の売買を繰り返すことを嫌がっていたことからすれば、亡Xの投資意向としては、乗換売買等の短期的な売買を繰り返すといったものではなかったと認めるのが相当である。」「以上によれば、亡Xは、必ずしも証券取引について習熟していたとはいえず、知識や理解力・判断力に不十分な面があったことは否定できないが、本件各取引の対象がいずれも現物取引であること、亡Xの経歴、投資経験、被控訴人Aとのやり取り等からすれば、亡Xは株式、社債、投資信託の現物取引についてはその基本的な仕組みやリスクを認識し、新興市場株式の価格変動が激しく、外国株式や外国債券についてはカントリーリスクや為替リスクがあり、金融商品取引では手数料が発生しうることを理解していたと認められること、控訴人が亡Xを取引代理人としていたこと、亡Xらの財産状態等を踏まえれば、亡Xらが、国内株式、外国株式、外国債券、投資信託及び社債の現物取引の仕組みやリスクを理解することができず、およそこれらの取引を自己判断で行う適正を欠き、取引市場から排除されるべき者であったということはできないから、取引開始段階における適合性原則違反があったとは認められない。」
(2)説明義務違反又は情報提供義務違反
「(1)証券取引においては、証券会社の担当者は、取引に関する専門的な知識と経験を有するのが一般的であり、一般投資家である顧客は、担当者を信頼し、その提供する情報に基づいて投資判断することからすれば、担当者は、顧客に対し、当該顧客の知識、経験、財産等の状況を踏まえて、証券取引によるメリットやリスク等のデメリットに関する的確な情報の提供や説明を行い、顧客が自律的な投資判断ができるように配慮すべき信義則上の義務を負うというべきである。
2補正の上で引用した前記3(3)のとおり、亡Xは、株式、社債及び投資信託の現物取引についてはその基本的な仕組みやリスクを認識し、新興市場株式の株価変動が激しく、外国株式や外国債券についてはカントリーリスクや為替のリスクがあり、金融商品取引では手数料が発生することを理解していたものと認められ、亡Xが控訴人会社での口座開設申込みに当たって作成した顧客カードの「重要事項の説明に関するご意向」欄に、「別紙の『金融商品販売法に係る重要事項のご説明』をよくお読みいただき、以後、重要事項についてあらためて説明を受ける必要はないとお考えの場合には、当該商品にチェックしてください」との説明に対し、「国内外の株式・債券・CB(転換社債もしくは転換社債型新株予約権付社債)の7商品すべて」にチェックをしているのは、そのためであるといえる。
しかしながら、亡Xは、必ずしも証券取引に習熟しておらず、個々の取引の損益状況、保有している商品、その価格、取引全体の損益状況を把握しておらず、投資対象(商品の種類、銘柄)、売り・買いの別、そのタイミング、価格、数量については、社債と仕組債の売却時期や投資信託と外国債券の数量については自ら判断したことはあったものの、それ以外は全て被控訴人Aの提案に従っており、個々の取引の損益や取引全体の損益状況についても被控訴人Aからの情報提供に依存していたのであり、被控訴人Aが、亡Xとのやり取りを通じてこれらについて認識していたことは、補正の上で引用した前記3で認定したとおりである。しかも、認定事実(4)ないし(6)によれば、被控訴人Aは、亡Xに対し、従前の取引とは異なり、乗換売買や日計りなどの短期的な売買を提案し、かつ、株価変動が大きく、投資判断に必要な発行元企業等の情報を得ることが困難な新興市場株式の短期・頻回売買の取引や投資判断に必要な情報を得ることが困難な外国株式の取引を提案し、その結果、取引規模が拡大するとともに、取引内容や複雑化・高度化して、個々の取引の損益状況や取引全体の損益状況について理解困難な状況になっており、このような状況が亡Xの理解力や判断力を超えていることは、被控訴人Aも亡Xとのやり取りから十分認識できていたということができる。
そうすると、被控訴人Aとしては、亡Xに対し、自らが提案する個々の取引に関して、亡Xが自律的に判断ができるように、提案する個々の取引についてのリスクやデメリット、個々の取引の損益状況、取引全体の損益状況について情報を提供する信義則上の義務があったにもかかわらず、被控訴人Aは、認定事実(5)及び(6)のとおり、亡Xに取引を勧めるに当たり、当該取引のリスクを含めたデメリットについてはほとんど説明せず、利率が高い、利益を狙える、人気があって早く購入しないと売り切れてしまう(ドイツ復興開発銀行ブラジルレアル建債券)などと取引を行うメリットのみを強調し、アジア開発銀行トルコリラ建債券の買い付けの勧誘の際には満期償還時には元本が保証されるかのような誤解を招く説明をし、周知性の低い外国株式や新興市場株式についても、発行元企業の内容や業績について簡単な説明をするにとどまり、しかも、保有している商品の売却を勧めるに当たって手数料を控除しない売買損益額を告げ、中には虚偽の事実を述べて乗換売買を勧誘し、取引全体の損益についても、あたかも多額の含み損を回復することができたかのような虚偽ないし誤解を招く説明をしていたのであるから、被控訴人Aには説明義務違反ないし情報提供義務違反があり、その程度は社会的相当性を逸脱するものといえるから、本件各取引の勧誘行為についてはその全体として不法行為法上違法というべきである。」
(3)過当取引
「本件各取引は、従前の取引とは異なり、乗換売買等の頻回売買が増え、取引量や取引規模が拡大しているということができるものの、差引損に占める手数料の割合が30%を下回り、売買回転率が約2回であることに照らすと、客観的に過当取引であるとまで認めることはできない。
したがって、被控訴人Aの勧誘行為が過当取引として違法である旨の控訴人の主張を採用することはできない。」
(4)実質的一任売買
「本件各取引は、投資対象(商品の種類、銘柄)、売り・買いの別、そのタイミング、価格、数量について全て被控訴人Aが提案したものであり、亡Xは、社債と仕組債の売却をそれぞれ一度断ったこと、投資信託と外国債の投資金額をそれぞれ一度減額したことを除いて被控訴人Aの提案どおりに取引に応じている。
そして、被控訴人Aの勧誘のほとんどが電話によるものであり、企業名ですら周知性の低い新興市場株式や外国株式の企業内容をごく簡単に説明するだけで、外国債券や投資信託等についてもほとんど商品の内容を説明することなく、取引を行うメリットのみを強調し、取引による損失の発生やリスク等のデメリットをほとんど説明せず、アジア開発銀行トルコリラ建債券についてあたかも満期償還時に元本が保証されているかのように受け取れるような誤解を招く説明をし、手数料を含めない売買損益額(中には虚偽の売買損益額)を伝えて乗換売買を勧誘し、取引全体の損益状況についても虚偽ないし誤解を招く説明をした上で、短時間の電話で注文を取り付けており、1日のうちに複数の銘柄の乗換売買を電話で勧誘して注文を取り付けたものも複数ある。また、本件各取引では、値動きの激しい新興市場株式を1000万円程度の規模での乗換売買を繰り返したり、外国株式を2000万円を超える規模で買い付けたりという、従前の取引とは異なるリスクの高い取引が繰り返されている。さらに、被控訴人Aは、平成26年5月、亡Xに対し、平成25年12月30日に亡Xが控訴人の代理人として単価11.19米ドルで買い付けて、その後株価が下落していたスプリントコープ株を売却することを勧め、その結果、亡Xが控訴人の取引代理人として平成26年5月19日に単価8.9米ドルで6700株、同月29日に単価9.01米ドルで2000株、同年6月4日に単価9.29株で3500株を売却した(売買損は323万6670円)が、亡Xが平成25年12月30日に買い付けたスプリントコープ株2万6000株については、何ら売却を勧めておらず、売却のタイミングについての情報提供もしていない。そして、控訴人の取引口座において、スプリントコープ株の売却金を主な原資としてフィックスターズ株やCYBERDYNE株を買い付けているのに対し、亡Xの取引口座には乗換売買の原資となる他の銘柄が存在していたことを併せ考慮すると、被控訴人Aのスプリントコープ株の売却提案は、専ら控訴人の取引口座において新たな株式を購入するための原資を得るためと認めるのが相当である。その後、亡Xの取引口座において全く売却されなかったスプリントコープ株は、下落傾向が続き、平成27年9月4日に売却されて1530万6146円の損失が生じ、控訴人の取引口座において売却されなかったスプリントコープ株6800株も同日売却されて、同株の取引全体で401万5149円の損失が生じている。ほかにも、被控訴人Aは、平成26年6月16日、亡Xに対し、菊池製作所株の買い付けを勧め、同日、亡Xにおいて単価9710円~9740円で合計1000株、控訴人において単価9650円で900株を買い付け、その日のうちに株価が下落しているにもかかわらず、同年7月23日に亡Xに菊池製作所株の買増しを提案し、その結果、亡Xは、単価8800円で1200株買い付けている。そして、亡Xは、同年7月30日、被控訴人Aに勧められて菊池製作所株を単価8410円~8430円で合計2000株を売却して損失が生じているが、被控訴人Aがその時点で菊池製作所全株の売却を勧めなかった理由は不明であり、同日買い付けたタカラバイオ株の乗換売買の原資を得るため、それに見合う株数の売却を勧めたものと推認される。しかも、控訴人の取引口座においては、同年8月28日、菊池製作所株を単価7030円~7060円で全株売却して246万5163円の損失を生じているところ、菊池製作所株の株価の下落傾向が続いており、亡Xが保有している菊池製作所株200株についても早期に売却する必要性があったと考えられるが、被控訴人Aから売却を勧められることなく、被控訴人Aの退職後の平成27年12月1日に全株が売却され、結局、菊池製作所株の売買で277万9903円の損失が生じている。このような取引は、含み損を抱えている商品を長期間放置する一方、当該含み損を取り戻すなどの名目で短期売買を繰り返させ、手数料稼ぎを行うといういわゆる因果玉の放置と評価せざるを得ない。ほかにも本件各取引においては、株価が下落していたため売却しながら、同じ日や数日後に買増しをする(認定事実(5)ソのエフオン株、認定事実(5)ツのCYBERDYNE株)など合理性の乏しいものが散見される。
このように、本件各取引には合理性が乏しいものが散見されることに加えて、亡Xが、短時間の電話だけで即時、的確に勧誘された取引の内容やリスク等を理解して投資判断ができるほど十分な投資に関する知識・理解力・判断力を有していなかったことからすれば、亡Xが、勧誘された商品の内容や取引のリスクや合理性等について理解し、自律的な判断に基づいて取引を行うことができていたとは推認し難く、被控訴人Aの提案を無批判的に従っていたと認めるのが相当である。
現に、亡Xが、被控訴人会社から、取引の度に取引報告書を送付され、3か月毎に取引残高報告書を受け取り、それらを読めば個々の取引の内容や多額の評価損を抱えていることを認識することができたにもかかわらず、平成26年9月29日に被控訴人Aの上司であるBから評価損も含めて4000万円程度の損失になっていると伝えられ、驚いて激しく抗議をしていることは、亡Xが自ら個々の取引の損益状況や取引全体の損益状況を把握しておらず、被控訴人Aの説明内容を鵜呑みにしていたことを裏付けるものといえる。
したがって、被控訴人Aの亡Xに対する勧誘は、実質的一任売買に当たるといえる。
一任売買は、手数料稼ぎのために取引の回数を多くして顧客に過大な手数料を負担することになりやすく、相場状況からみて必ずしも適切でない取引を安易に実行したり、取引の数量を大きくしたりして顧客に過大なリスクを負担させることになりやすいため規制されているものである。本件各取引は、手数料化率はいずれも30%を下回り、売買回転率は約2回であるものの、前記認定のとおり亡Xの投資についての知識、理解力や判断力を超える過大なリスクを負担させるものであるし、合理性の乏しい取引も散見される上、被控訴人Aが、亡Xが投資経験の割には投資に習熟しておらず、被控訴人Aの提案に無批判的に従っていることを認識しながら取引を続けていたことを総合考慮すれば、被控訴人Aの本件各取引の勧誘は、社会的相当性を逸脱するもので、一体として不法行為法上違法なものと認めるのが相当である。」
(5)指導・助言義務違反
「控訴人は、証券会社の従業員には、自らが勧誘して行わせた取引により顧客が不測の損害を被ることや損害拡大の防止のため、早期の損切りや取引金額の縮小など適時かつ適切な指導助言を行う義務があると主張するが、株式の現物取引には取引期間の制限がないため、自らが勧誘して取引を行わせた株式の価格が予測に反して下落した場合、その後株価が上昇する場合も十分あり得るから、必ずしも早期に損切りさせることだけが顧客にとって有益であるとはいえない。控訴人の上記主張が、自らが勧誘した取引を行わせた商品の価格が予想に反して下落した場合、顧客がその自律的な判断によって当該商品の売却をするために必要となる情報を適時・適切に提供をする義務をいうのであれば、それは、説明義務違反として既に判断したとおりである。
また、控訴人は、被控訴人Aが亡Xに短期・頻回かつ多額・多数量の日計りや乗換売買等必要性や合理性に乏しい取引を繰り返させ、リスクの高い外国株式や新興市場株式につき多額の含み損が拡大していたにもかかわらず、被控訴人A及びその後任者が、取引数量を減らしたりするなど適時・適切な指導・助言を行わなかったという指導・助言義務違反を主張するが、これについては、説明義務違反及び実質的一任売買としての違法性として既に判断したとおりであるし、控訴人の主張する信任義務違反についても、説明義務違反及び実質的一任売買としての違法性として既に判断したとおりである。」
(6)損害について
控訴審は、担当者の退職後の売却等による損失は損害に含まれるかにつき、次のように判示して、これを肯定した。
「ところで、本件取引1については、別紙1のとおり、被控訴人Aが担当した最終の取引時点である平成26年8月28日では売買損失の累計額は209万1662円であり、その後、被控訴人Aの勧誘によって買い付けた株式(エフオン株、菊池製作所株、スプリントコープ株及び省電舎株)やドイツ復興金融公庫ブラジルレアル建債券を売却したことや、アジア開発銀行トルコリラ建債券が償還期限を迎え、円貨換算により為替損が生じた結果、損失額が3821万9934円となった。
この点、被控訴人らは、被控訴人Aの退職後の売却等による損失は損害には含まれない旨主張する。しかしながら、前記認定のとおり、本件取引1が説明義務ないし情報提供義務違反、実質的一任売買としてその全体が違法であるといえることに加えて、被控訴人Aの退職時の平成26年9月30日時点においてもエフオン株、菊池製作所株、スプリントコープ株及び省電舎株が評価損を抱えていたことなどを考慮すれば、被控訴人Aの退職後に売却したことで損失が確定したとしても、被控訴人Aの違法な勧誘行為と相当因果関係を肯定すべきである。
ところで、亡Xは、被控訴人Aの違法な勧誘によって省電舎株を買い付けたことによって新株予約権を付与され、この新株予約権の売却によって98万6056円を得ている。本件取引1における勧誘行為が全体として違法であるとして、上記のとおり被控訴人Aの退職後に損失額が確定したものも含めて損害額を算定する以上、上記の新株予約権の売却による利益も控除して損害額を算定するのが相当である。また、上記の新株予約権の付与及びその売却益は、亡Xが不法行為によって損害を被ると同時に同一の原因によって利益を受けた場合に当たり、損害と利益との間に同質性があるといえるから、公平の見地から、その利益の額を損害額から控除することによって損益相殺的な調整を図るのが相当である。
したがって、被控訴人Aの違法な勧誘と相当因果関係のある本件取引1の損失額相当の損害額は3821万9934円から98万6056円を控除した3723万3878円と認めるのが相当である。」
(7)過失相殺について
「亡Xは、自らの理解力や判断力を超える取引であったにもかかわらず、被控訴人Aの提案に盲従して取引を継続していたのであるから、投資者として当然負うべきリスク管理を行わなかった点において落ち度があるといわざるを得ない。しかも、平成26年以降の取引については、取引残高報告書をきちんと読んでいれば、平成25年12月に買い付けたスプリントコープ株が大幅な評価損を抱えていたことや被控訴人Aの提案を鵜呑みにすることが危険であることを認識できたにもかかわらず、その後も被控訴人Aの提案に安易に従って取引を継続したことで損害を拡大させたといえる。
また、被控訴人会社は、控訴人に対し、取引の都度、取引報告書を郵送し、3か月ごとに取引残高報告書を郵送していたのであるから、控訴人がそれらを読んでいたなら、取引代理人である亡Xが控訴人の意向とは異なる取引を繰り返していたことを十分認識できたといえるが、亡Xにそれをやめさせようとした形跡はない。
以上によれば、本件各取引による損害の発生及び拡大は、亡X及び控訴人にも相応の過失があるといわざるをえず、本件各取引が信用取引ではなく現物取引であることなど本件に顕れた一切の事情を考慮すると、損害の公平な分担の見地から損害の7割の過失相殺をするのが相当である。」
5. コメント
控訴審判決は、原判決を変更し、取引経緯について詳細な事実認定の上、証券取引の経験を相当有していた亡Xが、実際には証券取引に習熟しておらず、担当者の提案に盲従していたすぎないという取引の実態を的確に捉えた上、個々の取引についてのリスクやデメリット、損益状況、取引全体の損益状況について、説明義務違反ないし情報提供義務違反を認めるとともに、実質的一任売買の違法性をも認めたものであり、業界最大手の野村證券相手の逆転勝訴判決であることも相まって、先例的価値の大きな判決であるといえる。
6. 原判決について(参考)
原審である、名古屋地裁岡崎支部令和2年12月23日判決は、次のように判示して、原告らが主張した違法性を全て排斥し、請求を棄却している。
(1)適合性原則違反について
「亡Xは、ハウジングセンター○○の代表取締役として20年以上にわたって同社の経営に携わり、また、本件各取引に先立ち、モルガン・スタンレー証券等で本件各取引の対象となった金融商品取引のうち国内株式、国内債券、投資信託、外国株式及び外国証券についていずれも長期間にわたる取引経験があり、相応の投資経験及び知識を有していたと認められるのであって、株価や基準価格、債券利回り等の変動がどのような要因で生じ得るのかや、これを正確に理解することができるだけの知識や経験を有していたものと考えられる(これに対し、原告は、亡Xについて、金融や経済の知識がなく投資に関する知識・理解もほとんど有していない投資のごく初心者であったとか、金融商品取引の経験もほとんどなかったなどと主張するが、(中略)いずれも到底採用できない。)。このように、亡Xが金融商品取引に伴うリスクを正確に理解した上で取引に及んでいたであろうことは、(略)の亡Xと被告Aとの通話からも顕著にうかがわれる上、(略)で認定した事情等に照らせば、亡Xの投資以降は相応に強かったこともうかがわれる。」
(2)説明義務違反又は情報提供義務違反について
「亡Xの経歴、資産状況、投資経験や知識、勧誘の際の亡Xの被告Aに対する発言を踏まえると、亡Xは、金融商品取引(現物取引)の利益やリスクに関する十分な理解を有していたことが推認されるというべきであり、被告Aにおいて、個別の取引の勧誘ないし受注のたびに改めて亡Xに個々の取引の利益やリスクを説明等する法的義務を負うということはできない。」
「亡X及び亡Xを取引代理人に選任した原告は、共に、金融商品取引、殊に現物取引について相当の判断能力を有していたと認められることに加え、被告会社が原告及び亡Xに対し本件取引報告書を概ね3か月おきに送付していたこと(略)、被告Aが亡Xに対し頻繁に電話をして相場や金融商品についての説明を行った上、亡Xと面談して、原告及び亡Xの投資意向を確認したり本件取引報告書の説明を行ったりしていたこと等の事情からすれば、被告らは原告及び亡Xに対してその能力等に見合った十分な説明と情報提供を行ったと評価すべきであって、被告らについて、原告又は亡Xに対する説明義務違反ないし情報提供義務違反があったとの原告の主張を採用することはできない。」
(3)過当取引について
(口座支配性について)「亡Xの金融商品取引に関する知識及び取引経験等に照らすと、亡Xが本件各取引の説明内容等について全く理解できないまま被告Aに対して相槌を打っていたとは認め難い。たしかに、亡Xが被告Aの電話での説明ないし提案に対して「はあはあはあ」、「うんうん」、「はいはい」などと相槌を打つことが多かったことは原告の指摘するとおりであるが、他方で、(略)、亡Xは、必要な場面では相場ないし投資指針について自らの見通しや希望を述べ、また、被告Aの説明又は提案に疑問を述べ、被告Aから提案された取引を行うかどうかについて迷いを口にしたり判断を留保したりしていることも認められるのであって、こうしたやり取りに照らしても、亡Xが被告Aの説明や提案を理解できないまま被告Aの言いなりとなって取引していたなどとは認め難い。かえって、亡Xの金融商品取引に関する知識及び取引経験のほか被告Aに対する上記のような発言をも踏まえると、亡Xが被告Aの説明ないし提案に対して相槌を打つことが多かったのは、むしろ、被告Aの説明ないし提案を十分に理解して了承したからであったと考えられる。
以上に検討したところに照らすと、亡Xは、被告Aから説明を受けることで、勧誘に係る取引の当否等について自律的に判断をして応答していたものと認めることができ、(略)、被告Aが原告又は亡Xの取引に支配を及ぼしていたとは認めることはできない。」
(4)一任又は実質一任売買について
「被告Aは本件各取引に際して主として亡Xから電話で売買注文を取り付けており、その際には亡Xの投資判断の材料となる情報を提供した上でその投資判断を仰いでいたものであって、さらに、(略)、面談してその投資意向確認や取引提案を行うこともしばしばあったのであるから、両者の連絡は緊密に取られていたといえる。そして、上記1で認定した亡Xの経歴、資産状況、投資経験や知識、勧誘の際の亡Xの被告に対する発言を踏まえると、亡Xは、現物の金融商品取引の利益やリスクに関する十分な理解を有していたといえるから、上記3で検討したとおり、被告Aが各金融商品の売買を勧める際に改めて亡Xに個々の取引の利益やリスクを説明等する法的義務を負うとはいえず、本件における被告Aの説明ないし提案に基づいて亡Xが自律的に投資判断を行うことは十分可能であったといえる。このことは、亡Xと被告Aとの間の電話でのやり取り(略)からも明らかである。これに加え、原告又は亡Xが、いずれも被告会社から本件取引報告書の送付を受けるなどして本件各取引の詳細を把握していたと考えられるにもかかわらず(略)、本件各取引の内容等について被告らに異議を述べたような事情も窺われない。そうすると、原告又は亡Xは、本件取引1については亡X自身の判断で、本件取引2については原告の取引代理人である亡Xの判断で、それぞれ本件各取引を行ったと認めるのが相当であり、本件各取引が原告又は亡Xの投資判断を介在せず被告Aに実質的に一任されたものであったとは認められないから、原告の主張は採用できない。
(5)信任義務違反又は指導・助言義務違反
「原告は、本件取引1のうち菊池製作所株及びスプリントコープ株の取引について、亡Xの含み損が拡大していたにもかかわらず、被告Aが早期の損切りを助言しなかったために含み損が拡大したと主張し、また、本件取引2のうちスプリントコープ株及び日本エンタープライズ株についても、原告の含み損が拡大していたにもかかわらず被告Aが早期の損切りを助言しなかったために損失が拡大したと主張する。上記原告の主張は、要するに、被告Aが原告又は亡Xに対して強く損切りを勧めるべきであったのにこれをしなかったことが指導・助言義務違反であるとの趣旨に解されるが、そもそも株価の値動きを正確に予測することは不可能であるから、ある時点で含み損が出ているからといってこれがその後も拡大し続けると正確に予測することは困難であり、それ故にその判断は投資者が自己責任で行うべきものであるし、上記のとおり、証券会社ないしその従業員が顧客である投資者に対して一般的な指導助言義務を負うものでもないから、採用し難い(なお付言するに、原告は、本件各取引のうち損失がわずかな時点で損切りが行われた多くの取引について、被告らが手数料稼ぎ目的で短期取引を繰り返させたなどと主張しているのであるから、一方で、被告Aに対し、損失がわずかなうちに強く損切りを勧めるよう求めるのは上記主張と整合しない主張といわざるを得ない。)。」
(6)亡Xと被告Aとの電話でのやり取りについての認定
「被告Aは、亡Xから本件各取引に係る注文及び受注を専ら電話で行っており、その通話時間は、1回当たり概ね二~三分程度のことが多かったが、時には10分を超えるような通話(略)がされることもあった。
亡Xは、被告Aからの電話での提案や説明に対し、「うんうん」、「そうそう」、「はあはあはあ」、「ふんふん」、「ああ」などとこれを受け止める相槌を打ち、又は被告Aの提案に同意する発言をすることが多かった。他方、被告Aとの通話中には、亡Xが「だから勝負してやったらいいんじゃないか。」(略)、「今日のうちの勝負か、もうちょっと見といて。」(略)、「うん。まあ早い、早い勝負だね、こういうのはね。ちょっと置いちゃうと。」(略)、「明日は上がるかもしれんね。今日下がったで。」(略)、「反発待たなしょうがないね。」(略)、「一応まあ、やるなら1本ぐらいかなー。」(略)、「まあ、その方がいいか、どうしような。とりあえず金利が年1000万で8万ぐらいか。」(略)などと自らの取引方針を述べる発言をしたり、「まあそれでも戻ってきて、ねえ、今までの報告書見ると、やっぱり利益が出とらんもんな、全然。」(略)、「まあすぐ戻るだろう、ここ、社債なんかは。」(略)、「まだいいわね、自民が。自民党が圧勝だで、きっとね。」「終わってからガタンってことはないもんでね、きっと。」「と、1750ぐらいか。」(略)、「結構面倒くさいな。ちょっと減らしといてくれたらいいなー。」(略)などと取引内容や損益状況を把握して今後の相場の見通しや投資指針について意見を述べることもあった。また、亡Xが被告Aの説明に対し「本当?ストップ高してドーンと落ちることはないやね。」(略)、「うーん、何とも、ようてっぺん行くとダーと落ち込むわねえ。」(略)、「バイオはよくないんか。」(略)、「持ってるやつはどうだ、ほかのやつは。」(略)、「いいわ、それは。はい。」(略)、「違う違う違う違う。500、500だわ。500は税金のあれだもん。」「と、税金が多なっちゃうじゃん。」「うん。そうだで、行くなら500だね。」(略)、「うーん、うんうん。どうしような。でも、金額があれなら知れたもんだわねえ。まあまあの金額で言うと。」「違う違う。5年とか3年とか決まっとるわけじゃないの。」(略)、「うーん、まあちょっと検討さして、これ。」(略)、「まあ2000万はちょっといかんかもしれんけど。」(略)などと被告Aの説明又は提案の内容を確認し、疑問を述べ、又は提案された取引を行うかどうかについて迷いを口にしたり、判断を留保したりすることもあった。」