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解    説

■判  決: 東京地裁平成28年6月17日判決

●商  品: 仕組債(株価連動型)
●業  者: みずほ証券
●違法要素: 適合性原則違反、説明義務違反
●認容金額: 3038万6615円
●過失相殺: 3割
●掲 載 誌: セレクト51・53頁、金融・商事判例1499・46頁
●審級関係: 確定


 事案は、昭和5年生まれの一人暮らしの女性顧客が、預金先の銀行から被告証券会社を紹介され、平成20年4月から9月にかけて、4つの仕組債の勧誘を受けて合計約7000万円でこれらを順次購入し、多額の損失を被ったため、証券会社と銀行に対して損害賠償請求訴訟を提起したというものであった。(なお、銀行に関しては、銀行担当者が勧誘に関与したと認めることはできないとして、請求棄却となっている。)
 判決の認定によれば、顧客は、結婚後は夫の経営する工場の事務の手伝いをするほかは主婦であって、夫死亡後は相続した自宅に居住し、収入は年金のみで稼働したことはなかった。また、顧客は平成18年に「要支援1」の認定を受けており、本件各取引開始後には、本件各取引開始前の時期を発症日とした認知症の診断を受けていた(判決では、顧客の症状等についても具体的な認定が行われている)。さらに判決は、顧客の資産状況や投資経験を子細に検討し、本件各取引開始時には株価等の変動による元本割れの可能性のある投資信託や、外貨預金も保有していたことや、株式取引経験はなく、本件各取引まで証券会社に口座を開設したこともなかったことを認定している。
 本件の4つの仕組債は、いずれもノックイン条件やノックアウト条件が付された株価連動型仕組債で、1つめは利率及び償還金額が2つの参照銘柄の株価で変動する商品、2つめは利率及び償還金額が単一の参照銘柄の株価で変動する商品、3つめ及び4つめは利率が3つの参照銘柄の株価で変動するとともに、一定の要件の下で参照銘柄の株式で償還される商品であった。2つめ以外はいずれも参照銘柄が複数の商品(バスケット型)であり、これらは、株価下落によって損失が生じる場合には、複数の参照銘柄のうち最も下落した株式の下落分に応じた損失が生じてしまうという特性を有していた。また、1つめ及び2つめは外貨建であり、為替変動リスクも含んだ商品であった。
 以上を前提に、判決は、適合性原則違反の有無の判断に関し、「本件商品の特徴」として、以下の点を指摘した。まず、判決は、「リスクの内容」として、4つのうち3つの仕組債はバスケット型で、対象銘柄のうち最も値下がりした株式の株価を基準として償還される点において、対象銘柄のうち1つを購入した場合より大きい損害を被り得るリスクを負うこと、償還までの最長約3年間、損失を被らずに換金できない可能性があるという流動性リスクを含むものであったこと、4つのうち2つの仕組債は為替変動リスクを含む商品であったことから、「本件各商品は、上場株式の現物等その他の金融資産と比べても相当程度リスクの高い商品であり、積極的にリスクを取って利得の拡大を志向する投資者に適した商品であったと評価できる」とした。次に判決は、本件各商品を購入する原資となった資産の相当部分は、株価等の変動による元本割れのリスクも流動性リスクも含まず、又は含むとしても本件各商品に比してリスクの小さいものであったとした上で、「原告は、本件各商品の購入によって、質的にも量的にも相当に大きい株価変動リスク及び流動性リスクを負担することになったというべきである」とし、また、為替変動リスクについても、本件各商品の購入によって同リスクが減少したと認めることはできないとした。さらに判決は、本件各商品の仕組みの難解さを指摘し、「このような商品の購入による損得を適切に判断するためには、相当高度の投資判断能力が要求されるものであったといえる」とした。加えて、判決は、被告証券会社が作成した内部マニュアルでは、顧客に対するリスクの度合い等から、ランク1から5までの商品ランクを定めていたところ、本件各商品は直接にはこのランクのいずれにも該当しないが「ランク4」または「ランク5」と同程度のリスクや複雑性を有するものであったとした(かかる認定の根拠として被告証券会社担当社員の証言が挙げられていることからして、同社員が証言において以上の点を認めたものと思われる)。
 そして判決は、顧客の属性に関し、一定程度の金額については元本割れのリスクを含む金融商品に投資を行う財産的余裕を有していたとし、元本割れのリスクのある商品に投資する意図が一切なかったとまでは認められないとしつつ、保有する金融資産の半額を大きく上回る約7000万円もの資金を相当程度のリスクのある商品に投資するのが相当といえるほどの余裕があるとまでは認め難い、このような投資を積極的に望んでいたとまでは認め難い、と認定した。また、判決は、顧客には一定程度の投資経験があったとしつつ、これらは個別の株式銘柄ごとの相場の変動を予測するといった投資判断は必要とされない商品であったことを指摘して、顧客には本件各商品のような複雑で難解なリスクを含み、高度な投資判断能力が要求されるような商品への投資経験があったとはうかがわれないとし、さらに、顧客は元本割れのリスクの限度では理解していたことがうかがわれるものの、本来は計算上リスクが増大したことを意味する利率の上昇を単純に歓迎するような態度を取っていること等から、本件各商品の難解なリスクの内容や大きさを十分に理解した上で購入したものとは認め難いと認定した。加えて判決は、前記の被告証券会社の内部マニュアルでは、「ランク4」「ランク5」の商品は本件の顧客への適合性を満たさず、このマニュアルによっても、本件各商品の勧誘は実質的に適合性を満たさない勧誘に相当するものであったことを指摘した。
 以上により本判決は、「以上のとおり、本件各商品の含むリスクが相当程度大きく、原告は本件取引によってその抱えるリスクを過大に負担することになったものであり、かつ、そのリスクの大きさ及び仕組みの難解さに鑑みれば本件各商品の購入による損得を適切に判断するためには相当程度高度の投資判断能力が要求されるものであったと認められるのに対し、原告の年齢や認知症の程度に加え、その投資意向、財産状態及び投資経験等の諸要素を総合的に考慮すると、○○(注・被告証券会社担当社員)が原告に対して本件各商品の購入を勧誘したことは、適合性の原則から著しく逸脱したものであるというほかなく、これによって本件取引を行わせたことは、不法行為法上も違法と評価することができる。」として、適合性原則違反を認めた。
 さらに判決は、説明義務違反についても、形式的には一応の説明があったことを認めつつ、「原告の投資取引に関する知識、経験、財産状況等に照らすと、前記(2)の説明内容によって、原告において本件各商品の取引に伴う危険性を具体的に理解できるような情報が、必要な時間をかけて十分に提供されたとは認め難い。」(原文のまま)とし、加えて、4つめの仕組債の購入に際しては、その直前のリーマン・ブラザースの破たんについての情報提供も行われていなかったことがうかがわれるとして、説明義務違反の違法も肯定した。
 なお、損害額については、2つめの仕組債の償還金と最終の利金は米ドルで支払われてMMFの購入に充てられたことから、円換算を行うべき基準時が問題となったが(被告証券会社は、MMFが解約された際の為替レートによる円換算を主張していた)、判決は、MMFは本件の仕組債とは異なる商品であって仕組債に係る顧客の損害は償還の際に確定したとして、償還時の為替レートによる損害算定を行った。
 顧客の属性からすれば3割の過失相殺には疑問が残るが、仕組債の商品特性上の問題が正しく把握されて、適合性原則違反及び説明義務違反が認められた点において、意義のある判決である。