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解    説

■判  決: 名古屋地裁岡崎支部平成27年12月25日判決

●商  品: 仕組債(為替連動債)
●業  者: 野村證券
●違法要素: 説明義務違反
●認容金額: 1111万7800円
●過失相殺: 6割
●掲 載 誌: セレクト50・57頁
●審級関係: 控訴審で和解

 事案は、高校卒業後、工場等での現場作業のアルバイトを転々とし、期間工(半年契約・最長3年)として勤務していた顧客(判決時には無職となっていた)が、平成19年7月に為替連動型(2通貨型)の仕組債を代金5000万円で購入したところ、大きな損失が生じ、当該仕組債を保有したままで損害賠償請求訴訟を提起したというものであった。

 まず判決は、顧客の過去の投資経験につき、平成17年に1億円を超える遺産を相続したことから他社でインターネットによる株取引(取引の頻度は高かったが、1銘柄当たり数十万円程度の比較的小規模の取引であった)を行っていたが、証券外務員とのやりとりの経験はなく、投資に関して専門的な知識を有していなかったこと、顧客はこの株取引では利益を上げることができなかったため専門家に任せた方がよいと考えて、平成19年6月以降、他社で投資信託を3回(1回の購入代金は約500万円〜約900万円)購入していたことを認定した。そして判決は、本件取引の経緯として、このような顧客が被告証券会社の商品であるファンドラップ(投資一任契約)に興味を持つに至り、その説明を聞くために被告証券会社の店舗を訪れたこととや、ファンドラップの契約にあたって記入されたお客様カード等の記載内容(投資方針等)を子細に認定し、かかるファンドラップの契約が締結された日に、被告証券会社から本件仕組債類似の仕組債(但し当時は既に募集が終了していた)が紹介されて30分程度の説明が行われたこと、これに顧客が興味がある旨の意向を示したため、その後同様の仕組債が組成されることになった際に被告証券会社から連絡がなされ、店舗に赴いた顧客に資料を示しての説明が行われたことや、その際の説明内容を詳細に認定した。さらに判決は、被告被告証券会社が明らかにした本件仕組債の被告証券会社における社内時価の動きについて、米ドル又は豪ドルのいずれか一方でも円高に進むと、その円高の水準が満期償還の場合の換算レートよりは円安という場合であっても、大きく下落していることを認定した。

 その上で判決は、適合性原則違反の有無の判断の前提として、「本件仕組債の商品特性」と題して、以下の認定を行った。
 「本件仕組債は、最初の半年は最低年率10.05%のクーポンを受け取ることができ、それ以降(最初の半年に最低年率以上のクーポンが発生するかも含む)は、米ドルと豪ドルの為替相場に連動し、年2回の利払日において、同日の午後5時時点の米ドル及び豪ドルの円貨がいずれも基準価格を上回る場合(円安の場合)に、その差分のうち小さい方を基準にクーポンが支払われ、クーポンの累積額が額面の9.05%を超える場合には、早期償還として元本5000万円が円貨で支払われるが、早期償還の条件を満たさないまま満期である30年目の利払日を迎える場合には、発行者の選択により、62万5000米ドル(1米ドル当たり80円として5000万円を換算したもの)又は71万4285.72豪ドル(1豪ドル当たり70円として5000万円を換算したもの)が償還されるというものである。すなわち,米ドル及び豪ドルの為替相場のいずれも基準価格より円安に進めば早期償還の可能他は高まるが、いずれか一方でも基準価格より円高に進めばクーポンを得られず、早期償還しない可能性が高まり、早期償還がされないときには、発行体の選択により米ドル又は豪ドルによりあらかじめ定められた金額で満期償還されることになるというものである。このようなクーポン発生や償還の条件自体は理解困難なものとはいえない。」
 「顧客が受ける利益は、最大で元本の9.05%に当たる452万5000円のクーポンであり、クーポンの累積が上記額に達するのが早ければ早いほど、高利率で運用できたことになる。他方で,早期償還がされない場合には5000万円もの資金を30年間拘束されることになり、しかも、満期償還は円貨では行われず、1米ドル当たり80円又は1豪ドル当たり70円で5000万円を換算したもののうち不利な方により償還されるのであるから、米ドル又は豪ドルのいずれか一方が満期償還で定められた換算レートより円高になっていれば元本割れを生ずる。なお、理論上は、30年後の1米ドル及び1豪ドル当たりの円貨が上記換算レートより円安である場合には、満期償還されることにより為替差益を得られるが、円安が進み、1米ドル及び1豪ドルが基準価格よりも高い状況が続けばそれまでにクーポンが累積額に達して早期償還されることになる可能性が高く、結局、満期まで持ち続ける状況にあるのは全体的な傾向としては基準価格より円高で推移している場合であるとともに(もっとも、為替相場には短期的な変動も生じることから、満期時点で基準価格より円安になっているという場合もないではないが、後述のとおり、米ドルと豪ドルの両方が基準価格より円安になっていなければ、為替差益を得ることはできない。)、発行体としては、利益の最大化又は損失の最小化を図ろうとすることから、米ドルと豪ドルのうち為替差益のより小さい方(ただし、満期償還時の為替レートより円高になっており、為替差損が生じている場合には、為替差損が生じている方、両方ともに為替差損が生じている場合には、為替差損のより大きい方となる。)を選択すると考えられるから、満期償還となった場合に為替差益により大幅な利得が生じる可能性は相対的に低くならざるを得ないというべきである。」
 「そして、クーポン発生のための基準価格は1米ドルが109.20円、1豪ドルが94.50円であるところ、本件仕組債契約時の為替相場からすれば、そのままの価格で推移すればクーポンが発生するのであり、一見するとクーポン発生の可能性が低いとは思われないものの、為替相場の変動は様々な要因が影響する予測困難なものである上、クーポンの支払条件は2通貨のうち不利な方によって決まること、利払日は年に2回しかないことからすれば、満期に至るまで投資資金の拘束が続く可能性は決して低くないものというべきである。」
 「満期に至るまでの投資資金の拘束を避けるためには途中売却をする必要があるが、本件仕組債については取引市場がなく、事実上被告会社に社内時価を基準に上下5%の範囲内で被告会社が決定した価格で買い取ってもらう以外に売却方法はないところ、社内時価は、購入価格に比して相当に低く設定されており(被告会社が明らかにした社内時価の動きを見ると、購入日の為替水準であっても、元本を15%程度割り込む上、米ドル又は豪ドルのいずれか一方でも円高に進むと、その水準が満期償還の場合の換算レートよりは円安という場合であっても、大きく下落していることが分かる。)、途中売却をすれば大幅に元本を欠損するリスクが相当に高いものといえる。しかも、被告会社における本件仕組債の社内時価の変動は為替レートの影響が強いものの、為替レートのみに連動するものでないと認められるところ(甲106、107)、被告会社が顧客に定期的に社内時価を公表するようになったのは平成21年1月以降のことであり、かつ、社内時価の具体的算定方法も明らかにされていないことから、公表以後も、顧客は、公表された毎月の最終営業日時点の社内時価が分かるのみであって、リアルタイムで社内時価を確認したり、将来の社内時価を予測計算したりすることもできないことからすれば、顧客においてタイミングを逸することなく売却の機会を判断することも困難というべきである。」
 「このように、本件仕組債は、クーポン発生や償還の条件は理解困難ではなく、最大損失は元本額(但し、当初半年分のクーポンを除く。)に限定されているものの、満期に至るまで投資資金の拘束が続く可能性は低くはなく、拘束が続いた場合には5000万円もの資金が30年間との極めて長期間拘束されること、早期償還のためには、米ドル及び豪ドルの為替相場が、設定された基準価格よりもいずれも円安に進む必要があるが、1年に2度の利払日の午後5時の時点において、基準価格よりも円安となるかを購入時点で予測するのは極めて困難であり、しかも、為替相場が思惑と外れて円高に進んだ場合に途中売却をすれば、大幅に元本を欠損するリスクがあることからすると、危険性が相当に高い商品というべきである。」

 次いで判決は、顧客の投資経験等を根拠に、「直ちに適合性原則に違反しているとまでは認められない」と判示したが、説明義務の内容に関しては、以下のような判示を行った。
 「本件仕組債は、為替が円安に進めば高利回りでの運用ができる一方、5000万円が30年間拘束されるリスクや途中売却をすれば大幅に元本を欠損するリスクのある商品である。」「5000万円もの資金が30年という極めて長期間拘束されうる商品は、一般的な個人投資家にとっては非常に大きなリスクがあるというべきであるし、原告の資産状況をみても、原告の就労が不安定であり、安定した収入が得られる見通しがあるというわけではないことや、原告がまだ若く独身でアパート住まいであり、一般的なライフサイクルを前提とすると、近い将来、多額の資金が必要になることも十分に考えられることなどからして、本件仕組債を購入してもなお十分な余裕があるとまでいえない状況にあったことは前述のとおりである。また、原告は、投資に関する一応の知識を有していたものの、専門的な知識はなく、仕組債を購入した経験もなかった。」「これらの事情に鑑みれば、本件仕組債を原告に販売するに当たっては、本件仕組債が抱えるリスクについて、相当具体的な説明をする義務があるというべきである。」
 そして判決は、被告証券会社担当社員による説明が、説明資料に記載されているとおりの内容を表面的に説明するにとどまっているところ、「これらの記載事項のみによっては、仕組債の購入経験のない原告において具体的なリスクの存在を十分に認識できたとは言い難い。」とし、また、被告証券会社担当社員はクーポン発生条件を説明する際に、計算式だけでなく具体的な数字を入れて説明したものの、計算に使用したのは当時の為替レートであったところ、「当時の為替レートがそのまま続けば半年後には償還する計算であったのだから、このレートを使って説明するだけではリスクの説明としては不十分である。そもそも、本件仕組債は、発行時点の為替レートにほぼ沿って基準価格が設定され、そのレートの水準がそのまま続けばクーポンが発生するように商品設計がなされているものと考えられ、このような商品について、仕組債や投資に関する十分な知識を有していない原告に対して、説明当時の為替レートのみを用いて説明することは、リスクの大きさを過小に評価させるものといえる。」と判示した。さらに判決は、被告証券会社担当社員は、30年後の償還で為替差損が発生し得ることや最悪の場合は30年間持っておかなければならないことを説明し、資金を使う予定に関して質問された顧客が特に使う予定はないと返答したことを認めつつも、被告証券会社担当社員は30年後の償還金額についても説明当時の為替レートで計算をしていることを指摘して、元本割れの危険性を具体的に理解させるものとはおよそ言い難い説明であるとしている。加えて判決は、「本件仕組債は、30年もの長期間、5000万円もの資金が拘束されうるものであるから、途中売却が可能なのか否か、売却価格はどの程度が見込まれるのかといった情報は、購入者にとってとりわけ重要な情報というべきである」とした上で、途中売却に関するリスクについても十分な説明がされたとは到底いえないとした。
 以上により判決は、被告証券会社担当社員の説明は、「本件仕組債においてクーポンが生じないリスクや満期時の元本欠損のリスクを過小に評価させ、また、途中売却によって元本を欠損させるリスクを具体的に説明していないものであり、本件仕組債のような特殊な債券についてまったく取引経験がなく、予備知識も有していないことから、その商品内容やそのリスクを直ちに理解することが困難な状況にあった原告に対する説明としては不十分なものであったと言わざるを得ない。」として、説明義務違反を肯定した。

 損害については、判決は、購入代金5000万円の支出自体を損害とみることができるとした上で、顧客が受領したクーポン及び口頭弁論終結時の時価を控除してた金額を、実損害と認めた。なお、時価の認定に当たっては、被告証券会社には社内時価の上下5%の範囲内で買取を行うとのルールがあったことなどから、口頭弁論終結時に近い社内時価から5%を減じた額が時価相当額であるとされた

 仕組債やデリバティブ全般に関し、表面的な商品特性や説明だけを問題にする安易で粗雑な判決も少なくない中で、為替連動型仕組債の商品特性に深く踏み込んで、仕組債の問題点や要求される説明の内容及び程度が実に的確に示された判決であり、極めて重要な判決であると言える。