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解    説

■判  決: 大阪高裁平成27年12月10日判決

●商  品: 仕組債(EB)
●業  者: みずほ証券
●違法要素: 説明義務違反(金融商品販売法上の説明義務違反)
●認容金額: 1039万1200円
●過失相殺: なし
●掲 載 誌: セレクト50・35頁、金法2036・94頁、金商1483・26頁
●審級関係: 上告・上告受理申立


 事案は、女性顧客が、預金先の銀行の紹介で被告証券会社を訪れたところ、「5人から1億円の投資が集まったら高利が支払われる商品がある」として、私募債であるEB(本判決では「EB債」と表記されている)を紹介され、平成20年4月に取引口座を開設の上で、みずほフィナンシャルグループ株(以下、本判決の表記に合わせて「みずほFG株」と言う)を対象とするEBを代金2068万円で購入したところ、その後株価が下落し、株式で償還を受けることになって、損失を被ったというものであったが、1審ではEBに関しては顧客全面敗訴となり、控訴が提起された(控訴提起後に女性顧客は死亡したため、夫が訴訟を承継した)。
 本件EBは、みずほフィナンシャルグループ株の終値46万8000円に基づき、転換価格を47万円、ノックアウト価格を49万4000円、ノックイン価格を32万9000円、株式償還の場合の償還株数を22株、券面額を1034万円(47×22)とし、株価がノックイン価格を下回れば、半年後の償還期限に株式で償還されるされるというもので、金利は年率で10%であった。このような本件EBに関し、本判決は、「EB債の金利は、経済的には、顧客が負う株式償還のリスク(これによる損失発生の可能性)の対価である。金利10%という高利のEB債は、平成20年3月頃までの半年ないし1年ほどは組成されていなかったが、みずほFG株式の株価変動が大きくなり(いわゆる「ボラティリティ」が高くなり)、株式償還のリスクも高まったため、同年3月以降、金利10%という高利のEB債が組成されるようになった」との判示を行っている。
 また、本判決の認定によれば、本件取引当時は女性顧客も夫も無職無収入で、女性顧客は癌に罹患して手術を受け、預貯金(両親の金銭的援助や相続によるもの)を取り崩して生活しており、平成18年9月当時の預金残高は約9000万円になっていた。投資経験や投資性向については、本判決の認定では、女性顧客は平成17年に他の証券会社に勧められて株取引を始めたものの、大きなストレスを感じて怖くなって1週間ほどで取引を止め、以後、女性顧客は株にかかわることに警戒感を抱くようになったが、他方では預金の目減りをできる限り少なくしたいとの切実な願望から預金をできるだけ高利で運用したいとも願っていた、とされている。(なお、本判決によれば、女性顧客は他に上記銀行で投資信託や特約付外貨定期預金取引(いわゆる仕組預金)の取引を行っていたが、このうち仕組預金については、本件EBについての被告証券会社への請求と併せて上記銀行への損害賠償請求が行われ、1審で和解が成立したとのことである)。
 以上を前提に、本判決は、被告証券会社への最初の訪問から購入に至る経緯を詳細に検討し、女性顧客は、株にかかわる金融商品への警戒感が解けていなかったこと、EBその他の仕組債を経験したことがなく慎重になっていたことから、一旦は勧誘を断ったこと、しかし高利回りのEBへの興味は失っておらず、その後もEBについて被告証券会社と電話でやりとりすることがあり、株価が一定水準まで下落すれば株式償還される仕組みを理解した上で、EBの購入も検討に値すると思うに至ったこと、そのころ、担当社員に対して過去10年分のみずほFG株の値動きを教えてほしいと求め、チャートを示されて過去に100万円の値を付けた時期があるが今は非常に下がっていることなどの説明を受けたこと、癌で闘病中の女性顧客は期限ができるだけ短い方が良いと考えて償還期限が半年のEBに興味を示していたため、担当社員は近く組成が予定されていた本件EBの購入を勧めたこと、その組成日の前日に、担当社員が電話で勧誘を行ったことを認定した。そして本判決は、かかる組成前日の電話勧誘(録音内容が証拠として提出された)を子細に指摘し、女性顧客が購入について悩んでいたこと、今回見送っても金利10%のEBがすぐ後で組成されるかを尋ねたこと、これに対して担当社員は次いつ出るかは提示できないとした上で、「条件がやっぱり全然今のほうがやっぱり格段に良くなってるんですね」「生き物的な形でございますから、旬のときに旬の商品みたいな形になりますもんですから」などと、本件EBが短期間だけ売りに出される買い得な商品であるかのように述べたこと、女性顧客はノックインの可能性が小さいのであれば購入したいと思っていたこと、これに対して担当社員は、株価が3割下がらなければ問題ないとしながらも、2000万円分の株を資産として持てるという考えであれば良いとか、個人的にはこの水準であればという気はする、上手くいけば3ヶ月間くらい相場は戻しそうな気がしているといった趣旨の説明を行ったこと、その結果、女性顧客は、本件EBを購入すれば10%の金利がもらえ、株式償還となっても大きな不利益はないと考えて、本件EBを購入することとし、同日中に自宅で注文書に署名押印したことを認定した。
 以上の経緯に関し、担当社員は、上記の電話説明や注文書への署名押印の3日前の面談時に、契約締結前交付書面を交付して株式償還の場合の損失を含めて説明を行ったとの陳述や証言を行っており、この点について争いがあった。本判決は、アプローチ履歴(被告証券会社における女性顧客との対応の記録)の記載上、他の資料については上記面談時の記録に記載があるのに、契約締結前交付書面は記載されていないこと、担当社員は金利は株式償還となるリスクの対価でありリスクが高ければ金利も高くなる旨の説明までしたと供述しているが、上記の電話説明における有利な商品であるかのような説明内容からは、このような説明をしていたとは考えられないこと、上記の電話説明の際には契約締結前交付書面の文言や内容が話題となっていないが、同書面には女性顧客が疑問に思いそうな記載があると思われ、同日より前に交付を受けていればその内容等が話題に出ているのが自然であること、契約締結前交付書面は重要書面であるからその交付の事実を書面で明らかにする扱いをすることが多いと思われるが、同書面に関する受領書や確認書は提出されていないことなどから、担当社員の陳述や供述を採用し難いと判示した(なお、注文書や外国証券取引確認書の冒頭に契約締結前交付書面を受領した旨の固定文字が印刷されていることは、以上の認定を左右しないとされている)。
 そして本判決は、上記の契約締結前交付書面が金融商品取引法37条の3で交付を義務付けられた書面であり、「その記載内容に関する実質的説明(顧客に理解させるために必要な方法及び程度による説明)をしないで金融商品取引契約をすることを禁じている(同法38条7号及び金融商品取引業等に関する内閣府令117条1項1号)」ことや、金融商品販売法3条1項1号及び2号は、金融商品取引法の上記規定と呼応する形で、販売前に、「顧客の知識、経験、財産の状況及び当該金融商品の販売に係る契約を締結する目的に照らして、当該顧客に理解されるために必要な方法及び程度によ」り、元本欠損が生じるおそれ、元本欠損の原因となる指標、その指標が元本欠損を発生させる仕組みの重要部分を説明すべき義務を課していることを指摘した上で、注文書への署名押印までに契約締結前交付書面の交付は行われておらず、電話説明の内容も上記のようなもので、株式償還になった場合にどういう計算で何株が償還され、損失がどの程度の金額になりそうなのかという点について、担当社員は何ら具体的な説明をしていないとし、「すなわち、○○(注・担当社員)は、契約締結前交付書面の交付をせず、かつ、株式償還による元本欠損のおそれや元本欠損が生じる仕組みの重要部分を説明していない」と判示した(なお、面談時にパンフレットを提示しながら説明があったことは認定されているが、本判決は、これらを用いてリスクについてどのような説明をしたのかは明らかでなく、これらのパンフレットも交付されていないとし、パンフレットを用いて一般的な商品説明をしただけで、説明義務を尽くしたとはいえないと判示している)。さらに本判決は、「初めてEBを購入する顧客が、契約締結前交付書面なしに、券面額を転換価格で除した数値が償還株数となるとか、転換価格と償還時株価の差額に償還株数を乗じた金額が償還時の損失になると想像することは困難である」とし、女性顧客は、「株式償還となった場合に具体的にどのような償還がされ、どのような金銭的損失が生じるかを具体的に説明されていなかったので、株価が下落して株式償還となった場合でも、値下がりしたみずほFG株を高く買わされる形で償還されるとは考えていなかった」とした上で、前記の女性顧客の預金の目減りをできる限り少なくしたいとの切実な願望からは、「本件EB債のリスク等についてきちんとした説明を受けておれば、大きな損失を被るおそれのある本件EB債を購入することはなかったものと認められる」として、金融商品販売法5条により、被告証券会社の損害賠償責任を認めた。
 なお、本件EBの購入代金と、株式償還されたみずほFG株の口頭弁論終結時の価格及び利払いを受けた金額との差額が損害とされ、さらに約1割の弁護士費用も損害として認められ、過失相殺は行われなかった(過失相殺に関する判断も行われていない)。
 顧客逆転勝訴判決であることに加え、EBの特性や勧誘の実態を的確に指摘した上で、金融商品取引法上の契約締結前交付書面を交付して行うべき説明の欠如を踏まえて、これまで認められることがほとんどなかった金融商品販売法による説明義務違反を認め、過失相殺も行われなかった点において、高く評価すべき判決である。