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解    説

■判  決: 東京地裁平成25年7月19日判決

●商  品: 仕組債(株価連動債)
●業  者: 野村證券
●違法要素: 適合性原則違反、説明義務違反
●認容金額: 2560万円
●過失相殺: 5割
●掲 載 誌: セレクト45掲載予定
●審級関係: 

 事案は、専業主婦である顧客が、被告証券会社の勧誘で3回にわたって仕組債を購入し、3回目の仕組債(5000万円で購入)で約4700万円の損失を被ったというものであった。なお、1回目の仕組債は10銘柄の株式を対象としたエクイティリンク債(EKO債)、これを中途売却して購入した2回目の仕組債は豪ドル為替レートで償還額や利金が決まるパワーデュアルカレンシー債であり、2回目の仕組債を中途売却して購入した3回目の仕組債(以下「本件仕組債」)は、満期4年で、日経平均株価が一度でもノックイン価格(条件決定時の株価の75%)以下になり、かつ、償還時の株価が当初より下落していたときは、その下落率の2倍の割合で損失が生じる、いわゆる2倍連動型の仕組債であって、株価が当初より約2.29%上昇すれば早期償還となり(この場合は元本の105.2%が償還される)、利金については年3%を基準に複雑に変動する条件(下限は0%)が付されていた。
 まず、判決は、本件仕組債の仕組みを詳細に検討し、「一定の日経平均株価指数の下落の条件の場合に、債券購入者に対し、仮想の想定の上で、債券発行時の高い日経平均株価指数を債券元本の2倍も買わせた上で、償還時の下落した指数で全部売却させることを義務付け、その売買損失を債券元本の限度で顧客に負担させるものである」とし、この仕組みはオプション取引であることを指摘した上で、さらに、顧客が受ける利金(クーポン)や早期償還時の利益は、オプション取引によって損失を負担するリスクを負うことによる対価(オプション料)の一部(そのようなオプション取引を実質的に仲介する被告ないし発行体の手数料収入相当額を差し引いたもの)に相当し、預託する債券元本は、経済的実質において、オプション取引による損失を負担する顧客の資力をあらかじめ担保することに主たる意義を見出すことができるにすぎないと判示した。また、被告証券会社が顧客が希望する場合には中途売却での買取りに応じている点についても、判決は、「このようなオプション取引によるリスクを顧客が負担していることを前提として、顧客のリスクを引き受けるにふさわしい対価でのみ買取りがされることは明らかであり、中途売却ができるとしても、満期までの日経平均株価の変動リスクを引き受けるオプション取引を組み込んだ仕組債を購入している以上、購入時から満期までのオプション取引によるリスクを負担することには変わりない」とした。
 そして判決は、「このようなオプション取引のリスク評価においては、満期までの期間と取引対象(本件では日経平均株価指数)の価格変動率(ボラティリテイ)が重要な指標となることは、金融工学の常識であり、将来にわたる変動を確実に予測することは不可能であるため、過去の実績に基づく価格変動率(ヒストリカル・ボラティリテイ)や、予想変動率(インプライド・ボラティリテイ)などに基づき、確率論を用いてリスクを評価することが一般的に行われている」とした上で、顧客側が提出したボラティリティやモンテカルロシミュレーションを用いた本件仕組債の価格評価に関し、「このような評価方法は、基準とするボラティリティの選び方や将来にわたる変動の予測方法などにおいて様々な変数の設定の仕方があり、変数の設定によって評価額も異なり得るものであるが、もともと長期にわたる変動を予測しなければならないオプション取引による重大な損失リスクを回避するための合理的な評価方法として、一般的に採用され承認されている手法である」との判示を行い、かかる価格評価に基づいて、本件仕組債がノックインして元本が毀損する確率は20.96%、元本が50%を超えて毀損する確率は12.92%、元本全部が償還されない確率は1.96%、ノックインした際に期待される償還元本の期待値は当初元本の39.96%、発行時の本件仕組債の理論価格は92.41%であること、さらに日経平均株価が10%下落すると評価額は15.87%下落し、下落局面では急速に損失が拡大すること、などを指摘した(以上のほか、過去の日経平均株価のデータ上、4年間に日経平均株価が25%以上下落する確率は約64%であったことも指摘されている)
 他方で判決は、本件の事実関係に関し、顧客は被告証券会社社員の勧誘で外債や投資信託等の取引を行っていたほか、自ら情報収集した上で被告証券会社社員や被告証券会社の投資セミナーの情報も参考にして国内株式に多数分散投資して売買を行っていたこと、7000万円近い金融資産を保有していたほか夫(地元企業の専務取締役)の収入以外に賃料収入が月額約27万円あったことを認定し、最初の仕組債の勧誘時には、担当社員は、購入者が得るクーポンなどの利益はノックインした人の損失から充てているとの、オプション取引としての実質を隠した虚偽の説明を行っていたこと、リスク評価の重要な基礎となる価格変動率(ボラティリティ)について何の説明もしないばかりか参照対照銘柄は一流企業ばかりであるからノックインする事態は起こらないだろうという予測を述べていたこと、社内のチェックシートに顧客に確認することもなく「金融資産2億円」との虚偽記載を行っていたこと、2回目の仕組債の勧誘にあたってもオプション取引における損失リスクの評価方法やその基礎となるボラティリティなどについて説明せず、むしろ豪ドル相場が上昇するとの見通しを告げていたことを認定した。そして、本件仕組債の勧誘についても、判決は、担当社員が、オプション取引における損失リスクの評価方法やその基礎となるボラティリティなどについて説明せず、相場の見通しとして早期償還されることなくノックインする可能性は低いと伝えたこと、この際に作成されたチェックシートにも前同様の虚偽記載がなされたことを認定した。
 以上に基づき判決は、以下のような判示を行って適合性原則違反を肯定した。「本件仕組債は、プットオプションの売り取引による損失リスクを顧客に負担させ、そのリスク負担の実質的な担保として元本を預かる性質の債券なのである。そのようなオプション取引の重大なリスクを負担する取引をするには、満期までの4年間に早期償還されて元本毀損を免れる確率がどの軽度であり、早期償還されずに満期償還となった場合の元本毀損の確率がどの程度であるかなどを知らなければ、本件仕組債に組み込まれたプットオプションの売り取引のリスクを評価することはできない。このようなオプションの取引の重大なリスクを評価するには、満期までの期間の長さとその間に日経平均株価が変動する割合に基づいて、日経平均株価の変動の程度や元本毀損の確率を予測し、あらかじめリスクを評価する方法を知ることが不可欠である。そのためには、将来予測は不確実性があるため予測の基礎となる変数の設定方法には限界があり、完璧な予測はできないまでも、ボラティリテイ(変動率)と確率論によって、慎重に将来予測をしてオプション取引のリスク評価をすることを知っている必要がある。」「被告は、最大のリスクは元本が0円になることに限定されていることから、プットオプションの売り取引の危険性とは異なると主張する。しかし、そもそも純粋なプットオプションの売り取引のリスクの重大性は、損失が無限に拡大するという点のみにあるのではなく、先にオプション料のみを取得して損失をあらかじめ負担しないためにオプション取引の損失リスクの大きさが分かりにくい点にある。本件仕組債は、オプション取引の損失負担を担保する目的で債券元本を預かり、先に担保を領かっている範囲で損失を負担させるにもかかわらず、これを仕組債の元本とすることにより損失を担保する目的であることを明らかにしない仕組みを作っているため、実は債券元本の額によってオプション取引の損失リスクが極めて大きく評価されていることが投資者から分かりにくい仕組みになっており、このような損失リスクの大きさが分かりにくい構造においては、通常のオプション取引と変わりないといえる。この損失の実質的な性質が、オプションの売り取引によるリスク負担による損失であることは明らかであるのに、顧客には、そのリスク負担のために債券元本を預かっている旨の説明はされていない。」「しかも、前記のとおり、中途売却しないで満期まで保有した場合に元本が全部毀損する確率は1.96%に上り、元本の2分の1以上が毀揺する確率は12.96%にも上るのであって、約50分の1の確率で元本が全部毀損する可能性があり、1割以上の確率で元本が半分以上毀損する可能性もある。このような重大な損失の可能性は、年3%前後の利金(クーポン)や元本の5.2%(260万円)の早期償還のプレミアムを受け取ることを期待して取引をしようとするオプション取引の知識経験のない一般の投資家にとっては、通常の想定の範囲を超える重大な損失リスクであると評価するのが相当である。」「中途売却することで損失の拡大を回避できる可能性はあるが、日経平均株価の下落率に2倍のレバレッジをかけてオプションの損失が拡大する仕組みであるため、日経平均株価の下落局面では、評価額についても加速度的に損失が拡大するものであり、このような損失拡大の仕組みを十分に知らない一般の投資家にとっては、適切な中途売却時期を逸し、損失が拡大するおそれは極めて大きい。」「被告担当者のAは、勧誘にあたって、ノックインすることすらないだろうという相場観を述べて原告を安心させ、このようなオプション取引を組み込んだ本件仕組債の重大なリスクの評価方法、あるいは元本が半分以上ないし全部毀損する可能性がどの程度あるかなどについては全く説明しないで、本件仕組債に5000万円もの集中投資をさせている。その金額は、原告の金融資産約7000万円のうち大半を占める大規模な投資であり、それまで1700万円程度の株式売却代金を元手に株式等に分散投資していた原告に対し、このような重大なリスクを伴う仕組債に集中投資させたものであって、その際、Aは、原告の適合性に関するチェックシート(別紙7)には、原告に確認もしないで2億円の金融資産を有するとの虚偽の記載をし、被告内部での審査を通過させたのである。」「被告は、プットオプションの売り取引による損失負担のおそれがあり、しかもその損失が日経平均株価の下落率の2倍のレバレッジをもって拡大する性質を有するという顧客にとって重大なリスクを伴う本件仕組債の買付けの委託を受けるにあたって、オプション取引の経験もなく、そのリスク評価の手法も全く知らないまま、1回目仕組債と2回目仕組債の取引をしたことがあるにすぎず、ほかには4年程度の現物株中心の分散投資をしていたにすぎない専業主婦の原告に対し、金融資産の大半にあたる5000万円もの集中投資を本件仕組債にさせたのであるから、被告証券会社の担当者Aは、顧客の知識、経験及び財産の状況に作らして著しく不適当と認められる勧誘を行って、投資者の保護に欠ける態様において取引を受託したものと評価するのが相当であり、証券取引法43条1号に定める適合性の原則に著しく反し、不法行為としての違法性も帯びるものと認めるのが相当である。」
 さらに判決は、説明義務違反に関しても、担当社員は商品の仕組みを外形的に説明したにとどまり、「オプション取引のリスク評価方法やその前提となるボラティリティ(変動率)の考え方、ないしそのリスクの程度(想定される元本毀損の確率ないし割合)などについては全く説明しなかった」こと、過去の日経平均株価の変動実績からみたリスクの説明もなく、むしろノックインすることはほとんどないであろうとの安易な判断を顧客にさせていたこと、高率のクーポン等のリターンがオプション取引(プットオプションの売り取引)によって高いリスクを負担する対価であることも全く説明していなかったこと、顧客は前記のような重大なリスクが現実に想定されることは全く予想もしていなかったこと、早期償還によるメリットの享受ばかりに目が向けられ、顧客はノックイン価格にまで下落する可能性がかなり低いと誤解していたこと(さらに担当社員にもこのことが容易にわかったはずであること)などを指摘した。そして判決は、以下の判示を行って、説明義務違反を肯定した。
 「本件仕組漬は、5000万円もの巨額の資金が、オプション取引による損失負担の担保に供せられる実質を有する取引であって、しかも、将来一方的に売買を完結させる権利を取引するというオプション取引の性質上、いったん日経平均株価が下落してしまえば中途換金してもリスクを十分に回避することができず、債券購入時に満期償還時までの4年間の日経平均株価の変動リスクを引き受けなければならないものである。投資判断にあたっては、このようなオプション取引の性質に即したリスクの判断をする必要がある。」「それにもかかわらず、被告の説明資料は、本件仕組債がオプション取引を組み込んだ仕組債であることすら説明せず、したがって、ボラティリテイ(変動率)の数値すら示さず、更にボラティリティに基づく確率計算の方法など、オプション取引固有のリスク評価の仕方についても何ら説明していない。むしろ、相場動向からノックインの確率が小さいという単なる直観的な安易な考えを原告に抱かせたに過ぎない。上記のとおり重大なリスクを負担するプットオプションの売り取引による損失のリスクについて、金融工学上、慎重なリスク評価方法が一般的にされているにもかかわらず、オプション取引の素人が、そのリスクの性質や慎重かつ複雑なリスク評価手法を十分に理解することなく、一見高額なクーポン等に惹かれ、ノックイン発生の確率を安易に軽くみて行った投資判断は、適切にされたものとはいえない。」「オプション取引の金融工学上のリスク評価手法を理解しないで、将来4年間もの日経平均株価の変動を予想させただけでオプション取引をさせることは、将来の偶然の事情に依存して決まる利益不利益を予想し、これを引き受ける取引をさせるものといえ、賭博にすぎない。オプション取引が賭博ではなく金融商品である所以は、単なる偶然に賭けるのではなく、リスクヘッジ等の正当な目的の下に、その極めて大きなリスクが金融市場において投資者等の取引関係者から適正に評価され取引がされるからである。そのようなオプション取引のリスクの特性や大きさ、あるいはリスク評価方法も知らず、リスクを緩和するヘッジ取引をする知識も能力もない者に対し、取引の特性、リスクの大きさや評価手法も説明しないまま、将来の予想をさせただけで、プットオプションの売り取引による損失リスクを負担する取引をさせることは、証券会社と一般投資家との間の金融工学の知識の著しい格差を利用し、これを知らない投資家の無知に付け込んで利益を求めるに等しい。」「以上によれば、オプション取引のリスクの特性及び大きさを金融工学の専門家として熟知している証券会社である被告及びその従業員は、オプション取引の経験がない一般投資家に過ぎない原告に対し、実質的にプットオプションの売り取引による損失リスクを負担させる金融商品を勧誘するにあたっては、金融工学の常識に基づき、他の金融商品とは異なるオプション取引のリスクの特性及び大きさを十分に説明し、かつ、そのようなリスクの金融工学上の評価手法を理解させた上で、オプション取引によって契約時に直ちにしかも確定的に引き受けなければならない将来にわたる重大なリスクを適正に評価する基礎となる事実であるボラティリテイ(変動率)、ノックイン確率ないし確率的に予想される元本毀損の程度などについて、顧客が理解するに足る具体的で分かりやすい説明をすべき信義則上の義務があったにもかかわらず、原告に対し本件仕組債の購入を勧誘するにあたり、そのような説明義務に違反した過失があったというべきである。」
 5割の過失相殺だけはやや疑問が残るが(但し従前の仕組債で取得した約1600万円の利益につき損益相殺が否定されて、かかる利益の取得が過失相殺に反映されているため、実質的な過失相殺割合はかなり低いとみる余地もある)、仕組債におけるオプションの売りの問題を深く的確に理解した判示内容は実に正当であり、すべての仕組債・デリバティブ訴訟において参考とされるべき極めて重要な判決であると言える。