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解    説

■判  決: 大阪高裁平成24年5月22日判決

●商  品: 仕組債(株価連動債)
●業  者: 野村證券
●違法要素: 説明義務違反
●認容金額: 894万2500円、1億2712万円
●過失相殺: 5割
●掲 載 誌: セレクト42・177頁、金融商事判例1412・24頁
●審級関係: 上告不受理決定により確定

 事案は、いずれも株式会社であるA社とその一部門が独立する形で設立されたB社が、被控訴人証券会社担当社員からの勧誘により、平成19年から同20年にかけて、株価連動型の仕組債の購入を繰り返した結果、A社において約1500万円、B社において約2億2800万円の損失が生じ、損害賠償請求訴訟の提起に至ったというもので、一審ではA社ら顧客側が全面敗訴となっていた。
 本件の対象となった仕組債の商品内容を簡略化して言えば、いずれも、対象となる金融指標(株価指数)がノックイン価格以下に下落し、かつ、償還時の指数が当初の指数より下落していたときは、その下落率の2倍の割合で損失が生じる、いわゆる2倍連動型の仕組債であった。対象となる株価指数は仕組債毎に異なっており、日経平均株価を対象とするものが4件、東証銀行株価指数を対象とするものが4件、東証輸送用機器株価指数を対象とするものが3件となっていた。また、いずれの仕組債も一定の期日に対象指数が当初価格との比較において一定以上の水準(トリガー価格・仕組債によって異なるが98.9%〜103.4%の間で設定されていた)になれば早期償還となる条件が付され、さらに、クーポンも対象指数の変動によって変動し、デジタル型(3件あった)の場合は、例えば最初の3ヶ月は年率換算5.1%だがそれ以降は対象指数が一定水準以上の場合は年率換算5.1%であるもののそれ以下の場合は0.1%となってしまうといった条件(利率は商品毎に異なる)が付され、パワー型(8件あった)の場合は、対象指数の変動に応じた複雑な計算式で算定(下限は0%)されるという条件が付されていた。
 まず、判決は、顧客らの属性に関し、A社グループは国内外に約230の店舗を持つことや従業員数が500を超えること、その中核企業のB社は本件取引の頃には100億円前後の売上げがあり経営は順調で銀行から積極的に融資の提案を受けていたこと、B社の本件各商品以外の保有有価証券は平成19年3月末が約2億2900万円、同年9月末が約5億4000万円であったこと、B社の借入金は平成19年3月末が約30億円、同年9月末が約41億5000万円であったことなどを指摘した。また、判決は、顧客らの被控訴人証券会社での取引の経緯や内容を子細に分析し、B社には、平成17年2月以降の約3年半に合計390回の取引があるものの、同業他社や取引先等の情報収集のための最低単位の長期保有目的の株式取得、持株会関係の取引、1回の取引依頼が分けて取引されたことによる重複カウントなどのカウントすべき実態のないもの、をすべて除き、さらに売り買いの往復を2回としているものを純然たる投資回数で数え直すと、86回になるとし、このうち30回は勧誘による投資信託の取引で、7回は本件各取引であり、残りの大半は勧誘による一部上場株式の取引であったとした。さらに判決は、B社は、証券投資の原資が元を辿れば借入金であったことから、有利な投資を目指しながらも、できるだけリスクを回避し、換金性を重視するというのが基本的な姿勢であったと認定し、他方で、B社は利益獲得の意欲が旺盛でリスクを厭わなかったとの被控訴人証券会社担当社員の証言については、上記のような借入金が原資であるという内情に加え、顧客らの投資経験は比較的浅く、純然たる投資回数もさほど多いわけではなく、投資対象もほとんどが被控訴人証券会社担当社員が推奨する上場銘柄であったことなどの客観的な取引の実情から、これをを排斥した(但し、判決は、同担当社員が借入金が原資であって換金性が重要であるという顧客側の内情を知っていたことまでは、認めるに足りる証拠はないとした)。
 以上を前提に、判決は、本件各商品の勧誘から購入に至る経緯や事後の経緯を丁寧に認定した。例えば最初の仕組債については、判決は、被控訴人証券会社担当社員が、リスクに関して十分な説明を行わず、顧客らとしては、顧客らの要望にそぐわない商品が勧誘されるはずがないとの思い込みや、被控訴人証券会社担当社員の「リスク回避」「株式より有利」といった言動に影響されての思い込みや軽信、仕組債に対する無理解や不慣れ等による速断があって、被控訴人証券会社が元本を保証し、利回りが年率5.1%で3ヶ月で償還可能な特殊な商品であり、リスク回避のため株式との分散投資に適当で安全な商品であると軽信し、特段の質問等をすることもなく、説明資料の内容の詳細を確認することもなく、購入に至ったことを認定しており、以後の仕組債取引についてもこれに準じた認定が行われている。また、事後の経緯としては、平成19年11月のノックインを契機に(但しノックインの事実は当初は顧客らに知らされず、顧客らが別の証券会社で受けた助言を契機に問い合わせて初めて知らされたと認定されている)、本件各商品の問題点を知った顧客らが抗議を行い、被控訴人証券会社との協議の場が持たれたことや、その後平成20年6月までに途中売却が行われたことが認定されている。
 他方で、判決は、本件各商品の商品特性に関し、まず、クーポンについては、株価指数が一定の範囲内であればある程度のクーポンを受けることができ、株式を購入した場合よりも多くのリターンが得られる可能性があるように見えるが、株価が下落したときには元本の価値が減少すること(この点については顧客らが依頼した専門調査会社の評価が提出されている)から、途中売却が可能との前提で株式と比較しても、指数が当初価格より下落してノックイン価格まで達していない状態では格別有利とは言えず、とくにパワー型の場合はクーポンも低下するため一層有利とは言えないとした。続いて、判決は、指数が一定以上になると早期償還される点については、さらに指数が上昇するときには株式を取得していた方が有利であることや、指数がノックイン価格以下に下落して償還日に損失が生じるたときには指数の下落率の2倍の損失となるため、このような下落局面でも株式を取得していた方が一般的にはリスクが少ないことを指摘した。さらに、判決は、途中売却に関し、流通性の欠如や被控訴人証券会社に引き取ってもらう場合の不透明さ、顧客側で被控訴人証券会社から提案された途中売却価格が相当であるかどうかを判断・確認することは不可能であることを指摘した。その上で判決は、以下のような総括的判示を行っている。「本件各商品は、金融指標が当初価格の85パーセント程度からトリガー価格未満までの範囲内のまま償還日を迎えることができれば、デジタル型であれば年6.1パーセント、パワー型であれば、おおよそゼロから3パーセント程度までの利払を受けて元本の償還を受けることができるが、その範囲を上回り、指標の上昇が続けば、早期償還されて利払を受けられなくなるため、株式を購入していた方が有利であり、その範囲を下回れば、ほとんど利払を受け取れなくなり、さらに、ノックイン価格以下の水準になれば、元本を2倍の損失率で毀損する可能性が生ずることになり、途中売却の必要が生じても、換価が困難であるなど、いずれの場合も、株式を取得するより有利であるとはいい難い。視点を変えれば、本件各商品の発行体は、金融指標がトリガー価格以上になれば、それまでの間の利払をするだけで、自動的に早期償還されて利払の負担から免れることができ、金融指標が85パーセントより下回れば、ほとんど金利の負担なく発行価格と同額の金員を運用することが可能になり、さらに、ノックイン価格水準以下となれば、顧客の償還価格を下落率の2倍の割合で減額させることが可能となるため、発行体が金融指標を構成する株式を取得していたとしても、その下落分による損失を補填し、同額の利益を確保することが可能となる。また、一般的な顧客にとっては、本件各商品は、3年ないし5年後に償還を謳っているため、長期的な株価等の推移について予測すべきもののようにも見え、他方、利払の条件、早期償還条件、ノックインによる満期償還価格の計算方式が各金融指標の推移に応じて、効果が生ずることになっている上に、クーポンにはパワー型とデジタル型があり、その設定数値が異なっているため、複雑難解であり、個々の商品毎に、被控訴人が交付する「ご案内」や「留意ポイント」を熟読ないしは順に詳細な説明を聞くなどして、個別に条件や計算式等の内容を理解することが必要であるが、上記のように、専門的に分析すると、場合によっては、株式よりも不利な面や、リターンよりリスクが大きい面がありながら、そのことは必ずしも一見明らかとはいい難いことに加えて、リスク判断には通常必要と解される途中売却に関する価格や方法等が「ご案内」や「留意ポイント」には明記されていないことなどをも考慮すると、本件各商品の内容、特にリターンとリスクに関する全貌について理解することは相当困難であるというべきである。
 そして、判決は、顧客らの公序良俗違反や錯誤の主張は否定し、適合性原則違反についても、顧客らの属性等からこれを否定したが、以下のように述べて説明義務違反を肯定した(過失相殺5割)。
 まず、判決は、説明義務一般につき、「証券会社は、条理上または信義則上一般投資家である顧客に対して証券投資を勧誘するに当たっては、当該顧客に対し、当該投資の内容並びに当該顧客の投資に関する知識経験、理解力及び意向等に応じて、その自己責任の下に適切な投資判断を行わせるために必要な当該投資商品の仕組みや危険性等に関する情報を提供し、具体的に理解できる程度に説明を行う義務を負う」とした上で、「本件各商品は、その仕組みが複雑であり、組み込まれたクーポンの利率、早期償還及び満期償還価格に係る条件がそれぞれ基本となる金融指標の水準に応じて異なった結果をもたらし、専門的に分析すると、場合によっては、株式よりも不利な面や、リターンよりリスクが大きい面があるのに、その点が見えにくいといった難解な商品である上に、市場性、流通性に欠け、途中売却の可否や価格あるいは方法も明示されておらず、不透明であるほか、上記1Aのとおり、控訴人らは平成19年当時、証券投資を始めて5年程度であり、株式投資や投資信託について概ね被控訴人の推奨銘柄等を購入してきたものであり、被控訴人の推奨によりEB債を2件購入したことはあるが、その仕組み(上記1Aオのとおり)は本件各商品と比較すれば極めて単純であり、被控訴人としても、本件各商品のように、金融指標の指数の変化に応じてクーポンの利率が変動したり、償還時期が早まったり、償還価格が相場の下落率の2倍になったりするなどの複雑な仕組みで構成された商品を推奨するのははじめてであったから、被控訴人は、これを勧誘する以上顧客である控訴入らに対し、控訴人らの自己責任において自らの投資意向に沿うかどうかを見極めて適切な投資判断をすることができるよう、本件各商品の特徴やリスク等を十分に説明して、その理解を得させるべき義務を負っていたものというべきである。」(原文のまま)とした。以上を前提に、判決は、前記のとおり、被控訴人証券会社担当社員から十分な説明が行われていなかったことを認め、逆に株式より有利であるとの誤解を招く不適切な表現がなされていたことを指摘するなどし、さらに、事後の経緯においてノックインの連絡がなされなかったこどなどから、被控訴人証券会社担当社員がリスクとしてのノックインの重要性やその意味内容を認識していたのか疑問があり、顧客に十分に理解できる説明をなし得たかも疑問があるとし、加えて、説明資料の記載内容を細かく検討して、これらの記載だけでは理解は困難であることを指摘し、説明義務違反を認めている(なお、リスク説明等に関する確認書類が徴求されていたことについては、判決は、これらは買い付け成立の段階で取り交わされているいわば形式的な文書であるとして、この1点をもって説明義務が尽くされたことの証左とはできないとしている)。
 また、判決は、遅延損害金の発生時期は買付代金支払時期ではなく途中売却によって損害が確定した時期であるとし、他方で、利金については、「損害確定前の買付代金を被控訴人が確保している(運用し得る)ことに伴う対価である」ことを理由に、当然に損害額の減額要素となるものとは言えず、損益相殺に供すべきものでもないとした
 5割の過失相殺にはやや疑問が残るが、顧客の表面的な属性や取引回数の多さだけを偏重することなく、取引内容や資金の性質、そこから導かれる取引意向、勧誘の実情や顧客の信頼と認識といった諸事情を慎重に検討し、さらには、難解な仕組債の商品特性に深く踏み込んでその問題性を指摘して、顧客逆転勝訴の結論を下した点において、極めて重要な判決であると言える。