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解    説

■判  決: 大阪地裁平成23年12月19日判決

●商  品: 仕組債(株価連動債)
●業  者: 新光証券(判決時の商号・みずほ証券)
●違法要素: 説明義務違反
●認容金額: 1478万円
●過失相殺: 3分の1
●掲 載 誌: 金融商事判例1385・26頁、セレクト41・80頁
●審級関係: 控訴審で和解成立


  事案は、定年退職が近い状況にあった会社員の女性が、勧誘を受けて、平成20年5月に、国債を売却した資金を原資として、購入代金2016万円でリーマン・ブラザーズ・トレジャリー発行(リーマン・ブラザーズ・ホールディングス・インクが保証)の私募の仕組債(EB)を購入したところ、同年9月にリーマングループが破綻したため、償還を受けられない状態となり、購入代金全額及び弁護士費用について損害賠償請求等を行ったというものである(本判決の時点ではリーマングループの倒産手続は継続中で、配当金の支払は行われていなかった。)
 判決は、本件仕組債の商品特性について、三菱商事株のプット・オプションの売りが組み込まれており、満期償還判定日の株価水準で現金償還か株券償還かが決まる5年満期の債券で、元本損失の確率が高いほど高い利率を得る仕組みになっていることを指摘し、「本件仕組み債は、株価変動・元本変動リスクや信用リスクという重要なリスクを内包しているにもかかわらず、5年間リスク回避のために途中売却することができないという流動性リスクをも有するリスクの相当高い金融商品であり、本件仕組み債を買い付けるには、満期までの5年間について株価変動や発行体である外国企業の信用リスクを予測して投資判断することが必要な商品と評価することができる」と判示した。そして判決は、このことに加えて、その購入金額は顧客の退職後の生活資金となるべき被告証券会社における預かり資産の半分を占める高額なもので、しかも顧客は、元々投資目的が安全志向で、投資対象も被告証券会社においては公社債の買付のみを行うという堅実なもので金額の少額にとどまり、株式取引の経験はなく(銀行での投資信託購入経験はあったがこれも少額であった)、退職後には年金生活となる予定であったことを指摘し、いきなり本件仕組債を勧誘することは適合性の観点から見て疑問があるとした(但し、判決は、顧客自身も勉強して知識を広めていたことや退職金の運用に積極的な姿勢を見せていたこと、本件仕組債の株価変動リスク及び元本変動リスクについては概ね理解していたことを理由に、直ちに違法とまでは言えないとし、かような適合性の疑問を説明義務の加重要素と扱うにとどめている)。
 他方で、判決は、被告証券会社担当社員らが、本件仕組債の商品の仕組みや各リスクにつき説明資料や確認書に基づいて一通り説明していることを認定しつつ、本件勧誘の問題点として、三菱商事株の上昇見込みを根拠とする早期償還の可能性が大きいことを前面に押し出し、その場合の利率の有利性を専ら強調することによって、初めてEBを買い付ける顧客が別途各リスクの説明を受けても、上記の有利性の陰に各リスクが隠れてしまい、これらが現実に顕在化し、実際に損失を被る危険性を認識することを困難にするものとなっていたこと、「最悪でも三菱商事の株式で償還される」ことを繰り返し告知することによって、満期には株式を取得できるとの見通しが強く印象に残り、三菱商事の株価が回復する可能性が大きいとの見通しと結びついて、早期償還にならない場合についても一定の配当を受け取りながら株価の回復を待って元本の毀損を回避することが可能であって、株価変動リスク・元本変動リスクについては実際には顕在化しないかのような印象を与え、信用リスクについては十分留意ないし考慮する意識を希薄にさせるものであったこと、これらの説明を受けてもなお買付を躊躇していた慎重な顧客に対し、担当社員は新規公開株の売買で短期間に利益を出すことにより顧客を信用させ、この実績を見本にして原告を翻意させたこと、を指摘した。そして判決は、「本件勧誘は、以上のように、有望性ないし有利性を一方的に強調して宣伝される反面、顧客にとってリスクがその陰に隠れ、意識しにくくされてしまうおそれがある上、巧妙な目先の利益誘導によって顧客を信用させ、判断を誤らせてしまう危険を有するものであって、著しく不適切な勧誘であった」とし、さらに、「元々適合性に疑問がある中で、このような著しく不適切な勧誘を受けた原告にとっては、本件各リスクが起きる現実的な危険性につき認識が薄くなってしまっていることに鑑みると、原告が目先の利益に引きずられて、本件買付を決断する方向に転換したことを十分予見できたものというべきであるから、○○課長ら(注・担当社員らを指す)としては、原告のリスクに関する認識が希薄になっている部分を補正し、本件各リスクに公平に目配りをして解説することにより、原告が株価変動リスクないし元本変動リスクのみならず、信用リスクや流動性リスクが発生する危険性についても冷静かつ十分に認識できる状態になるような説明をしなければ、説明を尽くしたことにはならない」とし、本件の説明は「発行体が破綻した場合には、元利金の支払のみならず、株式による返還も受けられなくなること、また、発行体が破綻するおそれが出るなどした場合でも、途中売却できないため、リスクを回避することが全く不可能であることについて、原告にしっかり意識させ、注意を喚起するようなものではなく、それまでの○○課長の勧誘による原告の認識が希薄な部分を補正し、特に信用リスクや流動性リスクに関してその危険性を十分認識させ、その上で買付の可否を冷静に判断できる程度に適正かつ十分な祝明を尽くしたものであったと評価することはできない」として、本件勧誘は形式的、手続的な説明は実施されているとしても、実質的に見ると、初心者の原告にとって全体として著しく不適切な勧誘の中、本件各リスクのうち、特に信用リスクや流動性リスクについて原告のために求められる十分な説明を尽くしていなかったという点において、説明義務に違反した違法なものと評価すべきであると結論付けた(なお、本件勧誘当時までに報道されていたリーマンを巡る不安要素(株価の大幅下落や格付け見通しの引き下げなど)については、担当社員はこれらの情報を認識していたが、本件勧誘においてこれらを顧客に伝えていなかったことが認定されている)。
 また、判決は、断定的判断の提供の問題についても、本件勧誘言辞をもって直ちに不法行為となるとまでは評価できないとしつつ、早期償還可能性と利益獲得可能性、その前提としての株価の上昇可能性等を殊更強調したものとして不適切であったことを指摘している。
 以上により、判決は、説明義務違反による不法行為を認め、購入代金全額及び弁護士費用を損害と認めたが、一通りの説明があったことなどを理由に3分の1(約33%)の過失相殺を行った。(顧客は錯誤や消費者契約法による取消の主張も行っていたが、これらは排斥された。)
 適合性原則違反を疑問のレベルにとどめた点や過失相殺には問題があるが、信用リスクや流動性リスクの問題が適切に理解されている点は実に正当であり、公表されている判決としてはリーマン債被害に関する初の顧客勝訴判決である点と相俟って、重要な意義を持つ判決であると思われる。