[検索フォーム]
解    説

■判  決: 和歌山地裁平成23年2月9日判決

●商  品: 株式(信用取引)
●業  者: その他・・・SBI証券
●違法要素: 適合性原則違反、説明義務違反
●認容金額: 証券会社の請求を棄却
●過失相殺: なし
●掲 載 誌: セレクト39・1頁
●審級関係: 


 事案は、かつては農業に従事していたが、取引開始当時は無職で、過去の投資経験としては数十年前に株式現物取引の経験があった程度であった顧客が、平成14年に自ら原告証券会社で口座を開設した上で(但し実際の取引開始は平成16年)、知人に勧められて平成17年にインターネットで申込手続を行って信用取引を開始したところ、大きな評価損が生じ、追加保証金を差し入れることができなかったため建玉すべてが強制的に決済されて取引が終了し、原告証券会社から、これによる決済損金及び遅延損害金を請求する訴訟を提起されたというものであった。これに対して顧客は、原告証券会社が顧客をして本件信用取引をさせたことは適合性原則違反、説明義務違反にあたり、これによって顧客は原告証券会社に対して、原告証券会社の請求額と同額の損害賠償請求権を有しているとして、相殺の主張を行った。
 判決は、まず、前記のような顧客の属性に加えて、顧客の収入は月に4〜5万の年金のみで、株式投資に用いられた資金(当初700万円であったが現物株式取引により1400万円余りに増加していた)と自宅や田畑以外にめぼしい資産があったことはうかがえず、信用取引申込み当時は72歳であったことなどを認定し、他方で、原告証券会社の口座開設申込書上の「投資資金の性格」は3つから選択するようになっており、生活資金や借入金などの株式投資に不適当な選択肢はそもそも存在しなかったことや、インターネットで行われた信用取引の申込の際の記載内容については原告証券会社が新審査システムに移行した際に移行ミスが生じた事実があり、項目の正確性に疑念なしと言えないこと、信用取引開始に際して、原告証券会社は顧客との電話、面談等による申告内容の確認やリスクの理解の確認を行っていないことなどを指摘した。そして、判決は、顧客は高齢である上に、信用取引申込当時の状況からすれば、その運用資金は今後の生活資金であって、「顧客が投資に積極的な意思を有していたとしても、株式信用取引の適合性はない」と判示し、顧客が実際に行っていた信用取引の内容から、顧客が信用取引のリスクを本当に理解していたと認めることは困難であると判示した。
 以上を前提に、判決は、原告証券会社からの、本件信用取引は勧誘によらずに行われていることを強調した主張について「一理ある」との見解を示しつつも、「顧客による申告内容から取引適合性を適切に判断するには、取引適合性に関する顧客の属性等が正確に申告できるような申告のフォームを備えていることが前提となる。その上、適切なフォームを備えていたとしても、証券会社は、取引適合性につき、顧客の申告した内容をただ形式的に判断するのみならず、顧客の申告した年齢、職業、資産の状況等に照らして、申告内容のみからでは適合性の判断が困難な者や、申告内容に矛盾・不自然な点があるなど申告の意味内容や取引のリスクを本当に理解して申告したのか疑念を抱くべき者に対しては、電話、面談等により、申告内容の詳細や申告の意味内容の理解、リスクの理解の確認を行う義務を免れないというべきである。」とした上で、前記の投資資金の性格についての選択肢の問題のため投資資金について顧客が正確に申告することが期待できなかったことを根拠に、顧客の申告内容から適合性やリスクの理解を確認すれば足りるという原告証券会社の主張はその前提を欠くと判示した。そして判決は、年齢や無職であること及び金融資産の金額(500万円〜1000万円とされていた)といった顧客の申告内容によっても、信用取引の適合性やそのリスクの理解について慎重な検討を要する属性の者であることは原告証券会社にも容易に判断しうるから、原告証券会社が電話等により適合性に関する事項の確認やリスクの理解の確認もせずに本件信用取引を開始したことには、適合性原則違反及び説明義務違反の違法があり、不法行為となるとした。また、判決は、インターネット取引の一般的な特徴や顧客が原告証券会社の勧誘ではなく知人の誘いによって本件信用取引を申し込んだこと、誤って信用取引経験を1年以上と申告した可能性があることなどの事情を考慮しても、顧客の属性や原告証券会社の信用取引口座開設フォームの不備、原告証券会社が容易にできる電話等による申告内容や理解の確認すらせずに本件信用取引を開始したことに照らせば、顧客に過失相殺すべき落ち度があったとはいえないとした。以上により判決は、かような不法行為によって、顧客には原告証券会社が請求している金額と同額の損害が生じたとして、顧客の相殺の主張を認め、原告証券会社の請求を棄却した。(以上の他に、判決は、原告証券会社が請求していた年14.6%の約定遅延損害金について、約諾書には遅延損害金の率は原告証券会社が定める率によるとの定めがあるが、約諾書等や説明書、申込フォームのどこにも具体的な率が記載されておらず、原告証券会社が具体的な率を予め顧客に知らしめたことをうかがわせる事情もないとして、約定遅延損害の合意があったことを否定し、商事法定利率の範囲でのみ遅延損害金を認める、と判示している。)
 本判決は、勧誘によらないインターネット取引に関して、適合性原則違反、説明義務違反を肯定した初の判決であると思われ、先例的価値を有する画期的な判決であると言える。