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解    説

■判  決: 横浜地裁平成21年3月25日判決

●商  品: 株式、投資信託
●業  者: 岡三証券
●違法要素: 過当取引(株式)、説明義務違反、違法な乗換売買(投資信託)
●認容金額: 331万5631円、1129万9000円
●過失相殺: なし、7割
●掲 載 誌: セレクト35・1頁
●審級関係: 控訴


 本件の投資家は、勤務医とその妻(主婦)であり、証券会社の担当者らとやりとりして注文や承諾をしていたのは妻であって、夫は実質的には取引に関与していなかった。判決の認定事実によれば、妻には、本件に先行して他社での取引経験があったが、大半は債券の取引で、投資信託もあったが頻度はそれほど多くはなく、被告証券会社においても、取引開始当初は母親名義の口座において債券や公社債投信の取引が行われている程度であった。その後、平成7年に夫名義の口座が、平成12年には妻名義の口座が開設されて、平成15年に取引が終了するまでの間、多数の投資信託の取引が繰り返され、平成11年からは株取引も行われ(平成12年からは信用取引も開始された)、これらの取引の結果、投資家らは約5200万円の損失を被った。
 このような事案において、判決は、まず、投資信託についての説明義務違反の有無を各個別に判断し、2つの投資信託についてのみ違法性を認めた(過失相殺7割)。具体的には、米ドル建のインカム・ストラテジー・ポートフォリオなる投資信託について、その主たる投資目的が、格付けがBaaないしBBB格以下あるいはこれらと同等と投資顧問会社が判断する無格付のアメリカの企業の債務証券に分散投資することで高利回りの収益を追求することである旨を認定した上で、妻にはリスク分類が4又は5のものを含む投資信託の経験があったものの、リスクの高い取引については経験豊富であったとはいえない上に外貨建の投資信託や海外の低格付の債務証券を主たる投資対象とする投資信託の取引経験は皆無であったこと、目論見書は分量が多く内容も一般人が容易に理解し得るものではないことから、組入証券の属性や為替変動に伴うリスクの内容、程度等、インカムストラテジーの商品特性を踏まえた十分な説明をすべきであったとし、次いで、担当社員が行った説明内容や妻とのやりとりを具体的に認定して、妻は格付の意味するところが余り理解していないことがうかがわれたのに、BBB格が具体的にどの程度のリスクを意味するのかについて何ら説明されていないこと、BBB格以下でどの程度格付が低いものまで投資対象とされるのかについても一切触れられていないこと、妻からの質問に対しても、担当社員は相当する日本語を答えたにすぎず、その実質的な意味については説明がされていないことなどから、妻がこの投資信託の大きなリスクを正しく理解できるような説明が欠落していたとして、説明義務違反が認められた。また、判決は、スーパーヘッジファンドなる投資信託についても、米ドル建でデリバティブ取引を含む広範な積極運用資産の取引を行うとされていることや平均を上回るリスクが伴うとされていることなどを前提に、担当社員は、この投資信託が先物取引、デリバティブ取引、仕組債、投資契約、指数連動投資対象等の仕組商品の取引を行うことがあり、これらの投資対象は流動性が限定的であることがあり、しばしば価格が不安定であったり、売買の際に大きく価格変動したりすることがあるため、受益証券1口当たりの純資産価格も大きく上下することなどのリスクを説明すべきであったとした上で、担当社員の証言によれば、妻は説明に対して不安や疑問を述べておらず、むしろ高利回りという点ばかり意識されていたことが窺われることなどを根拠に、担当社員がリスクを説明していたとしても、それは妻にリスクを正しく認識させる内容には至っていなかったとして、説明義務違反を認めた
 次に、判決は、投資信託間の乗換売買の違法性についても、「証券会社の担当者が、手数料稼ぎなどの自己又は証券会社の利益を図るため、顧客にとって、合理性及び必要性がなく又はそれらが乏しい取引を勧誘した場合には、そのような勧誘は、誠実公正義務に著しく違反するものとして不法行為法上も違法となる」とした上で、説明義務違反を認めた上記の2つの投資信託以外の乗換売買について検討を加え、4つの乗換売買についてのみ違法性を認めた。具体的には、国際株式型の株式オープン型投資信託間の乗換について、「わずか1ヶ月あまりの保有期間しか経過しておらず、損益も極めて小さい段階で、利益額の5倍以上もの手数料を負担してまで、いわば同種でかつ信託報酬の高い投資信託に乗り換えることは、特段の事情がない限り、合理性、必要性が乏しいといえる」とした上で、乗換の根拠についての担当社員の証言が事実に反しており採用できないことや、乗換売買のメリット及びデメリットが十分に説明されて妻がそれを理解して取引したとの事実を認めるに足る証拠もないことから、違法性が認められた。他にも、同種の投資信託間で、株式市場に明確な上昇気配がない中でのリスクの高いナンピン買いのために行われた乗換売買、株式市況が企業業績悪化懸念により大幅な調整を続けていたのに、客観的な株式市況とかけ離れた説明によって行われた乗換売買などについて、違法性が認められた。但し、判決は、このような違法な乗換売買による損害は、取引上の損失ではなく、乗換売買の際に顧客が負担した手数料であるとして、かかる手数料相当額についてのみ、過失相殺を行わずに損害賠償を肯定した。
 また、判決は、株取引については、信用取引に関する適合性原則違反、説明義務違反や、取引全体についての適合性原則違反は否定したが、過当取引の違法性を肯定した。すなわち、判決は、「一連の取引の経過を見た場合に、取引の金額、頻度等が当該顧客の投資経験、投資目的、保有資産規模等に照らして著しく不相当に過大であり、それが証券会社の不当な勧誘(強引な勧誘、不当な目的に基づく勧誘など)の結果である場合には、そのような勧誘は不法行為法上も違法となる」とした上で、本件の一連の取引の売買回転率が年平均12.48回であること、平成12年2月以降は以前の取引とは質・量ともに異なった取引となっており、取引の回数、量の増大に加え、その内容も、途中からは外国株式の取引もされているほか、ある時期からは信用取引が圧倒的多数を占めるなど、質的にもリスクが高く、あるいはリスク管理が困難なものになっていたことなどから、平成12年2月以降の取引は当時の妻の投資経験、投資目的、保有資産規模等に照らして著しく不相当に過大なものであったとした。そして、判決は、各時期の担当社員の勧誘状況について詳細な検討を加え、被告証券会社が取得した手数料が損失の32.7%に及んでいることや、差損益のない取引、差益があるのに手数料で最終損益がマイナスとなった取引、最終損益はプラスだが利益より手数料が多い取引が、相当数あることをも指摘して、各担当社員が投資家らの意向と実情を殊更に無視あるいは軽視した勧誘を行っていたことを認めた(なお、判決は、ある担当社員が、妻に関して信用取引口座の開設を容易にするために信用取引の申請書に妻の職業や資産について虚偽記載を行っていたことや、その後、別の担当社員が他の支店に異動になった際に、妻は当該担当社員に依存していたため同人が再び担当となるよう事実に反する住所移転手続を行い、当該担当社員はこのことを認識しながら異同先の支店で投資家らの担当として取引を続けたことなどをも認定している)。以上により判決は、過当取引の違法性を認め、妻に強い投資意欲があったとの被告証券会社の主張に対しては、強い投資意欲があったことから直ちに妻自らが投資判断や投資選択を行っていたとはいえず、むしろ担当者らが妻の強い投資意欲を利用する形で本件過当取引の勧誘を行ったものと推認されるとした。但し、判決は、個々の取引を個別に見る限り特段不合理な点がないことを前提とすれば、本件過当取引によって被告証券会社が得た手数料が損害であるとし、取引上の損失を損害と認めなかった(過失相殺は明示的に否定されている)。
 取引全体の適合性原則違反を特段の理由を述べずに否定してしまっている点や、過当取引以外の違法要素につき、個別取引に分断した判断だけが行われている点は、近時の被害救済法理についての正しい理解を欠いたものと言わざるを得ず、このことが損害を手数料に限定するという本件の実態に反した判断にも繋がったものと思われ、これらの点には大いに疑問が残るが、個別に見れば詳細な検討に基づく有意義な判示内容が随所に見受けられる判決である。