司法制度改革推進本部
     仲裁検討会 御中 

              「仲裁法制に関する中間とりまとめ」に関する意見

 当全国証券問題研究会は、1992年2月の結成以来、ワラント・株式・投資信託など証券取引被害の救済と、投資家保護のための制度改革に一貫して取り組んできた弁護士の団体である。当研究会は、今般の仲裁法制定に関する検討に関し、既に平成14年7月3日付けにて貴会に意見書を提出したが、今般の「仲裁法制に関する中間とりまとめ」に関する意見募集に対し、再度、以下のとおり意見を述べる。

第1 意見の趣旨
1 第1編の第1の(1)適用範囲について
  新仲裁法の国内取引への適用は、今回は一旦除外とした上で、国際商事取引に限定して立法すべきである。
2 第2編の第4の(4)消費者保護に関する特則について
 @ 仮に、国内取引をも適用対象とする場合には、「消費者と事業者との仲裁契約のうち将来の争いに関するものは無効とする」(B1案)を採用すべきである。
 A 証券取引を巡る紛争に関しては、上記特則によって保護を受ける対象を「消費者」に限定せず、金融商品販売法上の「顧客」を含めるべきである。
 B 紛争発生後の仲裁契約についても、事業者側に説明義務を課すことをはじめ、消費者ないし顧客保護のための特別の措置を講じるべきである。
3 第2編の第5の(8)当事者が出頭しなかった場合について
  上記特則の適用を受ける消費者及び顧客に関しては、出頭しなかったことをもって、無効主張の放棄と扱うべきではない。当事者が現実に出頭し、仲裁人から仲裁手続の意味と効果について十分な説明を受けた上で、積極的に手続の進行を承認した場合に限り、仲裁契約を有効とすべきである。

第2 意見の理由
1 適用範囲について
@ もともと仲裁法制の整備は、その対象として、専ら「国際商事取引」を想定して検討されていたはずである。ところが、貴会の議論では、当初から国内取引も適用対象とするのが当然であるかのような方針が示され、しかも、「商事取引」とは事業者間の取引だけでなく、事業者が消費者と取引する場合も含むとされ、さらには民事紛争全般にも適用する仲裁法を検討する方針へと拡大されるに至っている。
 しかし、国際商事取引の場合と異なり、国内取引における通常の紛争に関しては、日本の裁判手続で解決できる共通基盤がある。にもかかわらず、国内取引全般について、裁判手続を排除してまで、特定の仲裁機関における仲裁手続への限定を可能ならしめるべき必要性を認めることは困難である。例外的に実益が認められるケースがあるとしても、それは特殊な専門分野における事業者間取引に限られるものと思われる。
 また、紛争解決手段の拡充の観点から見ても、仲裁契約によって裁判手続をはじめとする他の選択肢が排除されるとなれば、これは紛争解決手段の拡充、多様化の名の下に、司法アクセスの阻害を生ぜしめるものに他ならず、本末転倒であると言わざるを得ない。
A 当研究会が取組を続けている証券取引被害に関して検討を加えてみても、現時点において証券取引被害に仲裁契約を持ち込むことは、顧客の被害回復の手段を奪い去るに等しく、断じて許容できない。紛争解決手段の拡充自体は好ましいことであるにしても、選択肢として仲裁手続があると言うにとどまらず、仲裁契約によって裁判を受ける権利が奪われてしまうのでは、10年を要してようやく開かれかけた被害救済の道が、再び閉ざされることとなりかねないのである。
 a まず、証券取引被害においては、勧誘行為や取引の経緯等を巡って証券会社側と顧客側の事実に関する主張が真っ向から対立するケースが大半である。然るに、ただでさえ証拠の偏在という前提がある上、証券会社側は綿密な打ち合わせの上で極端な虚偽主張、虚偽証言を展開することが多い(我々が手掛けた事案でも,録音テープ等によりかような虚偽が暴かれたケースは少なくない)。顧客が、これに対抗して真実を立証していくことは容易ではなく、正式な裁判手続において全力を傾けての立証活動を尽くすことが必要となる。
 ところが、仮に証券取引に仲裁契約が持ち込まれ、簡易な手続で事実認定が行われてしまうようになれば、顧客側が十分な立証活動を行うことは不可能となり、ほとんどの場合、表面的には必要な書証や資料を取り揃えた証券会社側の言い分が全面的に信頼されてしまうことになりかねない。例えばワラント訴訟において、証券外務員が説明書を交付し、確認書を徴求したものの、実際には「後で読んでおいてください」「取引に必要なので署名してください」と言って書類を揃えたにすぎないことを立証してようやく救済された事案は多数存在するのであり、このような実例に照らしても、簡易な手続による事実認定には、投資家保護を後退させるとの危惧を抱かざるを得ないのである。
 b また、証券取引被害は、事実関係が確定された場合でさえ、単純な条文の当てはめにとどまらない踏み込んだ法律判断(違法性判断)が必要となることの多い紛争類型である。具体的に言えば、10年前には、証券取引被害において顧客が救済されることはほとんどなかった。それがこの10年、300件を超える判例の蓄積によって、説明義務や過当取引等の新たな被害救済法理が生まれ、次第に被害救済が果たされてきたのである。ワラント取引における説明義務を例にとっても、当初は説明義務の存在自体、激しく争われたし、説明義務を認めることが定着した段階でも、初期においては、ワラント訴訟においては行使期限が到来したら無価値になること及び価格変動が激しいことの2点のみを説明すれば足りるなどという裁判例も存在したが、その後判例の進化によってこのような浅薄な見解が淘汰され、説明義務の内容が深められていった。また、これらの法理もいまなお発展途上である上、次々に新種商品が開発されて新種被害(近時で言えばEBによる被害)が生まれていく証券取引被害の特殊性からすれば、今後も適時の司法判断により実態に即した被害救済が実現され、そのための法理(換言すれば投資勧誘等のルール)が確立されていく必要がある。以上は、これまでに多数の被害事案に取り組んできた我々の偽らざる実感である。
 ところが、今後さらに判例理論の進化が必要な被害類型(過当取引の違法性判断、信用リスクなど)や、前例のない新種被害が生じたときには、仲裁において新たな法律判断を前提にした被害救済が果たされることは期待できない。仮にある事案について新判断に基づく解決が行われたとしても、仲裁は基本的に非公開となるはずであるから、新たな法理・ルールの形成にも、同種被害の救済にも役立たないはずである。
 c さらに、仲裁機関どころか、実績ある公正な裁判外紛争解決機関が現在存在しないにもかかわらず、顧客の裁判を受ける権利を奪う仲裁契約を先に認めてしまうことは、本末転倒であって許されないことである。
 証券取引のような専門業者と一般顧客の間の取引において、仲裁契約が正当化されるためには、十分な判断能力と公正さが保障された仲裁機関の存在が必須の前提となるはずである。ところが、我が国では仲裁制度そのものが定着しているとは言えず、とくに証券取引被害の分野においては、現在のところ実績ある裁判外紛争解決機関は存在しない(日本証券業協会のあっせんが満足に機能していないことは、同協会が発表している解決件数やその内容を見れば明らかである)。このように最も肝心の仲裁機関について何ら具体的な検討もしないままで、先走った立法を行い、顧客の裁判を受ける権利を奪うことは、顧客保護の観点から到底許されない。少なくとも、現に十分な判断能力と公正さが確保された仲裁機関が相当期間にわたって活動を行い、顧客側からも評価される程度に実績を上げてからでなければ、証券取引に仲裁契約を持ち込む議論を行うこと自体が不適当である。仮に現状のままで証券取引に仲裁契約を持ち込めば、証券会社側が予め用意する仲裁合意の書面において、業界団体である日本証券業協会あるいは証券業界が新たに設立した機関が仲裁機関に指定されることは確実であり、これでは被害救済の道は事実上閉ざされることとなってしまうのである。
B いずれにしても、今回の新仲裁法は、国内取引のどの分野に仲裁制度の利用が必要であるか、また、ある分野に仲裁制度を持ち込んだ場合に如何なる弊害が生じるかについて、十分な検証も行わないまま検討が進められており、かような検討の手続自体に決定的な誤りがある。
 よって、新仲裁法を国内取引に適用することは一旦除外した上で、制定の必要性が認められる国際商事取引だけに限定した新仲裁法をまず制定し、国内取引については、制定の必要性と弊害に関する十分な検証を尽くすべきである。 
2 消費者(顧客)保護に関する特則について
@ 万一仮に、国内取引をも適用対象とする場合には、前記1に述べた弊害を除去し、消費者(顧客)の裁判を受ける権利の最低限の確保を図るため、消費者(顧客)と事業者との仲裁契約のうち将来の争いに関するものを無効とするB1案を採用すべきである。
 このような特則の必要性は、既に述べたところの他、仲裁契約がもたらす不利益を理解した上での真意による合意の確保の困難さという観点からも裏付けられる。すなわち、一般的に言っても、事業者と消費者(顧客)との取引は、情報量と交渉力の圧倒的格差の中で、大量・迅速に行われるため、付随的な特約条項が一々交渉されることは、現実にはありえない。しかも、契約条項は専ら事業者が作成し、消費者はこれを包括的に受け入れる他ないのが実態であり、仲裁条項の存在に気づくことすらほとんどないし、仮に気づいたとしても、その重大性を理解したり、仲裁条項の削除を求めることは現実には不可能である。
 とりわけ、証券取引においては、前記のとおり、形だけ説明書を交付して確認書を徴求し、顧客が躊躇するような説明は一切行わないという手法が横行しており、顧客の真意によらずに書面が徴求されている実情が現に存在する。にもかかわらず、証券取引に仲裁契約が持ち込まれれば、口座開設時あるいは取引開始時等に、顧客から徴求されることとなる定型の合意書面が、顧客の裁判を受ける権利を奪う根拠として機能することとなるはずである。この場合、仲裁契約については、取引のリスク等の説明の問題以上に、顧客にとって問題の所在を意識することは困難である。取引開始時点から将来紛争になった場合のことを考える顧客などいないし、そもそも裁判と仲裁の相違や実態など、一般顧客には全く分からないからである。
 そうしてみれば、仲裁契約についても、取引開始時に様々な書類とともに、いつの間にか合意書面が徴求され、顧客はこのことを全く意識できないという事態が頻発することが容易に想像できる。このように、事業者と消費者(顧客)との取引においては、仮に本体の契約書と同時に、仲裁契約書を別の書面で作成したとしても、仲裁契約書の内容を実質的に交渉し、十分な理解と納得の上で合意したとは到底評価できず、そのような合意は、およそ無効とすべきである。
A なお、特則の適用対象を「消費者」のみに限定することは不十分である。法人といえども機関投資家ではない一般投資家(例えば中小企業の経営者が会社名で取引を行うケースや財務部門を持たない企業が投資を行うケース)は少なくないのであり、これらの顧客にも個人顧客と同様、裁判手続による被害回復の道が保障される必要があるからである。従って、証券取引(さらに言えば金融商品取引全般)に関しては、金融商品販売法が定める保護の対象に倣い、同法に言う「顧客」が、特則の適用対象とされるべきである。
B 次に、紛争発生後の仲裁契約であっても、事業者と消費者(顧客)との間の情報量と交渉力の圧倒的格差を考えれば、消費者(顧客)が事業者によって、不本意な契約を強いられるおそれがあることは否定できないところである。
 とりわけ証券取引被害においては、弁護士に相談するまでは裁判を行うことなど思いも寄らない一般顧客が、証券会社側から「ここに行けば言い分を聞いてもらえる」「裁判しなくとも解決を図ることができる」などと告げられれば、そのために必要な書類として仲裁合意書に署名捺印を行うに至ることは、これを容易に想定することができる。
 従って、紛争発生後の仲裁契約であっても、その適正化のためには、消費者(顧客)保護のためのいくつかの特別の措置が必要である。具体的には、紛争発生後の仲裁契約に関しては、事業者側に仲裁契約の内容やこれがもたらす不利益(とくに裁判を受ける権利を失うこと)についての説明義務を課し、これに違反した場合には仲裁契約自体を無効とすべきである。
C ところで、今般の中間とりまとめにおいては、原則的に仲裁契約の効力を認めた上で、合意内容(仲裁人の選定,仲裁手続等)が消費者にとって著しく不当な場合には、消費者契約法第10条によって,仲裁合意の効力を個別的に否定できるから、一律に効力を否定する必要はないという意見もあることが指摘されている(A案またはB3案)。
  しかし、かような意見は、仲裁人の選定や仲裁手続が明白に不公正な場合にだけ問題が生じるわけではなく、事実認定や法律の解釈・適用に対立がある紛争について、裁判手続を利用できないこと自体が重要な問題であることを看過している。また、裁判を提起しようとした際に事業者側から合意の存在を主張され、これを消費者契約法によって論破しなければならなくなること自体が、消費者(顧客)側にとって著しい負担となり、事実上、仲裁手続に応じるしかないケースが多くなってしまうはずである。さらに、前記のとおり、証券取引被害においては法人も被害者となるケースは少なくなく、このような場合には消費者契約法では救済できない。よって、上記意見は、消費者(顧客)保護の見地からして、全く不十分である。
3 当事者が出頭しなかった場合について
  訴訟については、最終的・強制的紛争解決手段としての実効性確保のために失権効を定める必要があるのは当然であるが、あくまで「合意による紛争解決手続の選択」である仲裁手続においては、安易に失権効を定める合理性は認められない。
 従って、前記のように実質的な理解と納得の確保が困難である事業者と消費者(顧客)との間の仲裁契約については、安易に失権効を認めるべきではない。

    平成14年9月4日

                                全国証券問題研究会
                                代表幹事   弁護士  櫛 田 寛 一
                                幹事長     弁護士 田 端   聡
                                事務局長   弁護士  中 嶋   弘
                                事務局次長  弁護士  今 井 孝 直