投資信託・投資法人法制の見直しに関する意見書
              (中間論点整理案の公表に際して)


                                2012(平成24年)9月25日

                                   全国証券問題研究会

 当研究会は,証券取引被害救済の研究を目的として平成4年に発足した,証券取引被害救済に取り組む弁護士により構成される団体である。当研究会は,金融審議会「投資信託・投資法人法制の見直しに関するワーキング・グループ」が,平成24年7月3日に公表した「中間論点整理」に対し,特に投資信託について一般投資家を念頭においた適切な商品供給を確保し,もって投資家保護,ひいては国民生活の健全な発展を実現するという観点から,次のとおり意見を述べる。


第1 基本的方向性について
  「中間論点整理」は,投資信託について一般投資家を念頭においた適切な商品供給を確保する観点から,販売・勧誘時におけるリスク等についての情報提供の充実や運用財産の内容についての制限につき調査・審議を進めているところ,その基本的方向性は,投資家保護の観点から評価されるべきものである。当研究会としても,投資信託が,国民の資産形成のための商品として活用され,その市場が健全に発展することを否定するものではない。しかし,一般投資家を保護するための制度が確立していることがその前提として必要不可欠であるところ,投資信託をとりまく現状からすると,以下に述べる点がより深く検討されるべきである。

第2 論点についての意見
1 我が国投資信託の現状と対応の方向性について
(1) 被害状況,特に高齢者や潜在的被害者を念頭においた検討を
  「中間論点整理」では,現在の投資信託市場を巡る環境とその下での経済活動等についての指摘をふまえ,その結果もたらされた影響と対応の方向性が検討されている。
 具体的には,まず,販売手数料収入が重要な収益源である販売会社が商品供給に大きな影響力を有している実態により,投資期間の短期化等の問題を招きかねず,投資信託商品の開発・販売において必ずしも投資家の資産運用ニーズが反映されていないとの指摘がなされている。また,投資信託市場の主要顧客層が退職前後の世代すなわち高齢者層であることも指摘されている。
 当研究会としては,今後投資信託法制のあり方を検討するにあたっては,特に高齢者に対する被害事例が多く存在することにつき,老後の生活を崩壊させかねない深刻な問題であるとの意識を十分に有した上で,今後投資信託に関してかかる被害を防止するためには何が必要かとの観点から,検討がなされるべきであると考える。
 例えば、高齢者が適合性原則に違反して投資信託を購入させられて被害を受けた事案である横浜地方裁判所平成24年1月25日判決(当研究会発行の証券被害判例セレクト42巻)などの投資信託に関する投資家勝訴の裁判例は,投資信託の販売・勧誘の現場で一般投資家に対し,違法な販売・勧誘がされていることを示すものであるが,このような裁判例の被害事例は,決して例外的なものではなく,氷山の一角にすぎないといえる。
 というのも,金融商品取引において被害を受けたとしても,一般投資家が単なる損失と違法行為による損害を自ら判断することは容易ではないこと,ADRや訴訟という事後的な救済手段は存在するものの一消費者にすぎない一般投資家が専門家である金融商品取引業者とわたりあうには精神的・経済的に重い負担が伴うこと等の理由から,被害を受けた一般投資家が事後的な救済制度の利用を断念するケースもあるからである。
 特に,投資信託は,比較的少額から投資することができるという特性を持つことから,他の金融商品と比べ、被害が少額ゆえに事後的救済手段による被害回復を断念するケースが生じやすく,一般投資家に対する適切な商品供給を確保するための制度を検討するにあたっては,潜在的な被害者も念頭に置いて適切な対応が検討されるべきである。
 なお,投資信託に関する苦情・相談件数が増加していること,特にデリバティブを組み込んだ複雑な仕組みの投資信託に関する被害が深刻化していることについては,日本弁護士連合会の本年6月15日付意見書において,詳細に指摘されているとおりであり,また,高齢者が投資信託に多額の集中投資をさせられている被害実態については,平成24年7月26日付け及び同年8月31日付けで国民生活センターが投資信託に関する各種相談の件数や傾向で指摘しているとおりである。
(2) 法制見直しにあたって公正な社会調査を実施すべきである
  「中間論点整理」では,この他,報酬体系の取引ベースから残高ベースへの移行の指摘,手数料率の上昇傾向の指摘,全体的な損失の把握の困難性等の指摘がなされており,これらの指摘は妥当なものといえるが,そもそも,法制の見直しにあたっては現状について正確に把握することが必要不可欠である。したがって,投資信託法制の見直しにあたっても,我が国の投資信託の現状についての実情の正確な把握が必要不可欠であり,そのために,広く投資信託購入者に対し,公正な社会調査を実施することも検討されるべきである。

2 一般投資家を念頭に置いた適切な商品供給の確保について
(1) はじめに
 中間整理案においては,@運用報告書の改善等,Aトータルリターン把握のための定期通知制度,B販売手数料・信託報酬等に関する説明の充実,C販売・勧誘時におけるリスク等についての情報提供の充実,D運用財産の内容についての制限が検討されているところ,これらについては,主として情報提供義務の充実の観点から投資家保護に資するものであり,評価されるべきものである。
 特に,C販売・勧誘時におけるリスク等についての情報提供の充実については,投資信託の販売・勧誘にあたっては,投資家に対してリスクの存否ならず,当該リスクの大きさ,程度を含めて,投資家が実感を伴って正しく理解できるよう,実質的に説明されることが重要である。そのため,海外の制度等をふまえたうえで我が国独自の制度も視野に入れて適切な情報提供手段を導入すべきである。
もっとも,当研究会としては,単に説明内容の充実を図るだけでは不十分であり,上述のように販売手数料が重視される中で,投資信託が高齢者層の投資被害を生んでいること,一般投資家に投資信託の開発・販売・勧誘がなされる場合,合理的根拠適合性(店頭デリバティブ取引に類する複雑な投資信託に関する規則第3条第1項,協会員の投資勧誘,顧客管理等に関する規則第3条第3項)及び適合性原則の遵守が説明義務(情報提供義務)の大前提として重要であることをふまえ,以下のような法規制が検討されるべきであると考える。
(2) 合理的根拠適合性に基づく法令レベルの厳格な規制
 当該投資信託が少なくとも一定の一般投資家にとって投資対象としての合理性を有するかを事前に検証し,合理的な根拠に基づき当該投資信託に適合する顧客が想定できないものは,取得の勧誘を行ってはならないことを自主規制レベルにとどまらず,法令レベルで厳格に規制すべきである。
  一般に,投資信託の代表的な利点は,少額で分散投資ができること,専門家による運用ができること,毎日時価評価額が分かり,資産価値を容易に把握できることなどにあるといわれているが,専門家によるアクティブ運用のパフォーマンスが必ずしもパッシブ運用のそれよりも高いとはいえないこと,販売手数料・信託報酬の考慮の必要性等から資産価値の把握が容易とはいえないことなどから,我が国においては,投資信託の中に一般投資家にとってプレーンな金融商品と比べて合理的なメリットがあるのかが疑わしいものが存在している。このことからすると,特に投資信託については他の金融商品と比べて商品の合理性の事前検証は必要不可欠であり,合理的根拠適合性については,投資信託法制の基本的ルールとして,法令により明確に規制がなされるべきである。
また,こうした法規制の実効性を確保するためには,上記合理的根拠について,基準となるべきガイドラインの制定も検討すべきである。
(3) 合理的根拠適合性に基づく事前検証結果の情報開示義務づけ
  上述の事前検証の結果,一定範囲の一般投資家のみへの取得勧誘が想定された投資信託については,事前検証で想定した範囲の投資家のみに取得勧誘がなされなければならないこと,すなわち勧誘・販売時における適合性原則の遵守を担保するため,勧誘・販売時に事前検証の結果及び勧誘開始基準等を商品に関する情報として顧客に情報提供することを義務付ける等の法制度を導入すべきである。
  我が国においては,合理的根拠適合性に基づく事前検証制度が存在することから,適合性原則及び説明義務の観点からは,当該事前検証において検証した商品特性(特に手数料等の費用とパフォーマンス)や適合する投資家の範囲(特にどの程度の理解とリスク許容度がある投資家に適合しているのか等)についての検証過程や検証結果を一般投資家に開示して情報提供することが投資家保護に資すると考えられる。特に,高齢者に対してリスクの高い投資信託への集中投資の勧誘が行われている例もあることからすると,各商品についてどのような顧客層が想定されているかについての情報を商品設計者,販売・勧誘者,顧客の間で共有することは必要不可欠である。
  一方,事前検証の結果を開示したとしても,業者側に対して格別の不利益をもたらすものではなく,負担も少ないと考えられる。
(4) 店頭デリバティブ組込型投資信託の内容規制
  また,店頭デリバティブ取引に類する複雑な投資信託については店頭デリバティブを組み込んだ商品を禁止するなど,商品内容に関する一般的規制を導入すべきである。
いわゆるノックイン投資信託のような店頭デリバティブ取引に類する複雑な投資信託については,複雑でリスクが高く,コストも不明確であるという特性を有する上,賭博性が高いという特性も有する一方,販売に際してリターンが強調されることにより投資家保護に欠ける結果を招くおそれが極めて高いが,現実には,現在及び将来にわたり,同種商品の販売が繰り返されるおそれがある。
しかも,投資信託という名称は一般的に安全なものであるという先入観や誤解を与えやすいこと,投資信託が主としてデリバティブ取引の知識経験のない高齢者層を中心に販売されていることからすると,店頭デリバティブ取引に類する複雑な投資信託により,高齢者層に深刻な被害を生じさせる懸念が極めて大きい。
  そもそも,複雑な商品については販売手数料や信託報酬等の費用も高額になることにも鑑みれば,自主規制によって導入された合理的根拠適合性の観点からは,このように極めてリスクの高い投資信託が一般投資家に販売されている現状自体,疑問と言わざるを得ず,店頭デリバティブ取引を投資信託に組み込む必要性自体認めがたい。
裁判実務上も,デリバティブ組込型の仕組み投資信託については,大阪地裁平成22年8月26日判決,東京地裁平成23年2月28日判決,東京地裁平成23年8月2日判決等が適合性原則違反や説明義務違反を認めているところであるが,商品が複雑である場合には適合性原則や説明義務は機能しにくいという問題があり,前記のとおり事後的な救済制度の利用を断念する例も少なくないこと等に鑑みれば,とりわけ高齢者層が不測の損害を被ることを防止する必要性は高く,訴訟等による事後的救済のみに委ねることは相当ではない。
 したがって,一般投資家の保護および健全な国民経済を維持するという観点から,店頭デリバティブを組み込んだ投資信託を禁止する,あるいはデリバティブ取引の利用をヘッジ目的に限定するなど,商品内容に関する一般的規制を導入すべきである。
(5) 手数料の上限規制等
  さらに,販売手数料・信託報酬の上限規制等についても法制度を導入すべきである。
投資信託においては,販売手数料に加えて信託報酬が存在することにより,投資家にとって費用が分かりにくく,また,費用について市場の機能が働きにくいという問題があり,費用とパフォーマンスからしてそもそも経済的合理性を有しない商品の販売,勧誘が行われるおそれがある。
 そこで,投資家を保護する見地からは,販売手数料・信託報酬の明示はもちろんのこと,販売手数料や信託報酬の高さゆえに経済的合理性に疑問を生じさせるような投資信託が投資家に販売されることがないよう,販売手数料及び信託報酬の上限規制等の法制度を導入すべきである。

                                            以 上