投資サービス法制定に関する「中間整理」に対する意見
2005年9月28日
全国証券問題研究会
代表幹事 桜井健夫
幹事長 塚田裕二
事務局長 近藤博徳
事務局次長 洞澤美佳
当研究会は、金融審議会金融分科会第一部会が2005年7月7日に公表した投資サービス法に関する「中間整理」に対し、次のとおり意見を述べる。
第1 基本的方向性について
2005年7月に公表された「中間整理」で示されている「適正な利用者保護を図ることにより、市場機能を十分に発揮しうる公正・効率・透明な金融システムの構築を目的として、証券取引法を改組し、投資サービス法(仮称)を制定すること」については、抽象的には当研究会が長年主張してきたことと同方向の動きであり(たとえば、金融審議会第一部会「中間整理第一次」に対する意見書(平成11年8月31日)、同「中間整理(第二次)」に対する意見書(平成12年1月14日)、金融商品販売法案に対する意見書(平成12年4月14日)、投資者保護と日本版SEC改革への提言(平成13年10月20日)等)、ようやく利用者保護の前進に取り掛かろうとするものとして、一定の評価をしたい。ただし、消費者被害救済の項目がそっくり抜け落ちているので、その点の検討が今後は追加されるべきである。
いずれにせよ、具体的内容が重要であるので、以下、いくつかの論点につき意見を述べる。
第2 論点についての意見
T 投資サービス法の対象範囲
1 対象商品の範囲
可能な限り幅広い金融商品を対象とするとの姿勢は適切である。漏れのない制度とすべきである。
既存の金融商品については、具体論のところで省庁の縦割りに制約されることのないよう留意して制度設計することが求められる。投資商品としての性質から、商品先物取引や海外商品先物取引、海外商品先物オプションなどの商品デリバティブを対象に含めるべきは当然のことである。現在のところ監督官庁が異なることから、この実現のためには、政治の関与が不可欠である。また、預金、保険が対象に含まれることとしているのも、仕組預金や変額保険の金融商品としての性質に着目すれば、適切である。
このように既存の金融商品を幅広く取り込むことに加えて、新しい金融商品や隙間的金融商品を漏れなく対象とする必要があり、そのためには、金融商品の抽象的定義が必要である。この観点からは、「新しい金融の流れに関する懇談会」での検討や平成16年日弁連意見書における提案などが参考になる。
なお、対象商品の範囲を広く捉えることは、既存官庁の権限に新たな線引きを行うことを意味するものではない。後記のとおり、独立した新たな監視監督組織を作ることを前提としての意見である。
2 対象業務の範囲
販売・勧誘行為:発行者自身による勧誘も含むこととする方針に賛成する。
資産運用・助言:投信委託業者、証券投資顧問業者を同一ルールに服せしめることはよいが、助言と運用は相当異なるので、助言部分は別の規制が必要である。
資産管理:分業化が進んできたので、資産管理業を独立した業として行為規制することが必要との指摘は正しい。
仕組行為:規制に消極的であるが、最低限、仕組み情報の開示ルールは必要である。金融商品の製造物責任的発想が必要である。
U 規制内容について
1 基本認識
中間整理のたたき台では、個人投資家を中心とするアマに投資商品を販売する場合については、投資家保護を強化する観点から所要の規制を追加する、との基本認識が示されていたが、中間整理では、適正な投資家保護を確保する観点から、必要な規制の見直しを行うという表現に後退している。
基本認識としては、従来の証券取引法の規制に更に規制を追加して投資家の保護を十分なものにするとの姿勢が必要である。ここで重要となるのが、プロとアマとの線引きであるが、これについては後述する(4(3))。
2 業務範囲
販売・勧誘、運用・助言、資産管理を投資(金融)サービス業として一括して登録することは合理的な面があるが、投資(金融)サービス業の登録がある業者には全部を行う業者から一部の業務しか行わない業者もあることになるので、行うべき業務の範囲が登録の種類で明確かつ容易にわかるようにすべきである。
3 参入規制
原則登録制として、業務内容に応じた登録要件とすることは適切である。その上で重要なのは次の4点である。
@ まず、登録要件を適切に定めることである。特に、現在、許可・認可・免許等の参入要件が設けられている業務のうち、リスクが大きい金融商品、複雑な構造の金融商品、運用期間が長い金融商品、一任的な運用を行う金融商品を扱う業務については、許認可制とするか登録制とするかに関わらず、ある程度高いハードルが設けられるべきである。
A 次に、無登録営業を禁止し、違反に対する罰則を設けるべきである。登録制とする以上当然の規制であろうが、これにより、悪質業者の芽を早期に摘むことができる。外国為替証拠金取引でどこにも登録していない悪質な業者が跋扈し被害を拡大させたことに鑑みれば、無登録業者は投資(金融)サービスを行えない制度とし、すべての投資(金融)サービス業者が登録することにより素性を明らかにして、当局の監視下におかれることは重要である。
B それから、投資(金融)サービスを行っている業者に対しては、無登録であっても当局の調査権限が及ぶこととすべきである。無認可共済問題では、共済と名乗る組織の中に無免許で保険業を行っているところがあると言われていたにも関わらず、業務内容の調査権限がないとして保険業法違反の調査すらなされず、放置された経過がある。無登録業者に対する調査権限があって初めて無登録営業の禁止が実質的に担保されることになる。
C 最後に、登録取消要件等の退出ルールを明確に定めることである。一旦登録しても、公正な市場のルールや顧客保護に関するルールに違反した業者は、市場から速やかに退場させられるようなルールとすることにより、市場に対する信頼を確保できる。
4 行為規制
(1)基本認識
アマを対象とする投資商品の販売については投資家保護規定を拡充するとの方向には、賛成する。重要なのは、拡充の内容である。
幅広い金融商品を対象とする漏れのない制度としても、たとえば、金融商品販売法の適用対象を「拡充」しただけの制度となっては無意味である。
金融商品販売法は2001年4月に施行され、以後4年以上経過したが、同法を根拠に損害賠償請求を認容した判決は、当研究会が把握している限りではマイカル債に関するものが1件あるだけである。同法は、金融商品全般についての説明義務の明定や勧誘方針策定の義務づけにより実務に一定の緊張感をもたらすという効果はあったし、勧誘方針の規定(8条2項1号)を通じて適合性の原則が証券に限らず金融商品全般に適用される原則であることを法律上明示した点でそれなりの意義はあるものの、裁判の道具としてはほとんど意味のないものといって過言ではない。むしろ、判例上、信義則を根拠に広範に認められている説明義務に対し、証券会社が説明義務の内容はそれより限定されると主張する際の道具に使うなど、マイナス面が目立つ。
他にも、外国為替証拠金取引による被害が激増した2004年4月に、同取引を金融商品販売法の適用対象としたが、その後も被害は減少するどころか増加傾向をたどって2005年に至っていることから、金融商品販売法の内容を横に「拡充」しても金融商品の消費者被害を防げないことは既に明らかとなっている。
さらには、保険取引は金融商品販売法の対象であるが、一般に保険のリスクは元本欠損リスクではなく、したがって、元本欠損リスクの説明を義務づけたり元本欠損額を因果関係のある損害と推定したりしても意味がない場合がほとんどである。他方、保険に関する相談はきわめて多く、それは保険外交員による販売体制や金融商品としての透明度が低いことなどに起因するので、その解決のためには別の規定を「拡充」する必要があると思われる。
(2)投資家保護規定の拡充
ア 不招請の勧誘禁止
「拡充」することに意味があるのは、何といっても不招請の勧誘禁止の規定である。これまでの投資取引の被害実態を見ると、ワラント事件、変額保険事件、外国為替証拠金取引事件、商品先物取引事件など、どれをとっても圧倒的な割合で不招請の勧誘に原因がある。したがって、不招請の勧誘を禁止すれば被害が激減することは明らかである。
他方、ネットによる証券取引の隆盛をみれば明らかなとおり、需要があれば勧誘がなくとも取引は活性化する。しかも、ネット取引では勧誘がないため紛争も少ない。
一部に、勧誘を禁止するのは営業の自由に対する制約であるとの誤解も見られるが、勧誘は私生活の平穏の侵害であり、営業の自由とは別次元の行為である。営業の自由は憲法上保障された基本的人権であるが、勧誘は、加害行為的側面を有する行為であり、その自由というものは本来どこにもない。
それから、中間整理では、不招請の勧誘を禁止すると投資家に対する情報提供の機会が失われるとの意見が紹介されているが、これが、投資家が情報取得の機会を失うとの意味であれば、まったくの誤りである。ここでもネット取引の例を示せばその誤りは明らかであろう。ネットでは、例えば電話勧誘などよりははるかに大量の情報を正確かつ効率的に取得することができる。投資家は情報を取得できれば足りるのであって、望まないのに与えられる必要はない。紹介されている意見の趣旨がこれと異なり、業者の勧誘の機会が失われるという意味ならば、それは不招請の勧誘禁止を批判する理由ではなく、単に顧客の立場に配慮しない業者の都合を言っているに過ぎないことになり、説得力をもたない。
不招請の勧誘禁止は、現在、金融先物取引法で規定するのみであるが、主体的な取引意思を持つ者により構成される市場が効率的な良い市場であるから、広く金融商品一般についての行為ルールとなることが望ましい。これは国際的な流れとも整合する。
イ 受託者責任
受託者責任も重要な論点である。中間整理は、資産運用・助言業者につき、誠実公正義務の他、善管注意義務、忠実義務、自己執行義務、分別管理義務を規定すべきとの結論であり、適切である。ただし、注意義務についてはここで止まらず、更に具体化が図られるべきである。具体的には、米国信託法が参考になる。そこでは、分散投資義務、見合わないリスクを避けるべき義務などが規定されている。
ウ 適合性原則
適合性原則は重要であり、これを如何に担保していくかという問題意識は適切である。その担保の具体化の一つとして、民事効果の付与が考えられるが、その方向で検討する場合は、金融商品販売法の失敗(説明義務の要件が狭すぎるために、民事効果を付与しても裁判上ほとんど使われていないこと)に学び、要件を絞りすぎないよう十分意識する必要がある。
(3)プロアマとの区分
投資家保護規定の適用されないプロは、機関投資家に限定されるべきである。
取引規模・頻度と投資経験等の客観的基準を満たした者からの明示の希望がある場合にアマからプロに変更できる道を作るという考えは、証券取引や商品先物取引等において手数料稼ぎの過当取引が横行する現在の日本においては、口座支配されている弱者が、取引規模・頻度と投資経験等の客観的基準を満たしているとしてプロに誘導される危険があり、たとえ、プロからアマに戻る道を広く作っても、相当ではない。
(V 集団投資スキーム)
(W 市場のありかたについて)
(これらについての規定は重要であるが、当研究会としての意見は省略する)
X ルールの実効性の確保について
1 基本認識
ルールの実効性確保が重要なのは当然のことである。なお、一般の個人が市場への参加を躊躇する理由としては、ここに書かれているような、「自らが公平に扱われるかどうかについての疑念」はほんの一部と思われる。もっと大きな理由はいくつもあり、よい金融商品がない、わずらわしい勧誘にさらされる、被害にあっても救済されにくいなどの状況を克服しない限り、一般の個人の躊躇は続くであろう。
2 市場行政体制の強化
幅広い金融商品を対象とした漏れのない制度にふさわしい組織が監視監督機能を担う必要があるので、国家行政組織法3条に規定する独立行政委員会として金融サービス委員会を設置し、そこで監督、監視を行うこととするべきである。金融サービス委員会では、消費者が継続的に関与する仕組を取り入れることが、消費者の信頼確保のために重要である。
3 市場監視機能の強化
(1)消費者被害救済はそれ自体がメインテーマ
中間整理は、消費者被害の救済を民事規制の観点で捉えているのみであるが、消費者被害救済は、それ自体が投資サービス法のメインテーマの一つとなるべきものである。金融商品による消費者被害が適切に救済される体制があってはじめて、金融商品の取引に対し一般の個人が参加できることとなる。
(2)効果的な民事規制は適切な被害救済の一手段
現状の民事規制は不十分であり、更に効果的にする必要がある。そのためには、@不招請の勧誘を禁止しその違反があった場合に取消権等の民事効を与えることや、A適合性の原則違反を理由として不法行為の成立を認め損害賠償を命ずる判決が積み重ねられてきたことに鑑み、適合性の原則違反に損害賠償義務・取消権・無効等の民事効を伴わせることが、検討されるべきである。この際は、前記のとおり要件を絞り過ぎないよう留意が必要である。Bさらに効果をあげるためには、消費者の立証責任の軽減と事業者の懲罰賠償制度が考えられる。C事件の種類によっては、クラスアクション制度が効果的であり、その導入を検討すべきである。
このような、効果的な民事規制は、被害救済の観点からすると1手段に過ぎない。民事裁判による被害救済の他、監督監視機関の後見的活動による被害救済、ADRによる被害救済など、複数の被害救済手段が重乗的に整備されることにより、適切な被害救済体制が実現されるべきである。
被害救済の観点からは、金融サービス業者破綻の際の安全ネットも重要である。倒産隔離(bankruptcy remote)の構造となっている金融商品を増加させていくとしても、すべての金融商品をそのような構造にすることはできないから、安全ネットに頼らざるを得ない。そこでは、安全ネットは損害賠償請求権も対象とするのか、安全ネットのない金融商品をどうするのかなど、検討すべき課題はいくつもある。
(4 自主規制機関の機能強化)
(5 投資サービス業者のコンプライアンス強化)
(6 その他)
(これらについての規定は重要であるが、当研究会としての意見は省略する)
以上 |