現在、司法制度改革審議会の審議の過程において、民事訴訟における弁護士費用の敗訴者負担問題が急浮上しています。ただでさえ一般市民にとっては大企業たる証券会社との訴訟は大変な負担となるところ、このような制度が導入されれば、敗訴した場合には証券会社側の弁護士費用まで負担させられることとなり、被害回復のための訴訟提起はますます困難なものとなります。これでは一般市民は大企業の違法行為の前に常に泣き寝入りを余儀なくされることとなりかねません。
 そこで当研究会では、急遽、以下の意見書を作成し、司法制度審議会に提出しました。是非、ご一読ください。


司法制度改革審議会 御中

               「弁護士費用の敗訴者負担」に対する意見

 全国証券問題研究会は、1992年2月の結成以来、ワラント・株式・投資信託など証券取引被害の救済と、投資家保護のための制度改革に一貫して取り組んできた。投資家勝訴の多数の判決と、そこに示された投資家保護の法理は、その成果であり、当研究会が編集・出版した証券取引被害判例セレクトは、すでに16巻に及んでいる。
 司法制度改革審議会の中で、民事訴訟法において、弁護士費用の敗訴者負担を新たに導入する議論が為されている。しかし、私たちが長年取り組んできた証券被害救済の観点からすると、弁護士費用敗訴者負担の制度が導入されることになれば、証券被害者の裁判による救済の道を閉ざす危険性が明らかであるので、右弁護士費用敗訴者負担制度の入に反対を表明するものである。
 その根拠は以下の通りである。

 証券被害は1991年のバブル崩壊と共に顕在化し、日本各地で、証券被害を受けた消費者・一般投資家が訴訟を提起した。しかし、それ以前に、証券被害が社会に顕在化していなかったこともあり、この時点での裁判は前例・判例はおろか確立された判断基準がないという状況下において、訴訟審理が行われざるを得ない状況であった。そのため、今日の判例上では自明の法理となっている、証券会社が一般投資家に当該金融商品について説明すべき「説明義務」ですら、その義務の有無が争われざるを得なかったほどである。その中で、様々な判決を経て、ようやく、証券会社に対する「説明義務」が判例法理として確立されるに至ったのである。最初の段階での一般投資家は、自らの弁護士費用、訴訟費用等を負担するリスクを覚悟して、新たな分野について訴訟を提起してきたのであり、その結果が、今日の判例の積み重ねなのである。現在の裁判における証券被害に関する違法性判断基準としての「適合性の原則」「説明義務」「過当取引」等の概念は、これらの判決の集積によって確立していった法理なのである。これらの判例法理が確立されるまでには、右法理が確立されないばかりに数多くの被害者が敗訴の憂き目を見てきたのであり、かかる敗訴のリスクを越えて訴訟提起してきた消費者・一般投資家の決意・努力によって、現在の判例法理が確立されたと言っても過言ではない。
 ところが、弁護士費用の敗訴者負担制度が安易に認められることになれば、これら前例のない新しい分野での訴訟について、被害者が訴訟を躊躇し、提訴に踏み切れないといった事態を招くことは火を見るより明らかである。
 この点については、消費者訴訟などの一定類型については、敗訴者負担の原則を排除するとの案も検討されているとのことであるが、新しい人権被害、新しい消費者被害が生じた場合、これまでの類型的な消費者被害に該当するかどうかについて疑念が生じる場合がありうる。結局、新しい判例を積み重ねて行かざるを得ない新しい人権被害の分野では、つねに提起する被害者側が弁護士費用の敗訴者負担のリスクを覚悟しなければ訴訟を提起できないという状況に陥ることになる。
 次ぎに、証券被害の分野では、損失補填禁止の建前から証券会社が訴訟前の和解にほとんど応じず、訴訟に持ち込めなければ解決することは望めないのが実態である。そのため、証券被害を被った多くの一般投資家は、裁判を提起しなければならないという大変な決断を迫られることになるが、この訴訟に対する心理的・経済的圧迫が被害救済の大きな障害の一つとなっている。
 このように、一般市民にとってただでさえ障害が大きい訴訟提起に際して、さらに「敗訴の場合に相手方の弁護士費用までも負担することを覚悟せよ」ということになれば、事実上訴訟提起を断念させることになり、国民の裁判を受ける権利を阻害しかねないのである。
 また、証券被害に関する事件においては、証券会社の外交員の勧誘文言が問題となる場合が多く、裁判所での人証調べによってようやく具体的事実が明らかになるケースも少なくない。弁護士費用の敗訴者負担を課することはこのような事案において、真実を究明し責任追及の可能性を探る機会をも封じてしまう危険性を孕んでいるのである。
 さらに、証券被害の分野では、証券会社が行った不法行為や債務不履行についても、一般投資家側の過失が裁判上認定され、損害額から差し引かれて請求が認められるというケースが極めて多い。この過失相殺の割合は、まさに裁判所が裁判の訴訟審理の中で裁量的に認定するという性格のものである。
 ところで、仮に原告の訴訟費用と同様の負担割合で弁護士費用を敗訴者に負担させるという制度が認められた場合、投資家は、あらかじめ過失割合を見越して過失割合分を差し引いた金額を訴額として請求しなければ、過失割合で差し引かれた分の証券会社の代理人の弁護士費用を一部「敗訴者」として負担しなければならないことになる。しかし、先述のように、まさに過失相殺がどのような割合になるかについては、裁判所が認定すべき問題であって、これを訴える側で、弁護士費用敗訴者負担を畏れて訴額から差し引かなければならないとなると、裁判所の判断すべき余地を封じることになり、ひいては不法行為ないしは債務不履行という違法行為を行った側を不当に利することになりかねない。
 以上のとおり、証券被害者救済の観点からしても、弁護士費用敗訴者負担は、訴訟の道を国民から遠ざけてきた司法の現状を改革するという、司法改革の理念から逆行するものにほかならず、断固反対であるので本意見を提出する次第である。
                                                          以 上

2000年11月16日

 全国証券問題研究会
 代表幹事    弁護士 田中清治
 同副幹事    弁護士 田端 聡
 同幹事長    弁護士 塚田裕二
 同事務局長   弁護士 芳野直子
 同事務局次長 弁護士 近藤博徳