日本版SEC改革に関しては、当研究会もその検討を行い、平成13年10月20日付け意見書を作成・執行したところでありますが、今般、第二東京弁護士会において「証券取引等監視委員会の権限強化等に関する意見書」が作成され、各関係機関宛に提出されました。同意見書の掲載につき了解をいただくことができたので、以下に同意見書全文を掲載します。




             証券取引等監視委員会の権限強化等に関する意見書


                                                 2002年2月15日
 内閣総理大臣
 小  泉  純  一  郎  殿

 金融庁長官
 森     昭  治  殿

 証券取引等監視委員会委員長
 高  橋  武  生  殿
                                           第二東京弁護士会
                                           会長  久 保 利 英 明

                       意 見 の 趣 旨

@証券取引等監視委員会の権限強化
 〜証券取引等監視委員会に準司法的権限を付与すべきである。
具体的には、民事制裁金の徴収・不当利益の返還、強制調査権を伴う刑事告発権、差し止め命令・排除命令、審決権限を付与すべきである。
A証券取引等監視委員会の体制強化
 〜資本市場担当部局の集約化と人員増強を行うべきである。
B市場監視における投資家の役割の重視
 〜投資家の啓蒙を充実し、投資家による情報提供を重視すべきである。
C直接金融に関する行政に遺漏をつくらない
 〜限定列挙である現行の有価証券定義を包括的規定に改め、直接金融に関する行政に遺漏が生じないようにすべきである。

                       意 見 の 理 由

1 総論〜今のままでは個人は証券取引はできない
平成13年証券取引等監視委員会は「新体制の活動方針」の中で、「証券市場の現状分析」として、投資家に@市場仲介者(証券会社等)に対する不信、A市場参加者に対する不信(仕手筋やインサイダー取引等)、B監視当局への不信が存在していることを指摘した。
過去十数年間相次いだ金融不祥事や金融消費者被害の積み重ねの中から、個人投資家は証券市場に対する不信を醸成した。こうした経験から、個人投資家が安心をして(信頼をして)証券取引を行うことができない状態となっているのは、紛れもない事実である。
 前記の現状認識を踏まえ監視委員会は、個人投資家の保護という目標を掲げ、@悪質な証券会社などの徹底摘発、A市場の公正性を損ねる証券犯罪の一掃、B監視委員会のプレゼンスの向上という3つの戦略目標を掲げた。こうした監視委員会の姿勢は現行制度を前提とした姿勢としては評価すべきでものある。
 しかし、もとより証券取引等監視委員会に与えられている権限や現行の機構等は、証券市場の適正をはかるという観点からは不十分であり、現行の監視委員会の活動には限界があるといわざるを得ない。
 証券市場に対する不信が蔓延している現状に加え、今後直接金融を担う証券市場の重要性が増してゆくであろうことに鑑みれば、監視委員会の権限を抜本的に強化し、時代の要請に応えうるものに改革することは、今日極めて重要である。
 上記の観点より、証券行政に関する制度・運営の改革について、下記の4点を提言する。

2 各論
(1)証券取引等監視委員会の権限強化
   〜証券取引等監視委員会に準司法的権限を付与すべきである。
 具体的には、民事制裁金の徴収・不当利益の返還、強制調査権を伴う刑事告発権、差し止め命令・排除命令、審決権限を付与すべきである。
 ア 証券取引等監視委員会に準司法的権限を
 日本の証券取引等監視委員会の権限は、基本的に告発や行政処分などの勧告に止まっている(主に特別な利益の提供、内部者取引、一任勘定等を処分にふさわしい問題としている)。しかし、こうした限定的な権限では、証券市場監視の実効をはかるに不十分であり、投資家の信頼を回復することも困難である。
米国SECには、広範な権限が認められている。すなわち、米国SECは連邦裁判所で刑事責任を追及すること、裁判所で違法行為の差し止め請求、利益の吐き出し請求、民事的な制裁等を求めること、行政上の審査に基づいて差し止め請求、制裁、利益の吐き出し、業務停止等を課すことができる。証券市場の監視・適正化のために、民事・刑事・行政にまたがった権限が付与されており、実効ある監視体制が築かれている。こうした監視体制により、米国の証券市場の信頼は維持されている。
 日本においても、証券市場監視の実効をはかることができ、投資家が信頼するに足る監視制度を整備すべきであり、具体的には証券取引等監視委員会に米国SECのような準司法的権限を付与すべきである。
 イ 証券被害解決のための合理的な制度を
 米国SECでは、具体的な問題解決を求める投資家への対応も上記の広範な証券行政の一環として行われており、被害救済においてもSECは積極的な役割を果たしている(具体的には、SECが提訴する差し止め請求訴訟の既判力は民事訴訟に及ぶとされているし、また差し止め請求訴訟の付随的救済命令により被害回復が行われることもある)。
 これに対して、日本の証券取引等監視委員会は、基本的に具体的な問題解決を求める投資家への対応は行っておらず(監視委員会の対応は日本証券業協会の紛争処理制度の紹介である。しかし、同制度は活用されていない)、証券被害救済は一般的に民事訴訟によっている。
 しかし、裁判所は必ずしも証券取引等について専門的知識・情報を蓄積しておらず、証券取引に関する紛争の処理機関として十分とは言い難い。米国SECのように、証券行政の専門機関が、証券市場監視業務の一環として、証券被害救済にも積極的な役割を果たす制度設計が必要である。
 また、証券被害に関する民事訴訟では、多くの事例において高率の過失相殺が行われているところ、こうした訴訟結果(のみ)による証券取引法違反事例の処理は、違反行為による不当利得の防止や違反行為の抑制という観点からも疑問がある。
米国SECには、不当利益の吐き出し請求権が認められており、吐き出させた金額は投資家の救済に宛てられた後、財務省に没収される。また、米国SECには民事制裁金請求権も認められており、制裁金は国庫に納められる。日本においても、こうした制度を導入すべきであり、その権限は証券取引等監視委員会に付与されるべきである。

(2)証券取引等監視委員会の体制強化
   〜資本市場担当部局の集約化と人員増強を行うべきである。
 証券行政を適正に行っていくためには、証券行政の責任を最終的かつ一元的に負いながら証券市場の監視を行う専門家集団が必要である。
 しかし、現在証券行政は、金融庁内の各局・証券取引等監視委員会・財務省関東財務局等に分散している。また、証券取引等監視委員会の職員は平成13年度定員で265名であり、平成14年度は増員が伝えられているものの、米国のSEC(約3000名の体制)と比較しても、人員体勢はまだまだ不十分である。
 そこで、証券行政に関する権限の証券取引等監視委員会への集中と同委員会の人的・物的資源の充実が必要である。

(3)市場監視における投資家の役割の重視
   〜投資家の啓蒙を充実し、投資家による情報提供を重視すべきである。
米国のSECでは、投資家の啓蒙及び投資家による情報提供が重視されている。前者については、SECのホームページを通じて、投資情報の他、投資家からの質問・苦情の処理、投資家教育、投資家の損害回復事例に関する情報提供、苦情・質問状況の推移に関する情報提供等、きめの細かい豊富な情報提供が行われている。また、後者に関しては、SECの摘発する不正行為の3分の1は投資家からの情報提供によるものといわれている。
こうしたSECの方針は、広く投資家のレベルを向上させるとともに、投資家による証券市場の監視を実現している。
 日本の証券行政においても、投資家のレベル向上と投資家による証券市場の監視を強化していくため、投資家への啓蒙ないし情報提供の充実をはかるとともに、投資家からの情報提供に対しては行政において適格に対応し、対応の結果に関する情報公開を充分に行っていくべきである。

(4)直接金融に関する行政に遺漏をつくらない
   〜限定列挙である現行の有価証券定義を包括的規定に改め、直接金融に関する行政に遺漏が生じないようにすべきである。
現在の証券取引法の有価証券の定義は、限定列挙である。従って、証券行政による規制も証券取引法により有価証券と定義されている商品が対象となっている。
 しかし、有価証券の定義に当てはまらない金融商品による消費者被害事例は後を絶たない。近時も、海外商品先物オプション取引・外国為替証拠金取引等、証券取引法の対象外となる商品により、消費者被害が発生している。
 これまで証券取引法上の有価証券概念の拡大がはかられてきたが、消費者被害発生の後追いになっているというのが実状である。金融商品が多様化し、ますます複雑化していく現状に鑑みれば、限定列挙という有価証券定義のあり方は、限界に来ているというべきである。
 米国の証券法にならい、我が国の証券取引法における有価証券定義にも包括的規定を定め、直接金融に関する行政規制に遺漏が生じないようにすべきである。
                                                           以 上