平成12年3月24日 日本経済新聞(朝刊)

 【見出し】 リスク説明義務付け 賠償提訴が容易に
         
金融商品販売法案きょう閣議決定

<金融商品販売法案の骨子>
・金融商品販売業者(代理店などを含む)に金融商品が持つリスクの説明を義務づける。
・対象商品は預貯金、保険、有価証券など法律で幅広く規定。郵便貯金と簡易保険は対象外。
・販売業者が顧客に重要事項を説明しなかった場合は損害賠償責任を負う。元本割れした額をその損害額と推定する。
・販売業者に勧誘方針の策定・公表を義務づける。

 政府は24日の閣議で個人投資家や預金者の保護を目指す金融商品販売法案を決定する。銀行や証券会社が金融商品を販売する際に、元本割れする可能性の有無を個人顧客に説明することを義務づけるのが柱。今国会に提出、来年4月の実施を目指す。金融機関は販売手法の再点検を迫られそうだ。
 同法案では金利、為替など相場の変動や金融機関の経営破たんなどで商品が元本割れする可能性を顧客に説明することを義務づける。顧客は説明がなかったことを立証できれば、元本割れ額を損害として賠償を受けられる。
 例えば証券会社が株式投資信託を個人に販売する際に、高利回りが狙える点ばかりを説明し、相場次第で元本割れするリスクを知らせなかったとする。実際の受取額が払い込んだ元本を10万円下回ったとき、顧客は証券会社からリスクの説明がなかったことさえ立証できれば、10万円の賠償を受けられる。
 証券会社が損害賠償を拒否したり、賠償額を10万円より減らしたい場合には、顧客側にも過失があったことや請求額が過大であることを証券会社が立証しなければならない。説明義務の有無から損害との因果関係、具体的な損害額まで顧客側に立証責任を課す現行の民法手続きに比べて、顧客の負担は大幅に軽くなり、訴訟が起こしやすくなる。
 対象商品は預金、保険、有価証券、先物取引など法律で幅広く規定。今後登場する商品は政令で追加する。一方、郵便貯金と簡易保険は「国が支払いを保証しており、元本割れの可能性がない」(大蔵省金融企画局)として適用を見送る。



「程遠い信頼回復」

 24日に閣議決定される金融商品販売法案を「金融サービス法」「サービス法の第一弾」などと呼ぶのはよそう。銀行や証券などと顧客との一応の取引ルールは盛り込むが、ルールをめぐる紛争の処理手続き、補償、厳格な罰則など金融取引の「信頼」を担保する措置を先送りしたからだ。法案作業は基本設計から見直すべきかもしれない。

「被害生むあいまいさ」
 「だますつもりはなかった」。23日の東京地裁で、オレンジ共済組合事件の判決があった。参院議員、友部達夫被告のいいわけに対して、「詐欺そのもの。国会議員に対する信頼を悪用した」と懲役10年の有罪判決が下った。
 同事件はまさに意図的な犯罪で、新法が想定する金融販売とは異なる。しかし、信頼(信用)を介した金融取引が往々にして犯罪に利用されやすく、あいまいなルールが被害を拡大した事例でもある。
 金融取引紛争での「言った」「言わない」の水掛け論を防ぐには、明確なルール化こそが、事前の対策となる。一方の紛争処理・補償制度は、不幸にして紛争が生じたときに、信頼の崩壊を食い止める事後対策。
 先行する英国の金融サービス法は、紛争処理のため中立的なオンブズマン制度を活用してきた。目下、制度見直し中で、4月にも改正案が議会を通過する見通し。見直しの背景には、1988年から94年にかけて約200万人が被害を受けた年金ミスセリング事件だ。英当局は、ルールの厳格化とともに、業者を指導して被害補償を実施させ、さらに再発防止の紛争処理などを強化するという。

「金融業界抵抗の形跡」
 英国をモデルとしながら、わが国の新法案が、紛争処理・補償制度を置き去りにして「小さく出発」しようとするのは、単に関係官庁が多いためだけではなさそうだ。公的な紛争処理機関を設けると、バブル期の説明責任で係争中の変額保険訴訟やワラント訴訟などが不利になると、金融業界が抵抗した形跡がある。
 金融審議会や大蔵省も、既存の訴訟に政策的に関与することを避けて、先送りを承諾したのなら、顧客、業者の双方に偏しない制作の信頼度を意識する英当局の対応と対照的に映る。
 問われているのは金融機関、金融システム、金融取引への信頼性の回復だ。取引ルール化にしても、顧客の理解度に応じた取引を義務づける「適合性の原則」を業者の自主ルールにとどめるなど、手抜かりには事欠かない。こうした業者向けの姿勢が消費者に根強い金融不信を助長する。

「設計変更が不可欠」
 金融機関に対する一般の不信の根は想像以上に深い。東京都による大銀行狙い撃ちの外形標準課税が、その強引さにもかかわらず世論の支持を得るのも、根っこに金融不信がある。
 本来は金融機関こそが、厳格なルールと第三者機関の権威を借りてでも、自らと金融取引への信頼回復に努めるべきだ。それを、目先の利害に足をからめとられて、新法案を、「サービス法もどき」に格下げさせたとすれば、金融機関の視野狭窄状態は改善されていない。
 大蔵省は法的構成で、銀行法、保険業法などの各業法を縦割りで温存しつつ、金融サービスだけを共通に法制化する”横グシ”論を唱えてきた。だが、一般事業法人も銀行業参入を宣言するビッグバン(金融大改革)の広がりで、横グシ論の限界もみえた。
 新法案を本気でビッグバン時代にふさわしいインフラとするためには、今回の「小さな出発」から引き返し、各業法を統合する大金融法(仮称)の構築に設計変更すべきだ。その中で金融取引の事前と事後の対策を仕分ける。金融の信頼は、官と業界の小手先の調整だけで回復できる時代ではない。

(編集委員・藤井良広)