「金融商品販売法案」に対する意見書

はじめに

 私たち全国証券問題研究会は、平成4年2月1日に、証券取引被害救済に取り組む全国各地の弁護士が結成した任意の研究団体であります。
 当研究会は、証券会社の違法勧誘や違法取引に対して、証券取引被害救済のために立ち上がる参加弁護士や各地の研究会・弁護団を支援し、情報交換並びに合同研究を重ねる一方、証券取引判例集「証券取引被害判例セレクト」(1巻〜15巻)、「証券取引被害判例精選」の編集発行、さらにホームページ上でのこれらの判例情報等の公開も行っています。金融サービス法制定の議論との関係におきましても、大蔵省金融審議会第一部会「中間整理(第一次)」、「中間整理(第二次)」が発表される都度、意見書を作成、提出してきました。
 平成12年3月24日、「金融商品の販売等に関する法律案」(以下、単に「法案」と言います。)が閣議決定され、国会において審議されようとしています。
 法案は、顧客保護を図るために、金融商品に関する説明義務違反につき民事上の法的効果を明定し、勧誘の適正の確保のための措置を定めるとの方向性においては、金融サービスについての顧客保護の前進を図るものと理解されます。
 しかしながら、その具体的内容は、被害救済の最前線に立つ私たちから見れば、過去・現在、また将来に予想される利用者被害に鑑みて甚だ不十分であります。ことに以下に述べる諸点については、法案は被害実態や被害救済の実情、これらに関する判例法理の理解を全く欠いたま策定されたものと言わざるを得ません。
 従って、当研究会は、法案の審議にあたって、当研究会をはじめ金融商品被害の実態を知る諸団体を参考人として招致して十全の審議を尽くすとともに、それを踏まえて、以下に述べる諸点において法案を抜本的に修正されることを強く要請するものであります。

                            記

1、誠実公正義務について
〜金融商品販売業者が顧客に対して誠実公正義務を負う旨を明記すべきである。

 誠実公正義務は、証券監督者国際機構(IOSCO)の行為規範原則にも示されたグローバル・スタンダードと言うべき大原則であり、我が国でも証券取引法第33条や商品取引所法第136条の17がこれを明記している。説明義務違反を肯定した裁判例においても、誠実公正義務を説明義務の重要な拠り所としている例は少なくない。
 ところが法案は、広く金融商品の販売における顧客保護を目的としながら、その出発点となるべき誠実公正義務に触れることなく、唐突に説明義務や勧誘の適正確保といった個別的論点のみを規定している。このことは、同法案全体の顧客保護に対する姿勢の不十分さを示すものと言っても過言ではない。
 金融商品販売業全般に共通する大原則として、誠実公正義務を明記すべきである。

2、説明義務について
〜説明対象として「商品の性格、仕組み」を明記し、これらに沿って「元本欠損が生ずるおそれ」の具体的内容と程度を顧客が理解できるよう説明することを義務付けるべきである。また、少なくとも勧誘による場合には、上記事項につき書面を併用した説明を義務付けるべきである。

(今日における説明義務の位置付け)
 今や金融商品のリスクに関して、販売業者が一般利用者に対し一定の説明義務を負い、これに違反した場合に不法行為責任が生じ得るとの一般論は、判例上確立しているところと言える(証券取引被害に限定しても、説明義務違反を認めて証券会社の損害賠償責任を肯定した裁判例は160件を超えている)。
 問題は説明義務の具体的内容であるところ、法案が言う「元本欠損のおそれ」の説明は、その性質上、当該商品の性格や仕組み、これらとの関係におけるリスクの具体的内容(とくに程度)が説明されて初めて果たされたと言い得るものである。この点、判例上も、ワラントや投資信託などの事案を通じ、顧客が自主的な判断あるいは自己の責任と判断において取引を行うに必要な事項という観点から説明事項が検討され、商品の仕組みやこれに即したリスクの具体的内容を顧客が理解できるよう説明することが必要であるとされている(※別紙判例要旨)。そのため、形式的には「リスクはある」との説明はあったとされながら、商品の仕組みやリスクの具体的内容を理解させるに足る説明がなかったとして、顧客の損害賠償請求が認められた例は多い。また、「中間整理(第二次)・別紙論点整理」においても、「具体的には、商品の性格、仕組みの中で、契約締結後において、金融商品の売却による損失の発生等、『顧客に不利益な状態』が生じる可能性をもたらす『主要な要因』が存在する場合には、その旨と当該要因を、商品の性格、仕組みに沿いつつ説明することが必要である。」と指摘されていたところである。

(法案における説明義務の無意味さ)
 ところが法案には、かような視点が欠落している。同法案の規定の仕方では、例えばワラントについてさえ、「相場変動による元本割れのリスクがある」「権利行使期限がある」との説明があれば足ることになりかねない。これでは顧客は当該商品の仕組みもリスクの程度も対処方法も全く理解できず、「元本欠損が生ずるおそれ」が説明され、理解されたことにはならない。金融商品一般につき多様化・複雑化が進む今日、この程度の説明で、顧客が自己責任による判断を行うことなど到底不可能である。
 結局、現在の規定の仕方では、法案の説明義務は、勧誘によるか否か、如何なる属性の投資家か、如何なる種類の商品かを区別することなく、いわば最大公約数的な最低限の義務として、元本割れのリスクの存在のみにつき形式的な説明義務を課した点に意味があるに過ぎないこととなりかねない。しかし、今日の判例法理の下で、かような低レベルの説明義務は、実際の被害救済に関してさしたる意味を持たない。むしろ、判例法理と比べてすら遙かに低レベルの説明義務の立法化は、販売業者が如何なる顧客、如何なる商品についてもこの程度の説明さえ行えば足ると誤解し、あるいは殊更に同法を免罪符のごとく用いるときには、かえって被害救済に有害となるおそれすらある。
 なお、法案は、「損害の額の推定」をして、顧客保護に画期的な意義を有するかのごとく位置付けるようであるが、これは多数の判例によって、実務上ほぼ定着した見解を追認しただけのものに過ぎない。これによって顧客保護が格段に厚くなったなどと考えることは誤りであり、やはり説明義務の内容こそが重要である。

(説明義務の内容)
 以上述べたとおり、顧客保護の見地から重要であるのは、形式的に「リスクもあります」とだけ述べることなどではなく、顧客が自己責任による取引をなし得る程度に当該商品の仕組みやリスクの内容と程度を具体的に理解することであり、これを可能とする説明があって、初めて「元本欠損が生ずるおそれ」が説明されたと言うことができる。従って、法案においても、説明対象として商品の性格、仕組みを明記し、これらに沿って「元本欠損が生ずるおそれ」の具体的内容と程度を顧客が理解できるよう説明することを義務付けるべきである。
 また、過去の被害実例においては有利性を強調した電話勧誘こそが被害の温床となっており、上記のような説明義務の履行を確保するには、口頭説明だけでは全く不十分である。事を明確にし、利用者の十分な理解を得るためには、過不足のない書面を併用した説明が不可欠なのである。そして商品毎に予め説明用の書面を作成し、勧誘時に交付することは、何ら販売業者に無理を強いることにはならず、リスクある金融商品の勧誘を行う以上は、この程度の義務を果たすべきことは当然であると言える。
  
3、勧誘の適正の確保について
〜電話勧誘、戸別訪問に関して不招請勧誘の禁止を採用し、その違反にはクーリングオフを可能とすべきである。
〜適合性原則を明文化し、その違反には損害賠償義務を課すべきである。

(法案と被害実態の乖離)
 法案は、勧誘の適正確保に関しては、抽象的な努力規定と各販売業者への勧誘方針の策定・公表を義務付けているに過ぎない。これはいわば、販売業者を信じ、その自覚と自浄に「勧誘の適正」を委ねているものと言え、到底、第一条に言う「勧誘の適正確保のための措置」を定めたことにはならない。
 これまでの裁判例を見ても、被害の大半は、顧客の知識、経験、意向を顧みない執拗な勧誘(大半は電話勧誘、次いで戸別訪問)によって引き起こされている(※別紙判例要旨)。中には、「よく分からない」あるいは「不安だ」と述べて断る顧客に何度も勧誘が行われ、意に沿わない取引が行われたケースも少なくない。これはバブル期においてのみ見られた現象ではなく、近時においても同様である。
 顧客保護と金融商品取引の健全な発展のためには、説明義務の問題以上に、勧誘の適正確保に関する直接的・具体的なルールが定められることが必要である。上記のごとき被害実態を前に、今後さらなる競争激化が予測される中、販売業者の自覚と自浄にすべてを委ねることなど、「勧誘の適正確保」を断念したに等しいものと言わざるを得ないのである。

(不招請勧誘の禁止)
 具体的には、かねてから議論されている不招請勧誘に関し、最も攻撃性が高く被害の温床となっている電話勧誘と戸別訪問による不招請勧誘を禁止し、その違反にはクーリングオフなどの民事上の効果を明定すべきである。上記の被害実態に鑑み、問題性の高い態様の不招請勧誘を禁止することによる顧客保護の実益は極めて大きい。また、インターネットの普及等により、広告・宣伝手段や顧客からのアクセス方法が飛躍的に発展・進化している現代社会において、かような態様の勧誘を禁じることに格別の不利益はなく、かえって商品内容、サービス内容を前面に押し出した適正な競争が促進されるはずである。

(適合性原則)
 適合性原則は、今日では証券取引法での明文化をはじめ、金融商品の販売・勧誘における基本原則として周知されるに至っており、勧誘の適正化に不可欠のルールである。他方、裁判例においても、現状では説明義務ほどに確立されてはいないものの、適合性原則違反を違法要素の一つとして証券会社の損害賠償責任を肯定する例は多く(当研究会が判決を入手しているものだけで20件に達している)、とくに近時は、適合性原則違反のみで証券会社に損害賠償を命じる判決が相次いでいる(最新のものとして、京都地裁平成11年9月13日判決【証券取引被害判例セレクト13所収】、岡山地裁平成11年9月30日判決【同14所収】)。そして今後、一般消費者が否応なくリスクある金融商品と向き合わざるを得なくなる一方で、商品の複雑化・多様化が一層進展していくであろうことは言うまでもない。かような現状からして、この機会に立法によって金融商品の販売・勧誘における基本原則としての適合性原則を明定し、説明義務と同様に民事上の効果を付与することは、まさに時宜に適ったものであって、今回の法案に不可欠である。反面、このような勧誘における基本原則さえ殊更に避けて通り、販売業者の自主性に委ねるがごとき法案など、「勧誘の適正の確保」を内容とする「金融商品販売法案」の名に値するものではない。

3、金融商品の範囲、紛争処理解決制度
〜金融商品についての包括規定、実効性ある紛争処理解決制度の設置を早急に検討し、実現すべきである。

 法案は、対象となる金融商品の範囲につき列挙・政令指定の方式がとられている点、中立かつ公正で簡易・迅速な紛争解決処理制度の確立が見送られている点でも、実効性において不十分であると言わざるを得ない。これでは従来と同様、前者については被害が顕在化してからの後追い規制が繰り返されることとなり、後者については被害が生じた場合には時間と労力を要する司法手続きに頼る他はないこととなる。
 今般の立法作業には間に合わなかったとしても、今後早急に、金融商品の範囲についての包括規定、実効性ある紛争処理解決制度が検討され、実現されるべきである。
                                                          以 上
 平成12年4月14日

全国証券問題研究会

代表幹事 弁護士  三 木 俊 博

 幹事長  弁護士  田 端   聡

事務局長 弁護士  中 嶋   弘

                        【判 例 要 旨】

以下は、顧客勝訴の代表的な裁判例の要旨である。

1【静岡地裁浜松支部平成8年3月29日判決】(証券取引被害判例精選37頁)
・対象商品       ・株式(信用取引)
・認定された違法要素・適合性原則違反、説明義務違反
・認定された勧誘態様・株取引を始めて間もなく、余裕資金もない顧客に、「現金がなくても買える方法がある」と電話で勧誘した。
・適合性原則違反についての判示内容
 現物株を始めて僅か3ヶ月で、ただ担当社員の勧誘に応じて取引を行っていたに過ぎない投資家に、余裕資金がなくなったなら現金がなくても買える方法があるとの一事をもってハイリスクハイリターンの信用取引を勧誘するのは、適合性の原則を著しく欠く。 
・説明義務についての判示内容
 説明は電話で簡単に行われ、取引の基本的仕組みにつき誤った理解をさせたまま取引を開始させた。このような場合、自己責任原則の基礎を欠いたものとして説明義務違反がある。
※東京高裁平成9年3月27日判決(証券取引被害判例精選47頁)で適合性原則違反、説明義務違反の判断が維持され、確定。

2【東京高裁平成8年11月27日判決】(判例時報1587号72頁)
・対象商品       ・ワラント
・認定された違法要素・説明義務違反
・認定された勧誘態様・一旦は断った顧客に、電話で何回かにわたって熱心に勧誘した。
・説明義務についての判示内容
 「(証券会社及びその使用人は)当該証券取引による利益やリスクに関する的確な情報の提供や説明を行い、投資家がこれについての正しい理解を形成した上で、その自主的な判断に基づいて当該証券取引を行うかを決することができるように配慮すべき信義則上の義務を負う。」とした。
 説明対象については、ワラント取引一般の特質の十分な説明、当該ワラントの権利行使期間、権利行使価格の説明が不可欠であるとした。
 説明書の事前交付もせず、主として電話で口頭説明するだけでは不十分とした。
※最高裁平成10年6月11日判決で証券会社の上告棄却、確定。

3【大阪高裁平成9年5月30日判決】(証券取引被害判例精選264頁)
・対象商品      ・投資信託
・認定された違法要素・説明義務違反
・認定された勧誘態様・電話により、中国ファンドを株式投資信託に切り換えることを勧誘した。
・説明義務についての判示内容
 電話による説明は、説明が一方的になされるのみで相手方の十分な理解が得られない場合も少なくなく、特にその説明内容が複雑であったり、相手方にとって理解の困難な事項であるような場合には、相手方の十分な理解はあまり期待できない。担当社員は、元本割れの危険性があることや満期等について具体的に十分な説明をして、顧客の理解を得る配慮が必要であった。
 顧客に交付されたパンフレットの欄外の注記を注意深く読めば元本の保証がないことがわかるが、同パンフレットは全体として元本の安全や安定成長を印象付ける宣伝的なもので、各商品毎に元本保証や元本割れの現実の危険性の違いや差を正確に理解することはたやすくできないことが認められる。
※最高裁平成10年6月25日判決で証券会社の上告棄却、確定。

4【大阪高裁平成10年4月10日判決】(判例タイムズ1004号169頁)
・対象商品      ・ワラント
・認定された違法要素・説明義務違反
・認定された勧誘態様・支店長の指示で支店の外務員が一斉に電話勧誘を行った。
・説明義務についての判示内容
 証券取引一般につき、「証券会社が特定の銘柄を推奨して一般投資家を証券取引に勧誘する場合には、顧客がすでに当該投資商品の取引を熟知している場合を除き、原則として当該商品の取引に不可欠な商品の構造や、取引価格の形成・変動の仕組み、取引による利得や損失の危険などについて十分な説明を行い、それについて顧客の理解を得たうえで、顧客自らの責任と判断で取引ができるよう配慮すべき信義則上の義務があるものといわなければならない。」とした。
 ワラント取引につき店頭取引の問題や価格の問題を含めて詳細かつ具体的な説明義務を肯定し、それら説明事項につき顧客から理解と承諾を得る必要があるとして、電話での概括的説明や注文の翌日には説明書を持参して説明を繰り返したことが認められるものの、それでも投資家の理解が全く不十分であった以上、説明義務違反を免れないとした。
※上告なく確定