金融審議会 御中

             
金融審議会 第一部会「中間整理 第一次」に対する意見書


はじめに
 私たち全国証券問題研究会は、平成4年2月1日に全国各地の弁覆士有志が証券取引被害救済のために結成した任意団体である弁護団や研究会等の連合組織として結成された研究団体であります。
 全国証券問題研究会は、証券会社の違法勧誘や違法取引に対して証券取引被害救済のために立ち上がる参加弁護士や研究会・弁護団を支援し、情報交換並びに合同研究を重ねる一方、証券取引判例集「証券取引被害判例セレクト」の編集発行にも携わってきました。
 私たちは、今回発表された「中間整理 第一次」と題する報告書(以下単に「本報告書」と言います)には、基本的な考えに問題があるばかりか、消費者の立場から、いくつかの看視し得ない重大な問題点があると考えております。以下、当研究会は預金・保険・証券等の金融商品のうち、証券に重点をおいて意見を述べます。


第1、本報告書は証券業界・証券会社の犯してきた過ちを踏まえていない議論であること

1、証券会社及び証券業界(以下単に「証券会社」と言う)は、これまで次の反社会行為をしてきた。

 第1に、株バブルを惹起したこと。
 証券会社は、1985年のプラザ合意以降の潤沢でだぶついた資金及びユーロドル市場からのワラント債による資金の調達手段を介して、証券市場に資金を流入させ、シナリオ相場を捏造して株価を吊り上げて行き、株バブルを演出し、その後のバブル崩壊後の日本経済に壊滅的打撃を与えた.
 そればかりか、このバブルはまじめに働いて生活を向上させようというこれまでの日本人の勤勉で堅実な精神と気風を変質させ、一獲千金を狙って苦労せず楽して儲けようと言う風潮を蔓延させた。

 第2に、証券会社は、日常的な相場操縦やインサイダー取引に見られる違法行為により、閉鎖的で不公正ないわばバクチ場のような市場にさせてしまったこと。
 証券会社は、企業による株の持合のため市場に流入している株数が限られているため、一律大量集中売買により株価の操縦が容易であることを利用していた。特に、いわゆる総合証券とよばれる証券会社が引受業務もブローカー業務もディーラー業務も兼ねているため、証券会社は多くの情報を利用してインサイダー取引またはこれに近い取引に手を染めて来たり、直接又は間接にかかわってきたのである。

 第3に、証券会社は、大口投資家や上場企業に対する日常的損失補填を繰り返し、他方、個人投資家等に対しては適合性原則違反の違法勧誘や過当取引やワラント取引により壊滅的に資産の減少を惹起させ、国民に証券市場・証券会社・証券投資に対する信頼失墜させたこと。

2、証券会社の反社会的行為の原因と内容

イ、証券会社による前記反社会的行為は、収益至上主義と過酷なノルマ体質が原因である。

ロ、反社会的行為の内容
@ 過当取引
 個人投資家に頻繁な回数の取引いわゆる過当取引や多額の投資を強要し又は欺瞞して行わせたこと。これは、証券会社が顧客からの預かり資産高を証券会社の業績や支店・営業社員の成績やノルマの基準にしたため、預かり資産の増加や減少の阻止に、いわば血道をあげ、これを繰り返していたことによる。具体的には、証券会社が、顧客からの証券の保養預りを奇貨として、顧客の注文を受けて処分した証券の処分代金を顧客に返還せず、次の証券買い付け代金に使用する乗換え売買をさせるということを、日常茶飯事のようにおこなってきている。このように過当取引被害を発生させ続けているのである。これらの事実は当研究会が編集した判例集「証券取引被害判例セレクト」1乃至12に紹介されている。
A 適合性原則違反の取引
 バブル時、証券会社は、証券取引に慣れない証券の保有者に対して激しい投資勧誘と乗換え売買を勧誘した。つまり、
 第1にNTT株の放出により、生まれてはじめて証券取引をした多くの個人投資家に、NTT株より危険な仕手株やワラントに乗り換えさせ資産の大半を喪失させられた人、
 第2に、たまたま親から相続した財産の中に株式等があったため遺産相続の届出をしたところ、証券取引をするつもりはなかったのに、証券会社営業社員の激しい勧誘攻勢により思いもよらぬ危険な種類の証券に乗り換えさせられた人、
 第3に、たまたま、十分な考えもないまま取得した株について長期保有を考えていたところ、証券会社からの勧誘により危険な証券取引に引きずり込まれた人
等の被害者がおり、被害例は枚挙に暇がない。
B 不当勧誘
 相場の見通しに確実なものがないはずであるのに、間違いないかのように説明したり、利益保証をするつもりもないのに利益保証約束をしたり、周知性もなく危険性の高いワラントや株式指数オプション取引を何の説明もなく取引させたり、その手口たるや何でもありの状況であった。
 これら被害の数々を見れば明確にその状況が認識できるであろう。

3、前記のような状況と前歴のある証券会社や証券市場関係者による自己批判のなされないまま、いくらビッグバンと称する制度いじりをしても、国民の証券市場に対する信頼は回復しないというべきである。証券取引の被害者は証券会社と取引をして三度裏切られている。
 一度目は証券取引における商品自体のもつリスクや市場におけるリスク、
 二度目は証券会社の営業社員による不当勧誘や乗換え売買を伴う過当取引による不測の損害のリスク、
 三度目は、証券会社営業社員の不当な勧誘や過当取引について裁判上で虚偽の主張や偽証及びその教唆により裁判所を騙して不当判決をとられたことにより損害が確定する危険である、
 被害に会った投資家は証券会社の仕打ちを一生忘れることはないし、これを子々孫々まで伝え、証券取引などに誰もが近づかないように日常周辺の親族や関係者に言い聞かせているであろうことは想像に難くない。

4、以上の点を真剣に考慮するならば、国民の個人の金融資産1200兆円が間接金融に重点をおいていることが悪くて、証券市場に国民の金融資産が流れていくことがよいことであろうか。むしろ悲惨な証券取引被害の現実を前にするとき、今回の金融審議会の中間整理は、被害の現実を故意に無視し又は被害実態に対する無知から出てきたものと断ぜざるを得ない。

第2、本報告書の個々の問題点

1、「21世紀を展望した金融サービスのあり方について」

 報告書は「資金の円滑な融通とともに、リスクの適切な仲介と配分の重要性が一層増してきている。また、金融のあり方についても、リスクが、伝統的な間接金融を通じて仲介者に集中して負担される形態ではなく、市場を通じた幅広い利用者の主体的に分散して担われることが望まれている」としている。
 これは、国民の個人金融資産が約1200兆円もあるのに、現金や預貯金が約60%、保険が約25%、有価証券はたった13%で、預貯金偏重なので、国策として国民個人の金融資産を証券市場に誘導していこうと言う狙いで始まった金融ビッグバンの路線上にあるものである。日本銀行情報サーピス局が事務局を担当している貯蓄広報中央委  員会の平成9年の調査によれば、国民の貯蓄目的は@病気・災害の備え(69.1%)、A老後の生活資金(53.2%)、B子供の教育資金(31.8%)、C住宅取得・増改築   資金(19・7%)、D子供の結婚資金(13.4%)等となっており、その目的は健全なものであり、このような国民の願いを前記のような証券市場の泥にまみれさせるように誘導させると言うのであろうか。投機的取引が好きな者や投機的取引を営業目的とする法人が好んで取引することまで否定するものではないが、堅実・健全に生きて行こうとする国民まで、証券取引や投機取引に誘う必要がどこにあろうか。国民に進んで証券取引をさせると言う国策を提示すれば、これに便乗して証券会社が積極的勧誘を構造的・組織的にしてくるようになるであろう。その意味で、本報告書の21世妃を展望したサービスのあり方には国民の生活実感や生活実態が一顧だにされていないといわざるを得ない。

2、「新しい金融の流れを支えるルールの枠組み等」

 本報告書では「金融システムのあり方としては、ルールの透明性の確保を前提とした上で、公正性と効率性という2つの軸がともに重要となる」としつつ、「幅広く効率的なリスク分散」を行うことを重要視していることから見て、現状以上に金融資産運用のリスクを個々の国民個人に分散させようと言う狙いが見て取れる。
 更に、われわれを唖然とさせたのは、「余りにも利用者保護を強調しすぎれば、利用者のモラルハザードを助長しかねない」と言い放った点にある.これは不見識極まりない認識であり、公的な報告書としては失格・落第と言う外ない。以下理由を述べる。
 第1に、これから証券取引の市場に多くの国民を誘導するときに参加する前から利用者が何か不道徳なことでもするかのようなことを述べているが、これはいかなる事実によるものか。もし事実面での根拠もないのであれば、消費者・国民性悪説に立つ暴論であり、事実面の根拠があるなら客観的資料及びそれに基づく事実を開示すべきである。
 第2に、この見解は、投資者保護・利用者保護に、「適切な」と言う枕詞をつけることにより、現在の証券取引法が目指している証券取引法の立法目的である投資者保護の程度と範囲を縮小し制限していこうとする意図が見え隠れする。現に、この記述以後に証券取引法より後退した議論がいくつか出てきているのがその証左である。
 第3に、モラルハザードを起こし、反社会的行為(違法勧誘で証券会社に損害賠償義務が認められた民事裁判事件)や犯罪行為(証券会社役員が逮捕された総会屋事件)をしてきたのは誰であったかもう忘れてしまったのであろうか。まさか、空き巣に入られた被害者に戸締りの仕方が悪いと責めると言うのではあるまい。

3、「新しい金融のルールの枠組みが対象とする金融商品の範囲」

 新しい金融のルールの枠組みが消費者保護の観点から望ましい内容のものであれば、その範囲を広げることに異論はない。しかしそこで提起されているのは、プロとアマの区別と、集団投資スキームである。いずれも後に指摘する問題があることから意味がない。金融商品の範囲の拡大が金融サービス法の趣旨であるかのように捉えているのは正確でない。金融サービス法は、既存の諸法制でまかなえない金融商品を取り込むだけでなく、既存の諸法制の消費者保護で足らざる程度を補強し十分にするためのものでなくてはならない。

4、「横断的な販売・勧誘ルールとプロ・アマの区分のあり方」

(1)「前提とする利用者像」の中で本報告書は「自己責任を負えない者が大部分であると想定することは現実的でない」とする。自己責任を負うとはいかなる意味か、個々の金融商品において取引した場合自己責任を負いうる程度や限界がいかなるものであるかの論証もなければ、その基準によればどのような客観的事実や資料により「自己責任を負えない者が大部分であると想定することは現実的でない」と言えるのか、そのことが示されることのないまま、「自己責任意識を持って主体的にリスクを選択できる利用者像」を前提としたいと述べている。要するに、利用者に自己責任の原則を根拠に証券の営業・投資勧誘を責任追及されないでできる対象を広く取り、将来の証券営業をやりやすくする道を開こうとしているだけである。

(2)「アマとプロ、ホールセールとリーティルの区分」の実益について適用されるルールを分け、自己責任を問いうる程度を分類しようと試みているが、取引当時又は行為当時の時点で、いかなる条件のもとに、いかなる者が、いかなる手続きを経て認定するのか明確でない。顧客と利害相反する可能性のある証券会社に行為当時にプロ・アマの認定権を与えるとすれば、証券会社の恣意に委ねることになるし、第三者の判断に委ねるとすれば、いかなる機関になるのか、裁判所による司法的事後判断を求める提訴段階まで行けば、取引の縦続は望まれないからこの分類は意味がないとも考えられる。更に、アマがプロに転換することも想定しているが、転換についても認定主体・手続き・条件が問題となろう.

(3)「販売・勧誘行為に関するルール」

イ、「説明義務」
 もともとこの説明義務は、周知性が低く、危険性が高く、値動きの十分開示されていない、投資判断の難しいワラントについて判例が認めてきたものあり、他の金融商品の取引にも当てはまる。説明義務は、証券会社の義務としていわば判例法上確立した義務と言ってよい。この義務の根拠は証券会社の誠実公正義務及び高度の信任義務に求められる。多くの判例は「証券会社は証券取引について高度の専門的知識と豊富な情報を有しており、一般の投資家もその点に信頼を置いて証券市場に参入するものであるし、このような投資家の信頼は保護に値するものであると考えられる」(仙台高裁平成8年10月14日判決他多数)と判示している。この義務違反は証券会社の損害賠償義務にまで直結する重大な違反である。
 本報告書は投資家のために負うべき責務のルールについて明確化の目的を、「利用者のモラルハザード発生」の防止に役立たせようとするところにも置き、「業者に対し、安心して取引を行うことを一層可能にする」とまで言いのけている。このような結論を出すために時間をかけて論議してきた委員の諸氏は、証券被害の深刻で残酷な実情をもう一度研究・調査して勉強してもらいたい。
 特に「業者ルール」の項目を見ていると、「円滑な金融取引の妨げになるほど、不必要に過重なものとなることは避けるべき」とか、「説明義務の適用を軽減あるいは除去することが適当」とか、投資家の理解は「妥当性かつ明確性ある法的要件を提示することは必ずしも必要でない」等とのべられているが、これでは、投資家保護のルール作りでなく、業者の免罪符付与を目的とするルール作りに堕してしまう虞なしとしないのである。
 更に、説明義務の減免事由に「同種取引を反復縦続する場合」、「利用者が説明を不要とした場合」「金融商品に周知性がある場合」等をあげている.
 しかし、第1のそれは、証券会社による過当取引の勧誘で簡単に反復縦続してしまうし、第2のそれは、ワラントの確認書が証券会社の社員により説明がないまま署名捺印させられたのと同様、今度は多分、「説明不要確認書」なる文書に署名捺印させて終わらせてしまう危険性があり、第三のそれは周知性の有無を誰が認定するのかの問題がある。

ロ、「適合性原則」
 本報告書は適合性原則を、狭義と広義に分けて論及しているが、いずれも適合性原則違反は、民事効果として損害賠償義務や取引の無効・取り消し・解除を志向するものでなければならない.ここで論及されている適合性原則がなぜ問題になるか、その根拠は証券会社の誠実公正義務に求められなければならないところ、そのような見地がまったく欠落している。証券取引被害の多くが証券会社による顧客の適合性を無視した投資勧誘であることを見るにつけ、適合性原則を「業者の内部的な行為規範に関するル←ル」に矮小化する姿勢は現在の判例の水準から大幅に後退する論理である。

ハ、「不適切な勧誘行為の禁止等」
 この項目においても積極的提言がないどころか、「民事責任発生の要件等まで持たせること」について結論を出していない。説明義務に消極的であったかつての後進的な判決でさえ、不適切な勧誘に民事責任を認めることに躊躇をしていないのに、この報告書はその判決以上に後退していると言わねばならない。

5、「集団投資スキームに適用されるルール」

 集団投資スキームなるものが、既存の投資信託以上の何物かを付加しかつ拡大するとすれば、投資被害も集団的に発生する危険性を持つというほかない。投資信託がごみ箱のように売れないクズ株を組み込んで証券会社の営業政策の救済・補強手段に使われたことが指摘されたこともあり、組み込み銘柄を頻繁に乗り換え証券会社の手数料収入に貢献してきたことも記憶に新しい。このような状況で、国民の金融資産を効率よくまとめて証券市場に移動させるために考えた手法であるとすれば、国民不在のアイデアと言うほかない。

6、「ルールの実効性確保と消費者教育のあり方」

 本報告書の言うルールではなく、投資家保護が実効性を持つルールを確立した上で、真に消費者被害救済に役立つルールづくりを「金融サーピス法」に盛り込んでいくべきである。不招請の勧誘の禁止、適合性原則違反についての契約・注文の取消権、説明義務違反の立証責任の転換、過当取引の違法性推定等、真に投資者保養につながる条項を盛り込むべきである。

第3 まとめ

 以上述べてきたように、中間整理は、これまでの一般投資家の証券取引被害についてその実態解明と問題分析を加えないまま、抽象的な投資勧誘の当否を議論しており、そこには証券取引被害の再発防止に真剣に取組む姿勢が見られない。われわれは、前記した「証券取引被害判例セレクト」等に現れた証券取引被害の現状に鑑みれば、投資家保護を現在以上に徹底させる必要があり、また、自己責任を強調するのであれば、なおさら、その前提として、第1に証券会社による不招請の投資勧誘が禁止されること、第2に説明義務を法令上に明文化すること、第3に適合性原則、説明義務、その他不適切な勧誘行為・業務行為の禁止の実効性確保のための民事制裁を明確化し充実することが不可欠な条件であると考える。
  したがって、金融審議会においては、被害実態の解明と問題分析を欠いた中間整理を、一旦、白紙撤回し、被害実態と問題点を十分に反映しうる委員構成を取り直した上、その新たな陣容で真に利用者の利益を確保し得る金融サービス法の提言を考究・検討すべきである。
                                                        以 上

                   平成11年8月31日

                       全国証券問題研究会
                             代表幹事 弁護士 三 木 俊 博

                             幹事長   弁獲士 田 端   聡

                             事務局長 弁護士 中 嶋   弘

                             起草委員 弁獲士 櫛 田 寛 一