「日本版金融サービス法」の現段階  (2000年8月10日掲載)

弁護士 石戸谷  豊     

金融審議会とは
 8月5日のマスコミ各紙は、4日に(新)金融審議会がスタートしたことを報道している。(旧)金融審議会は、大蔵大臣の諮問機関で、その事務局は大蔵省金融企画局(金融行政の企画立案部門)である。しかし、大蔵省改革で大きな問題となった企画立案部門も、この7月1日から金融庁に移管された。検査監督部門と、企画立案部門は、再び統合されたわけである。
 そして、金融審議会は、金融庁長官・金融再生委員長・大蔵大臣の三者の諮問機関となった。8月4日に開催された金融審議会総会は、新しい金融審議会の第1回である。そして、新たに諮問が出され、それが報道されているわけである。
 その諮問は、銀行法改正・個人信用情報保護・電子決済法制などであり、金融サービス法は「金融商品販売法などで法整備がなされつつある」などという誤った認識のもとに、先送りされているようである(金融審議会の総会に出席できるメンバーには、日弁連消費者委員会からは出ていない)。ビッグバンの消費者保護策としては、あまりにもおそまつというほかない。「日本版金融サービス法」は、利用者の保護を優先する英国の金融サービス法とは、似ても似つかないものである。
 ここで、旧・金融審議会の最終答申と金融サービス法の現段階を振り返ってみよう。

6月の答申の意味
 金融審議会は、6月27日、「21世紀を支える金融の新しい枠組みについて」との答申をとりまとめ、大蔵大臣に提出した。これは、平成10年8月の大蔵大臣からの、「21世紀を見据え、安心で活力ある金融システムの構築に向けて、金融制度及び証券取引制度の改善に関する事項について、審議を求める」との諮問に対する最終答申である。

ビッグバンと金融サービス法
 金融制度の改革には、当然ながら幅広い法整備が必要となる。英国の場合、サッチャー政権がビッグバンと同時期の1986年10月に金融サービス法を制定し、金融分野の包括的な法整備を行った。また、ブレア政権は、精力的にセカンド・ビッグバンを進め、金融サービス法の全面改正である「金融サービス・市場法案」を昨年国会に提出、この6月に成立に至っている。
 日本版ビッグバンにおいても、97年6月の証券取引審議会報告書や金融制度調査会答申で、日本版金融サービス法の検討の必要性が指摘されており、金融審議会への検討に引き継がれてきた。今回の答申でも、業法中心の業態別縦割り規制の体系には次のような問題があるとして、金融サービス法の必要性が述べられている。
 「3 利用者保護の観点からみると、適用される業法が異なることにより、規制内容に不整合が生じるおそれがあり、その結果、金融商品の如何によって保護の程度に差が生じることも予想される。また、業法に基づく行政当局の監督は、業者に対する制裁・抑止力としては機能するが、利用者等の私法上の救済という面で不十分である。さらに、金融の自由化や規制緩和の進展により様々な金融商品が生み出され的確なリスク説明が求められるなかで、特に、業法の適用が無い場合には利用者保護が十分に図られない。」
 「5 業者の立場からみると、業法の枠組みを超えた、新しい商品・サービスについては、法律関係が不明確となる。また、金融商品が異なれば適用する業法も異なり、取扱主体もそれに応じて異なってくるという事情から、実質的に業態を超えた競争が阻害されたり、金融商品の間の公正な競争が阻害されるために、利用者利便の向上につながらない恐れがある。 とりわけ、多様なリスクとリターンの組合せを実現しうる仕組み型の金融商品であり、いわゆる市場型間接金融の中枢となる集団投資スキームについては、投資対象が特定された縦割り法制となっており、利用者利便の向上にもつながる自由なイノベーションが困難である。」

答申の概要
 しかし、今回の答申が、このような問題をふまえて、「21世紀を支える金融の新しい枠組み」の全体像を具体的に示しているかと言えば、残念ながらそうなっていない。つまり、金融サービス法の制定のために、その具体的な内容を示すには至っていないのである。答申のうち、「金融サービスのルールに関する新しい枠組みについて」という部分の概要は、次のような内容にすぎない。
(1)99年7月の「中間整理(第一次)」、12月の「中間整理(第二次)」、本年年5月23日に成立した「金融商品の販売等に関する法律」による販売・勧誘ルールの整備の経過。
(2)金融分野における裁判外紛争処理制度の整備と消費者教育の必要性。
(3)今後の取組み。この部分は、主に次の点をあげている。
  3 不適切な勧誘(広告を含む)の改善
  4 各業法の整合的な整備
     新たな形態による銀行業への新規参入への対応、銀行業の業務範囲の見直しも求められる。
     機能別・横断的な考え方に立つべき(誰が行うかではなく、何をするかによって共通ルールが適用されるように)。
  5 個人信用情報の保護制度の整備

横断化への道
 振り返ると、99年7月の「中間整理(第一次)」では、金融サービス法について次のように述べていた。
 「金融サービス法を21世紀の金融を支える制度的な基本インフラと位置付け、高い理想を掲げていきたい。その場合、最終的な法制度の姿は、金融取引全般を広く、包括的かつ横断的にカバーするものとなろう。こうした横断的な法制度の下では、既存の金融関係の業法も、一覧性のある横断的なものとなっていく。」
 それでは、今回の答申は、金融サービス法について、どういう考え方をとっているのだろうか。この点について答申は、ルールの横断化に向かって着実な努力が必要だとし、今後もその努力を継続することが金融行政当局に求められる課題だとしている。そして、その具体的方法については、金融サービス法という包括的な法律の制定を目指すのではなく、個別論点ごとに横断化を進めるという路線となっている。
 このことは、金融商品販売法が金融取引の説明義務等について定め、集団投資スキームについては運用対象を拡大して受託者責任の明確化等を縦割りでなく機能別にしてルールの横断化を進めた経過でわかるとおり、既定路線と言える。
今回の答申でも、「(前述の)今後の課題に積極的に取り組んでいくことこそが、我々が理想とする一覧性のある機能別・横断的法制に着実に進む道である。こうした努力を積み重ねていくことにより、その理想とする具体的法制の姿が明瞭に視野に入ってこよう。」として、この路線を明らかにしている。
 イギリス型の金融サービス法の特徴は、金融分野の法整備を包括的に行うというものだ。そこで、日本版ビッグバンで金融サービス法という用語を使う場合、当然同じようなもの、つまり一つの法律で金融分野全体のルールを整備するというイメージがあった。
 これに対して、前記の路線は、いわばやれるところから整備していこうというものだ。最終的に、それらが全体として金融サービス法体系となることを目指すということである。これは、イギリス型の金融サービス法の制定を断念したことを意味する。しかし、上記の意味での金融サービス法を作るという意味では、断念したわけではない。入れ物の問題と、内容の問題を混同しないようにしないといけない。この辺がわかりにくく、誤解を招きやすい。現に、一時期「金融サービス法制定断念」などの報道がなされたことがあり、それに対して大蔵大臣が「(そういう話は)聞いていない。金融サービス法は必要だ。」との趣旨のコメントを記者会見で出すといった事態があった。
 縦割り構造のままではビッグバンは完結しないわけであり、金融サービス法の断念はビッグバンの断念にも通じる。問題は、金融規制の緩和や撤廃のやりやすい部分だけをどんどん進めていることである。

横断化の中の縦割り
 この点を別にしても、答申の歯切れの悪さが感じられるのは、横断的あるいは機能別のルールを作るのは大変むずかしいということが、随所ににじみ出ているからである。このことは、金融商品販売法を考えて戴ければわかるだろう。答申では、この法律は横断的ルールを導入したと述べており、現にそうした面もある。しかし、横断化の中にも縦割りが残存していることは、適用される金融商品の中に郵政省管轄の郵貯・簡保が入っていないし、通産省・農水省管轄の商品先物取引・指数先物・オプション取引が入っていない(これに対して商品ファンドは、大蔵省を加えた三省共管だから入っている)ことでわかるだろう。
 以上の通り、日本版ビッグバンは、未だ省庁と縦割り業法の壁を突き破れない状況の中にある。

裁判外紛争処理制度
 こういうわけで、今回の答申で実質上のテーマとされているのは、裁判外紛争処理制度の整備の部分である。
 答申は、「金融取引の適正化を実現していくためには、ルールの策定とあわせて、消費者保護のため、ルールの実効性を確保するための制度の整備を進めることが不可欠である。」「裁判外紛争処理制度の確立は、業者にとってもプラスである。すなわち、コンプライアンスの観点から問題是正のための重要なツールとなるほか、裁判外紛争処理への積極的な取組姿勢が市場での業者の評価に繋がり、ひいては取引の円滑化、金融市場の健全な発展にも資するなど、大きな意義があると考えられる。」と述べている。
 しかし、金融分野の統一的・包括的な第三者型機関の設立については、これまた先送りされ、既存機関の当面の運用改善策を指摘するに止まった。具体性に乏しく、本文だけを見てもその意味するところがわかりにくいほどである。そこで、この点については、ワーキンググループのまとめの部分を引用してみよう。
「・・ 将来的な統一的・包括的制度も視野に入れつつ、運用面での改善等、現時点で取り得る効果的な方策を実施すべきである。中立・公正な人材の一層の充実・活用等、各機関毎のイニシアチブで今後自主的改善が図られるものもあろうが、当WGの議論では、少なくとも以下の諸方策について、早期に実施するという点で、意見の一致が見られた。
 @個別紛争処理における機関間連携の強化
  紛争の適切かつ迅速な解決に資するとともに、機関相互にチェック機能を働かせるため、事案の受付けや事実関係の調査等についての機関相互の連携・協力体制を整備する。
 A苦情・紛争処理手続の透明化
  裁判外紛争処理手続を透明化するため、苦情・紛争処理申立ての受付けから始まる一連の苦情・紛争処理手続について、明確なルールを作成・公表するとともに、苦情・紛争の申立てをした紛争当事者には必ず配布・説明を行う。
 B苦情・紛争処理事案のフォローアップ
  裁判外紛争処理機関の運営適正化のため、各裁判外紛争処理機関は、苦情・紛争事案の処理状況及び最終的な処理結果に係るフォローアップ体制の充実を図る。
 C苦情・紛争処理実績に関する積極的公表
  裁判外紛争処理機関の運営適正化や、苦情・紛争事案の処理を通じたルールメイクの促進のため、苦情・紛争事案及びその処理結果についての詳細な統計、主たる苦情・紛争事案の概要等を定期的に公表する。
 D広報活動を含む消費者アクセスの改善
  裁判外紛争処理制度の活用を促すため、宣伝広告、パンフレットの配布、金融商品販売時における裁判外紛争制度の紹
介等のPR活動や、受付窓口の明確化・電子メールの活用等によるアクセス改善を実施する。
 E「金融トラブル連絡網整備協議会(仮 称)」の設置
  上記@〜Dの着実な実施を担保するとともに、金融分野全体の苦情・紛争処理について業態の枠を超えた情報・意見交換等を行い、金融分野における裁判外紛争処理制度の改善につなげるため、金融当局、消費者行政機関、消費者団体、各種自主規制機関・業界団体、弁護士会等の参加する『金融トラブル連絡調整協議会(仮称)』を設置する。」
 
 以上のようなわけで、今後は関係団体が参加する協議会で、この問題が検討される。ここでも、残された課題は大変多く、むしろほとんどを先送りしているという状況だ。

 現在、この協議会のメンバーが選任される状況となっている。伝え聞くところによると、各業界からもれなくメンバーを入れるため、総数は40名程度となり、業界関係者が圧倒的に多くなるという。国民生活審議会や産業構造審議会は、消費者・業界・中立委員(学者等)がバランスよく構成されており、金融審議会の場合の片寄りが、ここでも目立っている。金融分野だけが、こんな状況でいいはずがない。