第24回全国証券問題研究会

「投資者保護と日本版SEC改革への提案」



1、証券取引法は、投資家の保護を目的とする法律である。保護とは、自衛力のない投資家が、証券市場で証券詐欺などの予期しない被害にあうことを防ぐことである。
 従って、保護の核心は、個人投資家の保護にある。
 現在、株式市況の不振、特に日経平均株価1万円割れということから、個人投資家を市場に呼び込むため、証券税制の改正で議論が続けられている。しかし、株価対策のための小手先の優遇措置であってはならない。小泉総理は、株式市況に一喜一憂すべきでないとし、目先のことでなく、構造改革をいっている。これに対し金融庁は「証券市場の構造改革プログラム」を提示しているが、投資者保護という方向性が明確でない。
 しかし、証券市場の番人、証券取引等監視委員会は、最近、証券取引法の目的に従って、個人の投資家の信頼回復を強調している。特に高橋武生委員長は、証券市場を分析して、個人投資家の信頼回復には三つの不信の除去を説かれている。すなわち証券業界が個人投資家を犠牲にしているのではないかという不信、市場が仕手筋やプロに操られているのではないかという不信、当局の監視が十分に機能していないのではないかという不信を挙げ、個人投資家の保護を明確にして証券市場の諸悪を一掃することを示され、そのための体制の整備、人員の増強などいわれている。これは片々たる株価対策でなく、証券市場の積年の通弊を正面から衝くものであり、併せて監視委員会のあり方も率直に省みていられるのであって、それだけに真意がみられるので
ある。これは正しい方向であり、全面的に支持する。
 以上、証券市場の構造改革は、銀行や保険と異なり業としての監督ではなく、真に自由なマーケットを確保することである。このためには証券取引法の改正を含めて日本版SECとして監視委員会の独立と権限充実が必要である。こうして証券市場の積弊にメスを入れ、委員会が「一体誰のために活動すべきかを自覚し」市場への信頼回復を図るなら、法目的の実現と証券市場の発展に資することになろう。


2、個人投資家を保護し、証券市場の発展を期するには、監視委員会の組織と権限を見直し、米国SECのような準司法的機能を具備さすべきである。そして証券取引法も改正して使いやすいものにし、証券市場を律する規範として効率をあげなければならない。
 全国証券問題研究会は、これまでの研究から日本版SECの活動と中味について、以下のとおり提案する。
 【有価証券定義の見直し】
 証券取引法の基本概念である有価証券の定義を見直すべきである。
 周知のとおり現在の有価証券の定義は、限定列挙である。これに該当しない金融商品は証券取引法に対象とならない。これまでの有価証券論は、企業金融の証券化論と関連して「幅広い有価証券」とか新しい金融商品の開発や商品の電子化やペーパーレス化を踏まえて、リスクテイクの問題と関連して提起されてきた。しかし、また、竹内教授がつとに指摘されたように、米国なら当然SECの摘発を受けるような欺瞞的な利殖勧誘行為が野放しになされ、法律が後追いをし、未だこの被害が絶えない。悪徳商法を許してはならない。
 証券市場の改革と発展をのぞむなら、証券取引法の原点に立ち返り、日本のSECが怪しげな投資勧誘行為をどしどし規制できるような武器すなわち包括的な有価証券定義を与える必要がある。市場が監視され公平なチャンスを保証するなら、欺瞞的分野に資金を投じることはできず、個人投資家も市場に帰る回路ができるのである。  
 先の金融商品販売法は「幅広い有価証券」あるいは包括的な投資契約という観点に立たず、縦割り行政の遺影から「金融商品の販売」として預金・貯金・保険・有価証券等個別列挙している。しかし、目先のことでなく証券取引法が投資の規制と保護にあることをおもえば、有価証券概念を見直し、あらゆる投資を市場での監視に晒さなければならない。この点、金融庁発表の「構造改革プログラム」は、「魅力のある投資信託」などと言っているが、具体性がなく、構造の改革になっていないことに注意する必要がある。
A【ディスクロージャー規制の検証】
 個人投資家の市場参加は、当然に新規募集の株式、社債等の直接開示の拡大を要求することになる。しかし、これまでの証券会社の営業姿勢から、新規物は営業のツールとして利用されてきたことが多い。従って、証券会社も顧客も目論見書の交付など二の次となり、目論見書の情報提供として実効性が疑われる。しかし、今、インターネット取引に応じて、目論見書の電子交付も法改正の課題となっている。
 しかし、証券取引法の目論見書の作成、交付等の規定は精緻に作られているが、目論見書の交付が機械的になって、個人投資家に対する募集において、法の目的とするところと目論見書の交付の実務には落差がある。この点は裁判において目論見書の不交付が、説明義務の論点と併せて問題とされているが、法律をもって証券等の情報の直接開示、損害賠償を定めたにもかかわらず、そのことだけで論じ得ないとすれば、法の軽視である。まして目論見書の不交付を認めながら、仮に交付されていたとしても当該証券を購入したであろうと因果関係論で切ってしまうのは、法が損害賠償を法定した意義を減殺する(東京高裁、平成12.10.26、判時1734)。 
 証券取引法のバックボーンである開示規定の実務における運用は、上記判例を見てもお寒い状況にある。それなのに目論見書の電子的交付などといわれているが、電送で業者の免責を図る前に目論見書の交付を実効性あらしめるため、今一度検証する必要があろう。
 法と実務の乖離は放置されてきた。市場監視者としての監視委員会の一層の監視と是正が必要である。
B【不公正取引の是正・その一】
 日本の法157条は、米国のSEC規則の10-B-5(テン・ビー・ファイブ)に相当する。本条は中途半端な事実表示やミスリードによる取引を禁圧するものであるが、周知のように本条の活用は全くなされていない。日本では米国に比べて証券詐欺が少ないということではない。
 今春、EB債のボーナスクーポンに関連して所定期日の株価を一連の売買により下落させた事件が何件も報告されている。監視委員会の行ったことは、内閣総理大臣、金融庁長官に対する行政処分、その他適切な措置の勧告である。相場操縦という観点から構成要件上問題があるかもしれないが、少なくとも法157条には該当するのではないか。
この意味で勧告ではなく告発されるべき事案である。監視委員会は証券市場の監視者として、このような証券詐欺に対し、単に行政手続内で終わらせることなく、司法手続に果敢に挑戦して、はじめて法の支配が実現されるものと思う。
 また、このような市場からの剽窃は、そのまま放置してはならない。密かにかつ静かに後始末されてはいけない。米国SECの民事制裁金のように市場に明白に提示し、不法利益を吐き出させて正義を実現する必要がある(disgorgement)。これなくして投資家の不信は払拭できない。これは監視委員会の役目である。このため証券取引法の改正は必要である。
C【不公正取引の是正・その二】
 監視委員会は、市場で不正取引が行われた場合、果敢に差止命令を求めるべきである。有価証券の概念見直しと相まって、悪徳商法における販売停止、財産保全など被害予防の効果が大きい。
 法192条は、裁判所は緊急の必要があり、かつ公益および投資者保護のため必要かつ適当であると認められるとき、内閣総理大臣または内閣総理大臣および財務大臣の申立によりこの法律などに関するものに対し、その行為の差止めまたは停止命令が発することができるとする。その権限は金融監督庁長官にも委任されている。米国SECの訴訟リリースをみれば、SECを原告とする数多くの差止め請求がみられるのであるが、日本においても、敏速かつ果断に運用できるよう証券取引法の改正および監視委員会の組織、陣容の充実を待って活用されなければならない。


3、法の実現(enforcement)
日本の証券市場では、法が設計されたとおりに機能していない。
 豪華な器だが、中味は乏しい(有価証券の限定列挙主義)。精緻なディスクロージャーの手続きが構築されているが、目論見書の交付よりも自己責任が強調され、法の輪郭がみえなくなっている。そして法実現の過程において、行政システムの縦割りと護送船団方式の遺制に影響されて、証券取引等監視委員会は現在でも整合された状態で機能しているとはいえない。証券取引法の改正、証券取引等監視委員会の充実が必要である。
 いま、株式市況を見ながら個人投資家の回帰を求めてはならない。王道を行くべきである。構造改革、司法改革とか言われているが、究極のところ、公明正大な法の支配を行わせることである。


2001年10月20日

                              全国証券問題研究会

                              代表幹事    弁護士 田中清治

                              副代表幹事   弁護士 田端 聡

                              幹事長      弁護士 塚田裕二

                              事務局長    弁護士 芳野直子

                              事務局次長   弁護士 近藤博徳