証券被害救済のための入門講座

 〜法律家のための証券投資の基礎知識・被害相談の留意点・被害救済法理の初歩

                             2000年4月14日   弁護士 武井共夫


           【第1 はじめに〜証券取引被害救済の歴史】

1 苦闘と黄金の日々〜損失補填禁止まで
 1991年に損失補填が発覚し、それにより証券取引法が改正され、損失補填が禁止されるまでは、示談解決は自由だった。そのためか裁判例も少なく、あってもほとんどが敗訴で見るべき判例は少なかった。
 私は、昭和58年頃から、証券取引被害救済に取り組むようになり、59年には投資ジャーナル事件を契機に、有志で旧全国証券問題研究会を発足させて事務局長に就任し、様々な被害救済事件を担当したが、交渉により、示談解決することは比較的容易であり、今では考えられないようだが、@野村証券相手の老人の無断売買事件で、本人が死亡した後の同居していなくて全く事情を知らない遺族からの依頼にもかかわらず、示談交渉でほぼ100%被害を回復したり、A信用取引の売新規注文を取り次がなかったので儲け損なったという理由で損害賠償請求の訴えを提起し、裁判官から「こんな難しい事件は分からないから早く和解してくれ。」と第1回の弁論で言われ、次の和解期日で請求額(儲け損なった額)の3分の1ほどを支払ってもらう和解をするなど、今から思えば、いい判決はなかったけれどもある意味で古き良き時代であった。
 また、被害救済に当たる弁護士も数少なく、証券業協会の公正慣習規則などの存在・内容を知っているだけで、一角の専門家として通用したくらいである。

2 損失補填禁止と全国証券問題研究会の活動
 損失補填禁止と時を同じくして、新たに現在の全国証券問題研究会が設立され(ブームに強い?私が初代代表幹事に就任した。)、証券被害救済に関わる弁護士の数も大激増し、以後、研究会を重ねながら、多くの勝訴判決を勝ち取る中で、被害救済の法理・判例は急速な進展を遂げた。このことは、日弁連の証券取引被害救済の手引の初版・改訂版・3丁版を比べてみれば、一目瞭然である。
 しかし、損失補填が禁止されているために、示談交渉は困難である(私自身も禁止後は僅かしか経験がない。)。調停で成立する例もないではないが、僅かであるし、東京簡裁などでは、裁判所が調停内容に違法ではないかと異議を述べるケースもある。
 勝訴判決が多いとは言ってもおそらくそれを上回る敗訴判決が存在するであろうし、裁判官の理解も一般に不十分で、投資家側に厳しい見方をする裁判官も多く、勝訴は容易ではないのが残念ながら現状である。
 今は「努力すれば勝てる可能性のある」時代である。
 本入門講座では、勝つためには、どのようなことが必要かを一緒に考えていきたい。


                【第2 証券投資の基礎知識】

1 被害救済の相談に来る投資家像
  〜寝たきりのお年寄りからデイトレーダーまで
 証券取引被害救済の相談に来る投資家は様々であり、私自身の経験でも、寝たきりのお年寄りからの相談もあれば、受任には至らなかったが、デイトレーダーからの相談を受けたこともある。
 ただ、先物取引などに比べると、証券投資に関し、一定の知識・経験を有する方から相談を受けることも決して少なくない。80歳のお年寄りから相談を受けたら、その方がパソコンのオンラインで取引明細を取得していたので、驚いたこともある。
 従って、相談担当弁護士自身に一定の証券投資についての知識(もしくは経験?)があることは、証券取引被害救済を担当する専門家弁護士として、@事案の理解を助け、A問題点の把握を容易にする外B相談者の信頼を得る上でも、有用である。

2 ポートフォリオと証券投資の目的
 ポートフォリオの理論においては、資産運用の3要素として、@流動性(換金性)A安全性(確実性)B 収益性(利殖性)が挙げられ、分散投資によるリスクヘッジの必要性や短期(流動性・安全性)・中期(安全性・収益性)・長期(収益性+ハイリスク・ハイリターン)のバランスの取れた資金運用が強調されている。
 そういう言葉を聞くと何となく美しく聞こえるが、その底流において共通する証券投資の目的は、「儲けること」である。どの程度儲けたいか、そのためにはどれだけリスクを取るかというのが、証券投資の基本でもある。
 証券取引の被害者もほぼ例外なく皆「儲けたい」という気持を持っており、そこにつけ込まれて被害に遭うケースが多いが、「儲けたい」と思い、証券取引をすること自体は、資本主義体制にあり、「国民経済の適切な運営」(証券取引法1条)のために証券取引を不可欠としている我が国においては、基より正当な行為であり、何ら攻められるべきことではないことに留意する必要がある。よく「あなたも儲けようと思って取引に応じたんでしょ?」などと被害者を非難する裁判官がいるが、それと対決するためには、被害担当弁護士自身の内心からそのような気持を払拭しきることが必要である。
 また、「儲けたい」という人間として当然の気持は時に大きな弱みともなり、そこにつけ込む証券会社の悪質な勧誘等こそは、厳に強く非難されるべきである。

3 証券投資のための基礎知識

(1)証券投資の基礎知識の身に付け方
 証券投資には、株式をはじめ、投資信託・債権・外国債券・デリバティブなど様々な種類があり、その全ての知識を身に付けることは、不可能でもあるし、無意味でもある。
 しかし、証券取引被害を担当する弁護士としては、@全般的に最低限このくらいは知っていた方がいいもしくは知っていなければ非常識だと言われかねない基礎知識とAもっとも一般的に行われている証券取引であり、かつ投資信託・デリバティブ等の基本にもなる株式取引についての若干の専門知識は、持つべきである。
 本日は、その一部をご紹介するにとどめるが、証券投資ブームを当て込んで、書店の店頭には、証券投資を勧める本があふれかえっており、少なくとも証券投資入門ないし株式投資入門的な本は、1冊購入し最初から最後まで通読してみて欲しい。
 投資信託・デリバティブ等の入門書も、それらの絡んだ事件を担当するときは、必読である。プリンストン債事件で逮捕されたクレスベールの瀬戸川前会長の書いた「ワラント投資入門」は、いわば全国研指定教科書として、我々のバイブルでもあった。
 また、日経マネーをはじめとするマネー雑誌も、バブル期のように増えているので、 どれでもいいから必ず1回は購入して目を通すことをお勧めするし、もし継続的に相談に乗るならば、時々は雑誌を購入し、日経新聞と併読して最新の情報を頭に入れたた方がいいと思う。
 ちなみに私は、日経新聞と日経マネー(前に取材に協力したためか無料で送られてくる。)は、一応全て目を通している。
 もちろん、インターネット上の情報も大変有益であり、本日の資料にも多用している。

(2)主な株価指標
@ 日経平均株価
 東証一部上場の代表的な225銘柄の平均株価にダウジョーンズ社の修正を加えた株価指数を日経平均株価という。
 古くから、東証平均・東証ダウなどと呼ばれてきたものが昭和60年に現在の名称になったもので、最もポピュラーだが、あくまでも225銘柄の平均に過ぎず、資本金が小さく(品薄株)値段の高い(値嵩株)銘柄の影響を受けやすく、実際の市場の動きより変動幅が大きくなる傾向があると言われている。
A 東証株価指数TOPIX(トピックス)
 昭和43年1月4日の東証一部上場銘柄の時価総額を基点として、その後の時価雄額を指数化したものを東証株価指数という。
 日経平均の弱点の品薄株・値嵩株の影響は排除したが、時価総額の大きな会社の影響を強く受け、指数の動きが実際の株価変動より小さくなりがちだと言われている。

(3)仕手と仕手株
 仕手は、特定の銘柄に大量の資金を投入して、法外な利益をもくろむ投資家(集団)。
 仕手株とは、そのターゲットの銘柄。
発行株式数が少なく、安定株主が多いため、浮動株が少ない銘柄で、貸借銘柄(後述)が、主な対象となる。
 「提灯をつける」とは、仕手に追随して売買し、便乗して儲けようとすることだが、ババを引く結果となることが多い。

(4)株価はどう決まる?
 株価がどう決まるかを説明することは困難である。市場が決めるとしか言いようがないが、以下のような投資尺度や材料などに基づき、投資家が注文する株価の流れによるとでもいうことになろうか?
@ 投資尺度のいろいろ
 別紙資料のように投資尺度には、多くの種類があり、しかも流行り廃りがあるので、客観的・不動な物差しはない。
 伝統的なものは、PER(株価収益率)、外国人株主が重視するのは、ROE(株主資本利益率)。
 バブルの頃流行ったのがQレシオ(バブルの指標)、ネットバブルを説明するのがPSR(株価売上高倍率)。
A 材料
 株価に影響を与えるもの・与えそうなものを全て「材料」という。
 財務資料・情報・ニュースなどであるが、一般投資家が知る頃には、既に「折込済」とされ、これで終わりとして反対に動くこともある。

(5)株の分類
@ 大型株(2億株以上)・中型株(6000万株以上)・小型株(それ未満)(但し、東証の場合で、50円額面換算)
A 値嵩株(はっきりしないがある本では300万円以上)・低位株(同100万円以下)・中位株(それ以外)

(6)株式分割と権利落ち
 株式分割を受けるには、株主名簿に登録するために、購入日から5営業日以上必要(受渡に4営業日、翌日以降に書換可能)。
 株式分割まで4営業日以内に購入した場合には、権利落ちとなり、購入価格を分割により増えた株数の価格として(1株あたり単価は下がる。)、増える前の株数分の代金が購入代金となる(下がった単価×分割前の株数)。

(7)取引に必要な基礎用語
@ 取引時間
 取引時間には、前場(午前の取引時間)・後場(午後の取引時間)があり、寄り(付き)から始まり、ザラバ(寄り付きと大引けの間の取引時間のこと)に取引が行われ、(大)引けで終わる。
A 売買の成立・不成立・価格
 取引時間中に売り買いの呼び値が一致するごとに売買が成立するのがザラバ取引である(それに対する用語が商品先物取引でよく見られる「板寄せ」であり、株式では始値・終値を決める際に用いられる。)。
 指値が同じ(同じ値段の呼値)場合には、先の呼値が優先する(時間優先の原則)。
 成立株数を「出来高」という。
 売買が成立しない場合の希望価格が気配(値)で、買い希望価格が買い気配、売り希望価格が売り気配である。
 暴騰・暴落など株価の急激な変化を避けるため、一定金額以上株価を上下させないために前日の終値・最終気配などを基に「値幅制限」が設けられ、制限一杯上がれば「ストップ高」、下がれば「ストップ安」という。
B 注文方法
 値段を指定する「指値(さしね)」注文では、買は指定した値段以下なら執行され、売は指定した値段以上なら執行される。
 売では低い呼値が、買では高い呼値が優先し、成行は、指値に優先する(価格優先の原則)。
 一般に値段を指定しない「成行」注文は、最も確実かつ早く執行されるので、必ず売買したいときや早く売買したいときに便利だが、出来高の薄い銘柄では、意外な高値・安値になる恐れもある。
 「引成」(引け成行)で注文した場合は、引けの値段が成立すれば、その値段で売買できる。
C 分析手法
 会社の業績・財務等を分析するファンダメンタル分析と株価や出来高を分析するテクニカル分析がある。
D ろうそく足とチャート
 テクニカル分析のために、株価の変化を分かり易く記録したチャートを作成するが、日本で代表的なものは、ろうそく足である。
 ろうそく足では、上下に出ているヒゲの上が高値、下が安値、始値より終値が高い場合は、白い箱(「陽線」)、安いときは黒い箱(陰線)、一致するときは、横線となる。
 尚この4つの値を四本値という。
 日単位(日足)・週単位(週足)・月単位(月足)などがよく用いられる。

4 信用取引の基礎知識

 売買の仕組み自体は、現物取引と同じだが、購入代金(買い新規)や株(売り新規)を借りて受け渡しを行うものを信用取引と言い、平成10年12月1日から証券取引所のルールに従う制度信用取引とそうでない一般信用取引の2種類となった。一般信用取引は、証券会社との合意内容に従うこととなるので、以下は主として制度信用取引の説明である。
 信用取引ができるのは、「信用銘柄」に限られ、そのうち、貸借銘柄は、日本証券金融と証券会社との間で貸借が行えるようになっている。
 信用取引をするには、一定以上の「委託保証金」を証券会社に預託する必要があるが、一定の「掛け目」で「代用有価証券」を預託することもできる。
 信用取引の建株の株価の変動により損失が発生したり、代用証券が値下がりした場合、保証金から変動による損失や代用証券の値下がり分を引いた保証金残額が約定金額の20%の「維持率」を下回った場合、20%に達するまで「追加保証金」(追証)を差し入れる必要がある。
 信用取引は、最高6ヶ月の期限までに反対売買で決済するか、現物での受け渡し(「現引」「現渡し」)する必要がある。
 現物株を保有している場合に、ヘッジのために、信用取引で「つなぎ売り」をすることもできる。

5 投資信託の基礎知識

(1)投資信託の種類
@ 契約型・会社型
 契約型は、投資信託会社が信託銀行に委託して受益証券を発行し、投資家はそれを購入する。
 会社型は、会社を設立して投資家はその株式を取得する。
A 株式投信(株式組み入れが可能)・公社債投信(一切株式は組み入れない)
B 募集期間中のみ購入できる単位型(ユニット)・いつでも購入できる追加型(オープン)
C 商品分野別分類
 国内株式型(株式組入限度70%以上で主として国内株式に投資)・国際株式型(同じく主として外国株式に投資)・バランス型(国内外を問わず、株式組入限度70%未満で、株式・公社債等のバランス運用あるいは公社債中心に運用)・転換社債型・インデックス型・派生商品型・限定追加型
(2)主なリスク
   @ 価格変動リスク
   A 金利変動リスク
   B デフォルトリスク
   C 為替リスク
(3)リスクリターン分類
@ 安定重視型(公社債など)
A 利回り追求型(公社債中心)
B 値上がり益・利回り追求型(株式・公社債等の組み合わせ)
C 値上がり益追求型(株式中心)
D 積極値上がり益追求型(デリバティブ等も含む)
(4)投資信託の評価・格付け
 国内に18の評価・格付け機関があり、商品分野別分類の同一分類の中でより高い収益を安定的に上げたファンドに星を多く付け、リターンを中心に五つ星を最高にランク付けしている。しかし、結果を評価しているだけでは不十分ではないか、投資スタンス等の中身を評価できないかなどの指摘もある。
(5)購入の仕方
 募集ものは、主として証券会社・銀行等の店頭で、追加型の追加購入は店頭でもネットでも可能。追加型は、月々一定額を投資する累投を利用するなどドルコスト平均法も可能。

6 外国証券の基礎知識

(1)外国取引
 国内の証券会社した注文を外国の証券会社を通じて外国の市場で執行するもので、外国株式は、東証外国部上場銘柄を取引所で、取引をする場合などを除いては、主に外国取引になる。
(2)国内店頭取引
 海外市場の価格を基準に証券会社と顧客が相対取引をするもので、外国債券は、主として国内店頭取引になる。外貨建ワラントもこれであった。
(3)公募
 外国投資信託は、商品ごとに販売の取り扱いを行う証券会社等が定められており、そこから主として公募に応募して購入する。

7 デリバティブの基礎知識

(1) デリバティブとは
 デリバティブ、即ち、デリヴァティヴは、英語のDERIVATIVE=派生したものから、経済市場において、金融派生商品を指すものとされている。
 デリバティブ取引とは、通貨・金利・債権・株式等を対象とする以下の態様の金融取引を意味している。

(2)デリバティブ取引の態様の種類
@ 先渡し取引
 先渡し取引とは、将来の一定時期を決済時期として相対で行う取引をいう。
A 先物取引
 先物取引は、将来の一定時期を決済時期として取引所において行う取引であり、約定代金額の数分の一の委託証拠金で取引できるのが、特徴である。
 少ない資金でより多額の取引ができるという意味で多くの利益を得られる可能性もあるが、価格の変動により生ずる損失は、証拠金の範囲に限定されないので、リスクも極めて大きい。
 株や代金の貸借関係が存在せず、現物とは別の価格が立つ点で、信用取引とは異なる点に注意する必要がある。
 買建玉は、売って手仕舞い、売り建玉は、買い戻して手仕舞うが、損益は、いずれも、売代金額−買代金額である。
B スワップ取引
 スワップ取引とは、金利・通貨等をSWAP(交換)する取引をいう。
 金利スワップでは、同一通貨の金利について、固定金利と変動金利とを交換する。
 通貨スワップでは、異種の通貨の元利金の支払いを交換する。
C オプション(OPTION=選択権)取引
 オプション取引とは、売買する権利の取引をいう。
 オプション取引には、権利行使期間中はいつでも権利行使できるアメリカン・オプション(例えば東証株価指数オプション)とオプション取引の取引最終日一日しか行使できないヨーロピアンオプション(例えば大証の日経平均株価オプション)があり、それぞれコールオプションとプットオプションがある。
 プットオプションは、一定の期間内に予め決められた価格(権利行使価格)で特定の商品を売る権利(売りの選択権)をいい、コールオプションは、一定の期間内に予め決められた価格(権利行使価格)で特定の商品を買う権利(買いの選択権)をいう。
 ワラントは、このコールオプションと同一の機能を有する(新株を引き受けるか買うかの違いだけである。)。従って、ワラントをデリバティブに含める考え方もある(例えば、金融法務事情1444号「デリバティブ取引の説明義務(上)」41頁)
 オプション取引の買い手は、売り手に対し、プレミアム(オプション料)を支払う。
 プレミアムの価値は、本質的価値と時間的価値から成っているとされる。
 本質的価値は、時価と権利行使価格の差額であるが、コールでは時価の方が高いときに(ワラントにおけるパリティと同じ考え方である。)、プットでは権利行使価格の方が高いときにプラスの価値を生じている。
 時間的価値は、オプションの満期日までの期待を反映するもので、本質的価値を超える価値の部分とされ、満期日までの期間が長いほど高く、満期日に近づくほど0に近づくとされる。
 オプションの買い手は、転売しない限り、権利を行使した方が有利な場合は権利を行使し、そうでなければ権利を放棄することになる。
 従って、買い手は、投資金額全額を失うリスクがある。これは、ワラントの場合と同一である。但し、買い手のリスクは投資金額、即ちプレミアムを上回ることはない。
 価格により、権利行使または転売して、利益が得られる。
 オプション取引の売り手は、委託証拠金を積み、買い手からプレミアムを取得し、権利行使されなければそれを全て利益とできるが、利益はそれに限定され、権利行使された場合の損失の可能性は、大きい。
 コールオプションの場合は
       損失=時価−(権利行使価格+プレミアム)
となるので、売り手の損失は、理論上無限定である。
 プットオプションの場合は
       損失=権利行使価格−(時価+プレミアム)
となるので、損失は大きくなる可能性はあるが、権利行使価格を上回ることはない。

(3)仕組み債
 市場を通さない有価証券店頭デリバティブが解禁され、これらを組み込んだ仕組み債が大量に販売されている。
@ 日経平均リンク債
 代表的な仕組み債であり、一定の価格水準でオプションが発生する「ノックイン」、消滅する「ノックアウト」があるが、両者を組み込んだ「ダブルバリア型」が多くなっているようである。
A 二重通貨債(デュアル・カレンシー債)
 異なる2種類の通貨が元金の払込(通常円)、利払い(同円)、償還(同外貨建)のいずれかに使われる債券である。
 利払いだけを外貨建にして為替リスクを利払い部分に限定したリバース・デュアル・カレンシー債というものもある。
B 他社株転換可能債
 償還時の株価水準によって、現金償還か対象株式の現物償還かが決まる特約のついた債券。証券実務家の間で、ハイリスク・ローリターン商品であるとの指摘がある。

8 インターネットオンライントレードの基礎知識
 手数料の安さや外務員の勧誘の煩わしさがないこと等から、多くの投資家がオンライントレードをしている。証券会社によって、細かな仕組みは異なるが基礎知識・基本的仕組みは理解しておいた方がよい。
@ 市場との時間差
 このため、実際の市場の価格とが面で表示された価格に差があったり、注文の執行や修正・キャンセルが遅くなることがある。
 特に成行注文はリスクが大きい。
A 代替手段の確保
 システム・回線の能力不足や障害があると上記のリスクは顕在化する。電話・ファックスでの注文や他社口座での取引など代替手段を確保する必要がある。

9 会社四季報・日経会社情報の活用法

 証券投資被害を担当する弁護士にとって、必携であり、年4回出るが、少なくとも1年にどちらか1冊、できれば季節を変えて1冊ずつ購入すべきである。
 ワラント事件では、巻末の表が大変役に立ったし、本文の会社分析や株価チャート等も、個別銘柄の分析には欠くことができない。


                 【第3 被害相談に当たって】

1 被害者本人を知る

 証券事件では、被害者の学歴・職歴・資産状況等のいわゆる被害者の属性が重視されることが多い。後述の適合性原則は、正に属性が問題になる場面だが、他の部分でも必要以上と思えるほど裁判所は被害者の属性を重視する。
 そこで、相談に当たっては、まず被害者自身を知ることが欠かせない。

2 被害者の不満を聞く
 相談に当たっては、法的な問題はおいておいても、まずできる限り時間をかけて被害者の不満を聞いてみることが必要である。被害者が不満に思う点については、何らかの理由があるのが通常であり、被害者の不満だけに依拠することはできないが、無視することもできない。

3 取引経過を中心に事実経過を把握する
 その上で、正確な事実経過を把握することとなるが、このときは被害者の話に頼ってはいけない。被害者の話は断片的で且つ記憶は不確かであり、都合のいいことは覚えていても都合の悪いことは忘れている場合もある。
 顧客勘定元帳には、基本的に全ての取引と入出金の経過が記録されているので、それを入手し(普通は本人が言えばくれるが、困難なときは弁護士が連絡すれば必ずくれるはずである。今のところ、先物のように委託者別勘定元帳を出さないと言うような組織的動きはない。)、それと照らし合わせながら話を聞くことが必要である。
 大概の元帳は見れば分かるが、コードで記録されている部分(例えば、入金が送金か持参か、小切手かなどだが、時には銘柄がコードで書いてあることもない訳ではない。)については、コード表を入手する必要がある(銘柄については統一コードなどで四季報などを見れば分かる。)。
 累積投資・信用取引などについては、別の元帳を見る必要がある場合もあるので、それを入手する必要がある。

4 取引経過を分析し、法的問題点を把握する
 取引経過が分かったら、分析し、法的問題点を検討することとなるが、証券事件の場合、後述のとおり、いろいろな被害救済法理があり、そのどれかだけで勝負できる事件もあるが、いくつかが当てはまりそうな場合や、併せて1本みたいな事件もあり、いろいろと考えられるときは、最初はその全てを主張できるように構成する方がいいのではないか?
 被告や裁判所の対応を身ながら、必要に応じて整理していった方が、後で追加したり変更したりするよりはいいように思う。

5 証券訴訟の実際と被害者
 証券訴訟の問題点は、多々あるので、とても短時間ではでは言えない。
 ただ、被害者自身の証言が原因で敗れることが少なくないないことに注意する必要がある。反対尋問で崩れることがあるのは勿論、時には主尋問で乱れることもあるので、陳述書の慎重な作成も含めて念入りな準備が不可欠である。
 被害者自身の尋問は、最大の攻撃であると同時に最大の難関でもある。


        【第4 判例データベースに見る被害救済法理の活用法】
      〜被害救済の「決まり手」の流行り廃り(トレンド)とワンポイント

1 はじめに〜投資家の自己決定権と自己責任原則
 投資家が自分で投資判断した以上、その結果は、投資家に帰属し、他に責任を転嫁できないと言う自己責任の原則は、投資家の自己決定が前提である。違法な勧誘・説明(不足)等により、自己決定権が侵害された場合には、自己責任の原則は、適用されない。データベースの判例は、以下に紹介するとおり、いずれもこのようにして自己責任の原則を乗り越えたものだが、未だに自己責任の呪縛にとらわれた裁判官は多く、それにより敗訴した判決も少なくないので、注意を要する。

2 適合性原則違反
 「顧客の知識、経験及び財産の状況(顧客の投資目的・意向も含むと解すべきであろう。)に照らして不適当と認められる勧誘」(証券取引法43条)を行うことを禁止するのが適合性の原則であり、もとは大蔵省通達であったが、その後証券取引上の是正命令の対象(改正前証取法54条1項)となり、現在は、直接禁止されている。
 データベースには20件の判例があり、以前は、独立の違法事由足りうるかなど論議されたが、適合性原則違反のみで勝訴する判決も出てきている。
 尚、東京高裁平成11年7月27日判決は、適合性原則を定める証取法54条1項は取締規定に過ぎず、これに違反しても直ちに損害賠償責任を負わないとの証券会社の主張を、「その取締法規の目的が間接的にもせよ一般公衆を保護するためのものであるときは、その取締法規違反の事実は、他の諸事情をも勘案して不法行為の成否を判断する主要な要素であり、一応不法行為上の注意義務違反を推認させるものである。」と排斥している。

3 説明義務違反
 一般に@商品の新規性A危険性(リスク)の高さB仕組みの複雑さなどが認められる場合に、説明義務が肯定されることが多い。
 かっては、ほとんど証券訴訟に登場しなかったが、今は266件と、トップに躍り出た。
 何と言ってもワラントにより、説明義務は証券訴訟の主役となったのだが、そのワラントでは、東京高裁平成11年10月28日判決のように主婦のワラント取引につき、信用取引経験もある夫の指示・助言があったことや説明書・確認書を重視し、何ら詳細な検討を行うことなく、説明義務違反の事実を裏付ける証拠はないとして請求を棄却した原判決を取消し、「理解」を前提とする具体的かつ詳細な説明義務を肯定し、当該銘柄の個性に即しての説明の必要性とマイナスパリティ問題を重視して、説明義務違反を認めた名判決もある反面、@権利行使期限の意味Aギヤリング効果だけを説明すればよく、しかも確認書さえあれば説明ありと認定する判決も未だに存在するのが現実である。

4 断定的判断
 証券訴訟の伝統的主役であり、データベースにも32件ある。必ず儲かるとか、間違いないとかいうような強烈な勧誘文言がある場合に私法上も違法と認められる場合もあるが、一定以上の知識・経験のあるものの場合には、私法上の違法を否定されることもある。
 大阪高裁平成11年10月12日判決のように、投資家に一応の投資経験があり、強烈かつ具体的な断定的勧誘文言がない中、説明不足の中での断定的判断の提供という、いわば「合わせて一本」の構成をとり、過失相殺をも3割に止めたものもあるので、使い方に工夫の余地があろう。

5 損失補填・利回り保証
 データベースに13件ある。平成3年証取法改正で損失補填が禁止されたため、損失補填約束や利回り保証があった場合の不法行為の成否は争いがあったが、最高裁平成9年4月24日判決(判例時報1618号48頁)は、「顧客の不法性に比べ、証券会社の従業員の不法の程度が極めて強い本件では、証券会社の損害賠償責任を認めても民法708条の趣旨に反しない」と判示し、これにより、平成3年改正証券取引法の施行前の損失補償・利回保証の事案について、顧客の不法性が極めて強い場合を除いては、証券会社の損害賠償責任を認める判例法理が固まり、以後も同旨の裁判例が積み重ねられている。
 平成3年証取法改正後の事案については、これまで強行法規で禁止されている以上救済は無理だとの見解が強かったが、公序良俗違反による取引無効を認めた大阪地裁平成10年11月30日判決(証券取引被害判例セレクト10の34頁)や不当勧誘による不法行為を認めた大阪地裁平成11年12月15日判決もあり、判例は、認める傾向のようである。
 平成3年改正後の証券取引法は、第42条の2で、損失補填の禁止を定めているが、1項は、証券会社の損失補填行為全般を禁止しているのに対し、2項は、顧客が自己又は第3者をして要求した場合に限って禁止しており、法自体が証券会社と顧客とで禁止の内容を程度の異なるものとしていることに鑑みれば、公序良俗違反の法律構成であろうと不当勧誘による不法行為の法律構成であろうと、前記最高裁判決の「顧客の不法性に比べ、証券会社の従業員の不法の程度が極めて強い本件では、証券会社の損害賠償責任を認めても民法708条の趣旨に反しない」との理は、法改正後の事案にも妥当するといえよう。
 従って、証券会社と顧客の悪性の強弱・程度により、事案ごとに救済の可否が決まることとなろう。

6 購入時の助言義務違反
 データベースに2件しかないが、投資者が理解を欠いたまま不合理な取引に入ろうとしている際に、証券会社の担当社員において適切な助言ないし情報提供を行うべき義務が認められる場合がある。
 助言義務違反による不法行為を認めた大阪地裁平成7年12月5日判決(証券取引被害判例セレクト3・286頁)は、説明義務に違反した勧誘により最初のワラント取引を行った投資者が、かかるワラントの価格が下落した後に、ワラントの特質を誤解したまま、権利行使期限が次第に迫ってより危険性が増していた同一銘柄のワラントを、自ら申し出て「ナンピン買い」として買増ししたという事実関係(なお、最初の取引から買増しまでに担当営業社員は交代していた)の下、最初の取引につき説明義務違反の違法を肯定した上で、買増しについても「顧客が明らかにワラントの仕組み等について誤解しており、これによって損害を受ける可能性が高い場合には、信義則上、右誤解をとき合理的な判断ができるよう助言する義務があるというべきで、右の点は誤解が明らかとまではいえないが担当者の知識経験に照らして不合理な取引に入ろうとしている場合にも、この点について注意を喚起する義務があるというべきである」として、本件においては外形上は誤解が明白とはいえないとしても不合理で危険な取引であるから、注意を喚起することが信義則上要求されるとしている。
   また、東京地裁平成7年6月19日判決(判例タイムズ890号166頁も、同様のワラントの買増しのケースにおいて、最初のワラント取引についての説明義務違反を否定しながらも、担当営業社員に「買増しの危険性について十分に説明し、買増しを思い留まるよう説得するなど、顧客に無用の損失を与えることがないように配慮すべき信義則上の注意義務があった」として、買増し分につき証券会社に不法行為による賠償を命じている。

7 事後の助言・情報提供義務違反
 データベースに6件あり、投資者が取引後にその理解や能力の欠如のため損失を防止すべき適切な行動をとれないでいる際に、証券会社の担当社員において適切な助言ないし情報提供を行うべき義務が認められる場合がある。
 大阪地裁平成6年12月20日判決(判例時報1548号108頁)は、勧誘によるワラント購入後のワラント価格についての情報提供が十分でなかったことを、大阪地裁平成7年2月23日判決(判例時報1548号114頁)は、価格が下落して期限も迫っていたにもかかわらず担当営業社員が「まだ利食える」旨述べたことを、それぞれ説明義務違反等と並ぶ違法要素と位置付けた上、いずれの判決も損害拡大についての投資者の責任や過失相殺をも否定し、結論として購入代金全額につき証券会社の賠償責任を認めている。
 また、大阪地裁堺支部平成9年5月14日判決(判例セレクト6・234頁)は、ワラント購入後においても価格情報の提供や処分時期についての適切な助言を行うべきであったと判示した上で、助言義務が尽くされたものとは到底認められないとして、これを勧誘時の説明義務違反と並ぶ違法要素と位置付け、同判決の控訴審判決たる大阪高裁平成10年11月26日判決(判例セレクト11・85頁)も助言義務を明示的に肯定し、「証券会社を信頼してその勧誘に応じて取引をなした経験不足な投資家が、取引後においても証券会社に対して情報等の提供を期待しているような具体的な関係がある場合には、証券会社としては説明義務の延長として、また信義則上、取引後においても適切な助言をなすべき義務がある」と判示している。

8 無断売買
 古くからある紛争類型であり、データベースに26件ある。あの有名な最高裁平成4年2月28日判決により、無断売買の効果は顧客に帰属せず、損害がないので不法行為にならないが、預託金・預託証券の返還請求権を有するという扱いは、実務的に定着している。
 無断でない立証が証券会社に課せられるので、訴訟遂行は楽な場合が多い。
 尚、名古屋高裁平成11年9月16日判決は、株式の無断売買に関して、常識的な認定により無断売買の事実を認めた上、預託されていた株の価格下落は預託株式の返還遅滞による債務不履行と相当因果関係ある損害であるとしており、注目される。

9 手仕舞い義務違反
 手仕舞いを巡るトラブルも少なくなく、データベースに11件あるように、信義則上、証券会社に手仕舞い義務ないし損害防止義務が認められる場合も多々ある。
 顧客が新たな資金を出す意思がなく、既に預託してあるものの範囲で取引を行うとの意思を有しており、証券会社社員がそれを知っていた場合において、顧客が預託率の状況などを正確に認識できず、建て玉処分を的確に指示できない場合には、不足金が生ずるという事態を避けるために建て玉処分する義務があるとして証券会社の不足金請求を棄却した判例がある(名古屋地裁平成7年3月24日判例時報1546号66頁)。
 証券会社と顧客の間にトラブルが発生した場合に、証券会社に損害(拡大)防止義務としての手仕舞い義務が認められる場合もあり、東京地裁平成6年3月10日判決(判例時報1523号103頁)は、顧客が「成り行きで売り注文するけれど、売却損は負担しない。」との条件付で売り注文を出したとの認定の下で、「顧客が売り注文に条件を付けている場合、証券会社としてはこれを正規の売り注文と解することができないから、これの執行をしなかったからといって、何ら証券取引法上の責を負うものではないが、本件の如く顧客との間でトラブルが発生して早期に解決すべき事態にあるときは、当該顧客との間で生じているトラブルの内容が売却損の責任をいずれが負うべきかの問題であり、顧客との信頼関係の回復が困難で進展が望めないような場合においては、信義則上、証券会社としてはできるだけ売却損の幅を少なくし顧客にできるだけ損害を与えないように配慮すべきであって、トラブル発生時において速やかに執行すれば損害の拡大を防止でき、かつ、顧客の履行期間の経過を待って売却処分したのでは、当該株式相場の下落の蓋然性が高く損害の拡大することが予測できたにも関わらず、いたずらに右期間を経過させ、売却処分の結果損害を拡大させた場合には、処分を後らせて損害を拡大させた証券会社にもその責任の一半は存する」と判示して、トラブル発生時の価格を回復することなく売却に至った場合の損害の半分の負担を証券会社に命じた。
   損害拡大防止義務との関係では、助言義務とともに手仕舞義務が問題となることがあり、東京地裁平成11年3月11日判決(判例セレクト12・353頁)は、ワラントの特質の説明を欠いたままの一任状態での多額のワラント取引につき、価格下落時には相当な価格で速やかに売り付け、損失を最小限に止めるようになすべき義務(損失拡大防止義務)があったのに担当社員はこれを怠ったとし、拡大損害につきこれを唯一の違法要素として、担当社員の不法行為責任、証券会社の使用者責任を認めた。一任取引の特殊性もあろうが、投資者が自発的かつ合理的な投資判断を行えない場面において、損害拡大防止のための証券会社の作為義務を肯定している。
 助言義務と手仕舞い義務は、理論的発展が今後期待される分野であると同時に実務的にも救済の範囲を広げうるという意味で注目される。

10 過当取引
 古くからある紛争類型だが、判例の歴史は新しく、近時勝訴判決が出始めており、データベースに13件ある。過当取引研究会の活動も活発で、証券訴訟のトレンドになりつつある。
 米国法上のチャーニングが、証券取引における過当売買即ち、「証券ブローカーが証券取引について支配を及ぼし、顧客の信頼を乱用して自己の利益を計り、当該口座の性格に照らして金額、回数において過当な取引を実行する」(例えば、小島秀樹「日米における証券過当売買規制の相違」商事法務N01289の6頁)違法行為として紹介され、我が国でも認められてきた。
 要件として、一般に「@行われた取引が金額、回数において当該口座の性格に照らして過当(過大)と認められること(取引の過当性の要件)、A証券ブローカーが顧客口座に対して支配(コントロール)を及ぼしていたこと(口座支配の要件)およびB証券ブローカーが顧客の信頼を濫用して自己の利益を計ったと認められること(悪意ないし故意の要件)」(同頁)などと指摘され(いわゆる過当取引の3要件)、そして、この@の取引の過当性の要件(基準)について、口座の回転率、取引の頻繁性、発生する手数料の金額・割合等が指摘されている。
 また、証券取引法32条の2は、「証券会社並びにその役員及び使用人は、顧客に対して誠実かつ公正に、その業務を遂行しなければならない。」と定め、過当取引を違法とする根拠として、この誠実・公正義務が主張されている。
 3要件が過当取引を違法とする上で大きな役割を果たしたことを評価しつつ、3要件を満たすことが難しい事案でも、この誠実公正義務を根拠に過当取引の違法性を主張していいのではないか。