※日弁手引の原稿執筆及び「債務不履行、時効は10年」で勝った大阪地裁11.3.30の控訴審での主張を考えていて感じたことを書き殴ったものです。
違法勧誘や過当取引に関しては不法行為構成が定着していますが、下記のとおり債務不履行構成を認めた判決も幾つかは存在します。しかし、債務不履行構成に本当に現実的意義があるのでしょうか?
私自身、日弁手引改訂版では、債務不履行構成こそ取引被害の実態に即しているのではないか、悪徳商法、詐欺まがい商法ではない正規の取引に関し、高度の保護義務、配慮義務を前提とした責任追及を行うには債務不履行構成がより適しているのではないかとのスタンスで論述を行ったことがあり、結構、債務不履行にこだわってきました。ところが、ここ数年の判決を見ていると、不法行為構成でも立派に高度の配慮義務が認められており、適合性原則違反だけで勝訴する例も次々に現れています。やはり注意義務のレベルは法律構成だけで変わるようなものではないということでしょうか(過当取引については、善管注意義務違反の問題を押し出すことが過失による責任を認めやすくなり、救済レベルを上げることに繋がるように思えるのですが、これも結局は不法行為構成でも克服可能なことなのかもしれません)。
そうなってくると、上記大阪地裁判決や後記Gの岡山地裁判決のように時効が問題となるケース以外では、債務不履行構成はデメリットの方が多く、全く実益がないように思えてきます。
遅延損害金については、年6%となって一見有利なように思えますが(但し上記大阪地裁判決のように商事時効の適用を否定するなら、損害金も民事の5%となるのでしょうか?)、不法行為と違って催告によって初めて遅滞となるため、損害金の起算点は多くの場合、訴状送達の翌日になってしまいます。上記大阪地裁判決もその旨を述べて支出時からの遅延損害金請求を排斥しており、後記Dの過当取引に関する東京地裁判決も同旨(債務不履行を主張した準備書面陳述時が起算点)、その控訴審たる後記E判決も債務不履行構成をとればそうなることを肯定しています。
また、弁護士費用は相当因果関係がないとして認められないのが通常ですし(理屈としては疑問もありますが、債務不履行につき一般的にこれを認めることは困難であって、不法行為も主張されており、その成立を認め得る場合でなければ弁護士費用は認めないというのが実務の大勢でしょう)、上記東京地裁判決などは債務不履行では不法行為よりも損害の範囲は減縮されるかのような判示を行っています。細かい理屈の当否は別にして、実益もなく余分なマイナスの論点を招くのなら、敢えて債務不履行を主張する必然性はありません。よく指摘される立証責任の点も、現実には変わりはないと思われます。
さらに、債務不履行解除まで認められるようになれば(宅建業者の重要事項説明義務違反については解除を認めた例あり)十分意義がありますが、これも錯誤無効がなかなか認められないのと同様、机上の空論に止まっている感があります。
だとすれば、しばしば行われる不法行為と債務不履行の選択的併合の構成は、時効の問題があるか、上記東京地裁判決の例のように特殊な契約関係(この件では一任勘定契約)があって、不法行為が否定されても債務不履行だけが成立する場合があり得るような事案でない限り(但しこの件では控訴審で不法行為も認められています)、無駄であるように思えます。
如何なものでしょう?
【債務不履行構成を認めた裁判例】
@ 東京地裁平成6年6月30日判決(判例時報1532号79頁)
オプション取引被害。説明の不十分さと勧誘自体が不適当であったことなどが理由。
(弁護士費用は請求されていなかったと思われる)
A 京都地裁平成7年5月17日判決
投資信託被害、説明義務違反(弁護士費用も肯定)。
B 奈良地裁平成7年10月5日判決
ワラント被害、説明義務違反。
「売買契約における付随的義務ないし保護義務違反に基づく債務不履行」であると判示。
(但し同判決は結論としては不法行為構成を採用している)
C 東京高裁平成8年3月18日判決
ワラント被害。「信義則上、・・・十分説明をすべき契約締結上の注意義務があった」とした。
(弁護士費用は否定)
D 東京地裁平成10年1月22日判決
過当取引。一任勘定取引契約を認め、委任の本旨に反した過当取引は債務不履行となるとした。
反面、違法性が弱いとして不法行為を否定し、債務不履行と因果関係がある損害を大幅に限定。
E 東京高裁平成10年9月30日判決
上記Dの控訴審判決。本件過当取引は債務不履行であるとともに不法行為をも構成するとした。
また、債務不履行か不法行為かを問わず、損害との因果関係を広く肯定。
(但し弁護士費用だけは、「不法行為も成立するから」との限定付きでこれを肯定した)
F 大阪地裁平成11年3月30日判決
投資信託、ワラント被害。説明義務違反、適合性原則違反。不法行為責任は時効により否定。
「契約準備段階における信義則上の義務」として説明義務、適合性原則を債務の内容に。
商事時効の迅速性の要請は及ばす、時効期間は10年。(弁護士費用は請求されず)
G 岡山地裁平成11年9月30日判決
ワラント被害、適合性原則違反。不法行為責任は時効により否定。
「契約法理全体を支配する信義則の精神から導き出される証券取引契約の付随義務」として。
(弁護士費用は否定)
(以上の判決はすべてデータベースに登録されています)