過当取引裁判例

東京高裁平成11年7月27日判決(原審・東京地裁平成10年8月26日判決)

*地裁判決・高裁判決合体版(作成:弁護士三木俊博)

高裁判決に、原審判決引用部分を原審判決から複写して、合体させたものです。
従って、以下には高裁判決が判示した内容が忠実に再現されていると言うことができます。



平成一〇年(ネ)第三八七八号 損害賠償請求控訴事件
(原審・東京地方裁判所平成六年(ワ)第一七三一六号、同八年(ワ)第六七九五号)
(口頭弁論の終結の日 平成一一年六月一日)

判         決

東京都千代田区神田駿河台三丁目一一番地

           控 訴 人    新日本証券株式会社
                     右代表取締役   川 口  忠 志
  
(住所省略)
           控 訴 人       A

(住所省略)
           控 訴 人       B

            右控訴人ら三名

           右訴訟代理人弁護士 (氏名省略)

(住所省略)
           被 控 訴 人     (氏名省略)


            右訴訟代理人弁護士  渡 邊 征 二 郎


主         文

一 本件控訴をいずれも棄却する。
二 控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実及び理由
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴人ら
1 原判決の控訴人ら敗訴部分を取り消す。
2 右取消しにかかる部分の被控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
主文と同旨

第二 本件事案の概要
一 原判決の補正

(原判決引用部分)
一 本件は、控訴人新日本証券株式会社(以下『控訴人会社』という。)の証券外務員控訴人B(以下『控訴人B』という。)ほか証券外務員の株式勧誘によって、株式を継続的に購入した被控訴人が、右勧誘行為は適合性原則違反(過当取引を含む。)、不当表示ないし不表示により違法で不法行為を構成するとして、及び当時控訴人Bが所属していた支店の支店長であった控訴人A(以下『控訴人A』という。)に対しては民法七一五条に基づき、また、控訴人Bに対しては民法七〇九条に基づき、被控訴人が被った損害の賠償を請求している事案である。
二 争いがない事実及び証拠上容易に認定できる事実―前提事実(証拠で認定した部分は( )内に証拠を掲記する)。
1 当事者
  被控訴人は、平成二年三月六日、控訴人会社所沢支店(以下「所沢支店」という。)に個人取引口座(以下「所沢の口座」という。)を開設して、証券取引を開始したものであるが、当時、子供二名を養育している未亡人であった。(所沢の口座開設日につき乙一)は、有価証券の売買、その媒介、取次ぎ業等を営むものである。控訴人Aは、当時、所沢支店の支店長として、同支店所属の証券外務員の指揮監督を行っていたものである。控訴人Bは、当時、所沢支店の証券外務員であったものである。
2 被控訴人の証券取引
  被控訴人が控訴人会社の証券外務員の投資勧誘により、控訴人会社に委託して行った証券取引は、別紙一の一覧表(以下「別表一」という。)記載のとおり(以下「本件一連取引」という。)であり、そのうち、控訴人Bが所沢支店で投資勧誘を担当し、被控訴人が所沢の口座で行った証券取引は、別紙二の一覧表(以下「別表二」という。)記載のとおり(以下特に「本件取引」という。)である。(乙六、一三、弁論の全趣旨)
なお、被控訴人は、平成五年一月二五日には、控訴人会社大宮支店に個人取引口座(以下「大宮の口座」といい、所沢の口座と併せて「本件各口座」という。)を新たに開設している。(乙二)
3 事業の執行
  本件一連取引は、控訴人Bほかの証券外務員が、控訴人会社の事業の執行につき行った投資勧誘によりなされたものである。
三 争点
【争点1】控訴人Bらによる投資勧誘行為が被控訴人に対する違法行為(権利侵害)として、不法行為を構成するか否か
(被控訴人の主張の骨子)
1 適合性原則違反(特に株式投資を勧めること自体の問題)
被控訴人は、本件取引当時、夫を失い、高校二年生と大学受験生の二子を養育しており、定期的収入は、月額一〇万円程度の遺族年金のみであり、投資資金は、夫の退職金と生命保険金であって、失ってはならないものであった。また、被控訴人は、株式投資の経験も知識も全くなく、新聞に証券欄があることさえ知らなかった。このような経済的事情のある寡婦が、個別株に対する直接投資を行うことは、危険が大きすぎ、合理的根拠がなく、適合性を欠いている。
  ところが、控訴人Bは、被控訴人がそもそも株式投資を行うことに適していないことを認識しながら、無謀にも被控訴人の資金の性格、投資目的を全く無視し、被控訴人に対し積極的に個別株への直接投資を勧誘した。また、平成三年九月二六日に所沢の口座を引き継いだ所沢支店の外務員西尾は、既に被控訴人が一七〇〇万円以上の累積損失を抱えて、到底新規の取引を行える状況でなかったにも拘わらず、多額の図研株の新規の取引を勧誘し、大きな損失を発生させた。このような控訴人B及び西尾が行った投資助言は、専門家としての注意義務に違反し、全体として違法であり、不法行為を構成する。
2 過当取引(量的な面における適合性原則違反)
  過当取引の要件は、@取引が過当であること、A外務員が口座を支配していたこと、B故意(未必の故意で足りる。)である。まず、@の取引の過当性は、回転率(総買付費用を月次の平均投資額で除して年率化したもの)で現されるところ、被控訴人の場合は、前記1の事情があるから、回転率は最低の基準で足りるというべきである。被控訴人の回転率は、全期間においては年三・六七回であるが、取引が激しかった期間(平成二年四月から一二月)においては、年率八・八六回である。次に、Aの要件については、そもそも被控訴人は、株式がどういう場合に値上がりし、どういう場合に値下がりするのかについては全く分かっていなかったこと、東証株価指数、株価収益率、出来高等、相場の先行きを予測する基礎的な指標については何の知識もなかったこと、控訴人Bから株式の勧誘を受けても、それを理解することができず、説明を受けても分からないため、口座担当者の横山、河野に聞いて欲しい旨告げていたこと、取り引きした銘柄の中で、会社の名前さえ知らないものが多く、投機性の強い仕手株が多数取引されていることからすると、典型的に右要件を満たしていることが明らかである。更に、Bの要件については、控訴人Bは、本件各口座を毎日モニターしていながら、自己の勧誘により次々と口座残高が減少していくことを無謀に無視して、取引を継続した。そして、控訴人Bは、大宮支店が新規店舗で株式の商いが少なかったため、自分の思うように動かしていた所沢の口座を大宮支店に移したり、支店長から数字を要求されたとき、いつも被控訴人に損を出しても売って貰い、手数料を稼がせて貰っていたり、新規上場日に商いを成立させるための成行きの注文が必要であったことから、被控訴人の利益を犠牲にして、山之内製薬の転換社債を一〇八円という高値で被控訴人に売り付けたり、富士電冷(平成二年七月三一日)、大和紡(同年九月一〇日)、日本輸送機(同年一〇月一二日)、日機装(同月二六日)、三菱マテリアル(平成三年二月一八日)等の買付については、被控訴人の事前の承諾なく行ったり、投機性が強い店頭株THK一〇〇〇株を買わせたりするなど、基本的、本質的に被控訴人の利益を無視していた。
3 不当表示ないし不表示による責任
  控訴人Bは、被控訴人に対し、売り取引の理由について何ら合理的な説明または開示をしていない。即ち、控訴人Bの勧誘は、ある銘柄の業績が倍になると言って勧誘しながら、それよりもっと早く値上がりする銘柄が出てきたとして、購入後短期間で損切して売却を助言するというパターンの繰り返しであった。このような場合、控訴人Bは、被控訴人に対し、業績が良くても値上がりしなかった理由を説明すべきであり、そうすれば、被控訴人は、以後少なくとも、好業績を根拠とした控訴人Bの勧誘には従わなかった筈であるのに、控訴人Bは、この重要な事情を説明しなかった。また、業績が倍になるような銘柄でさえ、値上がりしない相場環境において、その銘柄よりも他の銘柄が早く値上がりするという投資判断は、専門家でも著しく困難または不可能である。従って、控訴人Bは、乗替えに伴うリスク、即ち乗り替えた銘柄の方が早く値上がりし、売却損をも回復できるとする特別な事実ないし判断過程を明らかにすべきであったのに、そのような説明をしなかったどころか、「今度こそ大丈夫」と言って、積極的に乗替えを勧め、また外れたら、「坊主にする」、「ちょっと貸してくれ」、「首をかける」、「絶対大丈夫」などという言葉を用いて積極的に売り買いを勧めた。
  加えて、控訴人Bは、重要な市況情報を被控訴人に告げなかった。即ち、相場全般が弱いときは、多くの銘柄が低迷し、例外的に値上がりする銘柄を追い求めることは、少なくとも一般投資家にはリスクが大きいから、証券外務員は、証券の専門家として、また、被控訴人の代理人として、むしろ相場全般の好転を確認するまで投資を控えることを助言すべきであったところ、控訴人Bは、平成二年七月当時、湾岸戦争が解決するまで相場は難しく、弱いとの認識を持っていたにも拘わらず、右のような助言をしなかった。
4 まとめ
  以上によれば、控訴人Bによる勧誘行為は、投資家保護を目的とする証券取引法五八条(現一五七条)に違反し、不法行為を構成する。
(控訴人らの反論の骨子)
1 被控訴人が、平成二年三月一五日ころに、所沢支店に来店してシャープの株式買付を注文した際、控訴人Bが被控訴人と面接したところ、被控訴人は、前に他の証券会社と証券取引を行って証券投資の知識及び経験を有しており、シャープ買付は自分の判断で決定したという話であった。また、被控訴人は、店舗等を経営して収入を得ていたわけではなく、亡夫(警察官)の退職金及び年金等で生活していると話していたが、所沢市内に個人住宅を保有して息子が自家用車を運転するなどしており、安定した潤沢な生活を送っているようであった。そして、被控訴人は、投資信託や公社債よりも株式取引に深い関心を見せ、株式投資により利益を上げたい希望が強く、その後自分から、宇部興産、二回目の大阪ガス、日立、東芝、谷藤機械、三菱マテリアル、日揮、イトマン等の銘柄を自ら注文するなど、積極的に株式取引に取り組んでいた。従って、控訴人らに適合性原則違反はない。なお、控訴人Bは、現物取引よりやや投機性の高い信用取引を避け、現物取引を中心に、金貯蓄や中期国債ファンド取引を加えたり、必要な投資資金も比較的小規模なものにして、巨額の資金をつぎ込まないように十分配慮したりするなど、比較的安定した証券投資を心がけていた。
2 控訴人らが被控訴人の口座を支配した事実も、口座の目的と性質に照らして過度な取引を行わせた事実も、詐欺の目的であるいは被控訴人の利益を無謀に無視して行動した事実も存在せず、また、控訴人Bの被控訴人に対する投資勧誘の方法と態様が被控訴人の投資目的、財産状態及び投資経験等に鑑みて著しく不都合であり、その結果投資者に損害を及ぼした事実も存在しない。
  即ち、被控訴人は、営業担当者であった控訴人Bと十分な協議を行いながら、自ら積極的に証券取引を行ったものである。また、被控訴人が算出した回転率も、客観的な数量の基準(被控訴人が主張する年率回転率六以上)にすら満たない。そのうえ、一般的に証券取引は、会社の業績や株価の動向等を参考に、「銘柄」を基準として投資判断を行うものであることから、客観的な数量の基準は「銘柄」数によるべきであるところ、本件取引では、合計五四銘柄、毎月平均わずかに一・二銘柄程度の取引が行われているに過ぎず、到底規模の大きな証券取引ということはできない。
3 控訴人Bは、被控訴人の利益や意向を無視した投資勧誘は行っていない。
4 被控訴人の本訴請求は、損害賠償請求に名を借りた実質的な損失補償請求に過ぎない。
【争点2】(【争点1】が肯定される場合)及び控訴人Aに使用者責任が認められるか
(被控訴人の主張)
  控訴人Aは、控訴人Bほか証券外務員が適正な投資勧誘を行うよう監督する立場にあったにも拘わらず、何らその義務を尽くさなかった。特に、控訴人Aは、口座担当者河野恵から被控訴人の適合性に関し重要な情報を入手し、また被控訴人と直接面談しながら、被控訴人から適合性に関する情報を全く得ようとしなかっただけでなく、被控訴人が損失補填を求めていると勝手に解釈し、控訴人Bに対し監督上必要な行動を何らとらなかったことが明らかで、監督責任を負う。なお、控訴人Aは、平成三年七月一二日から平成五年九月二一日までの期間は、被控訴人の口座担当者としての責任を負う。
  従って、控訴人Aは、とともに、選任、監督上の責任を免れず、共同して損害賠償責任を負う。
【争点3】(【争点1】及び【争点2】が肯定される場合)控訴人らに賠償させるべき被控訴人の損害額はいくらか
(被控訴人の主張)
1 控訴人会社及び控訴人Aは、本件一連取引によって被控訴人が被った損害合計三二一七万九二八六円(利益を除外してある。)及びこれに対する本件一連取引のうち最後の取引の翌日である平成六年三月五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。
2 控訴人Bは、本件取引によって被控訴人が被った損害合計二七六三万〇七二九円(利益を除外してある。)及びこれに対する本件取引のうち最後の買付日の翌日である平成三年七月一二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

(以下、控訴審判決固有部分)
二 当審における控訴人らの主張
1 証券取引法五四条一項には、「有価証券の買付け若しくは右売付又はその委託について、顧客の知識、経験及び財産の状況に照らして不適当と認められる勧誘を行って投資者の保護に欠けることとなっており、又は、欠けることとなるおそれがある場合には、大蔵大臣は、証券会社に対して業務の方法の変更を命じることができる。」旨のいわゆる適合性の原則が定められているが、証券会社は、同条に基づく義務を直接的に投資者に負担しているものではない。したがって、仮に、同条に基づく義務違反があっても、直ちに証券会社が顧客に対して損害賠償責任を負わない。
2 本件一連の取引は、被控訴人の意思に基づいてなされたもので、控訴人ら側に、顧客である被控訴人の事由意思を阻害するような事情はなかったし、控訴人Bにおいて本件取引の主導権を全面的に把握していたこともない。したがって、いわゆる「顧客の取引口座の支配」は存せず、過当売買が問題とされるべき事案でもない。したがって、本件は、被控訴人の自己責任の原則が重視されるべきである。
3 被控訴人は、預貯金などの金融資産五〇〇〇万円以上と三八七四万円相当の不動産を有する者であって、その資産の増加を目的として、株式を中心に証券投資を仕手系銘柄の株式の売買を含めて積極的に行っていたものである。
三 当審における被控訴人の主張
1 被控訴人の有する不動産は、被控訴人の居宅であって換金性があるものではなく、また、その他の金融資産もそれが亡夫の退職金、生命保険金等によって形成されたものであることからすると、株式投資に適したものではない。被控訴人には、いわゆる株式の回転売買をおこなって利益を稼ぐ必要や、また、短期での損切りないし他の銘柄株式への乗り替え等の投機的取引をする必要はなかった。
2 被控訴人は、いわゆる仕手系銘柄の株式については、それと知らずに控訴人B等に言われるままに取引したに過ぎない。

第三 争点に対する判断
一 認定事実
  前記第二の争いがない事実に加えて、証拠(甲七、一三、一五(一部)、一九(一部)、二〇、二一(一部)、三〇、三九、乙一、二、四、六、八(一部)、九ないし一六、一九(一部)、二〇、二三の一ないし五、二四の一ないし四、二六の一ないし五、三〇、三一、被控訴人、証人佐藤美知代、控訴人A本人(一部)、控訴人B本人(原審及び当審の各一部)及び弁論の全趣旨によれば、本件取引に関する重要な事実関係として、以下の事実が認められる。
1 被控訴人の属性、取引経験等
  被控訴人は、昭和四五年以来、地方公務員(警察官)の夫に依存し、主婦業に専念してきたものであるところ、昭和六三年七月に夫に急逝され、寡婦となった。被控訴人は、平成二年当時(四八歳)も無職で、その資産としては、亡夫が残した退職金二五〇〇万円と生命保険金約二五〇〇万円があったが、収入は、年額一二四万三〇〇〇円(月額一〇万三五八三円)の遺族共済年金のみで、大学浪人生の長男、高校二年生の次男を養育するとともに、目の不自由な義母の面倒も看ている状態であった。
  被控訴人は、それまで証券取引の経験は全くなかったものであるが、平成元年四月、友人のM(以下「M」という。)の甥がワールド証券株式会社(以下「ワールド証券」という。)に就職した際に、Mから甥のために協力を求められたのに応じ、同年八月、中期国債ファンドやワリシンを購入したり、平成二年二月に、そのころ株式に興味を持つようになっていたMに倣って、チッソの株式八〇〇〇株を購入したりし始めていた程度であった。なお、被控訴人は、Mの甥が平成二年二月末に急にワールド証券を退職することになった際、同人から、息子の教育資金等、短期で運用するものは、銀行の普通預金ではもったいないので、利率の高い金貯蓄を利用した方がよい旨勧められていた。
2 本件取引開始
  被控訴人は、平成二年三月六日、Mの甥の前記助言どおり、金貯蓄を申し込むつもりで、Mに伴われて初めて控訴人会社所沢支店の店先まで赴いたものの、被控訴人自身は中まで入る勇気が出ず、そのまま自宅に戻ったが、追い掛けて電話をしてきた同支店財務相談課のいわゆるフロントレディのC(証券外務員の免許を保有している。以下「C」という。)に金貯蓄の説明を申し込んだ。その後、被控訴人は、被控訴人方を訪れた横山の説明を聞き、息子の年間の教育費等、予め支出時期がわかっているものは、金貯蓄で運用してもよいと考えて、同日中に、所沢の口座を開設するとともに、金貯蓄に一三〇万円分と、同時にCに勧められた中期国債ファンド一〇万円も申し込んだ。また、被控訴人は、Mに勧められて、三月一五日にシャープの株式二〇〇〇株(三五五万七七八〇円)、同月二七日に新日鐡の株式二〇〇〇株(一一九万八二五五円)もそれぞれ購入していた。なお、被控訴人は、四月二〇日、Cから元本保証で高利率と勧められた利付興業債(五〇〇万円分)を購入する際、非課税扱いを受けるため、所沢支店に前記遺族共済年金の年金証書を提出していた。
  控訴人Bは、当時、所沢支店財務相談課長でCの上司の地位にあったものであるが、被控訴人が前記のように所沢の口座を開設し、金貯蓄等のほか、株式取引も行ったのをみて、四月上旬ころ、被控訴人に会って挨拶したところ、被控訴人も、控訴人Bに対し、何か株式でいいのがあれば案内して欲しい旨申し出た。当時、控訴人Bは、既に被控訴人が同支店で株式も買い付けていたので、被控訴人の資産状態・性質、収入状況や被控訴人が希望する投資目的、投資規模・金額等について、被控訴人に対し具体的に質問し、助言することはしなかった。なお、当時、日経平均株価は、前年の平成元年一二月二九日に史上最高値(三万八九一五円)を付けてから下落していたのが、平成二年四月二日に一旦底値(二万八〇〇二円)を付けてから大反転に転じていた時期であった。
  控訴人Bは、平成二年四月二七日に、被控訴人に対し、電話で最初の銘柄大阪ガスについて、「絶好の買場ですから是非買って下さい。」と言って、三〇〇〇株の購入を勧め、更に、五月一日にも大阪ガス二〇〇〇株の買増しを勧めた。被控訴人は、控訴人会社の課長の立場にある控訴人Bが勧めるものであるからと信頼して、右株式合計五〇〇〇株を購入したところ、約一週間で全体で四九万六九三九円の利益が出たので、控訴人Bを専門家として、益々信用した(もっとも、被控訴人は、頭の中では、株価が下落して、損失が発生することもあることは理解していた)。しかし、控訴人Bは、本件取引開始にあたって、被控訴人が株式取引について、さほど詳しくないことは認識しながら、被控訴人に対し、株価の動向の見方や株式取引の方法等について格別の助言もしていなかった。なお、控訴人Bは、右第一回目の株式買付後になって、被控訴人がワールド証券で株式と債券を保有していることをCから確認したものの、具体的な取引内容や取引規模についてまでは、全く気に留めておらず、被控訴人が証券取引に用いる資金は、いわゆる余裕資金であるものと思い込んでいた。なお、控訴人Bは、五月の中旬過ぎの時期に、Mと被控訴人と三人一緒で昼食をしたことがあり、遅くともこのころまでには、少なくとも被控訴人が寡婦であることや、夫の退職金及び年金等で生活していることは知らされていた。なお、本件取引のうち所沢の口座におけるものは、平成三年二月末まで、正式な口座担当者(扱者)は、Cであった。
3 平成二年八月一日までの取引
  その後、控訴人Bが平成二年八月一日までに被控訴人に対し勧誘し、被控訴人がこれに応じて買付又は売付した株式の取引状況は、別表一では番号4ないし28、別表二では番号4・1ないし20(但し、4・1ないし4・3は転換社債、13は利付興業債で、株式取引の銘柄は一四銘柄)のとおりであり、同日までの累積損失は、三七万一九四五円であった。被控訴人は、五月一四日に買い付けた倉敷紡績の株式五〇〇〇株を翌日売り付けて(二回目の売付)、一日で三三万二一三七円の利益が出たので、控訴人Bを完全に信用して、以後亡夫の退職金をつぎ込むようになった。控訴人Bが各銘柄を勧誘した理由は、概ね別紙三の「銘柄アプローチ理由」記載のとおりであり、被控訴人に対し各銘柄を実際に勧誘する際には、一日に二、三回被控訴人に電話し、毎回右推奨の理由のポイント部分は告げており(以上の点は、その後の期間の本件取引についても同様である。)、これに対し、被控訴人は、右理由につき納得して買い付けることを承諾していた。 しかし、被控訴人は、当時、毎回電話でいきなり控訴人Bに勧められるままに各株式を買い付けており、買付前に独自に各銘柄の特質、業績、実質的な価値、株価動向等を調査する能力も手段も、全く有しておらず、ただ、買い付けた後に、テレビや新聞で、自分が買い付けた株式の株価を確認することができる程度であった。
  ちなみに、既に、右期間中の本件取引には、被控訴人が全く銘柄知らないもの(たとえば、小野薬品の転換社債、帝人製機、イビデン等)が続出して、これらの銘柄では売付により損失が発生していた。また、控訴人Bが推奨した銘柄中には、倉敷紡績のようにいわゆる仕手株も混じっていたが、控訴人Bは、被控訴人に対し、これらが投機性の高い仕手株であることまでは格別説明していなかった。
  また、控訴人Bは、既に本件取引の初期の段階から、被控訴人に対しいわゆる短期の損切・乗替え取引を勧めていた。たとえば、控訴人Bは、六月四日と六月六日に前記帝人製機の株式につき、業績が倍になるという理由で、被控訴人に各一〇〇〇株ずつ買付させたが、それぞれ三九日と四九日で損切(一三万六〇三九円と二四万四五三六円の損失)して次の銘柄を勧め、七月六日には、椿本興業の株式につき、業績が好調で、増配も見込めるという理由で四〇〇〇株を買付させたが、うち二〇〇〇株を二五日で損切し(二九四万一五四七円の損失)、うち一〇〇〇株も二六日で売付け(但しこのときは一四〇万五三五七円の利益発生)、七月一三日には、業績が良いとの理由で田村電機の株式二〇〇〇株を買付させたが、うち一〇〇〇株を一八日間で損切し(二二九万五五六二円の損失)、残り一〇〇〇株も一九日間で売付けた(但しこのときは二一六万七九八六円の利益発生)。そのうえ、控訴人Bは、七月三一日には、一株あたりの利益からして株価が割安と判断して、インテックの株式一〇〇〇株を買付させ(買付金額五二三万円)ながら、後に三〇日で損切する(一三二万三三五一円の損失)ことになり、同日、業績が好調で利益も出ると考えて、富士電冷の株式一〇〇〇株を買付させ(買付金額四三九万円)ながら、後に四一日で損切する(一五〇万二六五五円の損失)ことになり、重ねて同日、業績が伸びており、資産内容も良好だとして、千趣会の株式二〇〇〇株を買付させ(買付金額七七〇万円)ながら、後に六四日で損切する(二三五万三二三〇円の損失)ことになった。
  続いて、控訴人Bは、八月一日には、利益が好調で、業績が倍以上に伸び、財務内容も非常に良いと判断して、被控訴人に対し、新川の株式一〇〇〇株(一株の買値七五九〇円)につき、大引け直前に電話をかけ、「大引け三分前です。」「二分前です。あ、今・・円になりました。」、「大丈夫です。ね、ね、行きましょう。」などと強力に勧め、被控訴人は、これに押されてその場で買付を決意させられた(買付金額七五九万円)が、これも後に三三日で損切させられた(一六四万四七六四円の損失)。
  他方、六月一九日の二回目の大阪ガスの株式については、被控訴人の方から、最初に買い付けた価格近くまで下がってきたことに注目し、控訴人Bに相談し、再度の反転(リバウンド)を狙って買い付けたものである。なお、被控訴人は、控訴人Bの勧誘により買い付けた前記日本金属やイビデンの株価が五月以降気になり、Cにも尋ね、Cも心配して他の営業の従業員に聞いてみたところ、Cから、被控訴人Bの勧めで被控訴人が買付けた右銘柄は高すぎる、今は金利が高いので、株でない方がよいなどと助言されていた。また、被控訴人は、六月ないし七月ころ、満期になった住友信託のビッグの運用についてはCに相談し、Cの助言に従い、郵便局で国債を三〇〇万円分非課税扱いで買い、残りの七〇〇万円も、Cの勧めに従って、息子の授業料等の支出の際に出し入れができる金貯蓄に入金することにしていた。
4 平成二年八月二日から一一月上旬までの取引
  株式市況は、日経平均株価が平成二年六月七日に三万三一九二円、七月一七日に三万三一七二円を付けた後、下落し始めていたところ、八月二日のイラクのクェート侵攻により株価が暴落し、一〇月二五日にかけて二万五三五二円まで下落していった。被控訴人も、新聞により、それまでに買い付けた保有株式に大きな含み損が出たことを認識し、控訴人Bに対し、大切なお金でなくすことができないのに困った旨訴えて相談した。控訴人Bも、今後の相場全般は弱く、不透明な展開になってくることを認識していたものの、被控訴人に対しては、ただ「大丈夫です。任せて下さい。」とか「損を取り戻すこともできます。」などと話すのみで、取引の継続を勧めた。
  その後、控訴人Bが平成二年一一月一八日までに被控訴人に対し勧誘し、被控訴人がこれに応じて買付又は売付した株式の取引状況は、別表一では番号29ないし65、別表二では番号21・1ないし46(即ち銘柄数にして一七銘柄)のとおりであり、そのうち一〇月一一日までの累積損失は、一五四八万七〇二一円となっていた。なお、そのなかには、いわゆる仕手株の銘柄として、本州製紙、日重化、大和紡績、北越製紙、谷藤機械等が含まれている。
  控訴人Bは、右期間中も、前記の期間中に買い付けた株式を損切しては、新たな銘柄に乗り替えたり、被控訴人に強力に勧めて、同一銘柄でも、被控訴人が望むよりは多量の株数を買付させ、多額の資金を投入させていった。たとえば、控訴人Bは、八月三一日、被控訴人が、宇部興産について尋ねたのに対し、良い会社である旨応じて買付を推奨し、被控訴人が一〇〇〇株の買付を希望したのに対し、五〇〇〇株(買付金額三九〇万五〇〇〇円)を買うことを強力に勧めて買い付けさせ、九月三日にも一万株(同八〇〇万円)と七〇〇〇株(同五七六万八〇〇〇円)を買い増させたが、前記五〇〇〇株のうち二〇〇〇株は三八日で損切し(二八三万七六〇三円の損失)、残り三〇〇〇株についても三九日で売付け(但しこのときは一六〇万〇五四九円の利益発生)、前記一万株と七〇〇〇株については、いずれも三六日で損切する(それぞれ七〇〇万五四七三円と四二三万九四九七円の損失)ことになり、重ねて同じ八月三一日に、大阪ガス一万株も被控訴人に勧めて買い付けさせた(買付金額五五五万二五三〇円)が、うち五〇〇〇株についてはわずか五日で損切し(三一三万五二二三円の損失)、うち四〇〇〇株については一〇日で売り付けることになった(但しこのときは一九五万二八八五円の利益発生)。その後、被控訴人が同じ日に大阪ガスの株式一万株も買うことについて、多すぎる旨申し出て断ったところ、控訴人Bは、「失敗したら頭を丸めます。」と言って、強力に勧めたので、被控訴人はやむなく買い付けたものである。また、控訴人Bは、九月五日に大和紡績の株式五〇〇〇株(一株八〇八円)を被控訴人に買付けさせ、二日後の同月七日に売付させて、短期間で三一万七一八五円の利益を得させていたところ、同月一〇日、株価が九三四円になったところで、再び被控訴人に対し一万株の買付を勧めた。これに対し、被控訴人は、売ったばかりの株式を、その売値より高い値段で買う必要はないと考えて、「資金がない」旨告げて買付を断ったところ、控訴人Bは、「資金は後で考えます。」とか、「ちょっと貸して下さい。」などと申し向けて、右一万株の買付を強く勧めて、被控訴人に買付させた(買付金額は九三四万円)。しかも、控訴人Bは、その日、右買付資金の手当をしないうちに出張に出掛けたため、被控訴人は、他の営業の従業員の助言を受けながら、前記富士電冷の株式一〇〇〇株(保有期間四一日で一五〇万二六五五円の損失)と前記大阪ガスの株式四〇〇〇株(保有期間一〇日、但しこのときは一九五万二八八五円の利益が発生)を自ら売り付けることにより、大和紡績の株式一万株の買付資金を捻出せざるを得なかった。控訴人Bは、既に一〇月四日に被控訴人に勧めて二〇〇〇株買付させていた(買付金額二四四万円)森田ポンプの株式を、同月九日には、更に三〇〇〇株買い増すよう被控訴人に強力に勧めた。被控訴人は、損を取り戻すためには、控訴人Bの言うことを聞くほかなく、控訴人Bに勧められるまま、前記宇部興産の株式のうち、同日、二〇〇〇株と三〇〇〇株を前記のとおり損切で売って、森田ポンプの株式五〇〇〇株を買い付けた(買付金額四二九万円)。控訴人Bは、一〇月一一日にも、前記宇部興産の一万株と大和紡績九〇〇〇株を損切して売り付けることにより、更なる森田ポンプ五〇〇〇株の買増しと永谷園の株式三〇〇〇株の買付を積極的に勧めた。そして、控訴人Bが、逡巡する被控訴人に対し、「確実に上がります。首を賭けます。」とまで誓ったため、被控訴人も買付を依頼せざるを得ず、結局、前記のとおり損切して売り付けることにより、森田ポンプ五〇〇〇株(買付金額八一〇万円)と永谷園三〇〇〇株(買付金額四八〇万円)を買い付けた。なお、このころには、被控訴人は、損を取り戻すことができれば出金したいと焦りつつ、それが果たせず、自分自身でどうしようもなくなりつつあって、控訴人Bの買付勧誘を承諾する際も、「大きな利益は期待していない。金利と手数料が出る自信があればどうぞ。」などと言うようになっていた。控訴人Bは、翌一二日にも、日本輸送二〇〇〇株の買付を勧め、被控訴人が「資金がない。」と言って断るのを押し切って、一七〇〇株(買付金額三四〇万円)を買い付けさせた。
  更に、控訴人Bは、一〇月二五日にいすず自動車一〇〇〇株を買付させたのに続いて、翌二六日には、被控訴人方に何度も電話して、いすず自動車四〇〇〇株の買増しと日機装の株式三〇〇〇株と一〇〇〇株の買付を勧めた。これに対し、被控訴人は、自分では判断が付かず、「Cに聞いてください。」という言葉を使って応じるほかなく、結局、同日、いすず自動車四〇〇〇株(買付金額三三五万二〇〇〇円)と日機装合計四〇〇〇株(買付金額五〇七万円と一六九万円)を買い付けた。そして、控訴人Bは、一〇月二九日にタクマ三〇〇〇株(買付金額二七三万円)を、一一月六日と七日には、シマノ工の株式をそれぞれ一〇〇〇株ずつ(買付金額はそれぞれ五〇二万円、五四三万円であり、被控訴人は、特に二回目の買増しの際には、またもや「Cに聞いて下さい。」との言葉を使った。)強く勧めて買付させたのに加えて、同月八日にも、被控訴人に対し、電話でタクマの株式五〇〇〇株の買増しを強く勧めてきたので、遂に、被控訴人は、控訴人Bに対し、一切電話をかけて来ないよう申し入れるに至った。
  なお、右期間中の取引につき、一〇月三日の日立と東芝の株式は、被控訴人がMに勧められたのを受けて、控訴人Bに申し出て買い付けたものである。また、一〇月九日の谷藤機械の株式は、被控訴人がその日の昼間にテレビを見ていて知った銘柄で、同日、控訴人Bから前記のとおり、森田ポンプ三〇〇〇株の買増しを勧められたが、被控訴人は欲しくはなく、どうしても買い付けるのであれば、谷藤機械の株式一〇〇〇株(買付金額八九万円)にした方がよいのではないかと申し出て、買い付けたものである。
5 平成三年二月から六月中旬までの取引
  株式市況は、日経平均株価が平成二年一二月四日に一旦底値(二万一八六二円)を付けた後、翌平成三年一月一七日の多国籍軍介入による湾岸戦争開始を契機に再び反転し、三月一八日には二万七一四六円まで回復したが、その後は、下落傾向となった。
  控訴人Bは、しばらく被控訴人との連絡を絶っていたが、平成三年二月五日ころ、前記タクマの株式が値上がりした旨告げる電話をかけて、勧誘の再開の機会を窺った。その後、控訴人Bが平成三年六月一九日までに被控訴人に対し勧誘し、被控訴人がこれに応じて買付又は売付した株式等の取引状況は、別表一では番号66ないし80、別表二では番号47ないし57(但し、51・1ないし51・4は転換社債、53は債券。株式取引の銘柄数は九銘柄)のとおりであり、そのうち平成三年六月一九日までの累積損失は、一六四五万九九〇〇円となっていた。
  右期間中の控訴人Bの勧誘の態様は、以前と同様のものであった。たとえば、控訴人Bは、二月一四日、タクマの株式のうち二〇〇〇株を被控訴人に売り付けさせた(売付金額二一六万七九八六円)。被控訴人は、控訴人Bに対し、右売却代金を金貯蓄に入れるよう依頼していたが、控訴人Bは、これを聞き入れず、同月一八日に、三菱マテリアルの株式二〇〇〇株を買付させた(買付金額一六八万八〇〇〇円)。
  そのうち、被控訴人の口座担当者Cは、平成三年二月末で控訴人会社を退職し、三月以降は、Dが被控訴人の口座担当者になった。しかし、被控訴人に対し、実際に投資勧誘するのは、相変わらず上司の控訴人Bであり、控訴人Bは、三月一一日、大同特殊の転換社債の買付を勧誘し、被控訴人が資金がないと逡巡していても、これを買付させた(買付金額三四四万円)。被控訴人は、前記利付興業債を売り付けたほか、一部金貯蓄からも出金して、右買付資金を賄うのを余儀なくさせた。Dは、そのような被控訴人に対し、「確定利回りで、金貯蓄と違って、たとえ課長でも下ろせない。」と言って、短期カナダ債を勧めるなどしていた。なお、被控訴人が四月二六日に買い付けたイトマンの株式一〇〇〇株(買付金額六一万円)は、Dと電話で会話中、被控訴人が当時話題になっていたイトマンについて尋ねたのに対し、被控訴人の取引について心配していたDから、この値段位であれば買ってみないかと助言されて買い付けたものである。
  控訴人Bは、六月一八日、被控訴人に対しプレス工の株式二〇〇〇株の買付を勧め、被控訴人は、これを断りきれずに買い付け(買付金額一七五万六〇〇〇円)、更に翌一九日にも、まず、三〇〇〇株の買増しを勧めた。被控訴人が、例によって「Dに聞いて下さい。」との言葉を使って答えていたところ、控訴人Bは、Dに聞いたとして、プレス工三〇〇〇株を買い付けていた。ところが、更に、控訴人Bは、同日中に、被控訴人に対しプレス工五〇〇〇株の買増しを重ねて勧めてきた。そのため、被控訴人は、Dに電話して、既に五〇〇〇株を買い付けているのに、他の株式を売ってまで、更に五〇〇〇株もの買増しをする必要があるのかどうか相談し、その際、前日買い付けた三〇〇〇株につき控訴人Bからどのような説明があったか尋ねたところ、Dは、何も聞いていなかったと答えるとともに、控訴人BがDに対し、被控訴人のことには関与するなと言いながら、Dの名前を使って、被控訴人に買付させていたことにつき激怒した。そして、Dは、以前から控訴人Bの被控訴人に対する株の買わせ方や買わせている銘柄・値段につき疑問を持っていたとも話し、かつて控訴人Bに命じられて、受渡しのため被控訴人方を訪れた際、被控訴人が署名押印するのを嫌がって泣いていたのも見ていたことから、一度、控訴人Bのこのような取引方法を公にして、上司に叱責して貰おうと考えた。そこで、Dは、被控訴人と控訴人Aとの面接の機会を設定した。
6 被控訴人と控訴人Aの面接
  被控訴人は、平成三年六月二〇日ないし二一日ころ、Dに促されて、所沢支店長室を尋ね、控訴人Aと一時間余りにわたって面談した。被控訴人は、控訴人Aに対し、泣きながら、被控訴人が所沢の口座を開設したいきさつから始めて、取引の結果、現在、息子の結婚資金もなくなってしまったことまでを話した。その際、被控訴人は、控訴人Bの勧誘行為につき、具体的な苦情を言うことはできなかったものの、控訴人Bに一方的に勧められ、これを聞いているだけで精神的にも金銭的にも耐え難い犠牲を強いられていることについては訴えた。
これに対し、控訴人Aは、右被控訴人の訴えは、結局のところ、株式の取引により多額の損失が発生したので、これを補填して欲しいとの趣旨ではないかと考え、自己責任の原則を説諭するとともに、控訴人会社に株券を預けていると、勧誘されてつい取引を行ってしまうのであれば、株券を引き出して銀行の貸金庫にでも預けて貰って結構である旨告げた。
  ところで、控訴人Aは、当時から、証券外務員が主導し、顧客がその言いなりになって証券の売買をするようなことはあり得ないという認識を持ち、証券外務員の顧客に対する投資勧誘行為、特に過当取引についての控訴人会社内部の規制や監督については、明確には意識していなかった。そして、控訴人Aは、被控訴人との面談の後、控訴人Bに対しては、被控訴人が損失補填を望むようなことを言っているから、注意して対応するよう告げたのみであり、そのほかは、所沢支店総務課の方で印字した被控訴人の取引明細を見ただけで、格別の措置は講じなかった。なお、当時、少なくとも総務課内部では、右被控訴人の取引明細を見て、一人の顧客に対して、前記のような損失を出させたことにつき問題視する声が出て、このような取引明細は、顧客には見せられないとして、被控訴人にはこれを交付できない状態であった。
7 平成三年七月以降平成四年一一月末までの取引
  控訴人Bは、被控訴人と控訴人Aとの面談後は、別表一の番号81(別表二では番号58)の株式買付を勧誘し、被控訴人もこれに応じて買い付けただけで、平成三年八月二一日、大宮支店開設準備のために転勤した。
  株式市況は、日経平均株価が平成三年八月一九日に二万一四五六円と一旦底値を付けた後しばらく反転し、一〇月三一日二万五二二二円まで上昇した後は、再び下落していき、平成四年八月一八日に一万四三〇九円の最低価格にまで落ち込んだ。被控訴人は、口座担当者Dが、後任のE課長は、控訴人Bと違って大丈夫と言うのを信じて、平成三年九月二六日から平成四年九月一四日まで、別表一の番号82ないし92(銘柄数は一〇銘柄、86ないし89は転換社債)のとおり、E課長の勧誘に応じて、株式や転換社債の取引を行った。平成四年八月三一日現在の被控訴人の累積損失は、二八四四万六二六四円となっていた。被控訴人は、これまでの損失を取り戻すべく、E課長の勧めに従って、取引を継続していたが、次第にE課長の勧めに対しても、断りたいと考えるようになり、平成三年一二月ころには、これまでの損失を把握して貰うべく、所沢支店での最初からの取引明細を取るよう要請するようになった。E課長は、平成四年七月中旬に至って、被控訴人の取引明細を作成してみて驚き、被控訴人に対しても「控訴人Bとの取引は、目を覆いたくなるような無残な結果です。柿が熟れて落ちる寸前のところばかり買っているので何とも・・・」などと漏らしていた。
  被控訴人は、平成四年一一月下旬ころには、E課長の勧誘も控訴人Bと同じではないかと考えるに至って、取引を打ち切ろうと決心し、E課長に対し所沢支店に預けている株券を全部を出庫したい旨申し入れて、同月末日、一旦株券全部を出庫した。
8 控訴人Bとの取引再開と大宮支店の口座開設
  しかし、被控訴人は、自ら出庫した株式の処分のし方も分からず、控訴人Bが強く勧めて買い付けさせた株についての価格の動き等についても教えて貰うため、大宮支店(平成三年一二月二日開設)にいる控訴人Bに再び電話で連絡を取った。そのうち、控訴人Bが、平成五年一月下旬ころには、被控訴人に対し、「含み資産として、月末にはどうしても株券が必要です。」と話して、控訴人Bの方で口座管理料を支払うので、被控訴人の株券を預からせて欲しい旨懇請してきたので、被控訴人は、やむなく、同月二五日、大宮の口座を開設した(口座担当者は佐藤美知代(以下「佐藤」という。))。それから、被控訴人は、控訴人Bが、繰り返し熱心に、あと一銘柄でも株券を預からせて欲しい旨申し入れるので、控訴人Bが転勤するときは、必ず返すよう約束させて、ほとんどの株券を大宮支店に預けることになった。被控訴人は、再び控訴人Bと付合うことには抵抗があったものの、控訴人Bも、被控訴人が控訴人Aと面談したことにより反省しているようにも見え、失った資金を何とか取り返したいとの気持ちから、再度控訴人Bを頼り、控訴人Bの勧めに従って、平成五年三月一五日から九月二一日まで、平成四年九月一四日に買い付けていた東海カーボンの株の売り(別表一の92)、三星ベルトの株の買付と売り(前同93、94)、平成三年一〇月九日に買い付けていた図研の株の売り(前同83、84)、雪印の株の買付、三愛石油の転換社債の応募買付けと売り(前同95)、山内製薬の転換社債の買付、THKの転換社債の買付、コスモ石油の転換社債の買付と売り(前同96)、平成四年六月一〇日に買付けていた中越パルプ株の売り(前同90)、岩崎通信機の株の買付、日本電装の転換社債の応募買付と売り(前同97)、中国ファンドの買付、トーモクの株の買付、THKの株の買付(前同98)の取引を行った。右同日までの累積損失は、三二二四万九八二四円となった。
  なお、当時の口座担当者佐藤は、平成六年三月ころ、大宮支店を統合した浦和支店の当時の支店長が、被控訴人の過去の取引記録を見て、「控訴人Bは、どうしてこんな取引をしたのだろう。こういう客にここまでやらなければならなかったのだろうか。」とか「控訴人Bは、所沢支店でこれだけ損失の出ている客に、大宮に行ってからも引き続き取引をしなければならない程、他に客がなかったのか、数字に困っていたのか。」などと漏らすのを聞いた。
控訴人Bは、平成五年五月ころ、宇都宮支店に転勤した。
9 総 括
  ところで、顧客の投資額に基づき、証券会社が一定期間に何回売買したかを示す指標としての売買回転率(ここでは、各月末の投資残高の単純平均を求め、これを平均投資額として、期間中の買付総金額を右平均投資額で除して求めた回転率を年率に直したもの)は、本件一連取引につき別紙四のとおり三・六七、本件取引のうち、特に取引回数が多かった平成二年四月から一二月までの期間が別紙五のとおり八・八六、本件取引(平成二年四月から平成三年七月まで)につき四・四五(月末投資総額五億五〇八三万三〇〇〇円、月末平均投資額三四四二万七〇六二円、買付総金額二億〇四〇八万五三七〇円、回転率五・九三、年回転率四・四五)(以上いずれも株式取引のみ)である。また、被控訴人が支出した諸経費(手数料がその大部分)の累積額は、本件取引につき四二一万〇一三一円、本件一連取引につき六三〇万七九七四円であった。
  他方、被控訴人が本件一連取引の期間中、控訴人会社に対し入出金した現金は、別紙六のとおりである。また、被控訴人は、本件一連取引の間、毎回の取引報告書や年二回の残高照合通知書については異義なくこれを受け取り、証券の預り証や現金の受領証についても、異義なく署名押印していた。
なお、控訴人Bは、本件取引全体を通じて、毎日、本件各口座の残高の推移を把握しており、被控訴人の利益を増やすこと、或いは被控訴人の損失が累積し始めてからは、少しでも損失を取り返すことを意識して、銘柄の案内等の勧誘を行っていた。
  以上のとおり認められ、証拠(甲一五、一九、二一、乙八、一九、三二、被控訴人・控訴人A各本人、控訴人B本人(原審及び当審))中、右認定に反する部分は採用しない。
二 争点1について
1 ところで、本件取引開始当時には存在し、改正証券取引法が平成四年七月施行され、同法五四条一項一号(有価証券の買付若しくは売付又はその委託について、顧客の知識、経験及び財産の状況に照らして不適当と認められる勧誘を行って投資者の保護に欠けることとなっており、又は欠けることとなるおそれがある場合には、大蔵大臣は、業務方法の変更や業務の全部又は一部停止などを命じることができる旨の規定)に明記されたことにより廃止された、大蔵省証券局の通達「投資者本位の営業姿勢の徹底について」(昭和四九・一二・二蔵証二二一一。いわゆる投資者本位通達)は、「投資者に対する投資勧誘に際しては、投資者の意向、投資経験及び資力等に最も適した投資が行われるよう十分配慮すること。特に、証券投資に関する知識、経験が不十分な投資者及び資力の乏しい投資者に対する投資勧誘については、より一層慎重を期すること」(同通達一二)と定めていた。また、公正慣習規則第八号(証券従業員に関する規則)九条三項二〇号は、証券会社の従業員がその顧客に対し過当な数量の有価証券取引の勧誘をすることを禁止している。更に、証券取引法(四九条)は、証券会社並びにその役員及び使用人(以下便宜「証券会社等」という。)は、顧客に対して誠実かつ公正に、その業務を遂行しなければならないとして、証券会社等につき、顧客に対し誠実・公正義務を課しているほか、一六一条一項は、過当な売買取引に対する規制を行っている。右通達、自主規制ないし法の規定は、いずれも直接には公法上の義務を定めたものであるけれども、右各規定の趣旨に照らして考えると、特に、専門家たる証券外務員が顧客に対し証券取引に関する推奨ないし助言を与え、他方、顧客が、証券取引の知識・経験に乏しく、専門家としての証券外務員による説明内容を信頼して、右推奨ないし助言されるまま、これに従って取引の注文をなすという関係にあって、実質的に証券外務員が顧客の取引口座を支配しているような場合には、証券外務員は、証券取引受託者として、顧客に対し、私法上も、顧客の投資運用目的や投資方針を確認し、それに見合った原則的な投資運用策を示して、それについて顧客の基本的同意を取り付けるなどして、投資金を運用して顧客の利益を保護すべき信義則上の義務(ここでは特に信任義務ないし誠実義務)を負っているものと解するのが相当である。
  なお、控訴人らは、『適合性の原則の遵守義務を定める証券取引法五四条一項は、行政上の取締りの基準を定めた規定であるから、証券会社は同条に基づく義務を直接投資者に負っているものではないので、仮に、同条に基づく義務違反があったとしても、直ちに証券会社が顧客に対して損害賠償責任を負うものではない。』旨主張するが、いわゆる取締法規違反の行為は、直接的には行政上の処罰等の対象となっても、理論上は民事上の不法行為の故意、過失を直接構成するものではないけれども、その違反の有無は、不法行為の要件である違法性を判断するための要素の一つとなることは明らかであり、また、その取締法規の目的が間接的にもせよ一般公衆を保護するためのものであるときには、その取締法規違反の事実は、他の諸事情をも勘案して不法行為の成否を判断する主要な要素であり、一応不法行為上の注意義務違反を推認させるものである。したがって、控訴人らの右主張は、前記判断を何ら左右しない。
  従って、証券外務員が、顧客の資産、投資目的、知識・経験等に適合しない過当な頻度・数量の投資勧誘を行った場合は、右信義則上の義務に違反するものとして、右勧誘行為が違法性を帯び、不法行為を構成する場合があるというべきである。
2 前記一の認定事実によれば、被控訴人は、本件取引以前には、株式を含めた証券取引の知識・経験に乏しい寡婦であり、資産として、亡夫が残した退職金や生命保険金は有しているものの、収入は僅少の年金のみで、右資産を守りつつ、二子の高校、大学の教育費と義母の生活費を捻出しなければならない立場にあって、その投資目的も、被控訴人が控訴人会社と取引を開始しようとした当初の目的は預金よりは利回りのよい金貯蓄であったこと等から見られるように、元来、銀行預金よりは有利な利率の利息を得ながら、教育費等にいつでも引き出せるようにという意味での短期運用をなして、財産維持を図ることが主眼であったものと認められる。従って、右のような被控訴人の属性に鑑みると、本来年金生活者の被控訴人にとって、生活資金である夫の退職金ないし生命保険金を次々と大量につぎ込んで、多数回にわたって投機的に株式の売買を繰り返すという取引形態は、全く適合していないものというべきである。ところが、控訴人Bは、本件取引開始にあたって(なお、その後まもなくの時期には、少なくとも被控訴人が寡婦であり、年金生活者であることを認識しながら)、被控訴人の収入、資産状態、投資目的及び取引経験等につき注意を払うこともなくして、本件取引を開始した。しかも、本件取引のうち株式の買付回数は、一四か月余りの間に合計七〇回、銘柄数が三六種、買付金額の合計が二億〇四〇八万五三七〇円、本件取引についてのいわゆる回転率の年率が四・四五であって、その投資金額、頻度が被控訴人の収入額や資産の性質・金額、投資経験、投資目的に比して、著しく過大であると認められる。とりわけ、前記一で認定した本件取引の具体的態様は、基本的には、短期で損切、他の銘柄に乗り替える方法を繰り返す投機的なものであり、しかも、同じ日に複数の銘柄の売り買いを勧めて、一日当たりの買付のための投資金額も一〇〇〇万円前後に及び、なお、その取引銘柄の中には仕手株も多数含まれているなど、本件取引の態様は、およそ財産を堅実に守って生きていくべき真面目な寡婦が望んだものとかけ離れているというほかない。なお、本件では、本件取引当時、控訴人会社の内部でも、代々の被控訴人の口座担当者のフロントレディや控訴人Bの同僚、後任の証券外務員、上司らが、一主婦である被控訴人に対する控訴人Bの投資勧誘の方法につき、少なからぬ疑問を呈し、一様にその行き過ぎを問題視していたことは、前記一で認定したとおりであって、このように、控訴人Bの勧誘行為は、本来なら控訴人会社側の立場に立つものと目される社員の感覚ですら、受け容れられ難いものであった点に、注目すべきである。そして、右のような控訴人会社社員の感想に鑑みると、控訴人Bには、本件取引を通じて、自己の証券外務員としての成績優先の意図も少なからず有していたことが推認されるところである。
  加えて、被控訴人は、株式取引につき知識及び経験とも乏しい者といってもよいものであって、予め自力で各銘柄の特質や値動き等につき、調査する能力を備えておらず、本件取引における銘柄の選定や取引数量の指示、売買の時期の決定等については、控訴人Bが決めて電話で矢継ぎ早に推奨するのに対して、ほとんどその場で、事実上控訴人Bの推奨を鵜呑みにするしかない状態に置かれていた上、しばしば被控訴人が希望するのをはるかに超える株数の取引を強く勧められて断りきれず、結局のところ言いなりになるしかなかったものである。右のような本件取引の具体的な態様と、被控訴人と控訴人Bの専門性ないし能力にかかる明らかなる優劣関係に徴すると控訴人Bは、本件取引期間を通じて、取引の主導権を握り、被控訴人の口座を支配していたものと評価することができる。
  なお、控訴人らは、被控訴人は相当の金融資産及び不動産を有しているもので、本件一連の取引は、その資産を積極的に増加させることを目的になされたものである旨主張するが、被控訴人の所有する不動産は、その居住する土地建物であって投資資金として換金し得るものではないし、被控訴人の収入が主として寡婦年金に限られているところからすると、その金融資産も被控訴人及びその不要すべき家族の現在及び将来の生活費に充てられることが予定されているもので、投機的株式投資の余裕資金となるようなものではないことは前認定のとおりであり、被控訴人が控訴人らが主張する相当の資産を有していても、それを投資資金として本件一連取引を資産の積極的増殖を目的としたものとは推認できない。
  そして、以上のような被控訴人の属性、その投資資金の性質、投資運用目的、本件取引の特質や控訴人Bによる口座支配の事実に鑑みると、本件取引にかかる控訴人Bによる投資勧誘行為は、控訴人Bの個々の銘柄勧誘の理由には、それなりの根拠があり、同控訴人も、被控訴人の利益を上げさせ、或いは損失を取り戻すことも意識していたことを考慮に容れても、本件取引につき全体として、前記1で検討した証券外務員の信任ないし誠実義務に著しく違反する違法なものと評価すべきである。従って、控訴人Bの本件取引にかかる勧誘行為は、不法行為を構成するといわなければならない。そうすると、控訴人Bは民法七〇九条に基づき、また、控訴人会社は同法七一五条一項に基づき、被控訴人に対し、被控訴人が本件取引によって被った後記損害を賠償する義務がある。
3 他方、本件一連取引のうち、本件取引以外の取引、即ち、所沢支店における後任のE課長の勧誘にかかる取引と、大宮支店において再開された控訴人Bの勧誘にかかる取引については、いずれも、全体として、その投資額、取引頻度、取引態様とも、被控訴人にとって過大ないし不適合であったとまでは評価できないから、第一事件の被控訴人の請求のうち、これらの取引について控訴人会社及び控訴人Aの不法行為責任を問う部分は、理由がないというべきである。
三 争点2について
  前記第二の二の争いがない事実及び前記一の認定事実によれば、控訴人Aは、本件取引当時、所沢支店の支店長として控訴人Bの上司であり、使用者(控訴人会社)に代わって現実に事業を監督する地位にある、いわゆる代理監督者(民法七一五条二項)の地位にあったものと認めることができるところ、控訴人Bによる本件取引の勧誘は、控訴人会社の事業の執行につきなされたものである(前記第二の二3)から、控訴人Aも、民法七一五条二項に基づき、控訴人会社と連帯して、被控訴人が本件取引によって被った後記損害を賠償する義務があるというべきである。
  なお、前記一の認定事実によれば、支店長であった控訴人A自身、証券外務員の個人投資家に対する適正な投資勧誘のあり方や過当取引の問題点、規制・監督体制についての認識・理解が乏しく、指導、監督が不十分であったものといわざるを得ない。
四 争点3について
1 被控訴人が本件取引によって被った損害は、別表二のとおり、「買金額」(買付代金と諸経費の合計額)の合計(但し、未だ売付ができていない(=損益が確定していない)番号41・3、44、46の各株式の買金額は除く)と、「売金額」(売付代金から諸経費を控除した金額)の合計との差額である二七六三万〇七二九円の損失(被控訴人が自認する損失のとおり)であることが認められるが、そのうち、株式以外の証券取引により被った損失は、合計五五万七〇二〇円であるので、まず、これを控除すると、本件取引のうち株式取引によって被控訴人が被った損失は、二七〇七万三七〇九円となる。
  次に、公平の観点から、前記一で、被控訴人自ら注文して取引に及んだものと認定したものについては、被控訴人らに賠償させるべき損害から全額控除するのが相当である。即ち、別表二の番号10の大阪ガスの株式にかかる損失一四万一二七四円、番号24・1の宇部興産の株式のうち、被控訴人が希望した一〇〇〇株分にかかる損失(平成二年一〇月八日売付分の二分の一とみる。)一四一万八八〇二円、番号31の日立の株式にかかる損失三四万三八八六円、番号32・1と32・2の東芝の株式にかかる損失四五万七六七八円と一五万一八四二円、番号35の谷藤機械の株式にかかる損失一三万八九四五円及び54のイトマンの株式にかかる損失二二万二二八六円の合計二八七万四七一三円を控除すると、被控訴人が控訴人Bの不法行為によって被った損害額は、二四一九万八九九六円となる。
2 次に、前記一の認定事実によれば、被控訴人も、本件取引において、遅くとも比較的初期の段階である平成二年六月ないし七月ころまでには、口座担当者のCから、「控訴人Bが買っている銘柄は高すぎる。」、「株でない方がよい。」などと、控訴人Bの勧誘する銘柄等につき問題があることを助言ないし示唆されていたが、少なくとも平成二年八月二日のイラクのクウェート侵攻前までは、控訴人Bに推奨された個々の銘柄については、一応納得して買い付けていた点、被控訴人自身、右イラクのクウェート侵攻による経済情勢の変化(株価暴落)については、報道により明確に認識しており、控訴人Bに相談するまでもなく、この時点で、自ら取引を控えることを選択する余地も十分あったことが認められるところ、このような助言・示唆や経済情勢の変化にも拘わらず、自ら取引を継続した点、更に、右時期以降の取引ついては、被控訴人自身も気が進まないものが多く出てきて、控訴人Bの勧誘に対して直接返事せず、口座担当者に聞いて欲しいなどという言葉で応じることにより、抵抗の意を暗に示したのみで、控訴人Bらの積極的な意思の封殺ないし無視があった訳でもなかったのであるから、自らの意思で控訴人会社との取引を終了させられたにもかかわらず、右控訴人Bの勧誘に軽率に応じて、それまでの損害の回復を図るために従前と同様な態様で漫然とその取引を継続していた点において、被控訴人にも、いわゆる自己責任の原則の観点から、本件取引による損害の発生・拡大につき、少なからぬ落ち度があったものと評価することができる。
  そして、これまでに検討した控訴人Bの本件取引への勧誘行為の態様、違法性の程度、被控訴人の落ち度の内容・程度、被控訴人の属性等、本件に現われた一切の事情を斟酌すると、公平の観点から、被控訴人らに賠償させるべき損害額は、前記1の損害額から過失相殺により五割を減じた一二〇九万九四九八円とするのが合理的と思料される。
  従って、控訴人会社と控訴人Aは、被控訴人に対し、連帯して一二〇九万九四九八円及びこれに対する被控訴人が起算点とした平成六年三月五日(=本件一連取引終了の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり(第一事件)、控訴人Bは、一二〇九万九四九八円及びこれに対する被控訴人が起算点とした平成三年七月一二日(=本件取引終了の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある(第二事件)といわなければならない。

第四 結論
 以上のとおりであるから、被控訴人の本件請求は、控訴人らに対して、各自金一二〇九万九四九八円及びこれに対する控訴人会社及び控訴人Aに対して継続的不法行為の終了日の翌日である本件一連取引の最終日の翌日である平成六年三月五日から、控訴人Bに対する継続的不法行為の終了日の翌日である本件取引の最終日の翌日より後である平成六年七月一二日から、それぞれ支払済みまで民法所定年五分の遅延損害金の支払を求める限度において理由があるので認容すべきであるが、その余は理由がないので棄却すべきである。
 よって、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとして、主文のとおり判決する。

東京高等裁判所第一六民事部

裁判長裁判官  鬼頭季郎

裁判官  慶田康男

裁判官  廣田民生