大阪地方裁判所平成10年(ワ)第8706号  平成12年4月18日和解

  原告代理人  白出博之、原野早知子    被   告  エース証券株式会社

     請求額  963万3278円           和解金額  450万円


              請 求 の 原 因
第一 当事者

一 原告
  原告は、昭和七年生まれの主婦であり、平成三年二月以降、被告の顧客として証券取引を行っていた者である。              
二 被告
  被告は、大蔵大臣の免許を受けて証券業を営む証券会社であり、被告阿倍野支店において原告らの証券取引を担当した営業社員は、X(以下Xという)である。

第二 原告と被告との取引の経過

一 取引の開始
1 原告の平成三年以前の株式取引
  原告は、昭和六一一年頃から、株式の現物取引を始めた。原告に実母B(以下Bという)の意向により、原告がBの資産を運用していたものである。取引は、これもBの意向で、原告名義の外、原告の長男C(以下Cという)や、次男D(以下Dという)の名義でも行っていた。CやDには株式取引のことは一切知らせておらず、現実には、原告がC、Dの名前で株式取引をしていた。
  平成三年二月当時は、原告は主としてO証券株式会社と取引をしていたが、実母の財産の運用であり、また、原告が主婦で経済的な知識も乏しかったことから、営業員から安全である旨勧められた現物株式に限定して、取引をしていた。
2 被告営業員Xによる投資勧誘
  原告は、被告阿倍野支店の営業員Xの次のような勧誘により、被告の顧客として株式取引を開始した。
  Xは、平成三年二月以前から何度か原告宅に飛び込みで営業に来ていた。その際、Xが「外で取引がありますか」と原告に尋ねたので、原告はO証券株式会社で現物株式を保有していることを教えると、Xは「O証券で取引している株を売りなさい」「それ以上にこっちで儲かりますから」「これは絶対間違いない。いっぺん買うてみて」などと強く勧めた。
  そこで、原告は、それまでO証券を通じて取引していた株式を売却し、Xの勧めた日東粉の現物株を購入することにしたが、その後同取引は、平成三年八月以降、一時中断し、平成四年六月二三日にセーレン現物株買いがあるのみで、平成五年二月まで取引は行われなかった。

二 国内株価指数オプション取引による損失の発生(平成五年)
1 無断取引による損失の発生(一回日のオプション取引)
  原告の取引は平成三年八月以降中断していたが、平成五年二月四日、クリエート現物株購入により、現物取引が再開された。
  原告は、この時期まで、現物取引以外の種類の証券取引を行ったことはなかった。
  ところが、Xは、原告に無断で、平成五年四月二日からC名義で国内株価指数オプション取引(以下「オプション取引」という)を開始し、五月三一日までの表の取引で、合計八六万一五八七円の損失を発生させた。
  この点、オプション取引については、平成五年四月一日付で、C名義の「株価指数オプション取引口座設定約諾書」及び「株価指数オプション取引に関する確認書」が作成されているが、しかし、これらは、原告に内容を理解させないまま、Xが書かせたものであり、原告は、Xが「オプション取引」なる取引を行っていることすら気づかぬままだったものである。
2 二回目のオプション取引
  原告は、Xの行った右本件オプション一回目以後、被告での預り金口座の残高がゼロになっていることに気づいて不審に思い、Xに「こういう損、何でするの」と尋ねたところ、Xは「これは信頼関係の仕事やから私に任せなさい」と言って取り合わなかった。しかし、原告は不信感を拭えなかったため、Xに「一回支店長を呼んでほしい」と頼んだ。
  このため、被告阿倍野支店のY支店長が、平成五年夏頃、原告宅を訪れた。その際、Y支店長は、同行したXに「お前はこんな大きい取引ばかりしたらあかん。もっと細かいのをやれ」と注意し、Xはうなずいていた。また、Y支店長は「責任もって指導する」「お金も元通りに戻させます」というので、原告は支店長を信頼して、引き続きXに取引を任せることにした。
  しかし、このとき、「オプション取引」という言葉はXの口からも、Y支店長の口からも出なかったため、原告は、損が出たのがオプション取引のためであることはもちろん、Xがこれまでの現物取引とは異なる取引をしていることにすら気づかなかった。
  このようなやり取りの後、Xは、平成五年九月三日から一二月二七日にかけて、再び、原告に無断で、C名義でオプション取引を行い、一連の取引により、二六一万六八一三円の損失を出した。

三 再度のオプション取引と無断の信用取引
1 三回日のオプション取引
  Xは、平成七年五月三一日から七月七日にかけて、原告に無断で、C名義でオプション取引を行っていた。この一連の取引により、一〇一万六三二四円の損失が発生した。
  三回日のオプション取引の途中で、原告がXに「お金を返して」と言ったところ、Xは「こっちにつかっている」「オプションだ」「この取引は奥さんに話しても分かりません」「できるのは会社でも僕だけ」等と答えた。原告は、このとき初めて「オプション」という言葉を聞いたため、O証券と取引していたときに担当だった営業員に「オプション」とは何かを尋ねた。すると、「オプションというのは、専門性の高い取引で、シミュレーションをやらないとできない」との返答であった。
2 無断の信用取引開始
  平成七年八月三日、Xは、平成四年一〇月六日付で設定していたC名義の信用取引口座を利用して、原告に無断で信用取引を開始した。
  平成四年一〇月六日に信用取引口座設定約諾書が作成されているが、同約諾書は原告の意思に基づいて作成されたものではない。すなわち、原告は、糖尿性の網膜症で視力が極めて悪いため、重要な書類は自分一人の判断で署名しないように気をつけていた。しかし、Xは常々急いで書類を持ってきては、「奥さん、ちょっとこれ書いて下さい」等と言って原告に署名をさせていたので、そうした機会に、内容を把握しないまま、信用取引口座設定約諾書に著名してしまったものである。
  最初にXが購入した、東芝タンガロイと東リの信用株について、Xから購入の報告があったので、原告は「お金はいらないのか」と尋ねた。すると、Xは「この売買はお金もいらない」「今日買って、今日売りました。お金いりません。もうかってますよ」などと言ったが、信用取引であるとの説明・報告は一切原告にしなかった。
  また、前述のように、原告は信用取引口座設定約諾書の内容も分からないまま、同文書に署名をさせられていたので、Xが信用取引をしているなどとは思いもよらなかった。
  ところが、その後たまたま、月次報告書を見返していたときに原告は「信用取引代用」という記載に気づき、Xに確認して、信用取引を行っていることを知った。原告は、夫のEから「信用取引は恐い」と訊かされていたため、自分の知らないうちにXが信用取引を開始していたことに驚き、Xを自宅に呼んでどうしてくれるの」「勝手にやったことは勝手にして」と怒鳴りつけた。
  しかし、その後も、Xは、C名義の信用取引口座での信用取引を辞めようとはしなかった。

四 詐欺的言辞による無断売買の穴埋め
  平成八年八月ニ○日ころ、Xが信用取引で購入していたノザワ株で損が出ていることを原告に知らせ、「損が出ているので金を入れてほしい」と依頼してきた。
  しかし、原告は、信用取引でノザワ株を購入していることは知らされておらず、無断購入であったため、「そんな話は知らない。株を辞める」と返答した。ところが、Xが、「現物のベルシステム、良品計画の株を売って立て替えてくれ」と更に頼んだため、原告は、一時立て替えておけば、立て替え払いした金額を被告が返還してくれるものと思い、三七四万五七九七円を支出して、ノザワの信用株を現物で品受けした。
  原告は右の費用を捻出するため、Xの指示にしたがって、C名義で購入していたベルシステムと良品計画の現物株を売却したところ、ベルシステムは三一万四五三九円、良品計画は七万二三六八円の損失が出た。
  原告は右のノザワ株品受け費用は、被告が後に補填してくれると信頼していたが、Xは約束の金員を支払わないままだった。

第三 被告の行為の違法・不当性

一 被告営業社員Xは、本件オプション取引、本件信用取引の各勧誘にあたって、次のとおり違法不当な行為を行ったものである(以下「本件違法不当行為」という)。
  本件一連の取引は、証券会社たる被告及びXが負担していた「誠実公正義務」「(委託契約上の)善管注意義務」「適合性原則(順守義務)」に違反する「当該投資者の投資知識・経験や投資意向あるいは資金の量と性格に適合しない、数量と頻度の高い証券取引」であること、またそのような一連の取引が、原告のXと被告に対する盲目的な信頼を背景に、Xから取引に関する十分な情報提供を欠いたまま、Xによる実質的一任売買(一部無断売買を含む)の態様で遂行されたことに特徴がある。

二 被告の立場の確認
1 被告は、証券会社として顧客たる原告に対し「誠実公正義務」を負う事業者であり、Xもまたその使用人として同様であった(証券取引法第四九条の二)。
  そもそも、被告は証券業務を「公正かつ的確に遂行できる知識及び経験を有し、かつ十分な社会的信用を有する」と認められ、大蔵大臣より証券業の免許を得ている専門事業者である(証券取引法第二条二号)。また、Xも証券外務員として大蔵省に登録された者=登録外務員であって、その所属する証券会社=被告に代わって、有価証券の売買に関して一切の(裁判外の)権限を有するものである(証券取引法第六二条、同第六四条)。
  そうであれば、被告とXが「顧客(原告)に対して誠実かつ公正にその業務を遂行しなければならない立場」にあったことは明らかである。
2 被告とXは、証券売買取引を継続して被告に委託する(委託者)原告に対して委託契約(ないしは継続的取引関係)に基づく「善管注意義務」を負う者であった。
  特に、原告らが本件一連の取引にわたってX(及び被告)を信頼して、多額の資金の殆どをX(及び被告)に委ねて証券取引を継続してきたのであり、このような強度の信頼関係を基礎として、被告とXの善管注意義務もまた、高度なものに加重されていたというべきである。
  改めて言うまでもなく、法律行為の委(受)託にあたっては、受託者は「善良な管理者の注意」をもってその委(受)託業務を処理しなければならない(民法第六四四条)。
  しかも、この委(受)託事務処理のための善管注意義務は、「受託(任)者が、専門的な知識・経験を基礎として、素人から当該事務の委託を引受けることを営業としている場合、とりわけ当該業務を営業とすることが何らかの形式で公認されている場合には」「受託(任)者の注意義務は当該事務についての周到な専門家を標準とする高い程度となる」のみならず、「委託(任)者が事務を処理する方法について指示を与えたときは、受託(任)者は一応これに従うべきであるが、その指示の不適当なることを発見したときは、直ちに委託(任)者に通知して指示の変更を求める」ことまでをも必要とする高い程度のものとなる(我妻栄「民法講義」債権各論中巻「委任」)。
  被告(及びX)は、まさに証券取引の専門事業者としての知識・経験を基礎とし、素人である一般投資者から証券売買の委託を受けることを営業としており、かつその業務を営業とすることを免許という形で国家から公認されているのであるから、その委託事務の処理にあたっては、前述した「周到な専門家を標準とする高度の善管注意義務」が要請されていたことは明らかである。
  なお、この善管注意義務は、顧客の証券売買委託の執行段階においてのみ要請されるのではなく、同委託の勧誘(換言すれば投資勧誘、購入勧誘)の投階においても要請されている。なぜなら、同勧誘もまた、公認された専門事業者としての証券会社によって行なわれており、一般投資者において「証券評価が複雑なものであって」「独力で適切な評価をなるのは極めて困難」であることから「豊富な情報と経験及び的確な分析能力を有する証券会社及びその従業員を信頼してその判断に頼り勝ち」となっており(大阪高裁平成六年二月一入日判決判夕八七二号二四八頁)、証券会社の投資勧誘を信頼し依存して証券売買を行なっている実情にあることから、証券売買委託の勧誘の段階においても妥当すると解しなければ有名無実なことに帰するからである(神崎克郎「証券取引規制の研究」一七八頁)。
3 被告とXは、投資勧誘における「適合性原則」を順守すべき義務を負う者であった。
  「適合性原則」とは、「投資者の意向と実情に則した取引を行なうこと」であり、「投資勧誘に際しては、投資者の意向、投資経験及び資力等に最も適合した投資が行なわれるよう十分配慮すること」(大蔵省投資者本位通達、証券取引法五四条一項一号)だが、被告とXは、原告の投資知識、経験、投資意向及びその資金力等に最も適合した投資勧誘を行ない、業務遂行にあたるべき立場にあり、少なくともこれらに適合しない投資勧誘、業務遂行を行なってはならない立場にあったのである。
4 被告とXは顧客である原告に対し、前記の誠実公正義務及び専門家として高度の善管注意義務を負担していたことからして、顧客たる原告が本件各取引に関する意思決定をするのに十分なだけの情報を提供しなければならない情報提供義務(説明義務)を負う者であった(健全性省令第二条一項、同第三条三項。投資者本位通達一、証券従業員規則第九条三項五号、同第九条の二第二号)。
5 断定的判断の提供
  さらにXは、有価証券取引の勧誘及び購入にあたって、価格が確実に値上がりするかのような断定的判断を提供してはならないにもかかわらず(証券取引法第五〇条一項一号、証券従業員規則第九条三項一号、同第九条の二第三号)、確実に利益が得られるとの断定的判断を提供した.そしてその旨原告を誤信させてオプション取引に踏み切らせた。
6 被告とXは顧客である原告に対し、「委任の本旨又は金額に照らし過当な数量の売買取引を行なってはならない」とされている者でもあった。
  証券取引においては 「売買の別、銘柄、数量、価格について、個別の取引ごとに指示を受けないで行うという「売買一任勘定取引」は原則として禁止されており、例外的に許容される場合であっても、「当該契約の委任の本旨又は当該契約の金額に照らし、過当と認められる数量の売買取引を行ってはならない」のである(証券取引法第五〇条一項三・四号、同第一六一条参照)。
7 他方、原告は、Xを通じて被告に対して強い信頼を寄せていたものであるが、このような原告の信頼は、決して法的保護に値しない一人よがりの信頼にすぎないものではない。それどころか、被告とXが、右のとおり証券取引法に基づいて顧客に誠実公正義務(第四九条の二)や適合性原則順守義務(第五四条一項一号)を負う事業者とその従業員であり、登録外務員であることに照らして、また証券売買の委(受)託に関する継続的取引関係にあって委託者に対して善管注意義務(民法第六四四条)を負っていることに照らしても、極めて正当な信頼であって、当然、法的保護に値するものである。

三 このように、本件事件は、証券取引の専門事業者たる被告(具体的にはX)が、顧客たる原告に対して誠実公正義務、適合性原則順守義務、善管注意義務、情報提供義務等を負っているにも拘わらず、逆に、原告の絶大な信頼に乗じ、実質的一任売買の態様の下、そのリスク、数量等において原告の投資経験と投資意向に適合しない取引を主導し、その結果、自らが多額の手数料収入を獲得する一方で原告らに多額の損害を与えたという、極めて悪質な違法行為事件である。

第四 原告の損害賠償請求権

一 原告は、被告の本件違法不当な勧誘行為を受けた結果、本件各取引を行い、その代金を支払ったものである。
   しかるに本件違法不当行為は、本件各取引の締結交渉過程における取引の信義則上の注意義務に故意・過失をもって違反するものとして被告の債務不履行(民法四一五条)であり、また、社会的相当性を逸脱した行為として不法行為(民法七〇九条)であるから、これらに基づき、損害賠償請求権を有するものである。

二 原告の被った損害金額
1 オプション取引による損害       金四四九万四七二四円
  原告は、被告の違法不当な勧誘行為の結果、別表1記載の三回にわたるオプション取引を行い、このため合計金四四九万四七二四円の損害を被った。(各回の損害の内訳は、一回日金八六万一五入七円、二回目金二六一万六八一三円、三回目金一〇一万六三二四円である)
2 信用取引による損害          金五一三万八五五四円
  原告は、被告の違法不当な勧誘行為の結果、別表2記載の一連の取引を行い、このため、金二〇六万九五二四円の損害を被った。
  加えて、原告は、別表2中の43番の取引で、信用買いしたノザワの株式五〇〇〇株を現物引受けし、現在も所有している。右株の信用買い及び現物品受に要した金額は、金三七八万九〇三〇円(現物品受の代金七三五円×五〇〇〇株・三六七万五〇〇〇円に、手数料・消費税・取引税・金利等を加えたもの)だったが、ノザワの株式は原告が信用買いして以降、大幅に値下がりしているため、平成一〇年八月六日付の株価(一四四円)で計算すると、現在所有している五〇〇〇株の現物株の価値は金七二万円に過ぎない。現物品受に要した費用三七四万五七九七円との差額金三〇六万九〇三〇円は、信用取引をしなければ発生しなかったから、これも、被告に信用取引をさせられたことにより原告が被った損害である。
  したがって、信用取引による損害は、合計金五一三万八五五四円である。
3 以上より、原告が被った損害の合計額は、金九六三万三二七八円である。

第五 結 論
   以上より、原告は被告に対し、損害賠償金として金九六三万三二七八円を請求するとともに、右金員に対する本訴状送達の翌日から、民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うよう求める。

(別表省略)