一、過去の投資経験について   控訴人は、被控訴人の過去の投資経験を持ちだし、株式取引が投機的取引だという驚くべき主張をなしたうえ(一般には投資的取引と呼ばれ先物取引を典型とする賭博的要素の強い取引とは区別されている)、被控訴人には株式取引の経験があるので、証券取引に関する知識・経験が十分にあると主張している。   しかし、オプション取引は、既に何度となく繰返し述べたように、その取引の目的、仕組み、難解性、危険性からして、一般の株式投資などと比較しうべくもない異質の危険性の高さを併せ持つ取引であるから、過去の投資経験を云々するのは、そもそもが誤った主張立証である。むしろ、オプション取引は株式取引とは全く違う異質のもの(投機そのもの)だと説明理解させ、その危険性について注意喚起すべきである。それを、控訴人らのように過去の株式経験を持ちだし、株式取引をしていた者ならば、誰でも容易に理解でき、行える取引だと位置付け、説明するのは、全くの欺瞞以外の何ものでもない。   過去の株式取引経験を参考にするのは全くの誤りである。 二、甲第二二号証の二について  1、甲第二二号証の二(以下、意見書と言う)は、当職の意見照会に対する意見書である。作成者は、意見書添付の経歴書にあるように現在東海大学教養学部で教鞭をとる新保恵志助教授である。同氏は、一橋大学経済学部卒業後、日本開発銀行、住友信託銀行でワラント、オプションなどのデリバティブ(金融派生商品)を調査分析する業務を担当し、「デリバティブ」(中公新書、甲一二)を始め多数の金融関係の本を著している。新保氏は銀行員時代に多くのデリバティブ取引を経験し、仕組み、リスクをわきまえた実際の実務家の立場から、本件取引の内容を分析しているものである。  2、当職が新保氏に意見照会したのは、原判決の認定事実の中で核心部分とも言える三九頁C以下の部分の合理性である。即ち、被控訴人が「ロールオーバー」という手法について異議なく承認したことについて、オプション取引の仕組み及び危険性について理解していたと言えるか否かという点である。 分析の対象となった一審判決書を添付書類として表示したが(甲二二の一)、新保氏にはその他原審準備書面、陳述書、それに関連する甲、乙号証を六月初旬に併せ資料として提供している。新保氏はこれら資料に目を通され、当職が意見照会書という形で意見書を書いて戴くことにし、それを送付したのが六月二三日であった。従って、新保氏は本件取引関係については十分に把握されている。  3、意見書は、まず本件株価指数オプションの基礎的概要を解説したうえ、オプションプレミアムの価格の意味を明らかにし、最後にロールオーバーという手法が意味するものを説明している。ロールオーバーは、とりもなおさず損失を拡大させる確率が高い方法にほかならず、この意味内容・危険性を被控訴人が理解していたならば、採用、承諾する筈のないものだったと結論づけている。   至当の結論である。  4、意見書における重要な指摘は、オプションプレミアム(手数料額)の意味である。即ち、    オプションの買い手から見た場合、プレミアムが安いというのは、オプションによって利益の得られる確率が低いということであり、プレミアムが高いというのは、オプションによって利益の得られる確率が高いと言うことである。これに対し、オプションの売り手から見た場合、プレミアムが安いということは、権利行使される確率即ち、損失が発生する確率が低いということであり、プレミアムが高いということは、権利行使される確率即ち、損失が発生する確率が高いということである。この関係については、控訴人平成一二年七月一三日付け準備書面でも争っていない。   つまり、高いプレミアムのオプションを売るということは、低いプレミアムのオプションを売る場合と比べて、予想される損失額(期待損失)が大きいので、損失を被るリスクも大きくなるのである。つまり、オプションの売り手が高いプレミアムのポジションをとると、権利行使される確率、期待損失が膨らみ、リスクも一層拡大していくことを覚悟している筈だということになる。  5、意見書は、このプレミアムの意味を押さえたうえで、本件取引を分析している。    まず、本件取引でストラングルの売り、ストラドルの売りから入っているのは、利益が限定される反面、損失は無限大に膨らむ可能性をはらむから、資産が潤沢にある訳でもない個人投資家が売りから入るのは危険すぎると指摘している(九頁)。そして、より大きな問題として、ストラングルの売りによって発生させた損失を帳消しにするため、一単位あたり、高額なプレミアムの売りを行っている点にあるという(これを○○は「ロール・オーバー」と呼んでいる)。この意味するところは、低額のプレミアムのオブションを売る場合に比べて、予想される損失額(期待損失)が大きい、即ち、一単位当たりのプレミアムが高額のものほど権利行使される確率が高いうえ、期待損失も大きく、損失を被るリスクが大きいということである。プレミアムが大きくなればなるほど、権利行使される確率も、期待損失も大きくなり、リスクが一層拡大するからである。   そして、本件取引において、平成九年五月七日に、これまでの損失(五、四〇八、四二五円)を帳消しにするため、これまでとは比べものにならないくらい高額のプレミアム(一単位一、九八四、九一六円のコールオプションを三単位合計五、九五四、七四八円売建)を得て、権利行使される確率を高め、期待損失を膨らますのである。あにはからんや、一ヶ月後の決済日(受渡日六月一八日)には、日経平均株価指数は二五〇〇円以上下ることもなく、二〇五二八円三五銭となり、権利行使を受けて四、二八七、八五〇円もの損失を被ったのである。   このような危険極まりない(競馬で言えば、大穴を狙うような)取引をすることを被控訴人が理解して取引していたとは到底信じられないと結論づけるのである。  6、即ち、意見書の結論は、取引の流れを分析すれば、個人投資家が一般にはとらない危険極まりない取引をしており、これはとりもなおさず、被控訴人本人がオプション取引を理解していなかった証左に他ならないとしているのである。 三、甲第二三号証について   これは、控訴人平成一二年七月一三日付け準備書面について、当職が新保氏に意見照会を求め、反論して戴いたものである。  1、控訴人は、「オプションの売りがオプションの買いよりも利益を獲得しやすい個人投資家向け」と主張している(二枚目五行目以下)が、損失が無限大になるオプションの売りが個人投資家向けというのは詭弁以外のなにものでもないと指摘している。オプションの売りが取引として成立するのは、独自の統計的分析に基づいて専門家として分析したうえ、リスクを十分に理解した機関投資家がいるためであって、そのような分析能力、リスク負担力をもたない個人投資家がいるからでない。  2、また、控訴人が「権利行使されても利益を獲得できる可能性は低プレミアムのオプションの売りよりも高く」とか「損失拡大の可能性のみが高くなるというわけではない」と主張しているのは、全く意味不明、論理的説明欠如だと批判されている。  3、そして何より、控訴人が「実現損を一切払わず損失を挽回したい」と強い要望に基づきロール・オーバーという手法がとられたと主張している点につき、論理的矛盾以外の何ものでもないと指摘している。そもそもロール・オーバーは、実現損を一切払わず損失を挽回する手法などでない。多額の損失発生に対し、それを穴埋めするためさらに危険度の高い高プレミアムのオプションの売りを行い、その結果、権利行使の確率が高まり、期待損失額が特段に膨らんでいく手法であって、控訴人の主張は主張自体失当なのである。 四、甲第二四号証について   「金融工学の挑戦」中公新書二〇〇〇年四月、今野浩東京工業大学教授著。これは、一般投資家がオプション取引において、コールやプットを売るべきでないと戒めている書籍である。売りから入るのは、損を覚悟で遊ぼうというギャンブラーと同じだとまで比喩している。控訴人らは、被控訴人にかかる取引の危険性につき全く説明、理解させていないのである。 五、原判決の過失相殺は不当   原判決は、新保氏の指摘したようにオプション取引の危険性、一般投資家に対する不適合性を判断しているものの、過失相殺の割合を大きく取りすぎていることは重大な欠陥である。   本件取引の危険性、欺瞞性、賭博性からすれば過失相殺を行うのは相当でない。 以上