第一、説明義務違反についての補充主張    本件は適合性原則に違反するばかりでなく、説明義務にも違反しており、被告らの不法行為責任は免れない。  一、説明義務に関する近時の判例    証券取引に関する判例の中で、説明義務についてふれる判例は多数あるが、二件の高裁判例を指摘する。   1 東京高裁平成八年一一月二七日判決(甲二〇、判例時報一五八七号七二頁、上告棄却、確定)   「証券会社及びその使用人は、投資家に対し証券取引の勧誘をするに当たっては、投資家の職業、年齢、証券取引に関する知識、経験、資力等に照らして、当該証券取引による利益やリスクに関する的確な情報の提供や説明を行い、投資家がこれについての正しい理解を形成した上で、その自主的な判断に基づいて当該の証券取引を行うか否かを決することができるように配慮すべき信義則上の義務(説明義務)を負う」。   2 大阪高裁平成一〇年四月一〇日判決(甲二一、証券取引被害判例セレクト8、九七頁、確定)    「証券会社が特定の銘柄を推奨して一般投資家を証券取引に勧誘する場合には、顧客がすでに当該投資商品の取引を熟知している場合を除き、原則として当該商品の取引に不可欠な商品の構造や、取引価格の形成・変動の仕組み、取引による利得や損失の危険などについて十分な説明を行い、それについて顧客の理解を得たうえで、顧客自らの責任と判断で取引ができるよう配慮すべき信義則上の義務がある」。   3 これら判決は、いずれも、証券会社の説明義務が形式的に履行されるだけでは足りず、投資家自身が正しく理解できる程度の説明が必要だとしている。従来の判決例がともすれば、投資家の自己責任を片面的に強調し、証券会社の注意義務を軽減していたものであったが、右の判例はこの姿勢を転換し、自己責任原則の前提条件の具備・実現を求め、証券会社の注意義務を重視する姿勢に変わっている。   4 この点、原判決も同様の理解を示しており、三六頁最終行以下で、「説明義務とは、単に説明すべき事項を顧客の面前で述べれば果たされるのではなく、これを顧客に理解させて初めて説明義務が果たされたと言える」と的確な判断をしている。  二、控訴人(第一審被告)は、説明義務が履行されているとして、縷々主張するが、その前提となる説明義務の内容は形式的なもので、「投資者に必要な情報を提供する義務」程度にしかとらえておらず、投資家が正しく理解できる程度に説明を尽くすべき義務ととらえていないという根本的な誤りがある。    控訴人準備書面によると、控訴人が説明義務を履行した根拠として次の事項を指摘する。@オプション取引の勧誘と説明の行われた当時は被控訴人が日本債券ベア型オープンによる含み損発生に激怒していた時期であり、オプション取引を理解しないままにオプション取引を開始することがあり得ない。AA及びBの説明が簡易かつ平易なものでオプション取引を理解するのに充分なもので、特にBの説明は株価チャートを利用しながら損益分岐に関する説明をビジュアル面からも分かり易く行われ、オプションの売り方に関する最大リスクの説明場面において保険契約の例まで出して説明している(第二、九、一〇、一一項)と。  三、果たして、控訴人のオプション取引に関する説明で、被控訴人は自らの責任と判断で取引出来る程度の正しい理解をしたのであろうか。否である。    「説明」というのは個人対個人の会話で行われる極めて個別具体的な作業である。従って、「説明」の有無は、その時「説明」を受けた人間の立場に立って、その心情、能力をふまえながら、認定すべきものである。Bら被控訴人担当者の言い分を上っ面になめるだけでは全く足りない。   1 オプション取引勧誘当時(平成八年一〇月末)、被控訴人はオプション取引をする気持ちも興味もなく、オプション取引という言葉すら初めて聞いている。オプション取引をするという積極的な動機もなかった。被控訴人は、日本債券ベア型オープンによる含み損発生に怒っていたが、そのことが未知のオプション取引をしようという動機につながるものでもなかった。   2 そもそも、被控訴人は、・・・(注・プライバシーに関わる記載であるため割愛した)。そのような人間がBによる短時間の説明で、難解なオプション取引を直ちに理解することは出来ない。オプション取引は、株式取引ではおよそ使わない用語を使い(「ストラドル」、「ストラングル」、「SQ」、「プット」、「コール」、「オプション」、「ダウ」等々)、株式取引とは全く異なる仕組みで取引され、株式取引が主として投資を目的とするのとも異なり(ヘッジ目的)、投資指標(プレミアム、ボラティリティ、短期金利等)も複雑である。これらのことを短時間で理解出来る人間はいまい。まして被控訴人の知能レベルでは困難である。さらに、被控訴人はBの説明に受け身であったから、より一層理解困難である。尚、参考までに、別件訴訟の判決で大和證券の支店長ですらオプション取引はよく分からないと自認(東京地裁平成六年六月三〇日判決判例時報一五三二号七九頁)しているほどである。   3 控訴人は、オブション取引の売り方の最大リスクについて、保険契約の例を出して説明したと主張する。しかし、被控訴人がもし、売り方の損失の無限定性を理解したならば、損の発生を非常に嫌っているのでオプション取引開始に躊躇するか、そもそも応じないとするのが通常の態度である。しかし、被控訴人がそのような態度を示したことは一切ない。     オプション取引のリスクは、現物株式取引におけるリスクと質が異なる。株式取引でリスクというとき、購入価額から大きく時価が値下りすることや、発行会社自体が倒産して紙切れになることを意味するが、後者の上場会社の倒産というのはめったにあるものでなく、前者の場合でも、値上りまでずっと保有する(所謂「塩漬け」)ことでリスクを回避出来る可能性がある。ところが、オプション取引は全くのゼロサムゲームで、値上がりまで待つということは一切出来ず、オプション市場のルールで期限までに必ず損の吐き出しをしなければならない。現物株式取引しか経験のない者ならば、オプション取引のリスクを理解したならば、その点の懸念を質問したり、取引開始を躊躇するような言動をとるのが普通である。しかし、被控訴人にそのような言動は一切ない。   4 実際、オプション取引開始要件となっている担保差し入れについて、代用有価証券を担保として差し入れているが、これが全て無くなる可能性もあることを気が付かず、全く躊躇なく控訴人会社に差し入れている。  四、原判決も指摘する説明義務の不履行     原判決は三七頁以下で、次のような被控訴人の具体的な言動を指摘して、説明義務を履行していないと断じており、至当である。 A 「本件オプション取引の大部分はA乃至Bが相場判断を示すと共に取引を勧め、被控訴人が勧められるままにこれに応じるという形でその余は、Aが被控訴人の了解もなしに取引をし、被控訴人の事後承諾を得るという形でなされた。被控訴人が自らの判断で取引を指示したことはなく、AやBの勧めを断ったこともなく、その勧誘内容に疑問を述べたり事後報告に苦情を述べたりした形跡すらない。被控訴人は全面的にAやBに異存していたのであって、自ら投資判断をしていないというべきであり、する能力もなかった。」 B 「日本債券ベア型オープンの取引による損失発生の際に、厳しく怒り、控訴人会社の取引を止めるとまで言うほど損失発生に敏感であった控訴人がいきなり損失が無限大となる危険性のある売りから入り、しかもその後も売りを繰り返したのは理解し難い。」 C 平成九年一月一六日、同年三月一九日、同年五月七日の取引を具体的に指摘して、「この取引経過を見ると、累計で損失を計上しないことだけを至上目的として取引が行われているように窺われる。そのため高額のプレミアムの取れる(従って、将来権利行使されて多額の損失を被る可能性の高い)プットないしコールを売り(従って、帳簿上は累計としての損失は計上されないが、現実には極めて大きなリスクを抱えることになる)、結果として、大きな損失を出し、これを帳消しにするため、更に危険な売りをしてより大きなリスクを抱え、リスクのみが雪だるま式に拡大する結果となっている。」そして平成九年五月九日、六月一三日の取引を具体的に指摘して「累計で損失を計上しないために、損失を先送りにした結果、最終的に莫大な損失を被ることになってしまった」「Bは、この手法を『ロールオーバー』といい、被控訴人の了解を得てこの手法を採用した旨供述するが信用出来ない。なぜなら、この手法は、損失を先送りして決算期等を乗り切りたい会社等にはメリットがあるだろうが、個人投資家にとって、そして原告にとってもリスクが急速に拡大するデメリットがあっても、何らメリットが考えられないからである。そして、AやBからこのような取引を勧められた被控訴人が何らの異議を述べることなくこれを承認したということは、被控訴人がオプション取引の仕組みや危険性について全く理解していなかったことを裏付けているという外ない。なお、右の『ロールオーバー』の手法は、原告から全面的な信頼を得て本件オプション取引を勧誘していたAや○○にとってみれば、損失が出ていることを原告に秘匿し、原告との取引の破局を先延ばしして挽回のチャンスを得るメリットがあったことは考えられる」と認定している。  五、この『ロールオーバー』について、控訴人は、この手法を被控訴人に提案したのは、平成九年一月限月の取引について損失発生となる見込みを伝えた際に、被控訴人が損金支払いは困るというので代替案として協議の結果提案されたものだと主張し、損失が出ていることを原告に秘匿する目的などないと主張している。    しかし、ここで問題なのは、損失発生の秘匿とかいうことでなく、被控訴人が、控訴人らの説明で、オプション取引について自らの責任と判断で取引出来る程度の正しい理解が出来ていたか、そして、それが被控訴人の具体的な態度、行動に表れていたかということである。    そもそもオプション取引開始のきっかけは日本債券ベア型オープンで三〇〇万円の損失が発生したことであった。この損失を取り戻すため、控訴人がオプション取引を提案し、被控訴人は取引開始を了解したものの、損失発生を極度に嫌い、それを念押ししていた。そのような人間が莫大な損失拡大の可能性ある『ロールオーバー』という手法を、本当に理解していたと言えるのであろうか。    平成九年一月限月の取引で二六三万円の損失が出た。この損失発生につき○○は被控訴人と協議したと主張しているが、この点でのBの供述には公判廷供述、陳述書等、で変遷があって信用性がなく、そもそも協議はなかったと被控訴人は主張しているが(平成一一年七月一二日付け準備書面二九頁以下)、仮に、この点を置くとしても、日本債券ベア型オープンとほど同額の損失を出したうえで、さらに『ロールオーバー』の手法により、同年五月七日コール買戻で金三三三万円の損失、同年六月一三日の権利行使で金一〇〇〇万円の損失を被るような取引に突き進むのか(即ち、オプション取引を建てるときに損失を当然予測出来る)、ということなのである。    原判決が具体的な取引経過を指摘しているのはこの趣旨である。控訴人は、オプション取引について説明をしたとか、協議をしたとか、被控訴人の要請に応じたとか、形式的な主張をしているが、全く中味のない主張なのであって、被控訴人がオプション取引、ロールーバーについて正確で十分な理解を得ていたら、前記のような取引態度をとることは矛盾するのである。  六、以上のように原判決の指摘は極めて正当で、本件取引において、控訴人担当者B、Aらが被控訴人に対し、オプション取引の内容、危険性について、被控訴人が充分に理解し、自らの判断と責任において取引できる程度の説明したと到底認めることは出来ないのであって、控訴人の損害賠償責任は免れない。 以上