第一、証券取引の解釈原理 証券会社と投資者との取引において、証券会社は証券取引の専門家として、豊富な知識と経験を有し、かつ、莫大な情報量を持つものとして、投資者の前に登場する。そもそも証券取引は証券取引所における株式売買を原則としており、取引所における取引はその会員である証券会社でないと行うことができない。謂わば国家が市場を限定している。投資者が証券取引に参加するには必ず証券会社を通さなければならない。従って、証券会社は専門業者として証券取引業務を独占し、情報量においても初めから一般投資者とギャップがあるという地位にある。かかる地位にある証券会社に対し、国家はその営業について免許を付与し(証券取引法三一条)、無限定な営利活動に歯止めをかけている。 他方、投資者、なかでも株式取引を専門乃至業とする機関投資家(生命保険、投資信託、投資顧問、信託銀行等)を除いた、一般投資者においては、右のような証券会社とは隔絶した地位にあり、対等平等な取引が初めから無理な立場にある。 証券取引の対象である証券は、商品と呼ばれることがあるが、「物」と違って権利を表章するにすぎない。商品としての本質的価値は価格であり、市場が立ち、常に変動するという特質がある。その商品の種類は多種多様であり、リスクの高低も多種多様である。 かように証券取引における当事者の不平等な地位と取引対象となる有価証券の特質からして、証券取引のありかたを解釈するには、単に対等当事者間の取引に適用される従来の契約法理をそのまま適用するのは不当であり、一般投資者の保護を図るべく証券会社側の責任、注意義務を過重して解釈すべきである。証券取引法第一条が投資家保護を謳っているのもかかる趣旨に基づくものに他ならない。従って、証券会社が投資家保護を図った証券取引法の各規定及びそれに基づく規則、省令、通達、公正慣習規則等も投資家保護の趣旨で解釈しなければならない。 第二、適合性原則について  一、適合性原則とは、証券会社が、投資勧誘に際して、投資者の投資目的・財産状態及び投資経験等に鑑みて不適当な証券取引をしてはならないという原則を言う。    本件オプション取引は、その取引の仕組みが極めて複雑かつ理解困難であり、そのリスクにおいて投資金額の全額(買い方)乃至は投資金額以上の限定なき損害(売り方)を被るというハイリスクの取引である。実際、原告のオプション最終取引は、売建てしたコールオプションが権利行使された結果、一〇、二四二、五九八円もの損金が発生したのである(限定なきリスク発生の一局面)。    このような取引は原告に適合しないことが明らかであるので、この点につき、詳論する。  二、法的根拠  1、証券取引法五四条一項一号    「有価証券の買付若しくは売り付け又はその委託について顧客の知識、経験及び財産の状況に照らして不適当と認められる勧誘を行って投資者の保護に欠ける場合又は欠けるおそれのある場合」、大蔵大臣が是正監督命令を出せるとして、適合性原則を明文化したものである。  2、証券取引法五四条一項二号   「公益又は投資者保護のため業務の状況につき是正を加えることが必要な場合」を「証券会社の健全性の準則等に関する省令」(健全性省令八条)の改訂により@ひんぱん取引A無断取引B不適当条件等の引き受けC法人関係情報の管理等の定めの他、D「有価証券指数等先物取引、有価証券オプション取引又は外国証券市場先物取引の委託について、顧客の知識、経験及び状況に照らして不適当と認められる勧誘をおこなって投資者保護に欠けることになっており、又は欠けるおそれがある場合」を規定しているのは適合性原則を表現した規定と言われている。    本件では、まさに右省令で規定されている有価証券オプション取引の事件であって、適合性原則に違反する取引であることは明白である。    尚、被告菱光証券は本件以外でも無知な高齢の主婦にオプション取引を勧誘し損害を発生せしめており(京都地方裁判所平成九年ワ第一四八六号損賠償請求事件第六民事部合議部)、会社をあげての組織的違反行為をおこなっているので、大蔵省証券局及び証券取引監視委員会に通報し、証券取引法に基づく行政処分も求める予定である。  3、実質的根拠    「証券会社の投資推奨は、投資者の投資判断に対して、大きな影響を与えることが多いことから、投資者の実情に適合したものでなければならない」(逐条解説証券取引法四三八頁商事法務研究会)。  4、比較法    米国証券取引所法規則一五条b一〇−三「顧客に対して証券の買付、売り付けまたは交換を推奨する非会員のブローカーディーラー及び関係者は、顧客の投資目的、財産状況及び必要性に関する相当の調査後、当該顧客により提供された情報及びその他当該ブローカーディーラー及び関係者により知られている情報に基づき、推奨が当該顧客にとって不適合でないと信頼するに付き相当の根拠を有していなければならない」とされている。    証券監督者国際機構(IOSCO)行為規範原則第四原則    「業者は、サービスの提供にあたっては、顧客の資産状況、投資経験及び投資目的を把握するよう勤めなければならない」と定められている。  三、know your customer rule(顧客を知るべき原則)との関係    取引する証券には、転売差益を目的とする方がいい場合と配当収入を目的とする方がいい場合があり、顧客も取引する目的・資力・投資経験などさまざまであるが、顧客の実情に適合する取引をする前提として、顧客の実情を知る必要がある。ここにおいて、適合性原則の要請として、証券会社は顧客の実情を知るべき義務が課せられている。  四、誠実公正義務との関係    誠実公正義務は、証券取引法四九条の二で「証券会社並びにその役員及び使用人は、顧客に対して誠実かつ公正に、その業務を遂行しなければならない」と定められ明文化されている。この誠実公正義務は、委託取引であれば民法六四四条の委任の規定の善管注意義務や商法二五四条の三の会社に対する忠実義務があるが、前者については委託取引以外の相対取引に準用されるかどうか明確でなく、後者については会社以外に対して直接的に義務を負担するかどうかについて議論があることから、これらの不十分なところをカバーするものと言われている。  五、適合性原則違反の効果    証券取引法五四条の適合性原則は、損害賠償責任などの私法上の効果の発生する法的義務を定めた規定であって、単なる取締規定でない。    確かに、行政当局と証券会社との関係では、取締法規として機能することがあっても、顧客と証券会社との関係では、民事的違法(法的義務として損害賠償責任なども私法上の効果の発生する)規定とみるべきである。なぜなら、投資者保護の証券取引法の立法目的を実現するため必要であり、顧客と証券会社との関係を規律する内容をもった規定と言えるからである。前項証券取引法四九条の二誠実公正義務の規定と相まって、適合性原則違反が損害賠償の根拠になるとも言える(大阪証券取引所「インベストメント」一九九三・一〇、四七頁河本説)。  六、適合性の原則を前提とする証券会社の調査義務    公正慣習規則九号「協会員の投資勧誘、顧客管理に関する規則四、五条」に顧客カードと、信用取引、ワラント取引、オプション取引などの取引開始基準についての定めがある。  1、顧客カードの記載事項    氏名・住所及び連絡先、職業及び年齢、資産の状況、有価証券投資の経験の有無、取引の種類、顧客となった動機、本人の確認方法  2、取引開始基準    預かり資産など顧客がオプション取引について適合することを示す基準が定められている。  七、判例    適合性の原則違反を民事違法ととらえ損害賠償責任根拠と認めるのが判例の流れである。  1、東京地方裁判所平成五年五月一二日判決・判例時報一四六六号一〇五頁   「証券取引の特質や特殊性に鑑みるとき、証券会社又はその使用人は、投資家の投資目的、財産状態及び投資経験等に照らして明らかに過大な危険と伴う取引を積極的に勧誘するなどして、社会的に相当性を欠く手段又は方法によって不当に当該取引への投資を勧誘することを回避すべき注意義務があるというべきものであり、証券会社又はその使用人がこれに違背したときは、当該取引の一般的な危険性の程度及びその周知度、投資家の職業、年齢、財産状態及び投資経験、その他当該取引がなされた特定の具体的状況の如何によっては、私法上も違法なものとなるものというべきであり、右証券会社又はその使用人は、このような違法な投資勧誘に応じて証券会社と当該取引をして損害を被った投資家に対しては、債務不履行又は不法行為による損害賠償の責任は免れないものと解するのが相当である。」  2、大阪地方裁判所平成六年二月一〇日判決・判例タイムズ八四一号二七一頁。「投資者の職業、年齢、財産状態、投資目的、投資経験等に照らして、投資者の意思決定に重要な右危険性についての正当な認識を形成するに足りる情報を提供すべき注意義務を負うことがあり、当該取引の危険性の程度その他当該取引がなされた具体的事情によっては、私法秩序全体から違法と評価されるべきもの」  3、大阪地方裁判所平成六年九月一四日判決・判例タイムズ八七五号一七一頁。「証券会社の投資勧誘に際しては、投資者の判断に資するため有価証券の性格、発行会社の内容等に関する客観的かつ正確な情報を投資者に提供すること、投資者の意向、投資経験及び資力等に最も適した投資がおこなわれるよう十分配慮すること(適合性原則)、特に証券投資に関する知識、経験が不十分な投資者及び資力の乏しい投資者に対する投資勧誘については、より一層慎重を期することを要請し、また、各種の証券取引について取引開始基準を定め当該基準に適合した顧客との間で取引を行うよう要請」している。  4、大阪地方裁判所平成七年一月一八日判決・証券取引判例セレクト2、一一七頁。「適合性原則に違反するかどうかは、当該被勧誘者が右にいう証券投資に関する知識・経験の乏しい投資者に形式的に該当するかどうかだけでなく、当該取引がなされた具体的状況も考慮する必要があるというべく、その結果、右取引への勧誘が被勧誘者の知識・経験及び資力につき著しく配慮の欠けたものと認められてはじめて私法上も違法になる」  5、大阪地方裁判所平成七年二月二三日判決    「右で述べた原告の投資経験や証券取引についての知識の程度、特にワラントについての知識が全くなかったこと、本件ワラント固有の問題点原告の年齢などを考えると、本件ワラント取引を原告に勧誘することは適合性に反していると言わざるを得ない」  6、東京地方裁判所平成五年八月三一日商品先物取引の判決   「原告は、商品先物取引としての本件取引を行うのに相応しくないものに当たるというべきであり、被告らは原告がかかる不適格者であることを認識しまたは容易に認識しうべきでありながら、前記注意義務(商品取引員及びその被用者は、右法的規制を遵守し、商品取引に十分な知識・経験を有しない者が安易に取引に参入することがないよう、また一般投資家に不測の損害を被らせることがないように勧めるべき高度の注意義務)に違反して右取引に参入させたうえ、他人名義で委託取引を締結させ、受託取引を継続したものであって、その態様は全体として社会通念上許容される限度を超える」  八、原告は六七歳の主婦であり、その学歴、職業経験からしても専門的経済的な知識能力に欠ける。本件オプション取引は極めて難解でリスクも大きく、証券市場においては一般にプロが行う取引と認識されている。このような取引に原告を勧誘したこと自体で、前記適合性原則に違反し、被告らは民事賠償責任を負うのである。 第三、説明義務違反について  1、 証券取引は第一で述べたような特性があるところ、一般に周知性のない特殊難解な商品であるオプション取引を、証券会社が一般投資者に対し勧誘・推奨するに際しては、専門業者として、その証券についての内容、仕組、危険性を説明する義務があることは契約乃至は信義則に基づき当然のことである。  2、オプション取引の特徴 ところでオプション取引は一般の株式取引と異なり、次のような特徴がある。尚、以下の記述は証券取引法第四七条の二に基づき作成が義務付けられているところの「株価指数オプション取引説明書」(作成者ー東京証券取引所、大阪証券取引所、名古屋証券取引所、日本証券業協会。乙四)及び「株価指数オプション取引のすべて」(大阪証券取引所作成。乙五)を参考にした。これらの説明書を熟読してもその理解は極めて困難である。  (1)A取引の仕組み  @ 一口にオプション取引と言っても、取引所によって扱う商品が異なる。    即ち、東京証券取引所は「東証株価指数オプション取引」を、大阪証券取引所は「日経株価指数三〇〇オプション取引及び日経平均株価オプション取引」を、名古屋証券取引所は「オプション二五株価指数オプション取引」を、それぞれ行っている。以下では、特に断らない限り本件で問題になった大阪証券取引所が扱う「日経平均株価オプション取引」に即して述べることとする。  A 取引の対象は観念的総合的指数で、その種類は二種類ある。即ち、    a「株価指数プットオプション」とb「株価指数コールオプション」である。前者aは、現実指数が権利行使価格を下回った場合にその差に一、〇〇〇円を乗じて得た額を受領することとなる取引を成立させることができる権利を言う。後者bは、現実指数が権利行使価格を上回った場合にその差に日経平均株価オプション取引の場合は、一、〇〇〇円を乗じて得た額を受領することとなる取引を成立させることができる権利を言う。  B 取引に期限がある。即ち、    日経平均株価オプションは、直近の連続する四か月の各月の第二金曜日(休業日に当たるときは、順次繰り上げる)の前日(休業日に当たるときは、順次繰り上げる)を取引最終日とする四限月取引に区分して行う。各限月取引の期間は四か月とし、直近の限月取引の取引最終日の翌日(休業日に当たるときは、順次繰り下げる)が新しい限月取引の取引開始日となる。  C 権利行使価格というオプション固有の制度がある。即ち、    株価指数オプション取引における権利行使価格は、各限月取引ごとに設定することとし、日経平均株価オプション取引の場合は、日経平均株価の数値について五〇〇円刻みとする。新しい限月取引について設定する権利行使価格は、日経平均株価オプション取引の場合は五種類又は六種類とする(尚、乙四の記述はここまで)。「具体的には、取引開始日の前日の最終の日経平均株価に最も近接する権利行使価格を中心に原則として、上下二種類ずつ合計五種類の権利行使価格を設定する。例えば、取引開始日の前日の日経平均株価の終値が一五、一五〇円すると、一五、〇〇〇円の権利行使価格を中心として、一四、〇〇〇円、一四、五〇〇円、一五、〇〇〇円、一五、五〇〇円、一六、〇〇〇円の五種類を設定する。また、取引開始日の前日の日経平均株価の終値が、刻みの中位点から上下五〇円以内にあるときは、当該終値に近接する権利行使価格二種類と、それぞれの上下各二種類ずつ、合計六種類の権利行使価格を設定する。」    ただ、現実指数が変動し、証券取引所が必要と認めたときは、新しい権利行使価格を追加設定する(尚、乙四の記述はこの程度)。「つまり、新規に権利行使価格を設定した後であっても、株価水準が変動し、既存の権利行使価格と乖離する状況が生じた場合には、新たな権利行使価格を追加して設定する。日経平均株価オプション取引の場合、毎日の最終の日経平均株価を基準として、これを上回る又は下回る権利行使価格がそれぞれ二種類以上となるように追加設定を行う。右の新規設定の例では、新規設定後日経平均株価が上昇し、一五、五〇〇円を上回ったとすると、日経平均株価を上回る権利行使価格は一六、〇〇〇円だけとなるので、権利行使価格一六、五〇〇円を追加設定する。  D 取引単位及び呼値の単位は株式と全く違う。即ち、    取引単位は、株価指数プットオプション又は株価指数コールオプション一単位を最小単位として行う。日経平均株価指数オプション取引の値段の表示は、一、〇〇〇円を一円として行い(乙五によれば「日経平均株価の数値に一、〇〇〇円を乗じて得た額を一単位とする。」と説明されているが難解である)、呼値の単位は呼値が一、〇〇〇円以下の場合は五円、一、〇〇〇円を超える場合は一〇円とする(乙五によれば「呼値の一刻みの金額はプレミアムが一、〇〇〇円以下の場合は五、〇〇〇円、一、〇〇〇円を超える場合は一〇、〇〇〇円となる」と説明されている)。  E 制限値幅    相場の急激な変化により投資者が不測の損害を被ることがないよう、前日の最終の株価指数を基準に上下五%程度の制限値幅(一日に変動しうる値幅)を設けている。  F 取引規制    証券取引所が取引に異常があると認める場合又はそのおそれがあると認める場合には、次のような規制措置がとられることがある。    a 制限値幅の縮小    b 証拠金の差入れ日時の繰り上げ    c 証拠金額の引上げ    d 証拠金の有価証券による代用の制限    e 証拠金の代用有価証券の掛け目の引下げ    f 取引代金の決済日前における預託の受け入れ    g 建玉制限 B(2) 委託証拠金  @ 委託証拠金の所要額    取引契約の履行を確保するために、株価指数オプション取引の新規の売り付けを委託し、取引が成立した場合には、委託証拠金をその取引が成立した日から起算して三日目の日の正午までに委託を行った証券会社に差し入れなければならない。買い付けの場合には取引代金を支払う以外に何らの義務を負わないため、委託証拠金は不要である。    最低委託証拠金は金六〇〇万円である。そして、その所要額は約定価額に、権利行使価格を基準として算出した金額(日経平均株価オプション取引の場合には、権利行使価格×一〇〇〇円×新規売付数量)に一五%を乗じて得た金額(この金額が六〇〇万円に満たない場合には六〇〇万円)以上と定められている。乙四の右の説明も分かりにくいが、乙五の一三頁によると、その算式は次のように解説されている。  委託証拠金の額(当初証拠金)  =(約定値段+権利行使価格×一五%)×一〇〇〇円×売付数量 委託証拠金は全額を一定の有価証券によって代用することが出来る。  尚、これらの委託証拠金の額は証券取引所の規則に定められた最低水準であり、実際の額は各証券会社が定めることになるが、同水準は取引規制措置により変更されることがある。  A 委託証拠金の維持    委託証拠金の不足額が権利行使価格を基準として算出した金額(日経平均株価オプションの場合は権利行使価格×一〇〇〇円×新規売付数量)に三%を乗じた額以上となった場合には、売り方顧客は不足額に相当する委託証拠金をその不足額が生じた日から起算して三日目の日の正午までに追加差入れしなければならない。    乙五の一五頁によると、その算式は次のように解説されている。  委託証拠金の不足額(計算上の損失額+代用有価証券の評価額+顧客の負担すべき額)≧権利行使価格×三%×一〇〇〇円×売付数量    尚、委託証拠金の不足額が上記の基準未満の場合でも証券会社が必要と認める場合には証拠金の追加差入れを請求されることがある。    証券会社から追加証拠金差入れの請求があった場合、速やかにその差入れを行わなければ、証券会社はその売り建玉についての顧客の計算で買い戻しを行い決済することが出来る。 C(3) 権利行使  @ 権利行使期間(権利行使日)    日経平均株価オプション取引の権利行使日は、取引最終日の翌日のみである。  A 権利行使の指示    買い方顧客が権利行使を行う場合には、その日の午後四時(半休日においては正午)までに証券会社に対して権利行使を指示しなければならない。    なお、権利行使期間満了の日(日経平均株価オプション取引の場合は権利行使日)において、取引コストを考慮しても一定額以上の利益が生じる銘柄については、買い方顧客から権利行使の指示が行われたものとして取り扱う。乙五によると、右は次のように解説されている。「権利行使日において、特別清算指数(注1)を基準として手数料等取引コストを考慮し、日経二二五オプション取引の場合は三円以上の本質的価値を有する銘柄については、買方正会員又は買方特別参加者から権利行使の申告が行われたものとして取り扱う。これを自動権利行使制度という」(一七頁)。  (注1)取引最終日の翌日における日経平均株価それぞれの各構成銘柄の始値に基づいて算出した特別な清算指数:スペシャル・クォーテーション(SQ)」  B 権利行使の割当て    証券取引所は、証券会社から権利行使の申告があれば、当該銘柄の売り建玉を有する証券会社へ割当てを行う。    割当てを受けた証券会社は、所定の方法により、自己またはその顧客に割当てる。  C 権利の消滅日時    乙五、一八頁によると、権利行使日における権利行使の申告期限までに権利行使の申告が行われなかったオプションは、自動的に消滅する。 D(4) 決済の方法    株価指数オプション取引の決済方法には、転買又は買い戻しによる決済と権利行使による決済の二つの方法がある。  @ 転買又は買い戻しによる決済    買方顧客は転買を行うことにより売付代金を受け取って買建玉を、また売方顧客は買い戻しを行うことにより買付代金を支払って売建玉を決済するこことが出来る。  A 権利行使による決済    買方顧客は、権利行使を行い買建玉を決済することが出来る。権利行使の割当てを受けた売方顧客の売建玉も決済されることになる。この場合、売方顧客は、権利行使価格と権利行使が行われた日の最終の株価指数との差に相当する金銭(日経平均株価オプション取引の権利行使日においては、権利行使価格と特別清算指数との差に相当する金銭)を支払わなければならない。 3、オプション取引の利用方法   株価指数オプション取引説明書(乙四)はおおむね右程度の説明をしているにすぎない。しかし、この程度の説明でオプション取引を理解することは通常人には無理というものであるが、さらにオプション取引の理解を困難にしているものがある。本件では被告担当者が行ったのはストラドル、ストラングルとかいう取引方法とのことある。このような一般の株式取引にはないオプション取引特有の取引手法についてもオプション取引を利用する場合その理解は不可欠である。「株価指数オプション取引のすべて」(乙五参照)二一頁によると、株価指数オプション取引には先物取引と同様、ヘッジ、裁定及びオープン・ポジションの三つの利用方法があり、それぞれの利用方法について、利用者の様々な投資目的に合わせて、極めて多種多様な戦略をくむことが出来るとし、次のような項目について、基本型と代表的な戦略について説明している。 A基本型 @コールの買い Aコールの売り Bプットの買い Cプットの売り Bヘッジ取引 @プロテクティブ・プット Aカバード・コール Bマーケット・インパクトの軽減 C裁定取引 @コンバージョン Aリバーサル Dオープン・ポジション取引 @アンカバー・ポジションの具体例  コール買い、プット買い、スプレッド・ポジション Aスプレッド・ポジションの具体例  パーティカル・スプレッド、ホリゾンタル・スプレッド(カレンダー・スプレッド)、コンビネーション・ポジション Bコンビネーションの具体例  ストラドル買い、ストラドル売り  (尚、ストラングルについての説明はない。)  しかし、右項目の取引手法について理解することは極めて困難である。 4、オプション取引の説明義務の内容   以上のようなオプション取引の取引の仕組み、利用方法について説明義務の内容になることは当然のことである。その中で、とりわけリスクの説明は重要である。乙四「株価指数オプション取引説明書」はリスクの説明については取引の仕組みを説明する前の二頁三頁目で記載している。即ち、  「株価指数オプション取引は、市場価格が現実の株価指数に応じて変動するので、その変動率は現実の株価指数に比べて大きくなる傾向があり、場合によっては大きな損失を被る危険性を有している。したがって、株価指数オプション取引の開始に当たっては、次の内容を十分に把握する必要がある。  ・市場の状況によっては、意図したとおりの取引ができないことがある。例えば、市場価格が制限値幅に達したような場合、転買又は買い戻しによる決済を希望してもそれが出来ないことがある。  ・市場の状況によっては、証券取引所が制限値幅を拡大することがある。その場合、一日の損失が予想を上回ることがある。   株価指数オプションの買方特有のリスク  ・株価指数オプションは期限商品であり、買方が期日までに権利行使又は転買を行わない場合には、権利は消滅する。この場合、買方は投資資金の全額を失うことになる。   株価指数オプションの売方特有のリスク  ・売方は、市場価格が予想とは反対の方向に変化したときの損失が限定されていない。  ・売方は、株価指数オプション取引が成立したときは、委託証拠金を差入れなければならない。その後、相場の変動により計算上の損失額が一定額以上に達したときには、追加証拠金の差入れが必要となる。また、市場の状況によっては、計算上の損失額が一定額以上に達する前に追加証拠金の差入れを要求されることがある。  ・所定の時限までに委託証拠金を差入れない場合、損失を被った状態で売建玉の一部又は全部を決済される場合もある。更にこの場合、その決済で生じた損失についても責任を負うことになる。  ・取引に異常が生じた場合又はそのおそれがある場合には、委託証拠金の引上げ等の規制措置がとられることがある。そのため、追加証拠金の差入れ等が必要となる場合がある。  ・売方は、権利行使の割当てを受けたときには、必ずこれに応じなければならない。」  これらオプション取引特有のリスクについては投資者に十分に理解させる必要のあることは当然のことである。 5、説明義務の根拠   被告証券会社に説明義務が課されるのは前記のとおり、契約乃至は信義則に従い当然のことであるが、この点について、法文上の根拠もある。即ち、証券取引法四七条の二は「証券会社は次に掲げる取引にかかる契約(有価証券オプション取引を例示)を締結しようとするときは、あらかじめ、顧客に対しこれらの取引の概要その他大蔵省令で定める事項を記載した書面を交付しなければならない。」とし、証券会社に関する省令二条の一三、二項は「法第四七条の二に規定する大蔵省省令で定める事項は、同条各号に掲げる取引に伴う危険に関する事項とする」としている。そして、本条項の趣旨は「有価証券先物取引等が小額な証拠金で大きな取引が可能な反面、リスクの大きな取引であるところから、証券会社がこれらの取引に係る契約を締結しようとするときは事前に顧客に対して、これらの取引の概要等を記載した書面を交付させることを義務付けることにより、投資者保護を図ろうとするものである」(「逐条解説証券取引法」商事法務研究会平成七年七月、三九八頁)から、法律は証券会社にオプション取引についての取引開始前に説明義務を課し、投資者保護を図ろうとしていると解釈することが出来る。 6、説明の欠如   以上のように被告証券会社に課された説明義務について、被告担当者Aは原告に対し、後述(第四)のようにオプション取引の仕組み、利用方法、リスクについて原告に説明を行わなかったものである。  尚、証券会社が投資者に対し前記説明を尽くしたかどうかは実質的に判断しなければならない。被告は、前記乙四の書面を交付したと主張し原告はこれを争っているものであるが、仮に被告の主張するよう原告に交付されていたとしても、右取引説明書の記載のみでオプション取引を理解することは到底不可能というものであり、口頭及び図解等々による説明をしなければ原告が理解出来るものでない(乙四、三頁下から四、三行目に「取引を開始する場合又は継続して行う場合には、本説明書のみでなく、取引の仕組みや危険性について十分な研究を行う」必要のあることが記述されており、これはとりもなおさず本説明書の記載だけでオプション取引の理解を行うことが出来ないことを明らかにしている)。   被告Aはこれらを全くしていないのである。 第四、被告Aのオプション取引の説明について  一、原告は日常自宅において、夫が経営する日用品雑貨(宅急便、飲料水、荒物等の販売)を取り扱う「○○商店」の手伝いをしている。  二、平成八年一〇月末頃、被告Aと同人の上司の課長が自宅に訪れた。その頃、「日本債券ベア型オープン」で約三〇〇万円の損失が出ていた。両名は店先で、勧誘した日本債券ベア型オープンで損を出してしまったことに責任を感じてオプション取引を原告に勧め、「とにかくまかして貰ったら、ちょっとずつでも三〇〇万円が返せます。」と執拗に述べた。原告は右両名を自宅にあげることなく、途中お客さんの応対をしながら、約三〇分程度立ち話をした。原告はオプション取引というものを初めてきくことだったので、それが何か質問すると、難しいものだから説明をうけても分かりませんよという答えだった。原告としては、三〇〇万円が少しずつでも返ると言われたことに魅力を感じたものの、損をすることがあるかも知れないと思い、「ちょっとでも損をするならやめるから、必ず連絡するように。」と念を押してオプション取引の開始を了承した。  三、日時の記憶はないが、その頃、原告は被告Aから乙五「株価指数オプション取引のすべて」と「すぐに役立つ入門シリーズ」という冊子を二冊同時に受け取った。尚、乙四「株価指数オプション取引説明書」は受け取っていない。被告Aからはこれを読んでおいて下さいというだけで、本を見ながらの具体的な説明は一切なかった。  四、オプション取引が始まって取引報告書が被告会社から送られてくるようになったが、見ても意味が分からなかったので被告Aに説明を求めたところ、同人は「まあまあまあ、任せておいて下さい。」というだけで、具体的な説明は何一つなかった。原告の印象としては被告Aもオプション取引については上司の指示で動いているだけで意味をよく理解していないようだった。原告としてはそういう態度に不安を感じたこともあり、被告Aに「損をしたらすぐに連絡をしてほしい。取引をすぐにやめるから。」と念を押していた。  五、平成九年六月、被告Aと○○課長が来宅した。    両名いわく、「実はおくさん。えらいことです。」「えらい損してます。」とオプション取引で莫大な損が出ている話しをした。原告としては全く寝耳に水の話しであった。    原告は「あれほど、ちょっとでも損したらいうてくれと言ってたのに。」と怒ると、「すんません。」と言うだけで平謝りだった。  六、その後、原告は被告会社京都支店に出向き、抗議し、被告Aがオプション取引について全く説明していないことを指摘したところ、被告Aは被告京都支店長の面前でこれを認めていたものである。