平成九年(ワ)第二三七号 原  告       X   被  告  野村證券株式会社  外一名 平成一〇年一〇月 日 右原告訴訟代理人 弁 護 士 田    端      聡 奈良地方裁判所 民事二係 御中 準  備  書  面   第一 事実関係 本件において問題となる主要な事実は、取引意向を中心とした原告の属性や被告Yの勧誘内容等である。これらの事実はその性質上、言った言わないの問題となりやすいものであるが、本件においては証拠調の結果、この種訴訟としては異例とも言いうるほどにこれらの事実関係が明らかとなるに至っている。以下、詳論する。 一 原告の属性 1 経歴と生活状況  原告は、年金生活の身にある寡婦であった。学歴は高卒であり、社会経験としてはかつて亡夫が経営していたアパレル関係の会社にて雑役のような事務仕事をしていたことがあるに過ぎなかった(平成一〇年八月二八日付け原告本人調書三〇丁表裏)。 2 証券取引の意向と知識、経験  原告は、月々の僅かな余裕資金で社債投資を購入するという形で、昭和三七年頃に被告京橋支店との取引を開始し、同支店の閉鎖に伴う梅田支店への統合後は梅田支店にて同様の取引を行っていた。その取引内容は、まさに積立、貯蓄と言うべきものであった。 途中からは、本来の担当者であった女性社員(いわゆるミディ)とは異なる男性社員が、社債投信が一定金額になる都度、株の購入を勧誘してくるため、株式取引も開始した(乙五を見る限り、昭和六一年のNTT株が最初の株式取引である)。しかしこれは、被告社員に勧められるがままの取引となっていた(平成一〇年六月一九日付け原告本人調書一丁裏〜三丁表)。かように梅田支店での株式取引が勧誘されるがままに行われていたものに過ぎなかったことは、原告が株式取引に消極的で、さしたる知識もなかったことを示す被告Yの供述からも裏付けられるところである。また、後記のとおり、被告奈良支店での従前の取引を見ると、最もバブル華やかなりし時期であったにもかかわらず、平成元年九月を最後に新規購入がなくなり(乙一)、被告梅田支店でも平成元年には全く取引が行われていない(乙五)。このことも、原告が株式取引に積極的ではなかったことの証左と言えよう。 なお、原告は格別の証券取引についての研究、勉強を行ってはいなかったことは勿論、購読している新聞も産経新聞であった(平成一〇年八月二八日付け原告本人調書三〇丁裏)。そのため、原告が自ら入手しうる株式に関する情報と言えば、購入した株式につき産経新聞の株価欄でその上下を知りうる程度であった。 このように、原告は堅実な意向と知識の欠如の中で、証券会社の勧誘、助言に依拠して取引を行う素人たる一般投資家であった。 二 本件取引の資金の性質と運用の意向  梅田支店での原告の取引の原資は、原告自身が蓄え、あるいは亡夫から原告が引き継いだものであった。しかし、本件取引の原資は、これとは異なるものであった。  すなわち、原告は昭和六二年に亡夫が死亡した後、亡夫の遺産たる会社の株等を換金しての約四〇〇〇万円の金員を、原告及び三人の子の名義で和光証券に預託し、債券や投資信託にて安全確実な運用を行っていた。これは、かかる金員のうち各一〇〇〇万円は、三人の子に分け与えるべきものであり、原告は一時これらを預かっているに過ぎないとの意識が強く働いていたためであった。なお、その後右のうち一〇〇〇万円は住宅資金として娘に交付された。  ところがその後和光証券との間にトラブルが生じ、平成五年三月、原告は子であるAとBの名義分約一九〇〇万円を、A名義と原告名義に分けて被告奈良支店に預託した。本来、B名義とすべき部分を原告名義としたのは、Bが他家に嫁いで夫の両親と同居しており、新たに被告奈良支店でB名義の口座を開設することで被告からB方に報告書等が送付され、証券会社と取引を行っていることが判明することを避けるためであった。そして原告は、和光証券への預託時と同様、これらの金員は子に分け与えるべきものを一時的に預かっているに過ぎないとの感覚から、被告奈良支店においても安全確実な運用を心がけることとした。  なお、原告は従前にも自宅から近い被告奈良支店からの勧誘を受けて、一時期、勧誘に依拠して株式を含む取引を行っていたことがあったが、これらはさしたる回数ではなく、銘柄も有名企業のもので、しかも平成元年九月のローゼンバーグUSジャパンBなる投資信託を最後に、この時期株価は引き続き好調であったにもかかわらず、新規取引が行われなくなっていた(乙一)。そして平成二年六月の帝国臓器株の売却を最後に、被告奈良支店との接触そのものが途絶えるに至っていた。この点については、被告Yも、平成五年三月のA名義と原告名義による取引開始の際には、かかる原告の過去の取引を全く知らず、原告を新規顧客と扱っていたほどで(平成一〇年八月二三日付け被告Y本人調書一丁表裏)、いずれにしても平成五年三月以降の取引が、従前とは全く別個の取引として開始されたものであったことは明らかであった。 三 被告Yの担当による取引の経緯 1 原告は、取引開始当初の段階から、被告Yに対し、前記のごとき金員の性質や自らの属性を明示し、損するわけにはいかないので堅いものにしてほしいとの意向を伝えていた(平成一〇年六月一九日付け原告本人調書一二丁表裏)。かような意向を受けて、被告奈良支店ないし被告Yも現に取引開始時には長期国債ファンドと近鉄社債という安全堅実な商品を勧め、また、その後一年半近くは新規の取引を勧誘しなかった。以後、被告Yの勧誘により、若干の売買がなされるようになったものの、若干の余裕資金ができたため原告が自ら外国の債券を希望し、オーストラリア国債を購入したケース(但し銘柄は被告Yが勧めたものである)以外は、すべて被告Yの勧誘によるもので、かつ、いずれも売却による利鞘ではなく利回りを狙う貯蓄性の強い商品であった。また、原告が値上り追及型の商品を自ら望んだことは、一度もなかった(平成一〇年八月二八日付け被告Y本人調書七丁表一〇行目以下・ここに「利回り追求型」と記載されているのは、前後の文脈からも明らかなとおり、「値上がり追及型」の誤記である)。  以上については、原告と被告Yの供述が概ね一致するところであり、被告Yも、原告の堅いもので運用したいとの意向は聞いており、利回追及型商品ばかりを勧めていたことを認めている。なお、被告Yは、原告から直接に、資金の性質や減らすわけにはいかないお金であるといったことを聞いたことはないと供述しているが、これが全くの虚偽であることは甲七の会話内容に照らして明白である。甲七に示されたとおり、原告は、子に分け与えるべき大事なお金なので、減らすわけにはいかない、危ない橋は渡りたくないと繰り返し被告Yに告げていたのである。 2 株式取引の開始と原告の投資意向の明示 Q 被告Yの担当の下で株式取引が開始された経緯は、ほぼ争いがない。すなわち、被告Yは、その堅実な意向故に原告は株式取引はしないのだと思っていたところ、平成七年一二月ないし平成八年一月頃、原告との雑談の中で原告が被告梅田支店で株式取引を行っていることに気づき、奈良支店でも株式取引をしてくれるよう勧誘を行ったのが株式取引開始の契機となったのである。  因みに、被告Yは、原告が被告梅田支店で取引を行っていること自体は以前より原告から聞いて知っていたのであり(平成一〇年八月二八日付け被告Y本人調書四丁表)、原告は被告梅田支店での取引を隠していたものではなかった。にもかかわらず、原告は平成七年一二月ないし平成八年一月頃まで、被告Yに株式に関する話をしたことが一度もなかったわけである。このことも、原告が被告梅田支店において主体的、積極的に株式取引を行っていたわけではなかったことを裏付けるものと言えよう。 R 被告Yの株式取引の勧誘に対し、原告は、本当に大丈夫か、お金を減らすわけにはいかないのだとの趣旨の言葉を繰り返した。  この点、被告Yが供述するところによれば、原告は「本当にいいものがあるのなら教えてほしい」と述べたと言う(平成一〇年八月二八日付け被告Y本人調書六丁裏〜七丁表)。これが真実であるとしても、「儲かるものがあれば」ではなき「本当にいいもの」という点には、原告の意向が滲み出ていると評価することができる。もともと明示されていた原告の投資意向や資金の性質に右の言葉を重ね合わせれば、これが「損のおそれがない堅くてよいものがあれば教えてほしい」との趣旨であることは明らかなのである。これに対しては、そのような虫のいい話はありえないとの反論がありえよう。しかし、だからこそ原告は、自ら株式取引を望んだり、現状の取引に不満を述べたりはしなかったのである。  S その後、被告Yは様々な銘柄の株式の勧誘を行うようになったが、原告は特に明確な理由を告げずに「逃げる」ことが多かった(平成一〇年六月一九日付け原告本人調書一五丁裏〜一六丁表、平成一〇年八月二八日付け被告Y本人調書七丁裏)。また、以後の取引の全過程を通じて、原告が被告Yに、何か儲かる株はないかなどと述べたことは一度もなく、原告は株式取引に消極的であり続けた(平成一〇年八月二八日付け被告Y本人調書七丁裏)。 このような状況下で、原告は被告Yの購入により、タイカン、日生ビルドの株式を購入することとなった。これらはいずれも原告にとっては会社名さえ聞いたこともない銘柄で、自ら業績や将来の値動きを予測、判断する術もなく、ただ、お勧めです、心配ありません、との被告Yの度重なる勧誘に押し切られて購入に及んだものであった。また、これらの銘柄は二部上場の小型株であったが、このような銘柄を敢えて選択したのは被告Yの独自の思惑によるもので、原告には何ら説明されないままであった(同八丁表裏)。購入資金の捻出については、これも被告Yの勧誘により、それまでに購入していた商品が売却されて新たな購入代金に充てられた。十分な余裕資金がない顧客から手数料を稼ぎ出すための典型的手法たる「乗換売買」が行われていたわけである。 なお、タイカン株は被告Yの勧誘により、短期間のうちに売却されて利益をもたらした。日生ビルドも同様である。結局のところ、原告には判断する術がない銘柄につき、買いも売りも被告Yの思惑のみによる取引が行われていたのであり、原告はただその勧誘を断りきれずに、被告Yを信じてこれに応じていたわけである。 三 本件マルコ株について 1 マルコ株の特性 マルコは、平成八年六月四日に新規に大証二部に上場することとなった銘柄であった。大証二部銘柄は、会社の規模、発行株式の数、市場の規模、取引高、すべてが小さく、銘柄によっては取引が全くない日もあるほどで、一部上場銘柄に比べて価格が不安定で値動きが激しいという特性を有していた(平成一〇年八月二八日付け被告Y本人調書一六丁表裏)。マルコもまた、地方の小規模の、知名度の低い企業であった(同一一丁裏)。 2 上場時の買付  Q 勧誘の前提事実と動機  (1) 被告はマルコの主幹事会社として、マルコとの時間をかけた詳細な打ち合わせにより上場の準備を進めてきたものであった。また、奈良では珍しい上場であっただけに、とくに被告奈良支店は力を入れてかかる準備に加わっていた(同一〇丁表〜一一丁表)。  (2) 新規上場に際しての「売り出し」については、申込日は五月二八日〜二九日、売出価格は八九五三円とされた(甲一〇)。なお、上場の前日まではマルコ株は店頭市場で取引されており、右申込日やその前後においても、店頭市場で購入することができた(平成一〇年八月二八日付け被告Y本人調書一八丁表)。  (3) 五月三一日時点のマルコ株の店頭市場での価格は高値九二〇〇円、安値九一三〇円、終値は前日比三〇円安の九二〇〇円であった(甲一一)。さらに土曜、日曜を挟んで、六月三日の価格は、高値九二〇〇円、安値九一〇〇円、終値は前日比五〇円安の九一五〇円であった(甲一二)。つまり上場直前まで、マルコ株の価格は店頭市場で下落傾向にあった。  (4) ところで、新規上場については、上場日の初値に対する関係者の意識は強く、これが前日の店頭市場の価格を上回るかは発行企業や主幹事会社にとって大きな問題であった。初値は上場そのものへの期待や評価のバロメーターとなるからである。この点、かつてのバブル期には、放っておいても上場時に価格が跳ね上がることが常識化していたが、バブル崩壊以後は状況が変わっていた。例えばこれも被告が主幹事であったカプコンが平成五年に上場した際には、初値が前日の店頭市場の終値を下回るという事態が生じ、話題となったことがあった(甲八)。  (5) 被告Yは、上場に当たってかなりの勧誘を行ったことを認め、原告と同様に上場時に注文を出して購入してもらった顧客は一二名いたと述べている。他方、何故わざわざ上場日当日に買い付けるのかについては、被告Yは何らの説明もなし得ておらず、その供述内容は、上場日には値段が上がると言ったかと思えば上場日は安く買えると言うなど、二転三転している(平成一〇年八月二八日付け被告Y本人調書一一丁表〜一五丁裏)。  (6) 後記のとおり、被告Yが決定した原告の注文における指し値は実に九五〇〇円であり、前日までの店頭市場での価格の推移を非常識なまでに無視したものとなっていた。そして被告Yが原告に行ったのと同様の勧誘と指し値が被告において一斉に行われた結果、上場日のマルコ株の初値は九二五〇円となったが、結局、終値は前日の店頭市場の価格よりさらに安い九〇五〇円となった(甲一三)。 (7) 以上を総合すれば、被告Yが、上場日の初値を吊り上げるという被告奈良支店全体の方針の下、無知な投資家に上場日の高値買いをなさしめようとの意図の下に勧誘を行っていたことが容易に判明する。これが断定的判断を用いた執拗な勧誘に繋がったのである。 R 勧誘の態様  (1) 被告Yによるマルコ株の勧誘が電話のみで行われたこと、原告はマルコという会社を全く知らなかったこと、勧誘が少なくとも上場の数日前と上場の前日たる六月三日の二回にわたって行われたことは、争いがない。  (2) この際、被告Yはマルコは業績がいい旨を頻りに強調し、執拗な勧誘を行った。しかし、原告は亡夫がかつてアパレル会社を経営しており、Aもアパレル会社に勤務していたところ、この業界は先行きが明るくないとの思いを有していたため、勧誘に応じることを躊躇い、一旦は応じることなく電話を終えた。なお、被告Yは否定するが、原告がマルコがアパレル会社であるという点で二の足を踏んでいたことは、甲七にも記載されている(一四頁)。  この点、被告Yは、最初の勧誘の時点で上場日に購入すること自体は決まっていたと言うが、もしそうであれば、以下のごとき顕著な疑問が生じる。すなわち、被告Yは、上場日当日は値段が上がると思っていたという(平成一〇年八月二八日付け被告Y本人調書一四丁表)。これが主幹事会社・奈良支店の社員としての希望をも込めた本音であろう。そうであれば、最初の勧誘時に購入が決定したのなら、価格が下落傾向を示している中、上場前の六月三日に店頭市場で安く購入するを試みることこそが顧客の利益に資することは明らかであった。にもかかわらずわざわざ「値段が上がる」上場日当日まで待って買わせるなどということは、顧客に対する背信行為以外の何ものでもない。また、被告Yの供述に従えば、被告Yは、六月四日のマルコ株購入のため、購入代金も決まっていない五月三一日にグローバルポートフォリオ(投資信託)を売らせておいたこととなり、これも全く不自然である。 (3) 結局、二度の勧誘において、被告Yはマルコは業績がいいことを強調し続け、三割の無償増資がある、一万三〇〇〇円まで上がるのでそのときに責任を持って売却する、絶対大丈夫であるとまで述べ、危ない橋を渡りたくないと繰り返し述べる原告を押し切って、購入を承諾せしめた。  なお、被告Yは、これらの勧誘の際、自己の思惑がはずれて価格が下落するリスクは一切言っていないこと、一万二〇〇〇円ないし一万三〇〇〇円という値段を言ったかもしれないことを認めている(同二一丁表裏)。  また、被告Yは、無償増資があると述べたことにつき、陳述書(乙六)ではこれを肯定しながら、後に右無償増資はこの時点では公表されていなかったことに気付き、慌ててこれを撤回している。しかし、発行会社から事前の相談を受ける立場にある主幹事会社が、公表前から無償増資の予定を知りうることは被告Yも認めるところであり(平成一〇年八月二八日付け被告Y本人調書二〇丁表裏)、上場前から深く関与していた奈良支店がこれを知らないはずもなく、陳述書の記載こそが真実を述べたものであることは明らかである。  (4) 購入株数や価格については、被告Yがグローバルポートフォリオの売却代金の範囲で決定し、九五〇〇円にて指し値を行うこととなった。無論、原告はこれより遙かに安い「売り出し」時の価格や、店頭市場の現実の価格を知らされておらず、被告が主幹事であることも知らされてはいなかった。 3 価格上昇時の買い増し 平成八年七月、被告Yは、森精機の転換社債に損が出ているのでこれを売却し、マルコ株を買い増しして損を取り戻そうとの勧誘を行った。これにより、同月三日、一時的に価格が上昇していたマルコ株の買い増しが行われた。  ここでも前同様の電話による勧誘が行われ、業績の良さや無償増資の予定、さらにはあと短期間で一万三〇〇〇円まで行くとの点が再度強調された(平成一〇年六月一九日付け原告本人調書二二丁表)。  ところで、転換社債は、保有し続ければ会社が潰れない限り元利金の支払が保証されている商品で、多少の価格の上下があっても慌てて売却する必然性のない商品であり、原告の堅実な投資意向からすれば尚更であった。にもかかわらず、被告Yの、マルコ株は必ずもっと上昇するとの断定的な判断と執拗な勧誘により、転換社債の売却とマルコ株購入という原告の投資意向に反した「乗換売買」が行われることとなった(同二二丁表、平成一〇年八月二八日付け被告Y本人調書二三丁表裏)。 4 価格下落時の買い増し その後、一〇月一五日に行われたマルコの八月期の決算は予想を下回り(甲六)、同日に実施された無償増資も予定とは異なり一割にとどまった(無償増資の年月日については乙一、二参照)。これによりマルコ株は下落してストップ安を続け、被告を含め、証券会社系列の研究所は軒並みマルコ株の格付けを下げた(甲六)。  ところがかような状況下でも被告Yはなお強気の判断を維持した。もともと自らは判断する術がないため、マルコ株の下落に狼狽して「首吊りものだ」とまで述べて善処を求めていた原告(平成一〇年八月二八日付け被告Y本人調書二五丁表)に対し、被告Yは「今が底だ」と断言して、またも堅実な転換社債の売却によって資金を捻出しての、マルコ株への乗換を勧誘した。原告は藁をもすがる思いでこれに応じる他はないこととなり、その結果、同月二四日、まさに株価下落の最中にマルコ株の買い増しが行われた。 5 損害の発生  一一月一四日、被告Yは被告高松支店に転勤した。勧誘を行った当事者ではない後任者が責任を持った対応をなしうるはずもなく、マルコ株を放置された原告は、懸命に被告奈良支店に助言と情報提供を請わねばならないこととなった。その結果、原告は訴状請求原因六項記載の内容にて売却を行うこととなり、多額の損失が確定することとなった。 第二 違法性 一 適合性原則違反 1 前記第一・三1の特性に照らし、マルコ株は転換社債や投資信託との比較においては勿論、一部上場の大型株と比べても、投機性が高い商品であった。また、原告はマルコという企業につき何らの知識も有しておらず、産経新聞に掲載される程度の事以外には、自ら情報を収集する術さえ有してはいなかった。 2 適合性との関係において最も重要となる要素は投資意向であるところ、原告が資金の性質に裏付けられた堅実な投資意向を明示していたことは、証拠上明らかとなっている。また、原告はかように意向を明示しつつ証券会社の勧誘に依拠して取引を行ってきたもので、株式取引についての十分な知識、経験、情報収集手段を有しておらず、その経歴等からも明らかなとおり、格別の判断能力を有していたわけでもなかった。 3 このように、およそ本件マルコ株は原告の投資意向からかけ離れたものであり、かつ、原告は本件マルコ株につき自主的投資判断を行いうる立場にはなかった。 そして被告Yは、以上の事情一切を熟知していた。にもかかわらず、被告Yは大証二部銘柄であることに何ら留意せず、自らの独断ともいうべき判断により、原告をして、原告の意向に沿う商品である投資信託や転換社債を売却した代金によるマルコ株の購入を勧誘した。 4 以上からすれば、本件においては、被告Yが原告に対してマルコ株を勧誘したこと自体が原告の自己責任の前提を損なうものと言わざるを得ない。被告Yの勧誘が適合性原則に違反することは明らかである。 二 断定的判断の提供 1 証券取引法が断定的判断の提供を伴う勧誘を禁止する趣旨は、それが顧客の自己責任を著しく損なう行為類型の典型である点にある。ここでいう断定的判断の提供は、価格の到達点や上下幅、比率、騰貴ないし下落の時期を具体的に示すことも、「必ず」とか「きっと」といった修飾語を伴う必要もなく、ただ単に上がる、下がるというだけでも断定的判断の提供に該当するとされている(神崎克郎「証券取引法(新版)」三六五頁)。免許を得た専門家たる証券会社の外務員の言葉が持つ重みと顧客に与える影響を考えれば、当然のことと言えよう。 2 具体的事案において断定的判断の提供の有無を判断する際には、細部については言った言わないの問題となりやすい勧誘文言の言葉尻に捕らわれる必要はなく、当該勧誘が全体として顧客の自己責任による判断を阻害するものであったか否かこそが重視されるべきである。以下、重要と思われる判断要素を指摘しておく。  Q まず、当該顧客の属性は最も重要な要素となる。日頃から研究を行っているベテラン投資家であれば、多少オーバーなセールストークがあろうとも、例えば「業績が非常に良い」「この株は一二〇〇円まで上がるはずなのでそのときに売りましょう」といった発言がなされても、これを鵜呑みにはせず、ある程度は自ら情報を検証することができよう。これに対して証券会社に絶大な信頼を有してその勧誘、助言に依拠した取引を行っている素人の顧客に対する有利性を強調した勧誘は、その影響力において全く異なり、右のごとき勧誘文句は断定的な意味合いを持つこととなる。  R かかる属性との関係において、勧誘対象商品の特性も重要である。当該顧客が当該商品の特性、特にリスクを十分に認識、理解できていたか、当該商品についての独自の情報収集手段を持っていたかは、勧誘が与える影響の度合いに密接に関連するからである。  S また、顧客が選択対比できる他の商品をも併せ勧誘したか、リスクの存在を併せて述べたか、顧客に検討期間と検討材料を与えたか、顧客の不安や疑問を押し切るような言動はなかったか、といった勧誘の態様全般が、判断要素として重視されるべきことは当然である。 3 かような観点から見れば、本件はまさに被告Yにより著しい断定的判断の提供がなされたケースと言わざるを得ない。  すなわち、原告は投資意向を明示した上で勧誘に依拠した取引を行っていた者で、株式取引については十分な知識、経験も情報収集能力もなかった。然るに被告Yは、かような原告に対して、それぞれの勧誘機会においてマルコ株のみを勧誘した。これらの勧誘はすべて電話によるもので、資料の交付すら行われておらず、そもそもマルコという会社を知らず、情報入手の術もない原告としては、被告Yの言葉のみにより勧誘に応ずるか否かを決しなければならなかった。そしてその勧誘の言辞は、マルコ株の業績のよさ等、有利性のみを強調したもので、リスク告知は一切なく、不安を漏らす原告に対し、上昇後の価格の明示や、絶対大丈夫、心配ないといった言葉まで呈され、価格下落時の買い増しの際には、「今が底だ」という発言まで行われた。 結局、原告は、自らが主体的判断をなし得ない状況下で、被告Yの判断を押し付けられ、これを信頼し、新規上場時、価格上昇時、価格下落時のすべての局面でマルコ株を購入せしめられたのである。 4 以上に対し、被告Yの供述内容からは、被告らが、被告Yは会社四季報や関連会社たる研究所のレポートにより価格が上昇するとの判断に至ったのであるからこれを基礎とした勧誘は違法ではないと考えている節が窺える。しかしながら、かような論法が通用し得ないことは言うまでもない。この程度の情報が免罪符となるほどに依拠するに値する確実性を持つものであれば、およそこの種情報に精通した機関投資家が証券取引で多額の損失を被るなどということはありえないこととなろう。しかしそのようにはいかないのが証券取引であることは言うまでもない。まして本件の勧誘が行われた時期は、バブル期とは異なり、プロでさえ予想が大きく外れて株価が著しく下落するという事態が日常茶飯事となっていた時期である。かように証券取引は、その本質においてリスクを不可避的に背負うものであるからこそ、証券取引法は断定的判断を伴う勧誘を禁じているのである。  仮に被告Yが一片の根拠もなく本件のごとき勧誘を行っていたのであれば、それはもはや断定的判断の問題ではなく「詐欺」に他ならない。結局、被告らの言わんとするところは、せいぜい被告Yの断定的判断の提供が詐欺にまで該当するものであったか否かに関して意味を持つに過ぎないのである。 なお、以上に関し、原告準備書面R五頁にて指摘した最高裁平成九年九月四日判決(甲一・九三頁)の、株価高騰の情報が既に一般に伝わっていたような場合ですら、証券会社支店長による断定的判断の提供は、顧客に対して利益を生ずることが確実であるとの認識を強めさせる結果をもたらす旨の判示内容は、十分に参考とされるべきである。 三 違法性判断の枠組と一連一体の違法評価について 1 実は、被告Yの行為が形式的に適合性原則違反や断定的判断の提供という定型的な違法類型に該当するか否かは、必ずしも違法性判断を左右する決定的な問題ではない。  免許会社として顧客からの絶大な信頼を基礎に営業を行っており、それ故に顧客に対して誠実公正義務(証券取引法四九条)を負担している証券会社ないしその社員が顧客の自己責任を阻害する勧誘行為を行うとき、当該行為は社会的相当性を逸脱したものとして私法上の違法性を帯びることとなる。適合性原則や断定的判断の提供の禁止が証券取引法の明文をもって規定されているのも、これが顧客の自己責任を損なう行為の典型類型であるからで、明文のない説明義務が判例法理上確立されるに至っているのもまさに同旨である。従って、万一仮に被告Yの行為が個別的には適合性原則違反、断定的判断の提供に該当しないとされる場合にも、被告Yの行為が全体として原告の自己責任による判断を阻害するものであったか否かが検討されなければならない。かような「一連一体の違法性」の手法は、証券取引被害や商品先物取引被害において、最高裁判決を含む多数の判例がとるところとなっている。この種事案においては、時折、違法要素を個別分断の上、各違法要素につき「この一事をもって違法とまでは言えない」との判断を殊更に積み重ね、顧客の請求が棄却する裁判例が見受けられるが、かような判断手法は不法行為の本質に照らして明らかに誤りなのである。 2 かような観点からみた場合、本件における被告Yの行為の違法性は一層顕著である。以下にその基礎事実を列記する。  Q 被告Yは原告から資金の性質や投資意向を明示されており、原告が株式取引に消極的であること、十分な知識、経験、情報収集手段を持たないことを認識しながら、投機性の高いマルコ株を勧誘した。  R 被告Yはその勧誘において、一貫して有利性のみを強調し、一万三〇〇〇円という価格まで明示した。他方、被告Yはリスクを一切述べなかった。  S 被告Yの勧誘に対し、原告は不安を述べ、二の足を踏んでいた。にもかかわらず、被告Yは断定的言辞を交えた執拗な勧誘により、これを押し切って購入を承諾せしめた。  T 被告Yは原告の投資意向を知りながら、これに沿った商品である投資信託や転換社債を売却させて、投機性の高いマルコ株への「乗換売買」を行わせた。  U 上場日当日の勧誘の動機は、上場初値の吊り上げのためであった。そのため被告Yは、原告の無知を利用して非常識と言う他ない高値の指値を行わせた。  V 価格が不安定な二部上場銘柄については、常に売り時を考えておく必要があるところ、被告Yは、およそ売り時を自ら判断し得ない原告に対し、適時の売却についての助言を与えるどころが、価格上昇時にはもっと上がるとして買い増しを勧誘し、価格下落時には今が底と述べて勧誘を行った。 3 以上からは、自らは主体的判断をなす術もない原告が、被告Yの意のままに、投資意向に反した取引に引きずり込まれた経緯と実情が顕著に浮かび上がる。その背後においては、マルコが、被告Yが被告奈良支店で初めて経験した、被告が主幹事を務める奈良の新規上場会社であったという点が大きく影響していたことは明らかである。主幹事たる被告奈良支店としては、マルコ株の「好調」を維持し続けたかったのであり、だからこそ無知な顧客を利用しての上場時の価格吊り上げ、価格を上昇させるための買い増しを行ったのである。 これらの一連の行為が全体として強度の違法性を帯びることは明白であろう。 第四 最後に 原告が結果として被告Yの勧誘を信頼し、依存せざるを得なかったことは責められるべきではない。原告は大切な資金を堅実に運用すべく、資金の性質や投資意向を明示して、これに合致した取引を現に行っていたのであり、もっと儲けさせてくれとか、今の利回りは不満であるなどと述べて、ハイリスク・ハイリターンの取引の勧誘を誘発したなどということは一切ない。本件は、一攫千金を狙った投資家がバブルに乗って能力を超えた無責任な投資を行ったなどという事案とは次元を異にするのである。そして常に念頭に置くべきは、被告らは単なる好意で助言を行う者ではなく、自らの営利のために勧誘を行っている者であり、免許及び前記の誠実公正義務や断定的判断の提供の禁止等の種々の法規制の下で一般市民へのかような勧誘を許容されている者であるという点である。  それでもなお、専門家たる証券会社の勧誘を信頼した者が悪いとされ、本件のごとき事案において被告らの行為に司法のお墨付きが付与されるのであれば、我が国は不公正取引の坩堝と化すこととならざるを得ない。原告のごとき一般市民の資産の運用を活性化しようとする日本版金融ビッグバンの思惑とは正反対に、十分な知識も経験も能力も持たない一般市民がその大切な資産を自衛するためには、金融・証券業界との付き合いそのものを絶つ他はないこととなろう。地に落ちた我が国の金融・証券市場の公正維持と信頼回復のためには、逸脱行為が司法によって厳に断罪され、投資家の信頼が保護されるというシステムが不可欠なのである。  原告の被害全額の回復を実現されるよう、切望する次第である。