平成六年(ワ)第一七三一六号、平成八年(ワ)第六七九五号                       原 告  ***                       被 告 新日本証券株式会社                                他 二 名         準 備 書 面   原告代理人 弁 護 士   渡辺征二郎   平成一〇年七月三〇日 東京地方裁判所民事三〇部 御中  原告の請求原因は三であり、そのうち二つは適合性原則違反であって、他の一つは不当表示による不法行為責任である。 第一、適合性原則違反 一、適合性原則  証券ブローカーは専門知識を持ち、かつ顧客の代理人であるから顧客に証券の取引を積極的に勧誘する場合には、顧客の資金の性格、投資の必要性(ニーズ)に適合した取引を勧誘すべき義務がある。適合性原則の内容は日本証券業協会が述べているが(甲第五号証)、本件原告が主張するものは第一に限られた収入の寡婦が個別株式への直接投資を行うことはリスクが大き過ぎるから適当でなく、勧誘はなされるべきでなかったこと、第二に過当な取引を勧誘すべきでなかったと言うことである。 二、本件における原告の資金の性格、投資の必要性  原告は本件取引当時、夫を失い、高校二年生と大学受験生二子を養育しており、定期的収入は月額一〇万円程度の遺族年金のみであった(原告一回2)。 資金は夫の退職金と生命保険であって、失ってはならないものであった。原告は株式投資の経験も知識も全くなく、新聞に証券欄があることさえ知らなかった(甲第一五号証一頁、甲第二号証C陳述書一、四頁、甲第七号証D陳述書3)。  このような経済的事情のある寡婦が個別株に対する直接投資を行うことはリスクが大きすぎ、合理的根拠がなく、適合性を欠いている(神崎克郎甲第四号証二九頁左側)。 三、被告らの適合性違反の認識 1、被告Bは原告に株式を勧誘する前に原告、口座担当者E、C、原告の母との四人で食事をとっている。その席でいろいろな会話がなされ、その中で原告はBに対し目の悪い病身の母のこと、新聞も読んだことがないこと、息子が時給千円でアルバイトをしているのに株を買って損をすることができないこと、収入は月額一〇万円の年金だけで、夫の退職金は安全に運用したいこと等を話していた(甲第一九号証一頁)。 2、しかるに、Bは原告のこの種の事情を知らなかったし、聞いたこともないと供述する(B28、34)。  この種の情報は本人から直接聞くほか、口座担当者から聞くことができる。  Bは口座担当者であるEから聞くことで容易に知ることができた。  BはEから聞いていない、従って、例えばシャープを買ったのがCであったことを最後まで知らなかったと証言する(B30)。  しかし、一般に適合性が問題となる事件では外務員は責任を回避するため、顧客の資金の性格や投資の必要性について知らなかったと弁解することが多く、本件もそのようなケースである。 3、しかし、証券取引委員会は、適合性原則は顧客の方から経済事情や必要性に関する事実が知らされない限り、適用されないと弁解した事件において、勧誘の適合性を判断するために顧客の経済的事情やニーズに関する情報を知ることなしに、又それを入手する試みなしに、低価格の投機的証券の勧誘を行うことを許すような解釈はできないと判示している(甲第三一号証)。  右は低価格の投機的証券に関する判例であるが、本件のような限られた収入の寡婦に株式を勧誘することも適合性に反していることが明らかで、同様に妥当する。 4、被告Aは支店長の職責が口座担当者の顧客に対する勧誘が適合性を有しているかを監督することにあることを認める(A11〜12)。  しかし、彼は原告の適合性に関し、重大かつ具体的な疑義が生じたにもかかわらず、何ら適切な措置を講じなかった。 5、Aは原告の口座担当者Fから原告との面接を求められている。 Fが原告をAに面接させたのは、Bの勧誘に問題があったからである。FはA支店長に対し、原告が株式が分らないのに取引し、大きな損失を出していること、原告がB課長の取引でいやがっていること、いつも泣かされて困っているがB課長に言っても聞いてくれないこと等を報告している(F発言甲第三〇号証二頁裏)。 FはB課長がFの名前を使って勝手に注文を出すことに激しい怒りを感じていた(右同三頁、四頁)。  FはBの無責任な買わせ方や仕手株を奨めることに疑問を持っていた(右同六頁、七頁)。  原告は「いや」といえる人ではなかった(右六頁裏)。  女の口座担当者は安全な株しか奨めないのに、Bは担当でもなく、主人もいないのに仕手株を奨めており、株数も多かった(右八頁)。  Fは原告の取引の総トータルをとりAにそれを見せたたとき、Aは「お前、何でここまでやったんだ」「何で一人の客に対してここまで損を出させた」「こんなに出させたら問題になってもおかしくない」旨を述べていた(右一〇〜一一頁)。  被告会社総務課長は「こんなのはお客様に見せられない」と言っていたし、F自身も「これを原告に渡すのはまずいが、渡したって原告は分らないだろうと思った」。  それは「戦慄が走る」感じであった(右一一頁)。  支店長室に来て一〇分や、二〇分でなく、泣きながら一時間も話していて「僕は何も聞いていないとか、何も分らなかった」「お客が何を言いたかったか、把握できなかったとかでは済まない」「むしろ、逆にお客様に聞かなければならないのが支店長の立場である」「実際は聞くのがヤバイのであった」(右一三頁)。 四、被告の責任 1、Bは原告が株式投資を行うことがそもそも適していないことを認識しながら無謀にもこれを無視し、原告に対し積極的に個別株への直接投資を勧誘した。 もし、Bが適合性の観点から原告に株式投資を勧誘しなければ、本件の株式取引は行われておらず、従って、株の値下がり、値上りとは関係なく、原告に取引上の損害も利益も発生することはなかった。  結果的に利益となった取引もあるが、それは勧誘の不当性を免れさせるものではない(神崎克郎甲第四号証二三頁右側)。  しかし、公平の見地から利益を損害額から控除している。 2、Aは口座担当者Fから原告の適合性に関し重要な情報を入手し、又直接原告と面談しながら、原告から適合性に関する情報を全く得ようとしなかっただけでなく、原告が損失補填を求めていると勝手に解釈し、Bに対し何らの監督上必要な行動をとらなかったことが明らかで、監督責任は明らかである。 第二、過当取引の主張 一、過当取引は顧客の資金の性格や投資の必要性に照らして過大な取引を勧誘することであり、量的な面における適合性原則違反と解されている(甲第三二号証2)。 前項の株式投資を奨めること自体の適合性違反は顧客の資金を不当に大きなリスクにさらすことで質的な面からの適合性違反である。 過当取引の要件は第一に取引が過当であること、第二に外務員が口座を支配していたこと、第三に故意である。  これらの要件で過当取引の成立を認め、顧客に賠償を命じた判例は米国に多数存在する(例えば、甲第一一号証参照)。 二、 取引の過当性は回転率で表わされ、理論上の最下限は年率回転率一であると解される(甲第九号証7)。  本件原告の場合は、そもそも株を買うこと自体が適合性を欠いていたのであるから、回転率は最低の基準で足りると言うべきである。  アメリカで低い回転率であっても過当性が認められた例としてはLooper事件において年率二・四等(甲第三四号証)、SHEARSON事件において年率三・二七等(甲第三五号証)、RICHARD N事件において会計士につき年率一・九(甲第三六号証)、FIRST SECURITIES事件において年率一・七(本件は寡婦の事例、甲第三七号証)、ジョン・レイノルズ事件(甲第三二号証)において年率四・八でそれぞれ過当性が認められている。  アメリカでは年率二回を超えると過当取引の可能性が生じ、四回を超えると過当取引が推定され、六回を超えると決定的に過当取引と見なされるとする説が支持を集めている(甲第二四号証(四)222頁)。  本件原告の回転率は全期間においては年三・六七回であるが(甲第一三号証)、取引が激しかった期間(平成二年四月から同一二月)においては年率八・八六回である(甲第三九号証)。 三、口座支配の要件の本質は顧客の口座担当者に対する信頼の問題である。  すなわち、顧客が外務員の勧誘を信頼し、それに従って取引したか否かという因果関係の問題である(甲第二六号証の一)。  そして、実際上の口座支配の有無を決める要素は@顧客が高度の知識を欠いていることA顧客が過去に株式取引の経験を持たないことB証券分析・調査のために使える時間が少ないことC顧客による取引の大きな割合が外務員の勧誘に基づいたものであることD勧誘に対する顧客の承諾が外務員による完全で真実な情報に基づかないこと等である(甲第二八号証3)。  そもそも原告は株式がどういう場合に値上がりし、どういう場合に値下がりするのかについては全く分っていなかった(原告一回11)。 東証株価指数、株価収益率、出来高等、相場の先行を予測する基礎的な指標についても何の知識がなかった(原告一回12)。  Bから株の勧誘を受けてもそれを理解することができなかった(原告一回18)。 Bから説明を受けても分らないため、口座担当者のE、Fに聞いてくれと言っていた(原告一回19、25)。  原告は取引した銘柄の中で会社の名前さえ知らないものが多い(原告一回34〜39)。 又、口座担当者Fが指摘するように、原告の口座では仕手株(投機性の強い株)が取引されている(日本金属、倉紡、帝人製機、椿本興業、本州製紙、日重化、大和紡、北越紙、谷藤機械等)。仕手株が多数取引されているということは、外務員の口座支配を裏付ける証拠である(甲第九号証7参照)。  本件は支配の要件を典型的に満たしていることが明らかで、Bによる口座支配については何らの疑問がないと言うべきである。 四、故意  過当取引の故意は末必の故意である。  Bは原告の口座を毎日モニターしていた(B48)。  Bは自己の勧誘により次々と口座残高が減少していくことを無謀に無視し、取引を継続した。Bが基本的、本質的に原告の利益を無視していたことは大宮支店での原告の口座担当者Dの陳述書によっても裏付けられる。  すなわち、大宮支店は新規店舗なので株の商いが少なく、そのために、**支店で原告の口座を自分の思うように動かしていたBは原告の口座を**支店に移したのである(甲第七号証3)。  そして、上司(支店長)から数字を要求されたとき、いつも原告に損を出しても売ってもらい、手数料を稼がせてもらっていたのである(右4)。 又、Bは山之内製薬の転換社債を一〇八円という高値で原告に売りつけたが、それは、新規上場日に商いを成立させるための成行きの注文が必要であったからで、Bがそのために原告の利益を犠牲にしたものであった(飯田陳述書甲第二〇号証)。 五、損害  過当取引による損害額の算定については争いがあり、投下元本全部の賠償を認めることは、被害投資家がかえって不当な利益を得ることがあり、市場全般の変動率によって調整すべきであるとする説がある(甲第二九号証)。 しかし、本件の場合は下落相場を予期しながら過当取引を行ったのであるから、全額の賠償を認めることが妥当である。 第三、不当表示ないし不表示による責任(不法行為) 一、被告は株式ブローカーであり、原告の代理人であるから必然的に忠実義務の関係に立つ(甲第二号証11)。  代理人の具体的な義務と注意の程度は彼と顧客との関係の性格に関係する。 例えば、株式ブローカーはある顧客のために単に注文を執行するため、取引所に注文を伝えることでその導管としてのみ行動することもあり得るし、顧客のために助言者としての立場で行動することもできる。  後者の場合、ブローカーの顧客に対する義務は実質的に広くなる。  忠実義務を負う者として株式取引の助言を与えるブローカーは顧客の取引意思決定に関連して合理的に確認できる全ての重要な市況情報を知る義務を有し、加えて、ブローカーは彼の顧客にこれらの重要な事実を説明すべき忠実義務を負っている(Gordon事件甲第二号証11〜12)。  かくて、外務員は過失によって先物取引のリスクを顧客に告げない場合であっても民事事件を負う(甲第二号証)。  その他、ブローカーが顧客に説明すべき事項については甲第一号証、三号証、二七号証、四一号証、四二号証を参照されたい。 二、Bは原告に対し、売り取引の理由について何ら合理的な説明、又は開示をしていない。  例えば、帝人製機を業績が倍になるということでBは自信を持って勧誘したが三九日間で一三万六千円の損をして売却を助言している。  この売却は帝人製機という銘柄に悪材料が出たからではなかった。  それは、帝人製機よりももっと早く値上がりする銘柄が出てきたから、帝人製機を損切りして次の銘柄に移ったのである(B37〜39)。  Bの勧誘は基本的にこのパターンの繰り返しである。 三、理論上、口座における各買付は健全で合理的な投資判断に基づいている。  従って、もしその証券が購入後短期間で売却されれば、当初の買い推奨の誠実性に関して問題が生じる。そして、ブローカーはもしあれば、前の判断を変更するに至った諸事実を明確にする必要に迫られる(甲第四〇号証3注)。  Bは原告に対し、業績が倍になるから値上がりすると言って奨めたのであるから、値上がりせず処分する場合には業績が良くても値上がりしなかった理由を説明すべきであった。そうすれば、原告は以後少なくとも好業績を根拠としたBの勧誘には従わなかったであろう。  Bはこの重要な事情を説明しなかった。  加えて、Bは帝人製機よりも早く値上がりする銘柄が出てきたから帝人製機を損をしても売却することを奨めた。  これは、乗換えに伴うリスクの不当表示である。  業績が倍になるような銘柄でさえ値上がりしない相場環境において、その銘柄よりも他の銘柄が早く値上がりするという投資判断は専門家でも著しく困難、又は不可能である。 Bは乗替えに伴うリスク、すなわち乗替えた銘柄の方が早く値上がりし、売却損をも回復できるとする特別な事実ないし判断過程を明らかにすべきであった。  Bは、そのような必要な説明をしなかったどころか、「今度こそ大丈夫」と言って、積極的に乗換を勧め、又外れたら坊主にする、ちょっと貸してくれ、首をかける、絶対大丈夫等という言葉を用いて積極的に売り買いを勧めている(原告一回32,40)、売り主注意せよの法理の下、かかる勧誘はそれ自体違法である(甲第一六号証)。 Bのかかる勧誘がなければ、本件のような損をしながら次々と乗替えるという取引は行われなかった。 四、加えて、Bは又重要な市況情報を原告に告げなかった。 Bは平成二年七月当時、湾岸戦争が解決するまで相場は難しく、相場は弱いとの認識を持っていた(B43)。  相場全般が弱いときは多くの銘柄が低迷する。  例外的に値上がりする銘柄がないとは言わないが、そのような例外を追い求めることは 少なくとも一般投資家にはリスクが大きく、むしろ相場全般の好転を確認するまで投資を控えることを助言すべきであった。  Bは証券の専門家であり、又原告の代理人として、原告の利益を保護すべき立場にあったからこの説明義務は当然である。  この説明を受ければ、原告は取引を継続することはなかったであろう。 五、Bが多くの銘柄を損をして売らせているということは、前述の如く実は買い推奨自体に問題があったということである。中には利益の生じた銘柄があるが、それは勧誘が正当なものであったというのではなく、運が良かったにすぎず、全ての取引の勧誘が不当表示によるもので違法であったというべきである。 六、以上、本件の全ての取引はBの不当表示、又は不表示によるもので、そのような表示がなければ取引が行われておらず、原告は損害を被らなかった。 よって、Bは不法行為に基づき賠償義務がある。但し、利益の部分は公平の見地から除外している。 第四、被告らの抗弁について 一、原告に対して売買報告書等の書類が渡されていたこと 1、本件原告のように課長という肩書きを有する外務員を証券の専門家と全面的に信用して取引を行う者は求められる書面については、言われるがままに署名するものである。 様々な書面に署名したことは、かえって適合性の問題や不当表示の問題に気がついていなかった証拠である。 2、特に、過当取引に関しては、素人の顧客が確認書や報告書から過当性を認識することは不可能である(甲第九号証12)。 二、原告が現金その他の受渡しに応じていること  これも同様に勧誘の適合性を正当化するものではない。Bは肩書きを有し、熱心なやり方で自信をもって勧誘した。彼は効果的なセールスマンにとって必要な説得的な声を備えており、利益の可能性に関するBの表示は緊急の感覚と結合してセールス・テクニックを非常に効果的にしたのである。  原告はより控えめにその確言に従って入出金に応じたのであって、このような状況はマキンスキー事件のような判例(甲第四二号証)を読むことで理解できる。 三、苦情を述べていないとされること 1、原告は証券取引について全くの無知で苦情を申し出るということさえ知らなかったのである。  原告を良く知るCは原告が苦情の言い方も知らず、性格的にも苦情の言える人ではなく、支店長室に行くこともいやであったが、支店長と面談したため、かえって安心したと陳述している(甲第二一号証5)。  原告の口座担当者Fは支店長と面談することを提案した際、原告がいやがり、しりごみし、かえって迷惑であると言うほどの遠慮さであったと発言している(甲第三〇号証一頁裏)。 2、要するに、原告は本件のような証券詐欺についての知識が全くなかったため、「どうしよう、どうしよう」と思っても(原告二回33)、具体的な方策が取れなかったのである。  それは無理もない話で、一般の人に証券会社というところが「賭事の世界で勇気と度胸と悪どいことをしないと残れない」(飯田陳述書甲第七号証4)ということを明確に知ることを求めるのは酷である。証券業界に不正が常に発生すること並びに裁判所の任務につき甲第二五号証13以下を参照されたい。  更に、これまでの証券行政が業者優先であったことにつき甲第三八号証を参照されたい。 四、被告らは原告が支店長と面談した後にも取引をしていること  この取引は後に証券事故として表面化することを恐れたAとBが意図的に行った取引である。  Aは前述のように、原告の口座の動きを見て衝撃を受けている。  そこで、その後にもBの担当での取引が行われている事実を作り出し、Bの勧誘に問題がなかったような外観を作り出したのである。  すなわち、七月一一日のシマノの取引はBから支店長がシマノが大きく値下がりしているのでナンピン(安値で買い増す)しておいた方がよいと言っているのでそうして下さいという旨の勧誘が行われたのである。  支店長と会った直後であったため、原告は支店長が特別に配慮してくれたものと思い取引に同意した。  原告が証言で「私が注文した形を取りたかったんだというふうにFさんから聞いている」と言っているのはその趣旨である。  その取引を最後としてBは転勤している。                           以上