大阪地方裁判所 平成四年・第二一八七号 損害賠償請求事件 原告準備書面(一六)   原告   X   被告  和光証券株式会社  右当事者間の頭書事件について、原告は後記の通り弁論を準備する。 一九九七(平成九)年二月二一日   原告訴訟代理人 弁護士  三  木  俊  博 弁護士   櫛田寛一 弁護士   中井洋惠 大阪地方裁判所 第二四民事部  御中 目次 第一、はじめに 四 第二、過当取引の違法要件について 五 一、違法性認定要件に「悪意性」は不要 五 二、本件過当取引は「悪意性」要件をも充足 一二 第三、一部取引における違法性と因果関係について 一三 一、原告との関係における変化の不存在 一四 二、被告準備書面添付別表の恣意性 一五 三、変わらない不合理な取引の反復継続 一七 第四、ワラント取引の違法性について 二七 記 第一、はじめに  被告は、平成九年一月一七日付準備書面において、 @ 過当取引が違法と評価されるには、原告主張の「取引の過当性」と「コントロールあるいは口座支配(実質的一任売買)」の二要素の充足だけでは足らず、さらに「悪意性」の要件を充足することも必要である。  しかし、本件取引におけるA課長の行為にはこの「悪意性」がない。 A 本件取引のうち、平成二年七月から翌三年二月までの取引分は過当取引としての違法要件を充足しない、すなわちその(いわば)一部取引は違法なものではない。 B 同じく本件取引のうち、ワラント取引分についても、適合性原則違反、説明義務違反の違法性がない。 C たとえ、本件取引が違法であるとしても、相当因果関係の範囲内にある損害は限定される。 と反論している(@につき同書三〇〜三三頁、A〜Cにつき同書四三〜五〇頁)。  そこで、以下、被告反論@〜Cに対して再反論するものであるが、まず@点への再反論を行なった上、AC点は関連性があるので合わせて再反論することとし、最後にB点に再反論する。 第二、過当取引の違法要件について 一、違法性認定要件に「悪意性」は不要 1、被告は「悪意性」が必要々件とすべき理由を次のように主張する。  すなわち、被告は「過当取引はそれが一任的な取引であれ、その取引の計算の結果(損益)は当該顧客に帰属することが予定されて(いる)」とした上(同書三一頁)、事後的に見て、「取引の過当性」と「コントロールあるいは口座支配(実質的一任売買)」の二要件を充足していたというだけで、同取引を違法とし、その損害賠償を認容するならば、「顧客の意向、希望に沿って当該顧客の利益になると考えて行なっていた全ての取引について」「結果的に損失が生じれば損害賠償金の名目のもとに、当該顧客の損失が補填されることとなり、事実上、損失補填を容認することになる」からであり、この結果は不当であり法が予定しないものであると主張するのである(同書三一・三二頁)。 2、確かに、証券取引における損益は顧客本人に帰属し、損失は同人の負担となるのが本来である。契約上及び事実上(実質的)一任売買の場合であっても同様である。  しかし、被告主張のように過当取引の場合であってもそうだというのは当たらない。「過当取引」というのは、そのような本来の論理が貫徹し得ない場合を指称し、その要件を明確にしようとするものだからである。  前記した本来の論理、これは「自己責任の原則」と呼称されるものであるが、過当取引は、この自己責任の原則だけで事を決し得ない事情がある場合があるとして、その事情は何かを見極め、それが認定される時には、顧客が蒙った損害の全部又は一部を証券会社にも負担させようとするものである。被告の言葉を借りて表現すると、「当該取引による損益、即ちリスクは当該顧客が負担すべきである」とは言い得ない場合に関する議論であり、そうでない場合を前提とした法理なのである。言葉をかえると、一連の取引が一定の事情=要件を具備する場合に、それを「過当取引」と命名(あるいは定義)しているのであり、その場合には本来のように「その取引の計算結果(損益)」を「当該顧客に帰属する」こととせず、(いわば)例外的にその全部又は一部を証券会社にも帰属(負担)させることが正義・公平にかなうとする法理なのである。  このように、過当取引の法理は自己責任原則が働かない(いわば)例外的な場合に関する法理であるから、同原則が有効に働くことを前提とした上で、顧客の損害に対する賠償は実質的に(違法な)損失補填に該当するとの被告主張は、そもそもその前提において誤っていると言わざるを得ない。 3、そして、過当取引を違法と認定するための要件として、証券会社あるいは担当社員の「悪意性」=顧客の意向及び利益を無視して証券会社あるいは担当社員の利益を図るのを目的としていること の要件は不必要である。 ・ 被告が同要件を必要と主張するのは、既に2で批判した誤った理由の他に、米国証券判例において、同要件が必要とされていることにも影響されているのではないかと推測される(原告準備書面・三四〜三七頁)。  米国においては、過当取引(チャーニング)の違法を主張して損害賠償を請求するには、証券取引法一〇条b項、同一五条C項及びその下位法令であるSEC規則一〇b−5(いわゆるテン・ビー・ファイブ)が適用される。そして同法令・規則が「証券詐欺」の禁止規定と言われ、その要件充足には「詐欺」としての主観的要素が必要とされ、同要素として「悪意性」=顧客の意向及び利益を無視して証券会社あるいは担当社員の利益を図るのを目的としていること が必要とされているものと理解される。  しかし、その「悪意性」要件は、判例上の文章表現としては必要とされるものの、訴訟実務における実際の事実認定あるいは評価判断にあっては、特にそれについて詳しい認定・判断なしに賠償責任が認められるのが通例であり、「取引の過当性」「コントロール(あるいは口座支配)」の二要件が充足されれば、当然に「悪意性」要件の充足も推認されるとされている(甲A一・山下正信教授「証券会社の投資勧誘」三二五頁。なお、同旨につき甲A一八−一・今川嘉文「証券の過当取引にける民事救済の実現」九〇頁)  大阪弁護士会消費者保護委員会の訪米調査において、関係弁護士から事情聴取した結果も同様であり、端的に、過当取引の違法要件は「取引の違法性」「コントロール(口座支配)」の二要件であるとして、「悪意性」要件は不要とする見解もあった程である(平成五年七月九日に提出済の同報告書・アメリカに学ぶ証券取引被害救済の実務八頁他 ご参照)。  この米国における実務上の取扱いは、証券会社が業として投資勧誘等を行なう者であることや、主観的要件(の充足事実)については、他の客観的な事実を重視して推認するという法律実務上、当然にして正当な認定手法に鑑みれば、我が国の法論理、法実務に照らしても、十分に首肯しうるところである。 ・ 「証券詐欺」の概念の下に過当取引の違法性を把握しようとする米国判例法理においてすらこのように(形式的にはともかく)実質的には「悪意性」要件を必要としなくなっている。まして、我が国においては証取法上の明文規定をもって証券会社に「誠実公正義務」が課され(四九条の二)、「適合性原則」の遵守が義務づけられている上(五四条)、証券会社と顧客との間の証券取引が委託(任)取引であり、しかも継続的取引関係にあってそれゆえ証券会社が「善管注意義務」(あるいは「忠実義務」と言ってもよい)を負う者であることから、その投資勧誘・業務遂行々為の民事的違法性を把握するのに、何も「詐欺」の概念を用いる必要はなく(具体的に言えば、前出の米国法令・規則に対応する我が国証取法の規定である同一五七条の要件該当性を吟味する必要がなく)、直接に、証券会社の顧客に対する行為が「善管注意義務」に違反するか否かを問えばよいのであって、その違法要件が何かを見極めれば足りるのである。換言すれば、民法四一五条債務不履行あるいは同七〇九条不法行為に該当する「違法性」の要件を定立すれば必要十分であって、そこに「悪意性」なる特別加重要件を追加する必要は全く無い。それを必要とする被告主張の誤りは明らかである。  なお、森田同志社大教授もその論文「証券会社と顧客との関係」において「過当取引を証券取引法五八条(現行一五七条)違反としてとらえる必要性があるのかどうかが疑問である。むしろ、不法行為責任が比較的広く認められる我が国では証券会社が忠実義務に違反したかどうかこそが問題であって、それが証券詐欺を構成するかどうかは私法上それほど重要ではないといえるからである」とした上、「むしろ、売買回転率などの指標や、あるいは適合性原則からみて著しく過当と思われる取引を勧誘し取引させたことが、忠実義務違反となれば足り、これをもって不法行為責任を問うための違法性を満たすというべきではないかと思われる」と指摘されるところである(甲A二〇・六九六〜七頁)。  また、大阪地裁平成七年七月二四日判決も同様の法理解に基づいている(甲A一六・判決書・過当取引の項 参照)。  これらは法理的、学理的に正当と理解されるが、ただ一点、訴訟実務の場においては、右法理・学理を踏まえつつも、何らかの具体的要件を定立し、それに沿って認定・判断を下すことが有用であり、法定安定性確保のためにも必要であると言える。  原告は、それが「取引の過当性」と「コントロールあるいは口座支配(実質的一任売買)」の二要件であると主張しているものである。 二、本件過当取引は「悪意性」要件をも充足  以上の次第で、過当取引の違法要件として「悪意性」は不要であるが、本件取引においては「悪意性」要件を優に充足する行為がA課長によって実行されたものである。  すなわち、A課長によって遂行された本件取引は、原告準備書面・第二本件取引の事実関係(同書九〜二六頁)及び同・第三本件取引の異常性(不合理性)の補充、同第四取引の過当性(同書三四〜七〇頁)で指摘した通り、到底、原告に適合しない大量かつ頻回であるばかりか、その中では繰り返し不合理な売買取引が実行されたのであり、そのような本件取引を通して、わずか一年八ヶ月=二〇ヶ月の間に、被告会社は原告の損失二億二三五四万円余のうち一億六五七一万円余、すなわち約七割五分に相当する金額を手数料等の収入として獲得したのである。  被告は、A課長が原告の意向に沿って、その利益を図るべく本件取引を行なった旨主張して、同課長が「善意」であったかのように描き出そうとしているが、前述した通り、誠実公正義務と適合性原則遵守義務の下で「善管注意義務(あるいは忠実義務)」を負う同課長が、前記の内実を有する異常(不合理)な本件取引を実行したのであってみれば、これを、到底、自己(あるいは自社)の利益(手数料収入等)を優先することなく、原告の意向・利益を図るべく行なったものであると認めることはできない。  A課長の「悪意性」(少なくとも重過失)は余りにも明らかと言わざるを得ず、それを敢えて「善意」とかばう被告主張は失当である。 第三、一部取引における違法性と因果関係について  被告は、平成二年六月末を境にして、本件取引を同以前と同年七月以降の取引分に分断し、右以降は違法性がない旨主張する。  しかし、原告が信用取引を勧誘され開始した平成一年七月二五日以降の取引は終始一貫して変化のないものであり、到底、本件取引を被告主張のように分断して考察・把握することはできない。 一、原告との関係における変化の不存在  原告準備書面・第二、六・(二八頁)において記載したように、平成二年六月末に被告会社内部においてどのようなことが行われたのか不詳であるが、いずれにしても、被告会社と原告との関係においては、右を境としてその前後に何らかの変化が生じたことはない。  すなわち、まず株式の購入(買建)および売却(決済)における時期・銘柄・株数・価格の選定はいずれもA課長が行っていたことに何ら変わりはなく(同年九月以降の決済を原告が拒んだかのような被告主張もあるが、少なくとも同年八月以前についてはA課長がその一存で行っていたことは争いがなく、また右決済拒否の事実がないことは右準備書面第二、六・(二九頁)において記載した通りである)、また、原告の被告会社およびA課長に対する信頼についても何ら変化がなく取引が継続されていたのである(不信感が生じたのは一〇月以降である)。C支店長も「Aとの間に、他人が入れないような信頼関係が永田さんとの間にあるというお話でしたが、それは六月二九日以降もあったと聞いていいですか」「はい」と認め(C八・四・一七調書四六丁)、A課長もまた同旨を証言するところである(A八・一〇・九調書三一丁)。  従って、被告会社の内部で何かあろうとも、原告との取引関係においては何ら変化がなかったことは明らかである。 二、被告準備書面添付別表の恣意性 1、被告は平成九年一月一七日付準備書面添付の別表・、同・において、殊更に、保有期間の長い株式のみを取り出して列挙し、平成二年七月以降は、取引の態様が変化したかのように主張する。  しかし、同月以降も保有期間の短い売買取引が多数あったことは、当事者間に争いのない「現物取引一覧表」並びに「信用取引一覧表」を一瞥すれば明らかである(参考に本書末尾に該当部分のみ再添付する)。  同月以降も小刻みに売買取引が繰り返され、特に短期損切りが繰り返されており、依然として、A課長の短期損切りの取引手法が何ら変化していないことを容易に読み取ることが出来る。なお、その具体的特徴については後述する。  確かに、株式の長期保有も登場するようになっているが(但、正確には「長期」とは言えず、単に以前に比して「短期」とは言えないという程度のことである)、それについてはA課長による短期損切りの取引手法に変化があったからではなく、当時は株式相場が冷え込んで、早期に決済すれば、大きな損失が顕在化する状況にあったことから、同課長がそれを恐れ、購入した(買い建てた)株式を処分することができずに、含み損をずるずると引きずっていた(そして最後になって投げ売った)からに過ぎない。 2、また、被告は、平成九年一月一七日付準備書面添付の別表・において、取引回数を記載し、平成二年七月以降、取引回数が激減したように主張する。  しかし、原告が準備書面・第二、六・5(三二頁)において記載したように、平成二年一〇月以降は、新規、すなわち「買」の取引はほとんど行われておらず、従って、「買」による損害も発生していない。同月以降は、いわば右以前に購入した(買い建てた)株式を売却処分して行った敗戦処理の期間であり、右時期の取引とそれ以前の取引とを比較することは妥当でない。  むしろ、A課長の取引手法が変化したかどうかを見るには、同年七月ないし九月の間で見る必要がある。  すると、原告の同時期における取引回数は、注文回数で見ても、信用取引五三回(売・買)、現物取引二五回(売・買)、以上計八八回(売・買)−被告準備書面添付別表・より− であり、一ヶ月に引直すと約三〇回、すなわち一日に一回以上の売買取引であって、やはり頻繁な取引回数であることは明らかである。 三、変わらない不合理な取引の反復継続 1、具体的な売買取引の内実を検討すれば、A課長の取引手法が何ら変わっておらず、以下に述べるように不合理な売買取引を継続・反復していたことがより明らかである(原告準備書面(一五)添付「乗り換え経過表」参照)。 ・ 富士フィルム株  六月二九日富士フィルム株二万株を四七〇〇円の単価で信用取引の買建てをしている。この投資行動はこれから株価が上がるであろうという相場観によるはずのものである。そして七月二日に四六三〇円で損切りしている。この損切りは、これ以上は値上がりを期待できないからのはずである。ところが、この七月二日に損切りした同額の単価でまた買い建てている。損切りまでした、確たる値下がりの相場観を持つ者が、同日に同一銘柄を損切りした上、さらに同額で買い付けるであろうか。短期損切り決済であるばかりか、手数料稼ぎ以外に合理的説明がつかない買い直しである。 ・ ソニー株  ソニー株を六月二九日に八九七〇円で一万株を買いつけながら、七月六日に八七七〇円から八七六〇円で損切り決済している。建て株してこれほどすぐに決済する必要性は見い出せない。決済期限までまだ半年あるのだから、もう少し時間をかけて今後の値動きを見ておくことができる。建て株した早々に値段が下がったと言って、あわてて決済しなくてもよい。それほど早く決済するぐらいなら初めからこの銘柄を選ぶ必要はなかったのである。不合理な短期損切り決済である。 ・ 蝶理株  七月二日に一一五〇円から一一九〇円の水準で六万株も買い建てしておきながら、七月六日に四万一千株を一一三〇円の水準で損切りしている(その前日七月五日に一一七〇円で処分した一万九千株についてもわずか一九、四七三円の利益)。これも短期売買、短期損切り決済である。この蝶理株も、決済期限までまだ半年あるのだから、もう少し時間をかけて見ることができた。建て株した早々に値段が下がったと言ってあわてて決済しなくともよいはずである。 ・ 日立工機株  七月五日に二四〇〇円から二四一〇円の水準で一万二千株を、七月六日に二四〇〇円から二四三〇円で六万株を買い付けており、七月一八日に一万三千株を現引きした以外は、五万九千株を同日に二三八〇円から二四〇〇円の水準で損切り決済している。これも短期損切り決済である。  更に、この現引が問題である。現引は、通常、信用取引の決済期限間近かになって、その時点の市場株価が買付金額より下回っている場合、決済して損失を現実化することを回避し、現物株を持って同株の含み損として内在化させておき、将来の値上がりを待ちたいと考えたり、またはその株自体を資産株として保有したいと考えたりして、その際に採られる手段である。しかし、この現引の場合は七月五日・六日に建て株して、早くも同月一八日に現引きしており、その投資判断に合理的理由を見出せない。  但し、時に、建て株後、比較的早期に現引し、直ちに売却するという投資方法もないではない。しかし、それは次のような場合である。つまり、信用取引で決済して利益が出る時、信用取引決済益に対して二〇%の税金を支払わなければならない。それに比べて、現引きして現物株を保有すれば、一.数%の税金で済む。そのようなことから節税対策として、一旦、現引という方法をとる、そしてその後に同株を売却するということがある。節税対策というそれなりの合理性があるとも言える。  しかし、それは建株時点より値が上がって、利益が生じる場合のことであって、本件日立工機株のように値が下がって損で終わる場合には、そもそも節税対策など不要であり、あり得ない。この点でも合理的理由は見い出せない。  結局、この現引きと同日の売却は、決済期限直前でもなく、利益が上がっているわけでもないから、全く無意味なものである。それでも、被告会社は原告から売買手数料を受け取ることができる。 ・ 東日本ハウス株  六月二八日に一二、九〇〇円で買付けた五〇〇〇株につき、七月一三日に三〇〇〇株分を売却している。そのうち二〇〇〇株については一二、八〇〇円・一二、七〇〇円での損切り売却となっている(なお、一〇〇〇株についても一三、〇〇〇円での売却で利益はわずか)。残り二〇〇〇株は七月一八日に一一、三〇〇円で売却している。この二回の売却は、前者が日本システム株への乗り換えの財源捻出のためであり、後者が日立工機株の決済損の支払財源確保のためであった。いずれも短期乗り換え売買のために、敢えて短期損切り売却しているのである。 ・ 日本システム株  七月一三日に八一九〇円から八二〇〇円で五千株を現物買いしている。そのうち四〇〇〇株を七月二六日に八〇〇〇円から八〇一〇円の水準で売却した上、ドイツ銀行株五七〇株を七五、三〇〇円で買い付けている。乗り換え売買のための短期損切り売却である。なお、このドイツ銀行株は購入後八月三日・六日に七四、三〇〇円・七三、二〇〇円で、八月三一日には六三、五〇〇円から六二、九〇〇円で売却している。 ・ 天辻鋼球株  七月一六日に、森ゼンマイから乗り換えて、天辻鋼球株を三七〇〇円で購入し、七月二六日に三五四〇円で売却している。やはり短期損切り売却である。 ・ 日揮株  七月一八日に三一六〇円で買い付け、八月三日に二八二〇円で売却している。これも短期損切り決済である。 ・ 三菱商事ワラント  A課長は原告に何らその証券性格と危険性を説明することなく、その一存で七月一八日に三菱商事ワラントを単価二五.一〇ポイントで三四〇ワラント、金額にして四二六八万円分も購入している。その後やはり同課長の一存で一二月二〇日に一四.一四ポイントと一四.四一ポイント、平成三年一月一一日一二.八七ポイントで売却し、総損金は二一、五二二、〇八二円にのぼっている。  この他、右同様の態様で七月二〇日に住友金属ワラントも購入し、八月九日に売却している(損金二〇三、五三〇円)。 ・ 靴のマルトミ株  靴のマルトミ株を七月二〇日に八七九〇円から八八〇〇円の水準で一万株買い付け、八月三〇日と九月四日に六二〇〇円まで急落した時に売却している。前同様、短期損切り売却である。 ・ 星電器株  八月三日に二八七〇円で信用買い建てし、九月二一日に一八四〇円、一八五〇円、九月二七日に一四九〇円で決済している。やはり短期損切り決済である。 ・ アルパイン株  アルパイン株については八月三〇日に日本システム株から乗り換えて二一二〇円から二二七〇円で二万株、ドイツ銀行株から乗り換えて三一日には二万五千株を二四〇〇円・二五〇〇円で、以上合計四万五千株買いつけている。四万五千株もの大量買い付けの事実は被告会社とアルパイン社との間に何らかの特別な関係があるのではないかとすら疑わせる。 2、以上のように、本件取引においては平成二年七月以降も短期損切り決済や回転売買等々不合理な売買取引が改められることがないまま反復継続され、その結果、多額の損失が発生するに至っていることが明らかである。 ・ ところで、信用取引の短期売買は、手数料稼ぎを主たる目的とするものであるが、それに加えて担保限度超過(担保不足)の状態で信用取引を行うために、担保超過状態の期間を目立たなくするために行われている可能性もある。 ・ また、現物取引の短期売買は、手数料稼ぎの目的の他に、証券会社の営業政策上の理由から、ある特定の証券を顧客に「はめ込む」ために行われることがある。すなわち、引受業務の顧客である発行企業へのサービス、例えば同顧客企業が保有株式を大量に放出・売却する場合に、言い値が通る「受け皿」として、また同顧客企業が新株発行などのエクイティファイナンスを行う際に、やはりその「受け皿」として一般投資者、個人投資者に買い付けさせる=(俗に言う)「はめ込み」することが往々にして見受けられ、本件取引の中にもその疑いがあるものがある。 ・ なお、被告会社の内情に詳しい者が原告訴訟代理人に告げるところによれば、本件取引は、被告会社自身、その過当性に気付き、自主的規制として、池田支店に本件取引の凍結を指示していたはずである、被告会社内で言うところの「顧客口座にロックがかかっていた」はずとのことである。  ところが、ロックがかかればA課長の過当取引が原告に発覚するので、これを隠蔽するため、同課長はB・C支店長にロックの解除を要請し、同支店長は本社の営業ブロック長に懇請してロックを解除してもらったと考えられるとのことである。そのような内部手続で、本件取引のように異常なまでの過当取引が継続され得たと考えられる。 四、まとめ  以上の次第で、平成二年七月以降も、本件取引は他の社員ではなくA課長が担当し、原告の信頼関係に変化のないまま(少なくとも一〇月までは)、同課長が主導して売買取引を実行していたのであり、しかもその取引手法においても従前の通り、短期損切り等の不合理な特徴を有する取引を継続・反復していたのであって、結局、同年七月以降も本件取引の違法性が切断されたり、損害との相当因果関係を欠くに至るような事情の変化が生じていないことは明らかである。  被告反論はこの点でも当を得ていない。 第四、ワラント取引の違法性について 一、被告は、本件取引のうち、ワラント取引について、原告が適合性原則違反と説明義務違反の違法があると主張したのに対し、@原告は預り資産を二億から三億、三億から四億に増やすことを期待し、その結果を求めて信用取引を開始した。それが原告の投資意向であるから、短期間に大きく値上がりが期待できるワラントはその意向に適合した証券である、A原告は証券の性格を知って投資するか否かを判断するつもりがなく、売買対象証券の選定をA課長に委ねていたのであるから、A課長においてワラントの証券性格を原告に説明する義務はなかった と反論する。  そこで、以下、被告反論に再反論するが、ここでは原告準備書面・末尾添付のワラント取引一覧表記載のワラント取引を「本件ワラント取引」と呼ぶこととする。 二、しかし、まず本件ワラント取引の中でも改めて注目する必要があるのは三菱商事と住友金属のワラント取引である。  それらは平成二年七月一九日(三菱商事分)と同月二六日(住友金属分)の購入であり、その上両ワラントで合計一九、六〇六、七六三円と多額の損失を出している。  本件ワラント取引による総損失額は二一,七二五,六一二円であって、結局、その殆どが平成二年七月一九日、二六日の両ワラント購入によるものなのである。  また、本件ワラント取引について、従ってこの両ワラント取引についてもA課長が担当したこと、その購入の際、原告に何ら証券性格を説明したことがなかったこと、同課長において銘柄選定に当たっていたこと、そのような同課長の主導に原告が追従していたことは、証拠上これが明らかであるばかりか、被告もその事実を認め、さらにはそれをもって正当であるとさえ主張しているところである(被告準備書面四五・四六頁)。  このような両ワラント取引における原告とA課長の具体的行為態様は、それ以前、すなわち平成二年六月末日以前のワラント取引や株式取引の場合と何ら変化していないのである。この事実からも、平成二年七月以降も原告とA課長の間の取引態様に変化があったとする被告主張が甚だ根拠に乏しいものであることを十分窺い知ることができる。 三、原告が堅実な投資経験と意向を持つ者であること、たとえ、一定程度「積極的な投資意向」を有していたとしても、本件取引はその大量・頻回であること、あるいは不合理な取引方法が採られていること等において余りにも度を超えているものであることは、既に原告準備書面・や同・六六〜六八頁で指摘したところである。  原告は、本件取引以前に現物株式の取引については相当の経験を有していたが、その間に信用取引の仕組み等については、耳学問で若干の知識は得ていたようであるものの、正確な知識と実際の経験は皆無であった。しかも、その他、先物取引やオプション取引等危険性の高い特殊な取引については知識も経験もなく、そのような投資方法を取る意向もなかったことは明らかである。  ところで、ワラント特にドル建ワラント取引は、平成一年、二年の頃には我が国の一般投資者に未だなじみがなく、それに加えて「仕組み商品」などと言われるように複雑・難解であり、さらには価格変動が極めて激しく「浮薄的」ですらあって、期限徒過によって経済的に無価値=ゼロにすら帰する(いわゆる紙クズ化)程の高度な危険性を具有した特殊な証券であり、特殊な取引であった。なお、ドル建ワラントは、その証券々面の全文が専門英語で記載されていて、原告は到底それを読解することが出来ない。原告は自分の購入した証券の内容を知ることすらできないのである。なお、この点はA課長も同様であり、同課長は自分もその内容を読解できない証券を顧客たる原告に販売していたこととなる(以上、平成六年一一月三〇日に提出済の日弁連刊・証券取引被害救済の手引−ワラント編参照)。  ワラント取引がことほど左様なまでの特殊性と危険性を兼ね備えている証券取引であってみれば、原告の知識・経験、投資意向等に照らして、到底、原告に適合する証券取引であったと言うことはできない。  原告はその内実を知らされないまま、信頼するA課長が推奨・選定する証券であったから、これに追従していたにすぎない。 四、証券会社は、一般投資者に対してワラント取引を勧誘する際に、必ずワラント取引説明書を交付して、それに沿って同取引の概要及び同取引に伴う危険性に関する事項について十分に説明しなければならない(投資勧誘規則六条三項)。  A課長は、原告から信頼を受けていればいる程、原告にワラント取引の仕組み・特徴・危険性を十分に説明し、原告の十分な理解を獲得しなければならなかったものである。しかし、現実には逆にその信頼に乗じ、あるいはその信頼を濫用して、高度な危険性が内在しているにもかかわらず、それを何ら説明しないまま本件ワラント取引を継続反復したのである。  被告は、原告は説明を求めていないし、説明を期待していない、たとえ説明しても取引を拒否することはないと反論するが、それは何らの証拠に基づくものでない。却って、ワラント取引の仕組み・特徴・危険性、すなわち真実が説明・開示されておれば、株式取引と違って原告には全く知識・経験のないものであったから(銘柄の知不知でなく、同取引の基本的性格を知らないという根本的なものであった)、開示された高度な危険性を犯してまで、ワラント取引を行なうことを受入れたとは考え難い。少なくともそう理解する方が自然であって、被告反論は、甚だ想像をたくましくした手前勝手な憶測にすぎない。  ワラント取引の新規性・難解性・危険性に鑑みて、同取引の仕組み・特徴・危険性を十分に説明することは、被告も好んで言及する「リスクは当該顧客が負担すべき」ことの前提条件であって、最も基本的で不可欠な営業活動であるはずである。もし万が一、その説明を受けようとしない顧客がいたとすれば、同顧客へのワラント取引勧誘を中止し、その受注を断わらなければならない程の重要事項である(証券会社には顧客に自己責任原則を理解してもらう義務が課せられている−投資勧誘規則三条)。  そのことを熟知しているはずの被告が、前述のように想像たくましい憶測でもって自らの説明義務を否定する態度は、証券取引法の趣旨・目的あるいはその精神を忘却したものと言わざるを得ない。その上に、原告が説明を求めず、期待していないから説明しなくともよい等とまで主張するのは、その順守が義務づけられている証券取引法の法令・諸規則に反するものであって、そのような主張を提出すること自体、誠実公正義務に違反するものとして許されない。  被告会社に本件ワラント取引における適合性原則違反、説明義務違反があったことは明らかである。 以上。